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 ヘレン・マクロイの『悪意の夜』を読む。今年は『牧神の影』も出ているが、マクロイ人気もすっかり安定しているのか最低でも年に一冊は出るのが喜ばしいかぎりである。

 さて『悪意の夜』だが、こんな話。
 夫のジョンを転落事故で亡くしたばかりの未亡人アリス。彼女が夫の遺品を整理していたとき、鍵のかかった抽斗から「ミス・ラッシュ関連文書」と書かれた封筒を発見する。生前はお互いにまったく隠しごとのない夫婦だったはず。だが、アリスはそのラッシュという名前に一切の覚えはない。私信なのか、それとも夫の仕事に絡んだ政治的なものなのか、不安が募るなか、思い切って中を開けるが肝心の中身は見当たらなかった。
 その直後、息子のマルコムが年上のガールフレンドを連れて帰宅した。女性の名はクリスティーナ・ラッシュ。アリスは内心の驚きを隠して対応したが、さまざまな疑念が浮かび上がり、すぐさま行動を開始する……。

 悪意の夜

 ううむ。マクロイの作品としては低調な部類に入るかな。帯には“サスペンスと謎解きの合わせ技”とあるけれど、それのもっといい成功例がマクロイの他の作品にあるわけで、この程度で景気のいい惹句をぶち上げると、マクロイ初心者などが読むとけっこうガッカリするかもしれないわけで逆効果であろう。

 そもそも本作は合わせというよりはけっこうサスペンス寄りの作品。ヒロイン・アリスが謎の女性クリスティーナ・ラッシュにまつわる秘密を探り出そうとするのが主軸である。
 好感が持てるのは、アリスがサスペンスにありがちな、ただ危険に怯えるおバカなヒロインではないこと。自らいくつもの仮説を立て、それを周囲の者たちにも明らかにし、積極的に行動するヒロインなのだ。だからストーリー的にもテンポがいいし、よしんばヒロインの行動が裏目に出ても納得感がある。

 ただ、本作がサスペンスとしてまずかったのは、同時にファム・ファタール、つまり悪女ものという要素も盛り込んでしまったことだろう。ヒロインと悪女の見せ方についてバランスが悪く、どっちつかずになった面はある。
 これが二人の真っ向対決ということであれば、それはそれで違った面白さが出てくるけれど、肝心の悪女が意外と早めに退場してしまい、結局マクロイにしては珍しく盛り上がりを外した感がある。

 盛り上がりを外したという点では、ラストもそう。
 最後には探偵役のベイジル・ウィリング博士が入ってくることで本格風味にもなって、真相もそれなりに悪くはない。ただ、これにしても“手記”という見せ方が効果的とは思えず、その後の展開もヒロインと悪女、両方を欠いたままとなる。ストーリー上の見せ場はいろいろあるはずなのに、どうにももったいない。

 ということで最初に書いたようにマクロイの作品としては落ちるほうだろう。とはいえマクロイの作品の中ではということなので、決して読んでつまらない作品ではないので念のため。

 なお、ちょっと気になったので書いておくと、本作はベイジル・ウィリング博士シリーズの最後の未訳長編という触れ込みで売られ、解説でも本作が最後になった経緯など触れられていたが、まあ確かにそのとおりではあるんだけど、そこじゃないだろうという違和感はある。
 マクロイの著作やベイジル・シリーズのなかで本作だけが何十年も未訳だったとか、あるいはベイジルが登場する最後の作品というのならわかるけれど、そもそもマクロイの紹介が進んだのがこの二十年ほどの話で、しかも日本で再評価されて以後は毎年のように順調に翻訳されてきた作家である。シリーズ中で最後になった理由などまったく必要ないわけで、むしろまだまだ残っているノンシリーズ作品について、どんどん煽ってほしいところなのだ。
 本筋には関係のない話ではあるが、売り方にはもう少し気を遣ってほしいものだなぁと思った次第。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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