fc2ブログ
探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 11 2017

ディディエ・デナンクス『カニバル(食人種)』(青土社)

 ディディエ・デナンクスの『カニバル(食人種)』を読む。デナンクスはフランスの作家で、ミステリという体裁をとりながらも、扱うテーマはフランスが抱える歴史の暗部や恥部をえぐるものが多く、内容は極めて硬派。
 本作もまた1931年に開催されたパリ植民地博覧会に秘められた事件をもとにしており、もはやミステリですらないが、冒険小説的な味付けがされており、むしろ『記憶のための殺人』や『死は誰も忘れない』のようなミステリよりも取っつきやすい読み物となっている。

 カニバル

 さて、その事件。今では“パリ植民地博覧会”という名称だけでも既に噴飯ものだが、当時のフランスは多くの植民地を有しており、その世界中の領土から特産品を集めて披露しようとしたのである。
何よりひどいのは、なんと“人”まで展示しようとしたことだ。
 フランスはカナック(ニューカレドニア)の若者数十人をパリ旅行と偽って連れ出し、劣悪な環境で“食人種”を演じさせた。さらにはフランスがドイツの動物園から借りてきたワニが大量死してしまったため、ドイツの動物園にその代わりとして三十人のカナックを貸し出してしまう。

 もう無茶苦茶である。国家の威厳を世界にアピールしたい政府は今も昔も変わらないが、人種差別に関しては圧倒的な酷さ。アメリカの人種差別もひどいが、ヨーロッパのそれは自分たちが正しいことをやっているという認識のうえでなされているイメージがあり、より根深い感じである。

 本作の主人公はそんなフランスに連れてこられたカナック族の若者ゴセネ。
 彼は恋人とともに連れてこられたが、彼女がドイツの動物園送りになったことを知り、彼女を連れ戻そうと決意する。そして仲間の一人とともに脱走し、ドイツへ向かおうとするのだが……。

 本作は決して純粋な冒険小説ではないのだが、それでも主人公のパリでの活躍は非常に面白く読むことができる。
 普段は近代文化と切り離された生活をしているから当たり前のことなのだが、見るもの聞くものすべてが知らぬものばかり。それでも多少の知識をもとに考え、ときには親切な人々の手を借りながら、なんとかドイツへの道を探そうとする主人公。事実をもとにしているとはいえ、それなりに膨らませているところもあるのだろうが、ストーリーはけっこうスピーディで引き込まれる。
 いかんせんボリュームが中編程度なのでお腹いっぱいにはならないけれども、テーマがはっきりしていることもあり、まずまず読み応えのある一冊だった。


蘭郁二郎『蘭郁二郎探偵小説選I』(論創ミステリ叢書)

 論創ミステリ叢書から『蘭郁二郎探偵小説選I』を読む。蘭郁二郎は海野十三と並んで、日本のSF黎明期をリードしてきた人というイメージが強いが、SF(そしてジュヴナイル)に手を染めるようになってきたのは太平洋戦争に入る少し前のことで、初期はもっぱら変態趣味(笑)の変格探偵小説を中心に書いていた。
 その初期の探偵小説はちくま文庫の『怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像』にまとめられており、これで探偵小説系の代表作はほぼ読めると思っていたのだが、どうやらSFを中心に書いていた後期にも、それなりの数の探偵小説を書いていたようで、そちらをまとめたのが、この論創ミステリ叢書版ということらしい。
 収録作は以下のとおり。

【月澤俊平の事件簿】
「闇に溶ける男」
「南風荘の客」
「指輪と探偵」
「妙な錠前屋」
「慈雨の殺人」
「発明相談所」
「火星の荒野(あれの)」
「新兵器出現」
「海底探検余聞」
「南海の毒杯」(長編)
「林檎と名探偵」

【少年探偵王】
「温室の怪事件」
「幽霊自動車の事件」
「大宮博士の事件」
「不思議な電話の事件」
「雪の山小屋の事件」
「飾り時計の事件」
「百貨店の怪盗事件」

【林田葩子(はやしだはなこ)作品集】
「花形作家」
「第百一回目」

 蘭郁二郎探偵小説選I

 うひゃあ。蘭郁二郎がSF中心に書いていた頃の探偵小説という触れ込みだったので、どちらかというと拾遺集的なものだと思っていたら、シリーズものがガッツリふたつも入っているし、長編まで丸々一本収録されているとは。やっぱり読んでみないとわからないものだなぁ。
 ともかく予想以上に楽しめた。

 【月澤俊平の事件簿】は大人向けの和製ルパンもの。月澤俊平とは世を忍ぶ仮の姿であり、その正体は義賊・弦巻謙介。初期に書いていた探偵小説とはまったくかけ離れたスマートなストーリーであり、さすがにトリックの古さは否めないものの、オチをキリッと効かせた小気味よい物語ばかりで思った以上に引き込まれる。
 驚いたのは、この月澤俊平というキャラクターや作風が、作品ごとにどんどん変化していくところである。スマートな義賊ものが徐々に防諜小説色が強くなり、その味付けとしてSFテイストも盛り込まれる。戦時下の影響が大きくなっていると解説にあったが、確かにそのとおりだろう。おまけに義賊的な設定すらなくなって、いつのまにか007のような雰囲気すら漂わせるのは笑った。
 戦時ならではの作風転換ではあるのだが、そこにトリック趣味があることを解説では指摘しているものの、ううむ、そこまでのものかどうかは疑問である。ただ、小説のカラーが変わりつつも、探偵小説としては以前面白く読めるのはさすがだ。

 【少年探偵王】は少年探偵・照夫君を主人公にしたシリーズで、こちらは月澤俊平シリーズ以上に本格探偵小説として成立している。ただ、相当にいろんなところからネタを拝借しているようで、このあたりはそういうものとして捉えるしかないだろう。
 むしろ興味深いのはこのシリーズが発表されてきた経緯であり、月澤俊平シリーズもそうだが、蘭郁次郎はとことん時代に翻弄された作家といえるかもしれない(説明すると長くなるので興味ある方は本書解説でどうぞ)。

林田葩子名義で書かれた作品はいわばボーナストラック。どちらも雑誌『探偵文学』に掲載されたものだが、どちらも探偵小説ではないけれどかなり変な話である。
 特に「花形作家」の不条理な物語はけっこうなインパクトだ。夫が書いた小説を妻が発表することで売れっ子になった夫婦の運命は……というものだが、今でも十分に、いや今だからこそ響く物語といえるかもしれない。


エリス・ピーターズ『雪と毒杯』(創元推理文庫)

 エリス・ピーターズの『雪と毒杯』を読む。修道士カドフェルのシリーズで知られるエリス・ピーターズだが、本作はそのシリーズが発表される以前、1960年に書かれたノンシリーズの一作。

 こんな話。クリスマス迫るウィーンの夜。その地で偉大なるオペラ歌手アントニアが息を引き取った。最期を看取った親族や医者、弁護士、マネージャー、秘書たちはチャーター機で帰途に着く。
 ところがロンドンをめざすその飛行機が、悪天候のためオーストリアとイタリアの境に位置するチロル地方に不時着。幸い、小さな山村が近くにあったため、一行はその村の宿に避難したが、その山村自体が大雪で外部と隔絶されている状態だった。
 ひとまず宿に落ち着いた一行。だがそうなると気になるのはアントニアの残した遺産だった。緊張感が増す中、ついに弁護士は遺言状を読み上げるが、その内容は誰も予想もしないものだった……。

 雪と毒杯

 吹雪の山荘、遺産相続、ラブロマンスにフーダニッットなど、鉄板ともいえるネタを盛り込んで、いかにも古き良き時代の本格探偵小説といった雰囲気を作り出している。
 登場人物たちもややステロタイプではあるが、非常に生き生きと描かれており、全体としては好印象。

 ただ、ロジックやトリック、意外性という部分ではそこまでキレはなく、中盤の捻りもあるにはあるがそれほどのパンチはない。それならせめて遺産をめぐって一人ずつ殺害されるような超緊迫の展開を期待したいのだが、いかにもな設定とキャラクターのせいか変な安心感が漂ってしまい、こちらもいうほどサスペンスは盛り上がらない。

 まあ、逆にいうと、この安心感こそが本作の持ち味であり、良さでもある。ストーリーと同じような寒い雪の日に、暖かい部屋で暖かいものでも飲みながら、素直にゆったりと本格探偵小説の雰囲気に浸るのが、本作のもっともよい楽しみ方だろう。


ヘレン・マクロイ『月明かりの男』(創元推理文庫)

 ヘレン・マクロイの『月明かりの男』を読む。1940年に発表された著者の第二長編にしてベイジル・ウィリング博士シリーズの第二作である。

 まずはストーリー。長男の進学の相談でヨークヴィル大学へやってきた次長警視正のフォイル。彼はそこで“殺人計画”が記された紙片を拾ってしまい、そこへたまたま現れたコンラディ教授にも意見を求める。ところがコンラディは予想以上に深刻にそれを受け止め、自分が死ぬことがあったら決して自殺ではないからと告げてその場を去っていった。
 その直後、学内でブリケット博士が実験に使っていた拳銃の紛失騒ぎが起こり、気になったフォイルはその夜、再び大学を訪れたが、案の定その不安が的中した……。

 月明かりの男

 未訳作品の紹介が進むにつれ、サスペンスの名手からいつの間にか本格の名手に変貌したマクロイだが、本作もまたオーソドックスな本格探偵小説である。
 まず大学という舞台がいかにもそれらしい。そこに堅物の学者だけでなく、マッドサイエンティストもどきや俗物、ワケありの亡命学者など、個性的なキャラクターを配し、彼らとウィリングのやりとりだけでもなかなか読ませる。
 加えて著者お得意の心理分析や精神医学などもふんだんに盛り込んでいるが、 後期の作品ほどひねった扱いではなく、嘘発見器だとか心理テストで捜査にあたるなど、そのストレートな使い方も楽しい。また、そんなテストの結果から推理するだけでなく、テストを拒否する者たちの心理を読んでいくところなど、十重二十重に仕掛けてくれるところも心憎い。

 もうひとつ本作の特徴として目立つのは、やはり1940年という時代すなわち戦争の影響である。ストーリー上でも需要な要素として機能しているのだが、ことさら反戦などと騒ぎ立てるのではなく、ごく普通に物語の背景として用いているとところが恐れ入る。
 カーの作品などもそうだが、こういう当時の英米作家の感覚やお国事情にはいつも考えさせられる。この彼我の差はなんなんだ。

 ということで、驚くような大トリックなどはないけれども、マクロイの特徴でもある心理分析や精神医学がふんだんに盛り込まれ、実に楽しい一作である。これらの特徴はデビュー長編『死の舞踏』でもすでに顕著だが、二作目にして一気に上手くなっている印象である。


「杉本一文 装画の世界/銅版画の世界」

 二日ほど前に空犬さんのブログ「空犬通信」で「杉本一文 装画の世界/銅版画の世界」が開催されることを知り、初日の今日、六本木ストライプスペースまで出かける。

 杉本一文装画の世界1

 杉本一文といえば、ミステリ者にはいうまでもなく角川文庫の横溝正史のカバー絵で知られている方。横溝正史だけでなく半村良や、あの『狩久全集』なども手がけており、横溝ファンだけでなくミステリ好きにとって決して忘れることのできない絵描きさんではなかろうか。
 ちなみに杉本画伯の展覧会は意外にひんぱんに開催されており、管理人も過去に神保町の東京堂書店で行われた「杉本一文原画展」や山梨の根津記念館であった「イラストレーター杉本一文が描く横溝正史の世界」などでも拝見したことがある。

 絵の魅力については今更管理人が力説するまでもなく、ファンには十分に周知されているところだろう。横溝正史描くおどろおどろしい世界観を見事に再現しており、怖い中にも妖しさや美しさが感じられ、たまらない魅力がある。個人的にはそのエロティックな部分が発揮されているものが好みで(笑)、定番といってもよい『真珠郎』をはじめ、『誘蛾燈』、『白と黒』なんかが実によろしい。

 さて、初日の朝イチということもあるのか、管理人が訪れたときには意外に人が少なかったため、ゆっくりと絵を鑑賞することができたが、何より嬉しかったのは杉本画伯ご本人がいらっしゃったこと。
 人が少ないおかげで画集にサインもしてもらい、先生とも十分弱ぐらいだが差し向かいで話ができて非常にいい記念になった。横溝カバーについてはスピードやスケジュール優先で、それほど中身を読まずに描きとばしたとか(笑)、描き始めると一日二日で仕上げたとか、逆に半村カバーはストーリーや設定が読み込まないと理解できないから大変だったとか、短いながらいろいろと興味深い話が聞けたのは満足である。あちらこちらに出ている話ではあるが、やはり直接聞けたというのが嬉しい。

 杉本一文装画の世界2

 杉本一文装画の世界3

 ということで、会期も短いことですし、お時間があればぜひ皆様も足をお運びください。

村上春樹『騎士団長殺し 第2部遷ろうメタファー編』(新潮社)

 村上春樹の『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』を読了。

 ※今回、ストーリーとラストに触れますので、未読の方はご注意ください。

 騎士団長殺し第2部

 うむう。傑作とは言わないが、このところの春樹作品のなかでは、まだいい方ではなかろうか。
 表面的にはこれまでのハルキワールドの総集編というか、これまで扱ってきた数々のお得意のモチーフを散りばめており、それほどの差がないようにも見える。

 異世界へと通じる扉(本作では“穴”)
 感情表現に乏しい(ただしある意味神格化された)若い女性
 とぼけた味をもつ、敵とも味方ともつかない異世界の住人(のような何か)
 世界を覆すかのような絶対的悪の存在(ただし表面には絶対浮上してこない存在)
 全体を覆う喪失と再生の香り、比喩だけでしか表現されない(したがって意味が通じにくい)主人公への謎の試練
 本筋と関わらないけれども世界観を補足する上では重要(?)な徹底的デティールへのこだわり
 草食系ばかりの登場人物によって繰り広げられる異常なまでの肉欲などなど

 著者の語り口が好きというファンであれば、これだけでお腹いっぱいだろう。
 ただ、もちろん本作の特徴はそれだけではない。意外だったのは、消化不良な読後感ばかりが強かった最近の作品に比べ、本作に関しては一応は着地点をきちんと見据えて書かれていたことだ。しかもそこそこ甘口のハッピーエンド。
 とはいえ、これまではスケール感を大きくしすぎて回収しきれないイメージだったのに対し、本作はまとまってはいるがこじんまりとしており、言葉は悪いが置きにいった感も強い。
 まあ置きにいくことがすべて悪いわけではないが、いろいろなギミックを用意している割には、物語のテーマが最終的にほぼ主人公の喪失と再生に寄ってしまっているのは少し残念だった。

 第1部のあたりではまず“騎士団長殺し”という絵が登場し、それが“穴”の存在を誘発し、さらにはイデアを出現させてしまう。同時に、白髪で完璧主義の免色という男、無口な十三歳の少女まりえなど、いかにもハルキワールドらしい登場人物が続々と登場する。
 一方、妻と別れ、肖像画という仕事も辞めた主人口は、まだ人生のリセットの最中。それらに対して積極的に関わることはしないのだが、人の本質を的確に捉えて絵にできる主人公のスキルによって、少しずつ物事や人物のつながりを浮かびあがらせてゆく。いわば主人公は触媒のような存在であり、彼の存在と、彼が関わる絵によって、先への興味をもたせてゆく。
 という具合で前半はそれなりに期待させるのだが、最後に主人公自身の物語としてハッピーなラストになったことが逆に拍子抜けだったのである。妻とよりを戻すために、どんだけ不思議なことが起こるんだよという(苦笑)。

 納得いかない点としては、まず“騎士団長殺し”という絵との関わりである。この絵を描いた作者が戦争を通じて体験した数々の悲劇。それがこの絵になかに盛り込まれている、というか封印されているのだ。主人公はその絵のなかにある、それこそイデアやメタファーを感じ取ることができるのだが、なぜかそれと対峙することはない。
 終盤では作者本人とも会うのだが、それは別の目的のための手段であり、こちらが本筋ではないため、結局、過去の悲劇に対しての掘り下げが非常に薄いものに終始してしまうのが残念だった。

 納得いかない点その二としては、終盤に起こるある事件、まりえの失踪である。こちらの事件の真相もどう主人公と関わるのか意味が見えにくい。
 主人公と彼女の精神的なつながりはわかるが、主人公の試練がとことんファンタジー的な冒険なのに対し、彼女の失踪事件の真相は非常に現実的で、その関連性が非常に弱いものになっている。
 結局、彼女の問題ではなく、主人公が再生するための儀式でもあるのだろうが、決着をつけるための展開としてはかなり強引で、これもまた拍子抜けするラストの大きな要因である。

 それでも先に書いたように、最近の作品の中ではまずまず伏線回収もできているし、わかりやすい物語ではあるので、ハルキワールド入門書としてはオススメといえるだろう。

 なお、本作には第3部があるのではという気がしている(もう誰かがすでに予想しているだろうけれど)。
 根拠としては二つ。本作が上下巻ではなく、第1部と第2部という構成であること。二冊で終わりなら上下巻でいいわけだし、続きを書く可能性があるから、それに対応できる副題にしたのではないか。
 もうひとつは、本作にはプロローグがあるのに、エピローグがないこと。こちらもちゃんとエピローグをつけた第3部が出ることを予想させる。
 まあ、『1Q84』の例もあるので、かなり確率は高いのではなかろうか。そしてもし第3部が出るなら、ペンギン人形の返却と肖像画の約束をした“顔のない男”の話になるのではないか。


村上春樹『騎士団長殺し 第1部顕れるイデア編』(新潮社)

 遅ればせながら村上春樹の『騎士団長殺し』に着手。ひとまず第1部「顕れるイデア編」まで読了する。
 『1Q84』から数えると七年ぶりとなる新作長篇。最近の長篇に対してはけっこう辛めの感想ばかり書いているような気がするが、それでもやっぱりこうして買って読んでしまうのは、初期の作品を読んだときの印象があまりに強く、それを期待しているからだろう。
 さて、今回は果たしてどうか。

 騎士団長殺し第1部

 肖像画で生計を立てる主人公の“私”は、あるとき妻から離婚を切り出され、自ら自宅を出ることにする。しばらく旅を続けた後、彼が新たな住まいに定めたのは、小田原の山間部に建てられた、“私”の友人の父である日本画家のアトリエ兼住居だった。
 その家で“私”は肖像画を描くこともやめ、ふもとの町で絵画教室の講師をしながら新しい暮らしをスタートさせたが、少しずつ変わった出来事が起こり始める。屋根裏で発見された『騎士団長殺し』というタイトルの日本画、肖像画の依頼をしてきた免色(めんしき)と名乗る男、真夜中に聞こえる鈴の音……。
 直接的ではないけれど、それらが静かに干渉し合い、“私”は不思議な出来事へと誘われてゆく。

 まだ第1部を読んだだけなので結論には早いが、全体的にはいつものハルキ的作品のようには思える。
 幻想小説的手法を取り入れ、「喪失と再生」をテーマとし、異世界やらメタファーやら敵とも味方ともつかない登場人物やらディテールへのこだわりやら、もうあらゆる部分でハルキワールドが再構築されている印象である。
 詳しい感想は第2部読了後に。


本田緒生『本田緒生探偵小説選II』(論創ミステリ叢書)

 先日の一巻に続いて、『本田緒生探偵小説選II』を読了。二巻では1928年以降の作品を収録している。

「恐怖時代」
「運と云ふもの」
「鼠賊為吉簪奇譚」
「小指」
「街の出来事」
「拾つた遺書」
「或る結末」
「ゑろちつく・あるはべつと」
「長右衛門の心」
「名刺」
「事件」
「三つの偶然」
「或る男の話」
「暗黒におどる」
「波紋」
「謎の殺人」

 本田緒生探偵小説選II

 『本田緒生探偵小説選I』の感想でも書いたが、全般的にあっさり目というか尖ったところがあまりなく、ページ数の問題もあるのだが、どうしても物足りなさが先に立つ。その印象は後期作品を集めた本書でも残念ながらあまり変わらなかった。

 バラエティに富んでいるのはいいとして、もう少しその先を突き詰める姿勢がほしかった。たとえばユーモアものに著者の嗜好性が強く出ているようなので、そちらを極めるとか。

 本書でいうと「鼠賊為吉簪奇譚」は比較的そんな著者の良さが出ている作品である。一本の簪をめぐって、主人公がさまざまな人物と出会い、人生について考えていく。
 比較的長めの短編で、ミステリというよりは大衆時代小説なのだが、これを長編ほどの分量に膨らませることができれば、本田緒生版『月長石』になったかもしれない。いや、ならないだろうけど(笑)。

 あと本筋ではないのだが、いろいろな作品で江戸川乱歩について言及しているのは少し気になった。
 乱歩はいうまでもなく同時代のトップランナー。果たして緒生はライバルとして意識していたのか、あるいは敬愛や尊敬の念であったのか。まあ、さすがに後者だとは思うけれど、エッセイならともかく小説でこれだけ言及するのは珍しい。


笹沢左保『どんでん返し』(祥伝社ノン・ポシェット)

 笹沢左保の『どんでん返し』を読む。最近読んでいた初期長編から離れて、これは中期に刊行された短編集である。まずは収録作。

「影の訪問者」
「酒乱」
「霧」
「父子(おやこ)の対話」
「演技者」
「皮肉紳士」

 どんでん返し

 どんでん返しがテーマの短編集。しかも全編、二人の登場人物の会話だけで構成されており、なかなか技巧的でアグレッシブな試みである。
 ただ、技巧的ではあるし、どれもきちんとオチを工夫してあるのだけれど、いかんせん会話だけだといろいろ制限が多くなり、どうしても先が予想しやすいのが惜しまれる。それでも何作かはこちらの予想を超えるものもあって、まずまず悪くない短編集である。
 なお、タイトルにまで“どんでん返し”とつけるのは、いくら何でもハードルを上げすぎじゃないかな(苦笑)。

 以下、作品ごとの感想など。

 「影の訪問者」はかつて婚約していた男女の会話。深夜に突然やってきた女の不審な様子から、男が推理を披露して……という物語。会話ミステリー(そんなジャンルがあるかどうかは知らんが)の基本系みたいな作品である。それだけに予想されやすいところはあるのだが、サスペンスも高く、きちんとまとまった佳作。一幕ものの芝居みたいな雰囲気もよい。

 その基本形を捻ってあるのが「酒乱」。五十代の夫婦の会話だが、昔に起こったと思しき事件を二人で回想していくのだが、余韻も含めて本書のピカイチ。

 「霧」は心中を図ろうとする若い夫婦の会話。これは単純で驚きも少なくいまひとつ。

 「父子の対話」は「酒乱」に次ぐ出来の良さ。売れっ子弁護士になった息子とその父の会話だが、御都合主義が一ヶ所あるのはいただけないが、会話だけでこれだけの豊穣なストーリーを展開させる手腕が見事。

 「演技者」は夫の殺人を企む女優とその不倫相手の会話で始まり、後半は女優と捜査にあたる刑事の会話で締める。プロットに無理があり、本作だけ会話も都合三人で成り立たせているため、印象も弱くなってしまった。

 「皮肉紳士」は空港へ向かうタクシーの中で、大学教授に事件の相談をする刑事の話。これは会話ミステリというより安楽椅子もののアレンジ。なので会話ミステリとしての面白さには欠けるのが残念。


アレクサンドル・ベリャーエフ『ドウエル教授の首』(創元SF文庫)

 上野の森美術館でやっている「怖い絵」展を観にいきたいのだが、公式ツイッターで待ち時間を調べると九十分とか普通に出てくるので、なかなかその気にならない。せっかくの休みなのでここらで消化しておきたいが、みな考えることは同じだしなぁ。
 とりあえず今日の様子をみてから、明日以降に計画を変更して、本日はとりあえず「神田古本まつり」に出かけたが、こちらはもう一週間ぐらい経っていることもあって、お安いところでの目ぼしいものはなし。しょうがなく笹沢左保の未所持で安いものをつかんで帰る。


 本日の読了本はアレクサンドル・ベリャーエフ『ドウエル教授の首』。
 再読。とはいっても小学生の頃に子供向けで読んで以来だが、昨年、創元から復刊されたのを機に懐かしくて買っておいたものである。幸か不幸か、生きた生首の話という設定は覚えていたが、それ以外はさっぱり記憶に残っていないので、今回はだいぶ新鮮な気持ちで読むことができた。

 こんな話。パリのケルン教授に雇われたマリイ・ローラン。彼女が任された仕事は、なんと胴体から切り離された生首、しかも生きている首の世話であった。不気味な任務ではあったが、その科学的偉業に驚きつつ、仕事をこなすローラン。
 だが、やがてその首と会話を交わすようになり、彼女は首の持ち主が最近亡くなったばかりの高名な外科医ドウエル教授であることを知る。首だけを生かせておく実験は、実はドウエル教授の研究の成果であり、それをケルン教授が横取りしていたのだ……。

 ドウエル教授の首

 うわあ、むちゃくちゃ面白いではないか。
 ほとんど中身を覚えていないこともあって、ロシアの古いSF作品だからもっと辛気臭い話かと思っていた。そもそも生首を生かしておくという設定なので、首を生かしておくということに関しての倫理的な問題や、首だけで生きることの苦悩などを描いたものかと予想していたのだ。
 いやいや、それどころかがっつりエンタメである。誤解を承知で書くと、これはもう完全に変格探偵小説の世界ではないか。海野十三とかのSFを連想してもらうと一番しっくりくるだろう。

 確かに序盤こそヘビーな雰囲気を漂わせるのだが、ケルン教授がさらに二人の首を蘇生させ、そして他の胴体を入手して首をつなげ合わせ、まるでフランケンシュタインのように合成した人間を復活させるあたりから、方向性がかなり怪しくなる。
 復活した人間はもともと酒場のダンサー。体を手にいれた彼女はケルンの目を盗んで病院から脱走してしまうのだが、その彼女の前に現れたのが、「胴体」の持ち主の恋人だったアルマン。彼はかつての恋人とそっくりの体や動きをする女性が気になり、友人にそれを相談する。その友人というのがなんとドウエル教授の息子アルトゥールというのだから、偶然もたいがいにせえよとは思うのだが(苦笑)、物語に勢いがあるので多少の御都合主義は気にならない。ストーリーの面白さの方が全然勝っているのである。
 この後、アルマンとアルトゥールはドウエル教授を救うために活躍するわけで、さらに激しく物語は展開し、まったく退屈するところがない。

 ラストがややあっけないところは残念だが、いや、さすがにこれだけやってくれれば十分。1937年のロシア産SF、侮れません。


ジョルジョ・シェルバネンコ『虐殺の少年たち』(論創海外ミステリ)

 ジョルジョ・シェルバネンコの『虐殺の少年たち』を読む。
 同じ論創ミステリ叢書で先に刊行された『傷ついた女神』がイタリアン・ノワールあるいはイタリアン・ハードボイルドとでもいうような内容で、なかなかの良作だったが、本作も予想以上の傑作であった。

 こんな話。夜間定時制校の教室で、若い女性教師が暴行恥辱され、瀕死の状態で発見され、治療の甲斐なく死亡するという事件が起こる。警察は十一人の生徒たちによる犯行と断定したが、彼らは一様に知らぬふりをするばかりであった、
 捜査にあたった元医師の警官ドゥーカ・ランベルティは、生徒一人ひとりに尋問を開始するが……。

 虐殺の少年たち

 なんともやるせない事件である。日本でいえば中高生ぐらいの男子生徒たち。彼らが若い女性教師を殺害するというだけでも相当なものだが、しかもその手口が残忍極まっており、前作『傷ついた女神』もそうだったが、シェルバネンコの筆致は本当に容赦がない。

 そんな胸糞の悪い事件で、自らも医師時代の安楽死によって実刑を受けた経験のあるドゥーカは、強い信念とトラウマを抱えて少年たちと向き合ってゆく。
 だが、ドゥーカが向き合わなければならないのは目の前の胸糞悪い事件だけでなく、イタリアの抱える貧困や薬をはじめとした社会問題、集団心理の恐ろしさ、そして何より命に関わる仕事の重さだ。
 それらが重層的に語られ、そこには不愉快な描写も少なくないのだが、それでも先を読まずにはいられない力が本作にはある。
 ネタバレになるので詳しくは書かないが、たとえば前半の少年たちへの尋問シーン、あるいは姪の病気についてのくだり、さらには少年の一人をドゥーカの家に連れて帰る一連の展開などなど、ひとつひとつがとにかく堪える。

 真相への到達方法はややあっけないが、本作においてそれは主眼ではないのでよしとしよう。むしろ犯人がわかったあとの展開がこれまた強烈で、そちらにこそ注目すべきである。

 ともあれ本作、そしてジョルジョ・シェルバネンコという作家はもっと知られるべきだろう。ドゥーカ・シリーズは全部で四作しかなく、『傷ついた女神』が一作目、本作は三作目となる。これ以外に早川書房の『世界ミステリ全集』に第二作『裏切者』が収録されているのだが、もちろん絶版なので、これも含めて残り二作、ぜひ翻訳してほしいものだ。頼みます>論創社さん


« »

11 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー