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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

橘外男『コンスタンチノープル』(中公文庫)

 橘外男『コンスタンチノープル』を読む。
 著者は自作のことを実話小説というふうに呼んでいたというが、本作もまたオスマン帝国(オスマントルコ)の裏外交史の1ページといった趣。史実をベースにしながらも、奔放な想像力で一人のドイツ人女性の数奇な運命を描いている。

 物語の舞台となるのは、第一次世界大戦の足音も迫るオスマン帝国。ドイツの大富豪にして武器商人ヨーゼフ・ケルレルは美しい夫人のエリスを帯同し、コンスタンチノープルを訪れていた。しかし、ドイツの中東外交政策の駒として、夫妻は犠牲になってしまう。ヨーゼフは虎狩りの最中に命を落とし、残されたエリスはオスマン皇帝に献上されてしまったのである……。

 コンスタンチノープル

 第一次世界大戦前の頃のトルコというのは、ヨーロッパで絶大なる栄華を誇っていたオスマン帝国末期の時代である。最盛期は中東を中心にヨーロッパやアフリカ北東部にまたがる勢力を誇っていたが、傘下の諸民族が独立したり、ヨーロッパの列強が関与してきたり、帝国内部の腐敗もひどく、かつての求心力はひどく衰退していた。結局、第一次世界大戦で敗北したオスマン帝国は多くの領土を失い、現在のトルコ共和国の部分が残ったのである。
 トルコの歴史をある程度知っていたほうが理解はしやすいだろうが、物語を楽しむ分にはまあこの程度でも十分か。要はこの時期のオスマン帝国が爛熟、腐敗し切った状態であるということ、そして周囲のヨーロッパの列強もまたオスマン帝国に対していろいろと画策していたことが認識できればいい。

 ただ、読む前はオスマン帝国が舞台の歴史ものかとちょっと腰が引けていたのだが、いざ読み始めると歴史ものというよりはピカレスク小説や悪女ものという雰囲気で、まあこれが意外なほど読みやすくて面白い。
 権力者たちの思惑に翻弄されてしまう美貌のドイツ人エリス。皇帝に幽閉され、まあ、いろいろと恥ずかしい目にもあって最後には心折れ、皇帝の奥方となる。だが、そこで自らの権力を確たるものとし、自分をこのような境遇に追いやった者たちへ復讐を企てるというのが大きな流れ。
 まあ、ありきたりのプロットではあるけれど、物語のミソはエリスが健気なヒロインタイプなどではなく、ガチの悪女というところだろう。夫との結婚も金のためだし、色仕掛けもする、とにかく目的のためには手段を選ばない。かようにエリスのキャラクターが立ちまくっているので、彼女が悲惨な目にあおうがえげつないことをしようが、客観的に読め、いっそ爽快な気分である。

 惜しむらくはラストがちょっと急ぎすぎというか、急展開で終わってしまうのが残念。何らかの理由があったと思われるが、単行本として出すさいにもう少し膨らませてもよかったのにとは思う。
 とはいえ橘外男のまた違った面を堪能できて、まずは満足できる一冊であった。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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