論創海外ミステリからパトリック・クェンティンは『死への疾走』を読む。
ピーター・ダルース・シリーズ最後の未訳作品である。出版社がばらばらだったり、原初の発表順とはまったく異なる順番だったので、シリーズとしての面白さはやや損なわれているけれど、ともかくはシリーズ全作が日本語で読めるようになったことに感謝したい。
まあ、これからシリーズを読もうとする人は、ピーターとアイリス夫妻のドラマという側面も楽しんでいただきたいので、ぜひ原作の発表順で読んでいただければ。
まずはストーリー。
『巡礼者パズル』に続く物語なのだが、奥方のアイリスはほぼ出番なし。ピーターが一人メキシコで巻き込まれる事件となる。
ピーターはメキシコで脚本などを書きながら日々を過ごしていたが、そこで一人の女性と出会う。ピーターはその女性が何者かに追われているのではないかと危惧するが、確かめる間もなく、彼女はクレーターに墜落して命を落とす。
やがて追っ手の手がピーターにも及んだとき、ピーターは彼女が自分に何かを託したのではないかと考えるが……。

謎解き重視からサスペンスや犯罪心理を重視する作風に転化していったパトリック・クェンティンだが、本作もそんな端境期的作品のひとつだろう。
ただし、内容的にはそういう端境期的な微妙なところやまとまりのなさ、バランスの悪さなどはまったく感じさせず、これはもう潔いぐらいにきっちりしたサスペンス作品となっている。
ピーターの周囲に敵がいるだろうというのはすぐに明らかにされる事実だが、それはいったい誰なのか、周囲の誰も信じられなくなるという状況でストーリーを引っ張り、ほどよいどんでん返しの連発が気持ちよい。
全般的に異色作揃いといってもよいぐらいのピーター・ダルース・シリーズだが、本作は一周回ってむしろ万人が楽しめる作品になったのではないだろうか。
あえてケチをつけるとすれば、あそこまでどんでん返しをやると、正直、犯人が誰でもよくなってくることか(笑)。サスペンスに本格風の味付けを盛り込む腕前はさすがだが、やはり最後の一撃は特別なものであってほしい。
あと非常に個人的な感想にはなるが、「訳者あとがき」でピーターの女癖の悪さについて言及していたが、そこに注目するような話でもないだろう。解説が充実しているだけによけい差が目立つというか、せっかくの「訳者あとがき」だから、もう少し頑張ってほしいものである。