本日の読了本は論創海外ミステリからピエール・ボアローの『震える石』。
著者がまだトーマ・ナルスジャックとコンビを組む以前の単独で書いた作品、というかピエール・ボアローのデビュー長編であり、シリーズ探偵アンドレ・ブリュネルの初登場作品でもある。
まずはストーリー。パリの著名な探偵アンドレ・ブリュネルはウェッサン島で一年ぶりの休暇を楽しむため、パリ-ブレスト急行に乗車していた。ところが車内で不審な行動をとる男に気がつき、ナイフで殺されかけた女性を危ういところで助け出す。女性の名はドゥニーズ。三ヶ月後に許嫁のジャックと結婚するため、ブレストの北にある小さな村へ向かうところであり、命を狙われる覚えはまったくないという。
やがて列車はブレストに到着。ドゥニーズを迎えに来ていたジャックに事情を話し、ブリュネルは二人と別れる。ところが犯行現場に落ちていた厚紙を何気なく見直したブリュネルは、それが往復切符の復路であることに気がつく。ドゥニーズを襲った犯人もまたブレストへ戻るところであり、彼女の向かう地にもともと潜んでいたのだ。ブリュネルは急遽、二人が滞在する〈震える石〉と呼ばれる屋敷をめざすことにしたが……。

当時のフランスのミステリ作家には珍しく本格ミステリ志向の強いピエール・ボアロー。これまでに邦訳された『三つの消失』、『殺人者なき六つの殺人』、『死のランデブー』あたりも、密室をはじめとした不可能犯罪にチャレンジしたものばかりだ。
だが、その意気やよしとは思うけれど、独創的なトリックや傑作と呼ばれるほどの作品を生み出すまでには至っていない。事件の設定などは面白そうなのだけれど、けっこう疵も多いし、オリジナリティの点でも少々厳しいかなというのが正直なところだ。
では本作はどうだったかということになるのだが、発端は悪くない。探偵ブリュネルが列車でヒロインの命を救うが、その危険が完全に去っていないことに気づいて事件の舞台へと向かう。そこで、さらなる危機を救うという実に劇的な再登場をみせるが、追いつめた犯人は密室から脱出し……。いや、古臭い感じはあるけれどけっこう楽しい。本格云々はともかくとして、物語の展開はスピーディーだし、アプローチもなかなか巧みである。
ただ、他の作品と同じように肝心の本格としての部分はいまひとつ。密室トリックもそうだし、作品全般を貫くメイントリックも少々ガッカリするネタであることは確か。伏線なども一応はあるのだけれど、肝心なところでアンフェアだったりするので、本格として読むかぎり釈然としないところはどうしてもあるだろう。
まあ本作は長編第一作。傑作を期待するのは無理な話であり、本格おたくといってもよい著者が一作目でどんな作品を世に問うたか、そういう意味では興味深い。物語としては悪くないし、どうせなら残りの未訳三作も出してもらえないものかな。