この一、二年で森下雨村や大下宇陀児、小栗虫太郎といった古い探偵小説作家の作品をぼちぼちとと復刊している河出文庫だが、いつの間にやら〈KAWADE ノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉というシリーズ名がつけられているではないか。
昨年、森下雨村が出た頃にはまだなかったと思うのだが、こういうシリーズ名をつけたということは、これまでの作品がそこそこ売れて、ビジネスとして成り立ってきたとみてよいのだろうか。それとも単なるテコ入れ?
今月は小酒井不木の『疑問の黒枠』も出るし、まあ、シリーズ名がついたからにはすぐに中止ということもないだろうが、何とかがんばって続けてほしいものである。論創ミステリ叢書は短編集が多いので、河出文庫ではぜひ長編中心で。
ということで本日の読了本は、〈KAWADE ノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉から甲賀三郎の『蟇屋敷の殺人』。
まずはストーリー。
東京は丸の内の路上で止まっていた高級自動車。不審に思った警官がドアを開け、運転手の男の肩に手をかけたときであった。男の首がずるりと膝元に転げ落ちたのだ。
謎の首切断死体に警察はさっそく捜査を開始し、被害者は熊丸猛(くままるたけし)と判明する。しかし、なんとその熊丸自身が警察署に現れ、被害者の正体は謎に包まれる。しかもなぜか熊丸は自分の行動を明かそうとしない。
ひょんなことからこの事件に興味をもった探偵小説家の村橋信太郎は、知人のつてを頼りに熊丸家を訪れるが、彼もまた命を狙われる羽目に……。

本格こそ探偵小説の主軸であると主張した甲賀三郎だが、その意に反して作品の多くはけっこうな通俗的スリラーであり、本作もまた然り。
首の切断殺人というド派手な幕開けから、蟇だらけの屋敷、とことん怪しげな蟇屋敷の住人たち、のっぺらぼうの怪人、探偵役の主人公も刑事も命を奪われそうになるというスリリングな展開などなど、もうケレンだけで成り立っているといっても過言ではない。
もちろんその真相も半分あきれてしまうレベルなのだけれど、何とか本格っぽく強引にまとめあげる豪腕はさすがであり、リーダビリティもとりあえずむちゃくちゃ高い。
ただ、主要な登場人物の何人かが、主人公に事件に近づくなと言いつつその理由については固く口を閉ざしていたり、警察にも一切を黙秘するあたりは、大きなマイナスである。物語を引っ張ろうとする作者の魂胆がミエミエで、いわゆるHIBK派にも通じるイライラを感じてしまうのはいただけないところだ。
もちろん例によってツッコミどころも満載なので、「面白い面白い」とはいいながらも、戦前の探偵小説に免疫のない人にあまりおすすめする気はない。復刻はありがたいかぎりだが、この面白さは果たして現代のミステリファンにどの程度受け入れられるのだろう?