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 先週末に観た映画の感想など。ものは『ブレードランナー 2049』。
 1982年に公開されたリドリー・スコット監督による『ブレードランナー』は、単なる傑作を通り越して、いまやくSF映画の金字塔として知られている作品だが、本作はもちろんその続編。
 監督には『メッセージ』や『ボーダーライン』、『プリズナーズ』などの作品で知られる実力派ドゥニ・ヴィルヌーヴを迎え、主役『ラ・ラ・ランド』の記憶もまだ新しいライアン・ゴズリング。これに前作の主役ハリソン・フォードも加わって、あの名作をどのように発展させるのか、そして新たな解釈を披露してくれるのか、これは気にならないほうがおかしい。

 そもそも続編を作っていい映画なのかという心配があった。あの作品ですべてが解き明かされているわけではなく、だからこそファンはその答えを求め、いろいろな解釈が生まれていたわけだが、それに公式な答えを出すことの野暮さというものがある。
 また、傑作の続編に傑作なしというジンクスもあるし、出来がひどかった際のダメージは計り知れない。制作側もかなりの度胸と覚悟がなければ、この続編を作ろうという気にはなかなかなれないだろう。

 そんなこんなで『ブレードランナー』公開から三十五年。そこへいきなり沸いた『ブレードランナー 2049』の発表である。
 上に書いたような不安はあったが、公開されたからには「観ない」という選択肢はなく、公開最初の休日に映画館へ足を運んだ次第である。

 ブレードランナー 2049



※なお、ネタバレは極力避けておりますが、できれば映画をご覧になってからお読みください。



 時は2049年。環境破壊はさらに進み、人類に寄与するための存在だったレプリカント(人造人間)も反乱の度合いを高め、ついには製造元のタイレル社も倒産していた。しかし、その資産を買収したウォレス社によってレプリカントはさらに洗練されたモデルとなり、ごく自然に社会に溶け込んでいた。
 LAPDに属する最新型レプリカント・ネクサス9型の“K”もまた、人間とまったく見分けがつかない精巧なレプリカントだった。Kはかつて反乱を起こした旧式のレプリカントを「解任(殺害)」するという任務に就いていた。
 そんなある日、Kは農場で旧式レプリカントを倒したが、その農場に生えていた木の根元で人骨を発見する。分析の結果、その骨は帝王切開の合併症で死亡した女性レプリカントであることが判明。生殖能力がないはずのレプリカントが子供を産んでいたという事実に関係者は驚きを隠せず……。

 まず結論から書いておくと、非常に満足である。
 実力者とはいえ監督も主役も変わり、前作の偉業を台無しにするのではという不安もあったが、ここまで見事な続編に仕上げるとは思わなかった。ブレードランナーの世界観を継承し、かつテーマを一歩進め、しかも心憎いばかりのストーリー。

 ひと言でいってしまえば、『ブレードランナー』は人工生命の命がテーマであり、さらにいえば人工生命の自我がテーマであり、もっといえば人工生命の愛がテーマだ。おお、全然ひと言じゃないぞ(苦笑)。
 まあ、そんな人工生命=レプリカントとはいかなる存在なのかを延々と繰り返し投げかける映画ともいえる。
 前作では人間がレプリカントを蔑む対象としていたが、本作ではレプリカント同士でも蔑む関係が見られたり、あるいはレプリカントが人間をも蔑んでいたりする。ということは、これはつまりレプリカントのみならず人間の存在をも問うということにならないか。
 また、そういった混沌としたドラマのなかで、最大の無償の愛を感じさせる存在が、AIの女性というのがなんとも強烈な皮肉に満ちたメッセージである。
 もちろん、だからといって人間の愚かさをただ否定するのではなく、ラストにはある種の希望がある。しかし、その希望がどういう道に続くのか、これまたはっきりした答えは見せておらず、つまりはこういう終わりのない問答こそが本作の最大の魅力なのだ。

 ただ、前作を超えたかといわれるとさすがにそれはない。
 『ブレードランナー』のカルト的な魅力は超えようがなく、『ブレードランナー 2049』はあくまで前作ありきの傑作なのである。「前作のプレッシャーによくぞ負けないでこれだけの作品を作った」、「絵もストーリーも素晴らしい」と評価はされるだろうが、その評価は前作とは別軸のものだ。
 本作は傑作といってよい。だが、それゆえに『ブレードランナー』の凄さをより感じることができるのは、これまた皮肉な話である。


 本日は論創ミステリ叢書から『本田緒生探偵小説選I』。
 アンソロジーではけっこうお目にかかる名前で、いくつか短編を読んでいるのだが、ほとんど内容を覚えていないのがお恥ずかしい。今回の『本田緒生探偵小説選』は全二巻本ということで、例によって本田緒生の作品はほぼ収録されているようだから、この機会にどういう作風だったのかあらためて確認できるのは嬉しいところだ。

 ちなみに戦前に活躍した作家ということは知っていたが、なんとデビューは乱歩より早いというのが意外である。ただ、家業の都合もあって名古屋から離れることができなかったうえ、また、同じ理由で執筆のための時間も減ってしまい、作家として集中できた時期はかなり限られていたようだ。

 本田緒生探偵小説選I

「呪はれた真珠」
「美の誘惑」
「財布」
「蒔かれし種 秋月の日記」
「鮭」
「或る対話」
「街角の文字(もんじ)」
「彼の死」
「謎」
「視線」
「無題」
「ひげ」
「寒き夜の一事件」
「書かない理由」
「ローマンス」
「鏡」
「夜桜お絹」
「或る夜の出来事」
「罪を裁く 」
「危機」

 収録作は以上。一巻目の本書では1922年のデビュー作「呪はれた真珠」から1927年までの作品が収録されている。

 肝心の中身だが、まとめて読んでみると、まあこんなものかというレベルである(笑)。同時代の作家と比べた場合、乱歩と比べるのはさすがに無謀としても、たとえば小酒井不木のような医学的味付けや異常性という武器を欠いており、もう少し突き抜けた“何か”があればというところか。
 とにかくページ数が少ないものがほとんどで、いきおいオチを効かせるぐらいしか見せ場がなく、どうしても読み応えという点で物足りないのは否めない。また、そのオチも時代ゆえ期待できるところではないし、謎解きも同様である。
 
 ただ、シリアスありユーモアあり恋愛ありと意外にバラエティという点では奮闘している。
 ユーモアものでは銀行員の山本秋雄を主人公とするシリーズがあり、著者はその人間味の部分を誰も評価してくれないと不満たらたらだったらしいが、いや、これを評価するのはさすがに厳しいと思うけれど(苦笑)。ミステリ的な評価はもちろんだが、エピソードが他愛ないものばかりで、シリーズ化する意義もよくわからない。
 やはり面白いのは、質量ともにある程度の条件を満たした作品であり、なかでも「蒔かれし種 秋月の日記」は意外性も十分でまずまず楽しめた。

 まあ、全体ではなかなか厳しい一冊ではあるが、最終的な評価は二巻を読んでからということで。


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 最近のマイブーム、笹沢左保の『空白の起点』を読む。ポール・ブリッツさん、根岸鴨さんがオススメしてくれていたが、確かにこれも良作であった。

 こんな話。大阪発の急行列車「なにわ」が東京をめざし、真鶴を通過しようとしていたときのこと。乗客の一人、小梶鮎子が海岸の崖から男が墜落するところを車内から目撃した。ところが東京駅に着いた鮎子は、鉄道公安官から、墜落した男が自分の父・美智雄であったことを知らされる。
 たまたま同じ列車に乗り合わせていた保険会社の事故調査員・新田純一は、その偶然が気にかかり、保険の加入状況を調べると、最近、高額の保険に加入したことが判明。事故の裏に何かあるのではないかと考えた新田は引き続き、調査を続行するが……。

 空白の起点

 『招かれざる客』、『霧に溶ける』、『人喰い』とタイプは異なるが、本作もまたなかなかの出来である。
 一言で言ってしまうと、二時間サスペンスドラマ風の展開で、主人公の新田が調査を進めるうち、被害者の周囲には複雑な人間関係があることがわかり、そこからある容疑者が浮かび上がる。ところがその容疑者が自殺を遂げるあたりから、逆に事件の様相がますます怪しくなっていく。後半は犯人の見当もつきはじめ、アリバイ崩しが中心になっていくが、ラストではそれにとどまらない意外な真相が明らかになる。
 雰囲気は確かに二時間サスペンスドラマ風ではあるし、そこまで派手な仕掛けがあるというわけではないのだが、予想を半歩ほど上回っていく展開が心憎く、しっかりしたプロットをうまくストーリーに乗せているといった印象だ。
 特に動機についてはよく練られており、単なる二時間サスペンスドラマに終わらない魅力がある。

 気になったのは、登場人物の人物造形か。ストーリーの軽快さに比較すると、主人公の新田などは作品にそぐわない暗さであり、事件の様相に絡めて物語に深みを出そうとしたとは思うのだが、終盤で明らかになる事実には、あまりの唐突さにちょいとひいてしまうぐらいである。
 かたやヒロイン格の女性は、新田とのロマンスや三角関係といった適度な読者サービス要員にもなっており(この辺も二時間サスペンスドラマっぽい)、新田とのバランスを考えると少々座りが悪い感じ。まあ、ここは個人的な好みも入っているので。そこまで気にするほどでもないけれど。

 というわけで、二時間サスペンスドラマ風とはいっても、非常に上質な二時間サスペンスドラマ。リーダビリティも高く、まずは安心してオススメできる一作である。


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 台風の影響で大雨の中、衆院選の投票に出かける。たった十五分ほど外出しただけで靴も靴下もぐちゃぐちゃ。今日のテレビは開票速報だらけだが、台風の災害などが出たら政府もテレビもちゃんと対応できるんだろうか?

 本日の読了本はマーガレット・ミラーの『雪の墓標』。論創海外ミステリからの一冊である。まずはストーリーから。

 クリスマスが間近に迫るアメリカの田舎町アルバナで殺人事件が起こった。被害者は建設業を営む既婚者のマーゴリス。容疑者はその不倫相手の独身女性ヴァージニア。痴情のもつれかと思われたが、泥酔していたヴァージニアは当時の記憶がなく、それでいて犯行は強く否定していた。
 さっそく弁護に駆り出されたのが地元の弁護士ミーチャム。しかし、過保護に育てられたせいかまったく協力する姿勢も見せない我儘な態度に、ミーチャムも手を焼く始末。そこへヴァージニアの母親ミセス・ハミルトンがやってきて場をかき乱し、遂には自ら犯人を名乗る青年が現れて……。

 雪の墓標

 マーガレット・ミラーの作品はラストのサプライズも魅力ではあるのだが、やはり心理描写の巧さとそれに比例するサスペンスの盛り上げが大きな特徴だ。
 本作『雪の墓標』はそんなミラーの特徴がとりわけ発揮された一作といえるだろう。弁護士ミーチャムが探偵役として進行を務め、彼の目を通して、何やら複雑怪奇な人間模様が描かれてゆく。ヴァージニアとハミルトン親娘はもちろんだが、そのほかの事件関係者の思惑や心理もこってり盛り込んで、ミラーの人間観察の確かさと、そして意地の悪さがひしひしと伝わってくる。
 犯行方法こそショッキングだが、事件そのものはいたって地味で、ストーリーのうねりにも乏しい。正直、ほかの作品と違って、異常者というほどの人物も出てこない。それでも惹きつけられてしまうのは、やはり上で述べたような人間描写のうまさがあるからだろう。ごくごく普通の人のなかにある悪意を作者は巧みに拾い上げてくる。とにかく絶妙なのだ。

 解説によると、乱歩は本作について「成り行き探偵」「平々凡々のみ」となかなか辛口だったようだが、まあ当時の乱歩はミステリの啓蒙という意識が強かったから、この手の作品の評価はどうしても低くなりがちだったのかもしれない。
 確かに『殺す風』とか『まるで天使のような』ほどのパンチはないのだけれど、作者の持ち味自体はしっかり出た佳作といってよいだろう。


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 アンデシュ・ルースルンドとステファン・トゥンベリによる合作『クマと踊れ』読了。

 レオ、フェリックス、ヴィンセントに幼なじみのヤスペルを加えた四人は、さらに銀行強盗を続けるが徐々に綻びが見え始め、不協和音が流れ出す。そんななか、彼らが最後に計画したのは三ヵ所同時の銀行襲撃であり、しかも陽動作戦として駅で爆弾を使うことを企てるのだが……。

 ううむ、下巻の粗筋ではなく、上巻終盤のまとめになってしまった(苦笑)。まあ、この爆弾を使うことで、チームの亀裂が本格的になり、そこから思いがけない展開が待ち受けというのが下巻の流れだ。

 熊と踊れ(下)

 本作は、 アマチュアによる銀行強盗計画という犯罪小説としての魅力、三兄弟の絆やその父との確執を描くヒューマンドラマとしての魅力、大きく二つの面があると思うのだが、そのバランスが絶妙である。
 二つの面はそのままストーリー上でも動と静の役割をもたされており、実にいいタイミングで物語に緩急をつける。さらにはレオの恋人の苦悩、父子の会話から炙り出される過去の忌まわしき記憶、事件を追うブロンクス警部の抱える闇などが交差し、これらがストーリーの効果的なアクセントにもなっており、非常にリーダビリティが高い。特に下巻は物語がどう転ぶか予測がつきにくく、実にスリリングだ。
 北欧のミステリというと、もっぱら社会問題や家庭問題をテーマにした警察小説というイメージがあるけれど、こういう骨太の犯罪小説もあるのかと感心。今までのイメージを吹き飛ばしてくれることは間違いない。

 人物描写も巧い。主要なキャラクターはこの分量にして十人にも満たない程度で、その誰もが非常に個性が際立っている。
 なかでも主人公格の長男レオ、そしてその父のキャラクターは突出している。父は暴力的でエキセントリックなところもあるが、その反面、家族の血を非常に重視する男である。しかし、その家族は、正にその血のために地獄を見る。
 レオはそんな父から弟たちを守ろうとするが、その彼もまた、血を尊び、知らず知らず父の道を歩み、暴力にのみ込まれてゆく。こういったレオと父の関係性、一番まともだったはずのレオが次第にズレていくあたりなどはなかなか達者なものだ。
 物語はやや意外に思えるほど静かなクライマックスを迎えるが、ラストのラストでレオの持つ闇を再認識させられ、なんとも言えない余韻を残す。お見事。

 ひとつだけ注文をつけるとすれば、ブロンクス警部のドラマ。かなりやりすぎの感が強く、しかも消化不良。特にあのエピソードだけは作り物感が非常に強いのが気になった。まあ、好みもあるかな。

 ちなみに本作は事実を元にした小説である。かなり破天荒な事件を扱ってはいるが、登場人物や事件もかなり忠実に再現しているらしい。
 それだけでも驚きではあるのだが、まあ、でもこれぐらいなら別に珍しい話はない。さらに驚いたのは、本作に登場する三兄弟が、なんと作者の一人、ステファン・トゥンベリの実の兄弟だということだ。つまり、本当は四兄弟で、作者のステファンだけが強盗に加担しなかったのだ。
 事件や人物の詳細な描写の数々は、こういうところに理由があったのだろう。

 なお、本作の続編『En bror att dö för』も既に今年、発売されているようだ。引き続きこの兄弟の物語なのか、あるいは消化不良気味だったブロンクス警部の物語になるのか、その辺は不明だが邦訳を楽しみに待ちたい。


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 アンデシュ・ルースルンドとステファン・トゥンベリの共著、『熊と踊れ』をとりあえず上巻まで読了。
 昨年の「このみす」と「ミス読み」では1位、そのほかのランキングでも2位と、各種ミステリランキングで上位を総なめにした作品である。

 著者は二人とも馴染みのない名前だったが、アンデシュ・ルースルンドの方は日本初紹介というわけではなく、ベリエ・ヘルストレムとの共著で、グレーンス警部&スンドクヴィスト警部補シリーズがRHブックス・プラスや角川文庫で翻訳がある。残念ながら日本ではまったくブレイクしなかったようだが、角川文庫で出た『三秒間の死角』はなかなかの力作のようだ。
 そのルースルンドがコンビをステファン・トゥンベリに変えて書いたのが、本書というわけである。

 こんな話。レオ、フェリックス、ヴィンセントは粗暴な父によって崩壊した家庭で育った三人兄弟。父に対する恨みもあり、より固い絆でつながった三人もやがて独立したが、レオの発案で軍の倉庫から大量の武器を盗み出し、幼馴染のヤスペル、レオの恋人・アンネリーとも協力して銀行強盗を決行する。
 そして最初の銀行襲撃。計画そのものはなんとか成功したものの、成果は必ずしも満足できる水準ではなく、レオはさらなる計画を立てる。一方、市警のブロンクス警部はあまりに鮮やかな手口から、プロの仕業と睨んで捜査を開始する……。

 熊と踊れ(上)

 まあ、半分しか読んでいないのに、こんなこと断言していいのか不安だが、これは確かに傑作だわ。上巻だけでもかなりの満足感。
 三人の兄弟は実に辛い幼少時代を送っており、そういうトラウマを背負いつつ、銀行強盗を実行する。幼馴染のヤスペルこそ軍人上がりだが、犯罪に関しては皆アマチュアである。当然ながらさまざまなリスクもあるし、ときには揉め事もあるのだが、長男のレオはそれらを補うべく、徹底的に計画を練り込み、そして仲間をまとめていく。さらにはこれを追うブロンクス警部のドラマも気になるところが多い。

 これらの過程がみっちり書き込まれているので、とにかく引き込まれる。このあと、どういう展開、そしてラストが待ち受けているのか実に楽しみである。


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 笹沢左保の『人喰い』を読む。著者の長編第四作にして第14回日本推理作家協会賞受賞作品。

 こんな話。
 本多銃砲火薬店に勤める花城由記子が妹・佐紀子に遺書を残して失踪した。由記子は社長の息子、本田昭一と付き合っていたが、本田家の反対にあい、しかも会社でも執拗な嫌がらせを受けていたのだ。そんな二人が選択したのは心中という手段だったが、発見されたのは昭一の遺体だけだった。
 由記子の生死がはっきりしないまま、本多銃砲火薬店での爆破事件、そして殺人事件が発生するにおよび、ついに由記子は殺人犯として指名手配を受ける。佐紀子は姉の無実を信じ、恋人とともに調査を始めるが……。

 人喰い

 笹沢左保の初期長編は力作ぞろい、特に本格魂にあふれるものが多いということで、そのあたりを中心に読み進めているのだが、本作『人喰い』もまたその期待を裏切らない傑作である。

 これまで読んだのは『招かれざる客』、『霧に溶ける』だが、これらは警察の捜査を中心に物語が進んでいたのに対し、本作は容疑者の妹・佐紀子が調査に乗り出す素人探偵もの。その分だけサスペンス要素が強めなのが特徴で、姉の由記子は果たして被害者なのか、それとも犯人なのか、あるいは別の真相があるのか、その興味で引っ張りながら物語を進めていくのがよろしい。
 トリックの盛り込み方は先の二作ほど賑やかではないけれども、物語の盛り上げ方などを加味すると、個人的には本作の方が好みである。

 トリックの盛り込み方が云々と書いたように、ひとつひとつのネタはやや厳しい。
 ただ、これは先の二作も似たようなもので、笹沢作品では、そういう物理トリックよりも意外な事件の真相が見どころである。叙述トリックというほどのものではないが、事件の様相をガラッと変えてみせる技術は相変わらず冴えている。

 まあ、登場人物が限られているので、今のミステリファンであればヤマ勘でも犯人は当てることも可能だが、なんというか、こういう書き方をするとちょっと語弊はあるけれども、いわゆる火曜サスペンス劇場とか、そういうサスペンスドラマのお手本のような作品といってもいいだろう。

 タイトルの『人喰い』の意味については、終盤で犯人の言葉によって明らかになるのだが、この犯人の性格付けと合わせてなかなかに興味深く、微妙にイヤーな読後感を残すところも好み。この暗さもまた笹沢作品の魅力であろう。
 ともあれ笹沢作品の良さはだいぶ実感できてきたので、今後ももう少し読み進めてみたい。


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 ジョンストン・マッカレーの『仮面の佳人』を読む。たまたまだが「黒蜥蜴」に続いて女盗賊つながりである。
 本作は論創海外ミステリの一冊ではあるが、マッカレーは代表作である「地下鉄サム」や「怪傑ゾロ」のシリーズを見てもわかるように、ミステリというより冒険小説や大衆小説の書き手である。そして本作もまた冒険小説成分が高い一冊であった。

 こんな話。大学で教鞭を執るサルウィック教授はある夜、強盗に押し入られる。しかし、教授はこれを見事返り討ちにすると、なぜか強盗を椅子に座らせ、犯罪者の生活についていろいろと聞き出そうとする。実はサルウィック教授、あまりに教職での収入が少ないため、犯罪者に転向しようと考えていたのだ。
 一方、町のギャンググループのボス・赤毛のライリーは、刑事から逃げるため、誤って敵対するギャングが集まる酒場に入ってしまう。なんとか穏便にすまそうと思ったが、結局は大勢を相手に闘うハメになってしまうライリー。腕に覚えはあっても多勢に無勢、ライリーが観念した瞬間だった。なんとその場に居合わせたサルウィック教授が助太刀に現れたのだ。
 次から次へと襲い掛かる相手を薙ぎ払う二人。しかし、ついに袋小路に追い詰められる。そのとき二人の窮地を救ったのが、黒い仮面をつけたドレス姿の女性だった。M(マダム)・マッドキャップと名乗るその女性は、ある犯罪計画を二人にもちかけるが……。

 仮面の佳人

 おお、これぞ古き良き時代の冒険小説(1920年の作品である)。いろいろな山場を盛り込みつつも、基本的にはゆったりした感じとユーモアで包まれているので、変なハラハラドキドキはなく、素直に楽しむことができる。
 キャラクターもステレオタイプではあるが、デフォルメぐらいがほどよく、特に犯罪者志望のサルウィック教授のちょいボケ具合がなかなか面白い。

 感心したのはプロット。思った以上にしっかりしていて、エピソードを重ねるというよりはきちんと着地点を見据えてプロットが作られている印象である。マッドキャップの狙いが何なのか?その正体は? 中盤あたりでいよいよ興味もはっきりしてきて、予想以上に読者をひっぱってくれる。
 まあ、それを支えるネタの数々が、今読むとさすがにかなりの古さを感じさせるのだけれど(笑)、それは時代ゆえ仕方あるまい。
 ということでそれほど期待していなかっただけに、意外なほど楽しい一冊でありました。


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