本日の読了本は中川右介の『江戸川乱歩と横溝正史』。
似たようなタイトルで少し前に読んだ内田隆三による『
乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』というのもあったが、あちらは作品に焦点を当てた評論。こちらは日本の探偵小説界を牽引した二人の生涯を追った評伝である。
で、『乱歩と正史』も著者の専門を活かした好著だったが、『江戸川乱歩と横溝正史』も悪くない。いや、悪くないどころか、これはもうとてつもなく魅力的な一冊である。

乱歩と正史。二人については今さら言うまでもないだろう。数々の傑作探偵小説を残した二人はライバルでもあり、兄弟のような関係でもある。二人は実作者としてだけでなく、編集者としても互いを支え、ときには対立することもあったが、その関係性は日本の探偵小説界にも大いなる影響を与えてきた。
そんな二人の生涯は、自伝だったり評論だったり、さまざまな書籍や雑誌等で残されており、決して情報自体は少なくない。だが、それらの多くはあくまで乱歩を中心にした、あるいは正史を中心にした書き方であり(当たり前だが)、一本のそれぞれ独立した線なのである。
本書が素晴らしいのは、それらの独立した線を束ねてみせたことにある。時間軸を一致させることで、二人の関係性、探偵小説界の動きがより明確になっている。
しかも、その流れにそって、当人以外の様々な重要人物や団体などの動向も描かれている。それぞれがどのように絡み合っていたのか、そういう相関関係もわかりやすい。このあたりは線を束ねたというより、線を組み合わせて立体的に仕上げたというイメージである。
そしてその結果、本書は単に「江戸川乱歩と横溝正史」の評伝というだけではく、日本探偵小説史そのものにもなっているのだ。
全編読みどころといってもいいのだが、個人的に特に興味深かったのは出版社に関連する記述である。第二次大戦を挟んだ出版社の栄枯盛衰、そして経営者や編集者の動き、探偵小説家たちとの関係性、さらには出版社において探偵小説家たちが果たした役割である。
横溝正史が『新青年』の編集長をやっていたことはマニアなら常識だろうが、それ以外にも多くの作家が戦前から探偵小説誌作りに関わっているわけで、その雑誌作りが創作にも影響を与えていることは、見逃せない事実である。
このあたりをすべて詳細に網羅するのは難しいだろうが、それでも相当なところまでまとめあげているのは実に素晴らしい。博文館から講談社、雄鶏社、桃源社、光文社、早川書房、ポプラ社、角川書店などなど。日本の探偵小説の歴史は出版の歴史でもあるのだ。
著者自身の考えるところもいろいろあるだろうが、そこは極力抑えられ、あくまで表面に出てきた事実だけを組み合わせて構築しているというようなことが「あとがき」で述べられている。新しい発見などもほぼないようで、作家や出版社についても、既出の内容かもしれない。
だが、それだけでも十分に面白い。個人的にはまるで『三国志』などのような歴史読物を読んでいるような気分だった。とにかく読んでいて面白いのだ。
ということで、内容には大満足。乱歩や正史のファンだけでなく、戦前から戦後の探偵小説に興味のある方は必読必携である。できれば本書をもとに映画化してほしいくらい、いや、NHKの朝ドラでもいいぞ(笑)。