ジョン・ロードの『電話の声』を読む。論創海外ミステリから出た
『代診医の死』、同じくマイルズ・バートン名義の
『素性を明かさぬ死』の二冊でかなりジョン・ロードを見直したこともあって、この勢いでついでにロードの長年の積ん読を消化しようと考えた次第。
『電話の声』は東京創元社の〈世界推理小説全集〉の第六十巻として1959年に刊行されたもの。この1950年代、ロードの邦訳は本書に加え、『エレヴェーター殺人事件』、
『プレード街の殺人』、
『吸殻とパナマ帽』と計四冊が刊行されているが、それらが軒並みイマイチの作品ばかりだったために、その後の紹介が進まなくなったと言われている。
ということでほぼ期待せずに読み始めた『電話の声』だったが、果たしてその出来やいかに?
まずはストーリー。
舞台はイギリスの地方都市ミンチングトン。娯楽の少ない小さな町ではあるが、とあるバーでは週に一度、ビリヤードの大会が開催され、地元の仲間で賑わっていた。そんなある日、店にある男から電話があり、大会に出場するリッジウェル氏に伝言が残される。仕事の話をしたいので、指定した日時に自分の家に来てほしいというものだった。
さっそく男を訪ねたみたものの、なぜかそんな住所はなく、不思議に思いながら帰宅するリッジウェル。しかも帰ってみると妻のジュリアが殺されていた。事件後の態度に不審を抱いた地元警察はリッジウェルを容疑者とみなすが、ロンドン警視庁から派遣されたジミイ・ワグホーン警視は外部の犯行と考え、捜査を進めてゆく……。

ううむ、これは確かに微妙な感じ。例によってプロットは悪くないのだけれど、ストーリー展開が恐ろしいほど地味で大変損をしている。ストーリーの地味さではこれまで読んだロード作品のなかでもトップクラスかもしれない。
最初にひとつ書いておくと、本作は実際に起きた事件をロードが解釈したという触れ込みの作品で、その意義が理解されないままに読まれたため、評価が下がってしまった云々という記事をどこかで拝見したことがある。だがなぁ、ううむ、それは免罪符にならないだろう。
実際の事件がそれほどセンセーショナルなものではなく、いたって地味な事件なので、そこをどうこう言われても困るというのならわかるが、別に本作はノンフィクションではなく、れっきとしたフィクション。事件が起きてから以降の出来事や真相に関しては著者の創作だから、必要以上に実話云々を打ち出す必要があるとは思えない。
先に書いたとおり、とにかくストーリーは厳しい。事件はすぐに発生するが、その後の展開は捜査→推理→聞き込み等で新たな手がかり→新たな推理→聞き込み等で新たな手がかり→新たな推理……という具合に、推理のやり直しが延々と続くのである。
これも上で書いたがプロットは悪くないのだ。トリックがガツンと出るタイプではなく、ホワイダニットとフーダニットで読ませる作品であり、真相だけ取ってみれば意外性もまずまずある。
だから事件発生までの雰囲気作りなどをもう少しボリュームアップさせ、かつ、延々と繰り返される推理場面を反対にもう少し絞れば、それなりに悪くない作品になったはずだ。
延々と繰り返される推理場面は、単にストーリーが冗長になるという欠点だけではない。あらゆる可能性を考慮し、疑問を挙げては潰していくため、読者に対してかなり真相がばれやすくなるというデメリットまで発生する。本作など登場人物が少ないため、よけいにその点が辛いところだ。
ただ、確かにストーリーは退屈だし、派手なトリックもないのだけれど、本格探偵小説としてみた場合、足と推理だけで真相にたどりつくというスタイルはある意味王道ではある。
犯人は夫のリッジウェイなのか、それともそれ以外の人物なのか、容疑者は一人+αという状況の中、非常に限られたピースをどうはめこむかという面白さである。シンプルな犯罪なのに、そのピースがほとんど埋められないのだ。
犯行動機もそんな埋まらないピースのひとつ。この動機を見つけることこそが犯人へつながる道なのだが、リッジウェイであっても外部の犯行であっても、その動機が不明なのである。
結局は細部が不明のまま、ジミイ警視は状況証拠だけを頼りにバクチに打って出るのだが、最後の最後でロジックを詰め切れなかった印象がするのは惜しいところである。まあ、それでも犯人を指摘する場面は、それまでの退屈さがあるだけにかなりインパクトではあった。
嬉しい誤算としては登場人物の面白さ。人物描写が平板であるというのもロード作品にいわれる欠点だが、これは本作にはあてはまらない。といっても、これはリッジウェルという一人の人物に頼るところが大きい。
真面目で勤勉、感情をあまり出さず、独自のポリシーを貫いて暮らすリッジウェイはかなりの変わり者で、彼がもっと凡庸な人物だったら、より退屈な物語になっていた可能性は大いにあるだろう。
ということで、決して言われているほどつまらない作品ではないというのが最終的な感想。ただ、ストーリーの退屈さだけはかなりのものなので、わざわざ高い古書価を払ってまで買うようなものではないだろう。