明智小五郎の登場する作品を年代順に並べた「明智小五郎事件簿」もこれでようやく七冊目。すでに巷では十巻が出ており、読書ペースがじわじわ刊行ペースに離されつつある今日この頃である。
とりあえずストーリー。
塩原温泉のとある旅館の一室で、二人の男が対峙していた。一人は三谷という美青年、もう一人は中年の画家、岡田。二人の前にはそれぞれ水の入ったグラスが置かれ、どちらか一方には致死量の毒薬が仕込まれていた。これは美貌の未亡人・倭文子(しずこ)をめぐる、命をかけた男の対決だったのだ。
やがて思わぬ形で決着がつき、生き残った男には倭文子との幸せな日々が待っているはずだった。しかし、その対決の直後から、倭文子の周囲では不気味な"吸血鬼"が出没し、奇怪な事件が続出する……。

過去に二、三度は読んだことがあるので、場面によっては鮮明に覚えていたが、全体のストーリーはけっこう忘却の彼方で意外に新鮮に読めた。まあ、最後に読んだのはン十年前だし(苦笑)。
で、今回あらためて読むと、いやはや、こんなに荒っぽい物語でしたか。荒っぽいというのは内容の破天荒さ、小説の作りとしての荒っぽさ、両方の意味においてだが、まあ完成度は決して高くはないけれども、乱歩のサービス精神が炸裂しまくった超B級の傑作といっても過言ではない。
乱歩の通俗スリラー系の代表作というと、どうしても『魔術師』『黒蜥蜴』『人間豹』あたりが思い浮かぶのだが、ううむ意外に『吸血鬼』も捨てがたい。
推したくなる理由はいくつかあるのだが、やはり見せ場の多さであろう。1929年、報知新聞に連載された作品だから、読者を引っ張るために毎回の見せ場が必要になるのは理解できるとしても、乱歩はやはり同時代のその他の作家に比べると格段に上手い。
冒頭の毒薬対決はもちろん、テレビの天知茂版明智でおなじみの氷柱の美女だとか、生きながらの火葬シーン(ここでの母子のやりとりがまた切ない)、グロい吸血鬼=唇のない男"の登場、ボートチェイスに変装トリックなど、まあ、ようもこれだけ詰め込みましたなという感じ。
そして、それらのスリルとサスペンスを彩るエログロ要素も満載。同時期に連載していた『黄金仮面』では掲載誌の性格を考慮して自粛せざるをえなかったものの、こちらではしっかり解禁。特にヒロイン倭文子については、バツイチ子供ありという設定もあってか、乱歩も遠慮なく妖艶さを盛っている感じである。
ちなみにこの倭文子、淑女でもなく、かといって悪女でもなくという、なかなか微妙な設定なのだが、実はこの性格付けがあるから、事件の真相やラストがより効いてくる。このあたり乱歩の巧いところである。
三つ目は『魔術師』で登場した後の明智夫人となる文代、そして本作が初登場となる小林少年の活躍だろう。陰惨な物語のなかで、この二人の活躍が一服の清涼剤の役割を果たす。まあ、そもそも清涼剤が必要なのかという問題はあるにせよ(苦笑)、その瞬間だけ、明るいスリラー調に転じるイメージがあって面白い。
小林少年はまだキャラクターが固まっておらず、後の正義感の強い立派な少年というイメージではなく、まだやんちゃな雰囲気も漂わせていて楽しいところだ。
というわけで、実は決してこんなに褒めるほどの作品ではないのだが、かなり過去のイメージを覆されたこともあって、今回、5割増しぐらいで推してしまった感じがなきにしもあらず(笑)。あしからず。