Posted in 06 2018
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多岐川恭『静かな教授』(河出書房新社)
ワールドカップが始まったが、日本が下馬評を覆して初戦勝利。まあ、どういう形でも勝ちは勝ち。ワールドカップに関しては結果がすべてなので、とりあえず一勝できたのは大きい。しかも相手が南米コロンビアだし。
というわけで管理人はこういうイベントや行事は決して嫌いではない。馬鹿騒ぎは嫌だが、季節の行事やイベントごとは生活のメリハリにもなっていいのである。しかも、その経済効果たるや。人々が楽しく豊かに暮らすためには、こういう一見無駄なことが必要なのである。あ、ミステリも同じだな。
さて本日の読了本は、そんなスポーツとは遠く離れて学問の世界の住人を扱った一作。多岐川恭の『静かな教授』である。
まずはストーリー。恩師の娘・克子と結婚した相良教授だったが、虚栄心の強い彼女との暮らしは相良教授の学究生活をいたくかき乱していた。そのイライラが頂点に達したとき、相良教授はついに彼女を排除しようと決意する。しかし、暴力沙汰が嫌いな相良教授は積極的な犯罪行為には気が乗らず、“可能性の犯罪”を試みる。
そして試行錯誤のすえ、ついに克子の殺害に成功するが……。

多岐川恭の長編としては、先日読んだ『私の愛した悪党』に続く五作目にあたる。これまで本格をはじめとして歴史ミステリやユーモアミステリ、安楽椅子探偵、クライムミステリなどなど、さまざまな趣向&技巧を凝らした多岐川作品を読んできたが、本作は倒叙ミステリである。
ただし、本作の場合、ミステリとしてはそれほど凝ったものではない。犯人自ら“可能性の犯罪”というように、できるだけ積極的な行動は慎み、過失や事故にもっていくというものなので、そのあたりの興味で読むとちょっとガッカリするかもしれない。
では本作が面白くない作品なのかといえば、これがまた全然そんなことはなくて、けっこうな良作なのである。多岐川恭の優れたところはミステリの技巧的な面だけではない。もうひとつの武器である語りの巧さ、人物描写の巧さがあり、本作はそちらが十分に発揮された作品なのだ。
特に光るのが、犯人である相良教授と被害者である克子、二人の描写だろう。
タイトルに顕されているように、相良教授は“静かな教授”である。常に冷静で感情を表に出さず、一見穏やかな感じだが、実は自分の信念は決して曲げないタイプ。克子は克子で、一見、良妻に見えるのだがこちらは虚栄心の塊。この二人の本性が、刑事や探偵役のカップルの捜査により、少しずつ明らかになっていくのが読みどころ。
実際に読んでいくと、実はこの本性というのが曲者で、わかったようでわからないところも多々残る。著者はそこに人間の心の面白さや怖さを暗示したかったのではないだろうか。後味もなかなか複雑で、相良教授についつい感情移入してしまうのではないだろうか。
大したトリックはないし、いたって地味な内容ではあるが、これは好きな作品だ。
ちなみに本作は河出書房新社、徳間文庫、創元推理文庫『人でなしの遍歴』所収の三種類で読めるが、いずれも絶版品切れ。とはいえネット古書店などでは比較的安価で、入手は容易である。
というわけで管理人はこういうイベントや行事は決して嫌いではない。馬鹿騒ぎは嫌だが、季節の行事やイベントごとは生活のメリハリにもなっていいのである。しかも、その経済効果たるや。人々が楽しく豊かに暮らすためには、こういう一見無駄なことが必要なのである。あ、ミステリも同じだな。
さて本日の読了本は、そんなスポーツとは遠く離れて学問の世界の住人を扱った一作。多岐川恭の『静かな教授』である。
まずはストーリー。恩師の娘・克子と結婚した相良教授だったが、虚栄心の強い彼女との暮らしは相良教授の学究生活をいたくかき乱していた。そのイライラが頂点に達したとき、相良教授はついに彼女を排除しようと決意する。しかし、暴力沙汰が嫌いな相良教授は積極的な犯罪行為には気が乗らず、“可能性の犯罪”を試みる。
そして試行錯誤のすえ、ついに克子の殺害に成功するが……。

多岐川恭の長編としては、先日読んだ『私の愛した悪党』に続く五作目にあたる。これまで本格をはじめとして歴史ミステリやユーモアミステリ、安楽椅子探偵、クライムミステリなどなど、さまざまな趣向&技巧を凝らした多岐川作品を読んできたが、本作は倒叙ミステリである。
ただし、本作の場合、ミステリとしてはそれほど凝ったものではない。犯人自ら“可能性の犯罪”というように、できるだけ積極的な行動は慎み、過失や事故にもっていくというものなので、そのあたりの興味で読むとちょっとガッカリするかもしれない。
では本作が面白くない作品なのかといえば、これがまた全然そんなことはなくて、けっこうな良作なのである。多岐川恭の優れたところはミステリの技巧的な面だけではない。もうひとつの武器である語りの巧さ、人物描写の巧さがあり、本作はそちらが十分に発揮された作品なのだ。
特に光るのが、犯人である相良教授と被害者である克子、二人の描写だろう。
タイトルに顕されているように、相良教授は“静かな教授”である。常に冷静で感情を表に出さず、一見穏やかな感じだが、実は自分の信念は決して曲げないタイプ。克子は克子で、一見、良妻に見えるのだがこちらは虚栄心の塊。この二人の本性が、刑事や探偵役のカップルの捜査により、少しずつ明らかになっていくのが読みどころ。
実際に読んでいくと、実はこの本性というのが曲者で、わかったようでわからないところも多々残る。著者はそこに人間の心の面白さや怖さを暗示したかったのではないだろうか。後味もなかなか複雑で、相良教授についつい感情移入してしまうのではないだろうか。
大したトリックはないし、いたって地味な内容ではあるが、これは好きな作品だ。
ちなみに本作は河出書房新社、徳間文庫、創元推理文庫『人でなしの遍歴』所収の三種類で読めるが、いずれも絶版品切れ。とはいえネット古書店などでは比較的安価で、入手は容易である。