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 世界初の長編ミステリとして知られるエミール・ガボリオの『ルルージュ事件』を読む。国書刊行会から初の完訳が出てすぐに買ったのはいいが、月日の経つのは早いものであっという間に九年ものの積ん読である。まあ、これぐらいは普通だよね(笑)。

 まずはストーリー。
 1862年3月6日木曜日のこと。パリ近郊のラ・ジョンシェール村で、クローディーヌ・ルルージュが殺害死体となって発見された。ルルージュ夫人は村人との付き合いこそあれ、その素性を明かすことがなく、事件は謎に包まれる。
 捜査に乗り出したのはパリ警視庁のジェヴロール治安局長、ルコック刑事、ダビュロン予審判事の面々。さらにはルコックが師と仰ぐ素人探偵のタバレまでが召集され、それぞれの思惑で捜査が進められる。
 やがて明らかになる意外な事実と複雑な人間関係。事件関係者のみならず捜査関係者までをも巻き込んで、意外な展開を見せてゆくが……。

 ルルージュ事件

 予想以上に面白い。世界初の長編ミステリということで、どうしても歴史的価値によるフィルターがかかってしまうのは仕方ないのだが、そういう見方を可能なかぎり排除したとしても全然OKである。現代でも十分に面白く読めるレベルといってよい。

 その面白さの素になるのは、しっかりしたプロットに裏打ちされた物語性だろう。主要な登場人物それぞれに重要なドラマや背景が用意されており、それらががっちりと絡み合って、重厚な物語を構築する。
 探偵役のタバレ、予審判事のダビュロン、被害者のルルージュ、容疑者のアルベール子爵、その父のコマラン伯爵、青年弁護士のノエル、その母のヴァレリー、貴族の令嬢クレール、その祖母のダルランジュ公爵夫人等々。彼らのすべてがある意味主人公である。
 相互の関係を密にするためにどうしてもご都合主義的なところはある。そのボリュームゆえに冗長なところもないではない。だがトータルではそんな疵を楽々と吹き飛ばすだけのリーダビリティがある。
 本作が発表されたのは1866年。文学史上ではそれこそ名作傑作がごろごろしていた時代でもある。特にミステリという枠でガボリオも小説を書いていたわけではないだろうが、大衆小説というものはかなり意識していたようで、むしろこれぐらいは書いて当然という気概もあったのかもしれない。

 さて人間ドラマとしては十分なレベルなのだが、肝心のミステリとしてはどうか。
 実はこちらもそれほど悪くはない。もっぱら状況証拠だけで進めようとする警察に対し、犯人は証拠や論理で特定すべきとの見方が予審判事によって示されるなど、合理的に解決に導こうとする姿勢はミステリとしてまっとうな姿だろう。トリックまではさすがに期待できないとしても、真相は捻りもあり、二転三転する展開もまずまず。
 ちなみにタバレが登場時にデュパンばりの推理を披露するのはご愛嬌か。

 まあ、それらのミステリ的要素で占める部分が、物語の中心にあればより良かったのだろうが、先に書いたようにそもそもガボリオにミステリという意識などはなかったはずで、むしろここまで面白い読み物にまとめた手腕をこそ評価するべきだろう。
 個人的には十分満足できる一冊。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 森下雨村の『怪星の秘密』を読む。
 本書は盛林堂ミステリアス文庫の一冊だが、雨村については河出文庫でも『白骨の処女』やら『消えたダイヤ』やらが昨年出ており、この一年間で何と三冊目である。繰り返す。森下雨村の新刊が一年に三冊。まったく恐ろしい時代になったものである。

 怪星の秘密

 さて河出の雨村は歴とした探偵小説であったが、本書はサブタイトルでも「空想科学小説集」と謳っているように純粋な探偵小説ではなく、SF小説「怪星の秘密」と冒険小説「西蔵(ちべっと)に咲く花」の二本立てである。
 雨村の創作活動は『新青年』編集長を辞めたあとがメインだが、博文館に入社する以前にもしばらく執筆に集中していた時期があった。本書収録の二作はどちらもその時期の作品で、しかもどちらも少女雑誌『少女の友』に連載されたものらしい。以下、感想など。

 まずは『怪星の秘密』。天遊星という新たな星を見つけた科学者・桂井博士が家族や助手とともにその星をめざし、無事到着したはいいが、そこで苦難の連続が……という比較的オーソドックスな子供向けSF冒険ものといっていいだろう。
 ただ、書かれたのが1916年。宇宙に関する知識が低くて当然だとは思うのだが、雨村自身もまだ創作を始めて間もないせいか、相当に勢いのみで書いているふしがあり、ツッコミどころ満載、いやむしろほぼツッコミどころしかないという壮絶な一作となっている。

 いくつか例を挙げると……
 ・天遊星の位置は地球から1万マイル(1万6000km)を少し超えたあたりにある。地球から月までが約38万km、人工衛星「ひまわり」などが高度3万5000kmぐらいなので、ほぼ地球と隣り合っているといってもいいぐらいの場所である。その星を桂井博士が初めて発見したという(笑)。
・天遊星には東京よりも大きな都市があって、普通に電車や自動車も走っていると桂井博士は確信している。特にその根拠は説明されていない。
・宇宙へ行くのに飛行船を使っている。
・どんな危険が待っているかもわからないと密航者の少年に言うわりには、年端もいかない自分の娘を同乗させている。
・高度1万メートルの高さで、そのまま欄干に出て下をのぞいている。
・天遊星到着後は、特に宇宙服等の特別な装備はなく、そのまま外にでいる。空気の状態などはもちろん一切確かめない。

 これらは開始からわずか10ページ程度での描写である。いかに密度が濃いかおわかりだろう(苦笑)。もちろんこの後も雨村は手を緩めず、お約束とはいえ子供たちは勝手に飛行船を離れて、雪男としか思えない原住民と遭遇し、文明人がいないことに博士はショックを受けつつも、正体もよくわかっていない原住民を当然のごとく銃で殺したり、思いがけないことにはるか以前に着陸していた人類を見つけたり、捕虜にした原住民を刃向かうわけがないと自由にしたところで案の定裏ぎられたりという、とにかく自由奔放な展開。
 この手の作品には相当免疫がついているはずの管理人ではあるが、正直、これは疲れた(笑)。
 なお、少女雑誌に連載された作品にしてはあまり少女向け小説という感じはなく、普通の子供向け冒険小説という感じで読むことができた。

 それに比べると「西蔵(ちべっと)に咲く花」は、だいぶおとなしいというかまともである。
 チベットの辺境の村に取り残された少女とそれを救おうとする従者たちの物語で、偶然ながら奇跡と勘違いされる出来事が起こり、少女の身が救われるなど、伏線もあったりと掴みは悪くない。また、当時あまり情報のなかったチベットの描写も多く、それなりに読ませるものとなっている。
 ちなみにこちらも少女小説ながら『怪星の秘密』以上にその雰囲気がなく、大人向けでも十分通用する文体である。そういう文体を意識していたというよりは、そもそもあまり掲載媒体の性格など気にしていなかった節もある。ただ、 『怪星の秘密』から半年ほど後の作品ということで、だいぶ作家としてこなれてきたということはいえるだろう。いや、そのおかげで逆に読みやすかったからいいんだけど。

 ということで、まあ内容はこんなものか。本書はあくまで雨村の創作活動を知るための一助とみるほうがいいだろう。『新青年』を作り上げ、乱歩や正史を見出した敏腕編集者でもある森下雨村だが、それに先んじて創作活動を行っていた雨村。その中心はまだ子供向けがほとんどだったようだが、のちの探偵小説に通じるところもちらほらあるのはやはり興味深い。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


  アンドレ・ド・ロルドの短編集『ロルドの恐怖劇場』を読む。
 ロルドはフランス出身の劇作家。二十世紀初頭のパリで、恐怖演劇によって人気を博したパリのグラン・ギニョル座というものがあり、その座付き作家として活躍したのがこのロルドである。戯曲だけでなく短篇小説も多くものにし、「恐怖のプリンス」の異名をとったほどらしい。

 ロルドの恐怖劇場

Un crime dans une maison de fous「精神病院の犯罪」
Figures de cire「蝋人形」
Le Masque「デスマスク」
L’Hystérique「ヒステリー患者」
L’Illustre Professeur Truchard「高名なるトリュシャール教授」
En silence「無言の苦しみ」
La Dernière Torture「究極の責め苦」
L’Enfer「地獄」
L’Arbre vivant「生きている木」
Béréguisse!「ベリギーシ」
L’Enfant mort「死児」
L’Autre vengeance「もうひとつの復讐」
L’Agonisante「死にゆく女」
Au petit jour「夜明け」
Madame Dubois, sage-femme「助産婦マダム・デュボワ」
Un accident「事故」
L’Obsession「強迫観念」
L’Horrible Expérience「恐怖の実験」
L’Horrible Vengeance「恐ろしき復讐」
Confession「告白」
L’Acquittée「無罪になった女」
Le Grand Mystère「大いなる謎」

 収録作は以上。
 時代のせいもあるのか、それほど捻った仕掛けは用いられておらず、実に直球な物語ばかりだ。とにかくはっきりとした恐怖、直裁的な怖さをストレートに描写する。

 ただ、意外なことに、そこにはオカルトや超自然現象といった要素はほぼ見られず、描かれるのは人間の心にある狂気や死に対する恐怖が主である。特に精神病ネタは多い。著者が医師の家庭に生まれたことはもちろん関係あるだろうが、解説によると当時の精神医学の発達の影響が大きかったという社会的要因も関連しているようだ。
 言ってみればサイコスリラーの走りのような感じでもあり、そういう意味では同じ時代の恐怖作家、アーサー・マッケンやラヴクラフトと同じ興味で読むとあてが外れるだろう。とはいえ、これは裏を返せば、より身近な恐怖を扱っているということでもある。そういう意味では一般読者に対しては、むしろマッケンやラヴクラフトなどよりは、よほどアピールしやすい感じはある。

 惜しむらくは作品がどれも短いせいで全般的にやや物足りなさが残る。
 ストーリーの面白みや人物の深み、何より怖さの盛り上げが性急すぎて正直それほど怖くない(苦笑)。短編小説だが、やはり頭のどこかで一幕ものの芝居に置き換えてロルドは書いていたのだろうか。

テーマ:幻想文学 - ジャンル:本・雑誌


 ジョー・ネスボの『その雪と血を』を読む。
 著者はノルウェー出身の作家で、日本で最初に紹介されたのはハリー・ホーレ刑事シリーズ三作目の『コマドリの賭け』。これが2009年のことだから、スティーグ・ラーソンのミレニアム・シリーズの大ヒットにのっかったとは推測できるが、その後も割と翻訳が続いているので、安定した実力と人気はもっているとみていいだろう。ネットでも好意的な感想が多いようだ。
 とはいえ最近の北欧警察ミステリは供給過多のきらいもあり、個人的な優先順位はそれほどではなかったのだが、先ごろ第八回翻訳ミステリ大賞をぶっちぎりで受賞したのでさすがに気になった。
 ちょいと調べてみると、ハリー・ホーレものではなく、新たなシリーズ、しかも殺し屋が主人公というから、これはネスボ一冊目としてはなかなかよいのではないかと読んでみた次第。

 こんな話。
 オーラヴ・ヨハンセンは組織に属する殺し屋だ。いつもはボスに命じられて淡々と仕事をこなすが、今回の仕事だけはちょっと特別だった。狙う相手は浮気をしているらしいボスの妻だったのだ。
 事情はともかく仕事にとりかかるオーラヴだったが、ここで信じられないことが起こる。なんとオーラヴはボスの妻に惚れてしまったのだ。恋と仕事の間で揺れるオーラヴは、妥協策をとろうと考えたが……。

 その雪と血を

 なるほど。これはいい。
 一言でいえば殺し屋の一人語りで進められるパルプ・ノワールである。主人公が生きる暗黒の世界を通して、屈折した登場人物たち、そして彼らが繰り広げる愛と暴力が描かれる。
 ストーリーはいたってシンプル。オーラヴがボスの妻と転落しつつもそこから這い上がろうとする物語なのだが、そこに愛と暴力がギュッと濃縮されて詰まっている。

 もちろんそれだけで傑作と呼ぶにはまだ早い。
 著者がただ懐古的にパルプ・ノワールを書いたというわけではなく、そこには現代的なミステリとしての仕掛けもきちんと組まれている。

 そしてなにより注目すべきなのは、主人公の殺し屋オーラヴの人物造形である。切れ者というわけではなく(むしろできないことの方が多い)、頭もちょっと弱いが、読書家。冷酷ではないが人は簡単に殺すことができる。ロマンチックで人情にも厚い。
 型にはめにくい、そんな独特の倫理観をもつ主人公の一人語りが非常に詩的でハードボイルド。これまた独特で魅力的なのである。
 しかも。
 その語りが油断ならない。現在起こっていることと回想が地の文で混ざり合っていたり、意識が超越したりと読み飛ばしを許さない。文体が雰囲気づくり以上の意味をもっているといってよいのだが、まあ、こういうところが翻訳者が選ぶ翻訳ミステリ大賞で高い評価を受けた理由でもあるのだろう。

 大人の男のためのファンタジー、そんな一冊である。おすすめ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 E・D・ビガーズの『チャーリー・チャン最後の事件』を読む。ホノルル警察に勤務するチャーリー・チャン警視を主人公とするシリーズは全六作あるが、本書はタイトルどおりその最終作。そして最後の未訳作品でもある。

 まずはストーリー。
 チャーリー・チャン警視がサンフランシスコに住む富豪ウォードに招待された。他に招かれたのは男性三人とオペラ歌手のエレン。実はチャン警視以外の男性は、ウォードを含め全員がかつてエレンと結婚していた者ばかりであった。ウォードはこのメンバーを集めてある事実を確かめるため、チャン警視を招いたのである。
 しかし、新たな男が軽飛行機がでやってきたとき、エレンは死体となって発見された。
 地元の保安官に請われ、思いがけず殺人事件を捜査することになったチャン警視。たちまち財産狙い、強請、復讐など、さまざまなトラブルが関係者の間にあったことが露わになる。だが肝心の手がかりは元夫たちではなく、なぜか使用人の中国人アー・シンを指し示していた……。

 チャーリー・チャン最後の事件

 しばらく前に読んだ『黒い駱駝』とそれほど印象は変わらず。尖ったところはあまりなく、非常に手堅くまとめている。
 元夫たちも怪しいのだが、それ以外にも数人の容疑者がいて、その誰もに動機や可能性がある。それをひとつひとつ潰していこうという展開は、少々辛気臭くもあるけれど、裏を返せば黄金期の作品らしい豊かさでもあり、安心して読めるところだ。
 とはいえチャン警視の依頼された案件が意外に掘り下げられていないこと、また、犯人の決め手となるネタがさすがに古くさいこともあり、本格ミステリとして物足りなさが残るのは致し方ないところだろう。

 ただ、味わい自体は嫌いではない。黄金期のゆったりした本格というだけでなく、チャン警視のまったく名探偵然としていない穏やかなキャラクター、中国の格言や故事を散りばめながらの捜査が、ちょうどいい感じで融合し、読み心地はすこぶるよい。
 また、本作では、異国の地に暮らしながらアイデンティティの持ちようが異なる二人の中国人、ウォードンの使用人アー・シンとチャン警視の対比がけっこう興味深い。このあたりは移民の問題というより、中国人の思想の問題でもあり、むしろアメリカ人読者よりは日本人読者のほうが意外に理解しやすいところではないだろうか。果たして当時のアメリカ人はどう解釈していたのか気になった。

 まあ、そんなこんなで本格ミステリとしてはまあまあといったところではあるが、個人的にはけっこう気に入った一冊である。

 ちなみに上でシリーズは全六作と書いたが、現役で入手できるのは論創海外ミステリの三冊のみ。とはいえ創元の二冊(『チャーリー・チャンの活躍』、『チャーリー・チャンの追跡』)は古書価も安く、入手は容易である。
 問題はポケミスの『シナの鸚鵡』だろう。古書価もそこそこするので管理人もこれのみ未所持。ううむ、ついでにこれも論創社で出してくれないものかな。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 喜国雅彦、国樹由香の『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』を読む。ギャグ漫画家にしてフェチ漫画家、本格ミステリマニアにして古書マニア、そして本棚探偵でもある喜国雅彦氏が、雑誌『メフィスト』に連載した記事をまとめたものだ。

 本格力

 各回の構成は以下のとおり。これらがセットで一回分となる。

・読んで書いて覚える「エンピツでなぞる美しいミステリ」
・本棚探偵が街で見つけた謎「ミステリの風景」
・みすを名言・格言集「ほんかくだもの」
・名作をイラストで紹介「勝手に挿絵」
・本当にお薦めしたい古典ミステリを選ぶ「H-1グランプリ」
・喜国雅彦の本を楽しむ姿を描く「国樹由香の本棚探偵の日常」

 いろいろな企画が盛り込まれており、それはそれで本棚探偵らしいのだが、本書に関してはそれらは単なるにぎやかしレベルに過ぎない。本書の価値はあくまで“本当にお薦めしたい古典ミステリを選ぶ「H-1グランプリ」”にある。
 これは早い話が、海外の古典ミステリのガイドである。テーマを決めて複数冊を読み比べ、毎回、その中から優勝作品を選んでいくという趣向。例えば今回はクリスティの代表作、次回はクイーンのライツヴィルものといった具合である。

 ポイントは大きく二つある。
 ひとつはこれまで本格ミステリの名作・古典と呼ばれてきた作品のぶっちゃけた感想を書いていること。
 ミステリの各種ガイドブックは数あれど、古典に関しては概ねどの本を見ても、その評価は似たようなものである。長い年月にさらされてきたにもかかわらず生き残ってきた作品だから、ある程度は評価が固まってくるのも当然。ただ、同時に欠点だってもちろんあるわけで、喜国氏はそれを普通に書いてみせた。
 ミステリのマニアが集まればあーだこーだと話が盛り上がり、ついつい万人が認める名作をけなすこともあるものだが、喜国氏はそれをそのまま書いているといえばよいだろう。普通のミステリ評論家や書評家が思っていても諸般の事情でなかなか書けないことを、自由な立場でさらっと書いている印象である。

 もうひとつのポイントは、普通のミステリガイドではありえない語りの面白さ。
 こちらは本棚探偵シリーズの本領発揮というべきか、本職のテクニックやノウハウをふんだんに披露し、下ネタも交えつつ、巧みな話芸を披露する。喜国氏お得意のパターンが目白押しで、氏の漫画のファンなら間違いなく楽しめるだろう。
 どんなテーマであっても自分のスタイルを崩さないのはさすがである。

 とりあえずクラシックファン、本格ミステリファンには楽しい一冊であった。
 ただ、喜国氏の本格以外のミステリの嗜好がかなり狭いこと、本格以外でも本格の要素で評価することが多いため、その意見には半分程度しか同意できなかったのだけれど(笑)。

テーマ:評論集 - ジャンル:本・雑誌


 多岐川恭の『的の男』を読む。『お茶とプール』と合本された創元推理文庫もあるが、今回はケイブンシャ文庫版で。

 こんな話。
 貧乏な暮らしから腕一本で成りあがってきた男、鯉淵丈夫。今ではいくつもの会社を経営し、愛人を囲うなどする身分だが、その傲慢な性格と強引なやり方で多くの人の恨みを買い、公私にわたって周囲は敵だらけというありさまだった。
 そして遂に、その敵たちが、鯉淵をなき者にしようと殺害計画を企てる。だが、その企みはことごとく失敗してゆき……。

 的の男

 裏表紙の内容紹介を見ると長篇というふうに書かれてはいるが、これはどちらかといえば連作短編集に近い。ただ、連作短編集とひと口にいっても、そこは多岐川恭のこと、ありきたりの構成ではない。
 各話に必ず鯉淵を殺そうとする者が現れ、その犯罪者の視点で物語が展開するという、いわば倒叙形式。しかも犯罪者は毎回変わるのに被害者は常に同じというという趣向が面白い。そして当然のことながら、被害者が毎回同じということは毎回犯罪が失敗するということでもあり、犯行方法となぜ失敗したかという興味でまずは引っ張ってゆく。

 まあ、正直なところ犯罪方法がそれほどのものではなく、そりゃ失敗もするわなぁというところもあるのだが、そもそも同一被害者の連続殺人未遂事件という設定そのものがよく考えればあまりに非現実的。語り口はいたってシリアスだけれども、なんとなくシチュエーション・コメディっぽい雰囲気を醸し出しており、著者の意図したところなのかどうかは知らぬが、結果としてはいい味わいになっている。
 ……などと考えながら読んでいると、実は物語が半ばを過ぎるあたりから、様相が怪しくなってくる。このさまざまな犯罪の陰に、別の側面があることが示唆されていくのだ。本作が本当に面白くなるのは実はここからで、さらには終盤のダメ押しで「ああそうきたか」となる。

 まとめ。ロジカルな味にはやや乏しいが、倒叙ミステリのスタイルを借りつつも、多岐川恭の持ち味たるケレンの部分がよくでた一冊である。傑作とまではいかないが、十分おすすめには値するだろう。
 それにしても比較的後期の作品なのに、これまで読んだどの多岐川作品とも似ておらず、相変わらずいろいろとやってくれる作家である。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 論創海外ミステリからジョン・P・マーカンドの『サンキュー、ミスター・モト』を読了。
 第二次大戦をはさんだ不穏な世界状況を背景として、日本人の特務機関員ミスター・モトが活躍する冒険スパイもののシリーズ作品である。極めて特殊なキャラクターだけに、日本での知名度は意外にあるように思うのだが(あくまでミステリマニアの間にかぎった話だが)、これまでの邦訳は角川文庫の『天皇の密偵 ミスター・モトの冒険』、雑誌『EQ』の65、66号に分載された『ミカドのミスター・モト』二作のみ。この論創海外ミステリから出た本作でようやく三作目となる。

 サンキュー、ミスター・モト

 アメリカで仕事のミスを犯し、今は遠く離れた北京で隠遁生活をおくる元弁護士の青年トム・ネルソン。ある日のこと、ネルソンが多くの外国人が集まるパーティーに出かけたところ、イギリス人の探検家でもあるベスト少佐に夕食に招待される。
 ベスト少佐の目的は没落した満州の貴族、タン親王への口利きであった。北京で暗躍する一味、不穏な政治情勢を臭わせながらも、その真意は明かさないベスト少佐。ネルソンは遅くに彼の家をあとにするが、翌日、ベスト少佐が死亡したというニュースが飛び込んできた……。

 序盤のあらすじを紹介したところでもおわかりのように、主人公はミスター・モトというよりは、アメリカ人の青年、トム・ネルソンである。ミスター・モトは事件を収束に導く案内人のような役目であり、さらには主人公を成長させていく師のような存在ともいえる。
 これはシリーズ全体を通してもおおむね共通の構図のようで、ミスター・モトは狂言回しのような意味合いが強いのだろう。
 事件への関わりは決して弱くないのだが、ミスター・モトの素性などはほとんど明らかにされず、読者はあくまでトム・ネルソンを通して感情を移入させてゆく。

 ミスター・モトの印象としては、極めてビガーズの生んだ中国人探偵チャーリー・チャンに近い。かたや中国系こなた日系、かたや本格こなたスパイものという違いはあれども、その雰囲気やタイプなどはそっくり。
 両者は時代も近いし、これはマーカンド先生パクったかとも思ったが、解説によるとそもそもがビガーズの死後、チャーリー・チャンにかわるシリーズを作りたいという出版社の意向で生まれたのが、このミスター・モトということらしい。それにしても少しは違うタイプにしてもいいんではとも思うところだが、しょせん当時の西洋人から見た東洋人。中国系も日系も同じようにしか見えなかったんだろうなと邪推する次第である。

 内容的には上でもちらと触れたが冒険スパイものである。
 といっても007のような派手なギミックがあるわけでなく、かといって後年のル・カレに代表されるようなシリアスものでもない。ただ、書かれた時代ゆえ牧歌的なところはあるにせよ、著者の描きたかったのは後者のタイプなのだろうと感じた。
 主人公がワケもわからず政治的陰謀に巻き込まれるというのは、成長物語としての要素というだけでなく、結局は政治と個人の関わりを描きたかったのであり、間違いなくその時代の政治に対するメッセージなのである。
 と書いていてふと気がついたが、本作はジョン・バカンとかモームの『アシェンデン』に近いのかもしれない(といっても両方とも読んだのはかなり昔なので曖昧な記憶しかないのだが)。

 ということで昨今の過酷なスパイ小説に慣れていると、比較的ゆるい感じは否めない本作だが、実は最後1ページで衝撃的な事実が明かされる。
 もしかすると、ここを読むために今まで本書を読んできたのかと思わせるぐらい強烈なエピソードであり、あらためて本作が紛れもないスパイ小説だったのだなと実感できるところでもある。
 全面的にオススメとはいえないが、管理人的には満足できる一冊であった。

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 R・オースティン・フリーマンの『オシリスの眼』を読む。数多いシャーロック・ホームズのライバルとしては文句なしにトップグループの一人だが、その割には紹介が進まなかったフリーマン。この十年ほどでようやくいくつか翻訳は進み、最近はじわじわと再評価の機運も高まっている(気がする)のは嬉しいかぎりである。
 本作はそんなフリーマンの1911年の作品。探偵役はもちろんソーンダイク博士である。

 こんな話。エジプト学者のベリンガム氏が不可解な状況で姿を消すという事件が起こる。その真相が闇に包まれたまま二年が過ぎたころ、関係者に相続問題が持ち上がる。時を同じくして各地でバラバラになった人骨が発見され、その人骨がベリンガムではないかと推測されたが……。

 オシリスの眼

 おお、なかなかの出来ではないか。まずはフリーマンの持ち味が十分に発揮された一作といってよいだろう。
 その魅力については本書の「訳者あとがき」でもたっぷり書かれているとおり。著者は奇をてらうトリックとか読者の裏をかくとか、そういうことにはあまり興味がなかったようで、もちろん結果的にそういうことになればなお良しだったとは思うのだけれど、著者の考えるミステリはまず論理ありき。謎が科学的かつ論理的に解明されることこそ、著者の考えるミステリの重要な要件だったのだ。
 本作のラスト、ソーンダイク博士の謎解きではそれが最大限に活かされており、まさに圧巻。本書中でも最大の見せ場である。
 また、奇をてらうトリックに興味がなかった云々とは書いたけれど、本作のメイントリックにはなかなか面白い趣向が凝らされており、他の作品に比べると大きなアドヴァンテージにもなっている。

 ただ、個人的には悪くないと思ってはいるが、それだけに作風の地味さ、ストーリーの起伏の少なさがつくづく惜しい。フリーマンの作品全般にいえることではあるのだが、意外性やサプライズまでは求めないにしても、もう少し読者のウケを意識しても良かったのかなと思う。
 本作でも序盤は悪くないけれど、そのあとが非常にゆったりしたテンポになってしまい、物語が動き始めるのは全ページの半分も過ぎたところである。それまでは物語の背景の地固めみたいな感じで、ここに文学的香りを感じる向きもあるようだが、ううむ、そこまでのものかな。語り手のロマンスを味付けにしているから、著者もサービス精神がないわけではないのだろうけれど。

 まあ、その点さえ目をつぶれば、先に挙げたようにフリーマンの持ち味は十分に発揮されており、ケレン味のない手堅い本格探偵小説といえるだろう。クラシックミステリのファンならやはり読んでおきたい。

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 ニュースではゴールデンウィークが後半に入ったとか何とか話しているが、いや、普通に働いていたらゴールデンウィークは今日からだろうに。プレミアムフライデーもそうだが、役所や大企業の思惑や都合だけで勝手に常識を決めるのは止めてもらえんかな、ほんとに。

 というわけで、ゴールデンウィーク“初日”である。一応家族がいるので普段でも休日に一人でふらふらすることはないのだが、本日は別である。なんせ、中野、西荻窪、八王子でそれぞれミステリがらみの用事ができてしまったのだ。まあ、嫁さんもミステリマニアなら同行させるころだが、さすがにそんなはずもなく、本日は一人で出撃。

 まずは中野。目指すは中野サンプラザで開催されるまんだらけ主催の「大まん祭」である。
 かつて雑誌『少年』に掲載された乱歩の少年探偵団ものの外伝的作品があるのだが、それをまとめた『江戸川乱歩からの挑戦状1 SF・ホラー編 「吸血鬼の島」』が先行発売されるのである。一般発売は今月中旬なのだが、ここで買えばまんだらけ購入特典の小冊子やトークイベント用のパンフもつくというので、これは行くしかあるまい。しかし、まんだらけからまさか乱歩の本が出るとは夢にも思わなかったなぁ。もう油断も隙もないな。

     

 ちなみに相当の混雑を予想して、一時間ぐらいは行列も覚悟していたのだが、意外にすんなり入れて少々拍子抜けであった。
 本日は編者の森英俊氏と野村宏平氏によるトークイベントもあったのだが、あまり時間もないので後ろ髪を引かれつつ今度は西荻窪へ向かう。

 西荻窪での目的地はミステリ専門古書店、盛林堂さん。予約してあった盛林堂ミステリアス文庫の新刊『魔子鬼一作品集成 屍島のイブ』の受け取りである。規模こそ違えど論創ミステリ叢書やミステリ珍本全集に負けないラインナップは、むしろ私家版ならではか。魔子鬼一の本が新刊で読めるなんてどんな時代だよ。しかもこれが第1巻というのだから(苦笑)。
 こちらでは店主に『江戸川乱歩からの挑戦状1 SF・ホラー編 「吸血鬼の島」』の話をうかがったり、“屍島のイブ”の読み方は“しとうのイブ”or““しかばねとうのイブ”、どっちなのかなどと確認するなど。
 ついでに多岐川恭がバーゲン的に表の百円台にいくつかあったので未所持を拾う。やれ嬉しや。

    

 ここで次の目的地に向かうところだが、腹も減ってきたので昼食タイム。駅から少し北へ歩いたところにある、かの料理評論家・山本益博が愛してやまないカツ丼を出してくれる坂本屋。相変わらず行列ができているが、今日ばかりは待ち時間もそれほど気にならず。

 腹も満たされたところで本日最後の目的地は八王子。こちらも本日より開催されている八王子古本まつりに参戦である。ただ、けっこうなスケールの割にはそれほど出物はなく、これまで縁のなかったアルレーを一冊拾うにとどまる。まあ、久々にゆっくり古本まつりを見物できていいストレス解消にはなったからよしとしよう。
 最後はパブ「シャーロック・ホームズ」に寄って、ケルキニーで一人乾杯。とにかく一日中、探偵小説のことばかり考える日なんてそうそうないだけに、久々にいい気分で帰宅したのでありました。

    

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