多岐川恭の『的の男』を読む。『お茶とプール』と合本された創元推理文庫もあるが、今回はケイブンシャ文庫版で。
こんな話。
貧乏な暮らしから腕一本で成りあがってきた男、鯉淵丈夫。今ではいくつもの会社を経営し、愛人を囲うなどする身分だが、その傲慢な性格と強引なやり方で多くの人の恨みを買い、公私にわたって周囲は敵だらけというありさまだった。
そして遂に、その敵たちが、鯉淵をなき者にしようと殺害計画を企てる。だが、その企みはことごとく失敗してゆき……。

裏表紙の内容紹介を見ると長篇というふうに書かれてはいるが、これはどちらかといえば連作短編集に近い。ただ、連作短編集とひと口にいっても、そこは多岐川恭のこと、ありきたりの構成ではない。
各話に必ず鯉淵を殺そうとする者が現れ、その犯罪者の視点で物語が展開するという、いわば倒叙形式。しかも犯罪者は毎回変わるのに被害者は常に同じというという趣向が面白い。そして当然のことながら、被害者が毎回同じということは毎回犯罪が失敗するということでもあり、犯行方法となぜ失敗したかという興味でまずは引っ張ってゆく。
まあ、正直なところ犯罪方法がそれほどのものではなく、そりゃ失敗もするわなぁというところもあるのだが、そもそも同一被害者の連続殺人未遂事件という設定そのものがよく考えればあまりに非現実的。語り口はいたってシリアスだけれども、なんとなくシチュエーション・コメディっぽい雰囲気を醸し出しており、著者の意図したところなのかどうかは知らぬが、結果としてはいい味わいになっている。
……などと考えながら読んでいると、実は物語が半ばを過ぎるあたりから、様相が怪しくなってくる。このさまざまな犯罪の陰に、別の側面があることが示唆されていくのだ。本作が本当に面白くなるのは実はここからで、さらには終盤のダメ押しで「ああそうきたか」となる。
まとめ。ロジカルな味にはやや乏しいが、倒叙ミステリのスタイルを借りつつも、多岐川恭の持ち味たるケレンの部分がよくでた一冊である。傑作とまではいかないが、十分おすすめには値するだろう。
それにしても比較的後期の作品なのに、これまで読んだどの多岐川作品とも似ておらず、相変わらずいろいろとやってくれる作家である。