堀辰雄の『初期ファンタジー傑作集 羽ばたき』を読む。「聖家族」や「風立ちぬ」などの作品で知られる堀辰雄は、フランス文学の伝統、心理主義に影響を受けながら、日本の古典にも新たな価値を見出し、それらを融合させて独自の詩的な世界を作り上げた作家である。
そんな彼が書いたファンタジー系の作品をまとめたものが本書。モダンなものに対する興味、母の死、夢想家的なところなど、いろいろと入り混じった要素が美しくも軽やかな文章にのって展開される。

「死の素描」
「羽ばたき」
「鼠」
「ある朝」
「夕暮」
「風景」
「眠りながら」
「蝶」
「あいびき」
「土曜日」
「窓」
「ネクタイ難」
「ジゴンと僕」
「水族館」
「眠れる人」
「とらんぷ」
「Say it with Flowers」
「ヘリオトロープ」
「音楽のなかで」
「刺青した蝶」
「絵はがき」
「魔法のかかった丘」
収録作は以上。
どれも短いものばかりなのでそこまでインパクトのある作品が揃っているわけではないのだけれど、それでも「死の素描」「羽ばたき」と続く冒頭の二作はけっこうくる。
「死の素描」は衰弱した病人の現実と妄想を混ぜたような話で、独特の透明感がなんともいえない。
「羽ばたき」は青春犯罪小説といってもよい内容で、宮崎駿にも影響を与えたといわれている一作。ラストで飛翔するジジの姿は鮮烈で、これは長編化したらすごい作品になった気がする。
そのほか印象に残ったものは“思い出を消す消しゴム”というギミックが効いている「夕暮」、ミステリ好きもびっくり、なんと「新青年」に掲載されたニック・カーターものの「ネクタイ難」。「蝶」「ジゴンと僕」「水族館」といったあたりも捨てがたい。
インパクトはそれほどみたいなことを書いたが、現実と夢想が渾然としたような話が多く、通して読んでいる間の心地よさというか酩酊感はかなりのものだ。いまどき堀辰雄の新刊ということだけでも貴重だし(2017年刊行)、渡辺温あたりが好みの戦前探偵小説ファンならこれは間違いなくおすすめである。