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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 02 2019

イーデン・フィルポッツ『守銭奴の遺産』(論創海外ミステリ)

 イーデン・フィルポッツの『守銭奴の遺産』を読む。
 フィルポッツも長らく『赤毛のレドメイン家』と『闇からの声』だけの人だと思われていたが、この数年でけっこうな数が翻訳されていてめでたいかぎりである。さすがにこの二作を越えるほどの作品はなかなかないようだが、それでもけっこうクセのある作品が多くて、本格ミステリという範疇に収まらない楽しみ方を見いだせるのも、フィルポッツの魅力だろう。

 そこで『守銭奴の遺産』だが、まずはストーリーから。
 金貸しとして悪名高いジャーヴィス・スワンが殺害された。鋼鉄の壁と強固な六本のボルトで護られた、まるで金庫のような部屋で起こった密室殺人であった。
 まず考えられるのは怨恨だったが、ジャーヴィスの莫大な遺産の行方も注目された。というのも本来、遺産を継ぐのは秘書のビリーだったが、新たな遺言状をつくる前にジャーヴィスが死亡したため、遺産はジャーヴィスと折り合いの悪かった甥・レジナルドと姪・ジェラルディンにゆくことになってしまったのだ。
 また、時を同じくして、ジャーヴィスの弟マーティン、ジャーヴィスの使用人の娘ベラの行方が不明となっていることが判明。ジョー・アンブラー警部補は、師と仰ぐ引退した元名刑事ジョン・リングローズを誘い、その線から捜査を開始するが……。

 守銭奴の遺産

 おお、これもクセが強いな。傑作とは言い難いのだが、クラシックミステリ好きは避けて通れない一作ではないだろうか。

(以下、ややネタの核心に触れているところがあるので未読の方はご注意ください)

 一応は本格探偵小説仕立てである。のっけから完璧とも思える密室を提供し、これだけでも読者は相当に頭を悩ませるところなのだが、さらには被害者の弟と使用人の娘が次々と行方不明になるという事件が起こり、いっそう謎に拍車をかけてゆく。
 しかもこの二人が被害者同様、実に問題の多い人物で、となると彼らの背後に何かしらの黒い結びつきがあるのでは……と思わせつつも、事件の様相はそう簡単には明らかにならない。
 一方で遺産に関する疑惑もある。こちらは被害者の甥レジナルド、そして秘書ビリーにスポットが当てられるのだが、ジョー警部補はビリーを、ジョンはレジナルドを直感的に信頼しており、こちらも大きな進展はない。
 果たして犯人の狙いは何だったのか? 怨恨はたまた遺産? このモヤモヤ感と捜査の手詰まり感が渾然となって逆にリーダビリティを加速してゆくといった按配である。

 実は本作、登場人物がごくごく限られているため、ある程度犯人の予測はつきやすい。しかしながら上で紹介したように事件の様相がとにかく見えにくいため、最後に明らかになる犯人像と動機、真相にはかなり驚かされた。
 特に犯人像は1926年の作品とは思えないほどで、ジキルとハイドに喩えたような感想をどこかで見たが、そういう二重人格的なものではない。詳しくは書かないが、いま読んでも、いや、いま読むからこそ余計にぞっとするところがあるのは確かで、この犯人像と動機だけで本作は読む価値があるといえるだろう。ただ、本作に関しては、この犯人に対抗する探偵役の弱さが気になった。ラストで下される探偵役のジャッジも、単に“逃げ”ているように感じてしまい、そこはもっと著者に掘り下げてもらいたかったところだ。
 考えるとこれまでに訳されているフィルポッツのミステリは、犯罪者のキャラクターに工夫を凝らしたものが多く、それが成功している作品ほど傑作になっている気がする。

 本作もこれでメイントリックの密室が及第点なら文句なしに傑作となるのだが、ううむ、残念ながら密室トリックに関しては完全にアウトか(苦笑)。これまでもフィルポッツのトリックには何度か痛い思いをしているので、もともと期待はしていなかったけれど、それにしてもというレベルである。機械的トリックがつまらないとかいう以前に雑な作りなのは困る。

 ということで本作の良い点悪い点を並べてみたわけだが、かなり振り幅が大きく、人によって好き嫌いははっきり分かれる作品だろう。これまでの邦訳作品をみてもフィルポッツには問題作が多いので、ぜひ今後も紹介が続いてほしいものである。


結城昌治『夜の終る時/熱い死角』(ちくま文庫)

 結城昌治の『夜の終る時/熱い死角』を読む。著者の警察小説の代表長編『夜の終る時』に、同系統の短編四作を加えた、いわば結城昌治警察小説傑作選である。編者はアンソロジーを組ませたら天下一品の日下三蔵氏。

 夜の終る時/熱い死角

『夜の終る時』
「殺意の背景」
「熱い死角」
「汚れた刑事」
「裏切りの夜」

 収録作は以上。
 『夜の終る時』については昨年、角川文庫版で読んだときの感想があるので、詳しくはそちらをご参考に。ノワール色の強い警察小説だが、構成にも趣向を凝らしており、警察小説好きなら必読である。

 さて残りの四短編だが、『夜の終る時』に比べるとさすがに分は悪いけれども、それでも警察という権力機構のなかでもがき苦しむ人々の姿を描き、その苦さがなんともいえない余韻を残す。昭和という時代の緩さも今となっては逆にいい味になり、この空気感を味わうだけでも価値はある。
 小市民的といえば小市民的な登場人物ばかりなので、その辺の辛気臭さが耐えられない人にはオススメしにくいが、多少は年をとらないとこの良さはわからないかもしれんなぁ。

 「殺意の背景」はバーに勤めるホステスと結婚を決意した刑事が主人公。上司から訳ありの女性ではないかと結婚に反対されるが、そのさなか、彼女は殺害されてしまう。事件の様相をガラッと変える真相はそれなりに面白いが、主人公の胸中を思うと読み手も実にしんどい。

 刑事が自分の妻の過去を探り、絶望の淵に叩き落されるのが「熱い死角」。終盤のたたみかけがやや淡白で、それが効果的な部分もあるのだけれど、これは少し長めで読みたかったかも。ただ、こういう方向性が結城昌治ならではの魅力である。

 真面目なことで知られる刑事がなぜバーで暴力事件を起こしたのか? 「汚れた刑事」は終始、刑事の動機にスポットが当てられるが、構成のせいかそれほど意外性を感じられず、ちょっと期待はずれ。

 なんとも切ない物語ばかりの中にあって、最後の『裏切りの夜』だけはハートウォーミングなラストが胸を打つ。これを最後にもってくるのは編集の妙だよなぁ。さすが日下さん。


大下宇陀児『黒星團の秘密』(湘南探偵倶楽部)

 だいぶ回復したがまだ体調万全とはいかず。とはいえ、けっこう休みや早退で仕事も遅れがちなので、今週は騙しだまし業務に復帰。まだ筋肉や関節のあちらこちらに痛みがあって、電車がけっこう辛い。


 大下宇陀児の少年探偵小説『黒星團の秘密』を読む。元は青柿社から昭和二十三年に発行されたもので、それを湘南探偵倶楽部さんが復刊した同人版である。

 こんな話。かつて東京を騒がせた犯罪組織“黒星團”。企業や大金持ちから金銀財宝を略奪するが、被害者はみな悪人ばかりであり、決して殺人などの暴力犯罪は犯さない、いわば義賊の集団であった。しかし、あるとき急に“黒星團”は活動を停止し、人々もその存在を忘れていった。
 それから十五年。突如、“黒星團”は夕刊に広告を掲載し、その犯罪活動を再開すると宣言した。人々は驚きながらも、ひどい目にあうのはどうせ悪人だけだという安心感もどこかにあったのだが……。
 そんなある日の夜、一人の少年が住宅地を歩いていると強盗事件を目撃する。口封じのため犯人に捕らえられた少年は、彼らこそ世間を騒がす“黒星團”だと知らされるのだが……。

 黒星團の秘密

 大下宇陀児のジュヴナイルはあまり読んだ記憶がないが、これはけっこう面白く読めた。
 ストーリーがとにかくよい。もとは少年向け雑誌『日本少年』に連載していただけあって、章ごとに見せ場があり、テンポよく物語が進んでいく。かといって当時の少年ものにありがちな、度を越した設定やアクションは少なく、バランスが思った以上にいいのである。
 プロットもかなり工夫されているし、もちろんメインの仕掛けなどは今読めば見え見えなのだけれど、こういうネタは当時は新鮮だったろうし、いやあ、これは悪くない。
 設定から想像するに、おそらく元ネタはルパン・シリーズかマッカレーのブラック・スター・シリーズあたりだと思うが、ブラック・スターってそのまま黒星なわけだから、まあ、後者なのだろう。

 ちなみに本書とほぼ同時期に、東都我刊我書房さんから『黒星章 -黒星団の秘密-』というのが復刊されている。こちらはなんと本書の戦前版ということで、内容的にかなりの違いがあるらしい。本書の記憶が薄れないうちに、そちらも読んでおかないとだな。

ヘレン・マクロイ『読後焼却のこと』(ハヤカワミステリ)

 先週の水曜から体調を悪くしていたのは前回の記事のとおり。ようやく熱も治って三連休明けの火曜から仕事に戻ったのはいいが、結局、熱がぶり返して翌水曜日はダウンしてしまう。木金はなんとか出社したが、仕事上のイベントごとはキャンセルさせてもらって、この週末も大事をとって大人しく寝ていることにする。
 ううむ、しかし過労もあるのだが、風邪でここまでひどくなるとはなぁ。年はとりたくないものだ。


 本日の読了本はヘレン・マクロイの『読後焼却のこと』。ベイジル・ウィリング博士シリーズ最終作にしてマクロイ最後の長編である。まずはストーリー。

 ボストンにやってきた女流作家ハリオット・サットンは、理想的な家を見つけたが少々割高。そこで一部を下宿屋に改装し、作家や詩人といった五人の同業者に貸すことにした。
 そんなある日のこと。ハリエットは庭で一枚の紙片を拾ったが、それには衝撃的な内容が書かれていた——辛辣な書評で作家たちの恨みをかっている匿名書評家“ネメシス”がこの家に住んでおり、いまなら事故死に見せかけて殺すことができる——。
 そしてその数日後、殺人事件が現実のものとなる。しかし、被害者のみならず容疑者までもが、ハリエットの思いもかけぬ人物であった……。

 読後焼却のこと

 最近でこそマクロイの実力と人気はすっかり定着したように思うが、それもこの二十年ほどの話で、以前は『暗い鏡の中に』こそ傑作として知られていたものの、知る人ぞ知る作家ぐらいのイメージではなかったか(そもそも当時の現役本もハヤカワ文庫版の『暗い鏡の中に』ぐらいだったような)。
 再浮上のきっかけは1998年からの創元推理文庫での紹介だったように記憶するが、実はまったく翻訳がなかったわけではなく、空白を埋めるような感じで1982年ポケミスから出たのが『読後焼却のこと』である。

 結論からいうと、これがいまひとつ残念な出来であった。
 設定はものすごく魅力的だ。同じ下宿で暮らす五人の作家。その中にボストン中の作家から恨まれている匿名の書評家、そして彼を殺そうと企む二人の作家がいるのである。いったいそれは誰なのか?
 確率としてはそれほど低いわけではないが、シリーズ探偵の精神科医ベイジル博士はこれをどうやって解き明かすのか。正直、事件は多少平凡でもいいから、この狙う者と狙われる者、そしてベイジルの三竦みの心理戦が見どころと期待していたのである。
 ところが著者はどうしたことか、最初に発生する事件への興味をあらぬ方向に外らせてしまう。これが書評家殺人計画の事件とどうにもシンクロせず、最終的にはもちろんきれいにまとめてくれていはいるのだが、なんだか肩透かしを食ったような感じである。
 トリックについても、古臭さを感じさせるのは仕方ないとしても、これは90%実行不可能なトリックで、あまりきちんと裏を取っていない気がする。

 読みどころはやはり上で書いたとおり、ベイジルと作家の対決。会話の端々にあるヒントをもとにベイジルが“ネメシス”や殺人予告を書いた者たちを見破っていくところは見逃せない。
 ただ、内容は興味深いが、いつになくさらっと終わらせているのが物足りないところ。最晩年に書かれた影響はあるのだろうが、ネタが面白いだけに実にもったいない。油の乗り切った時期にこれを書いてくれていれば、相当面白い作品になっただろうになぁ。

 ということで、マクロイのなかでは低調な部類。とはいえ“ネメシス”というキャラクター造形の凄さなど見逃せない点もしっかりあるので、マクロイのファンであれば一度は読んでおくべきだろう。

 ちなみに本書は1982年に日本で刊行されたと上でも書いたが、当時のマクロイの一番新しい作品とはいえ、数多の傑作をもつマクロイ作品から、何故わざわざこれを選んだのか。ジョン・ロードの件もそうだが、何から紹介されるかでその後の人気や翻訳に大きな影響を与えることもあるわけで、翻訳ものの編集者はけっこう責任重大だと思う次第である。


ミニヨン・G・エバーハート『スーザン・デアの事件簿』(ヒラヤマ探偵文庫)

 なんとか復調の兆し。土曜に復調したかと思ったら、そこからまた38度に戻り、本日ようやく平熱に戻る。明日から仕事に復帰するが、これでまたぶり返したらどうしよう。

 ミニヨン・G・エバーハートの短編集『スーザン・デアの事件簿』を読む。
 海外ミステリであれば、どんなジャンルも好き嫌いなく楽しめる管理人だが、強いていえばHIBK派とコージーミステリだけは何となく苦手である。ミニヨン・G・エバーハートもHIBK派を代表する作家なので、どんなものかなぁという不安もあったのだが、これがどうして、予想以上の面白さであった。

 スーザン・デアの事件簿

Introducing Susan Dare「スーザン・デア登場」
Spider「蜘蛛」
Easter Devil「イースター島の悪魔」
The Claret Stick「クラレット色の口紅」
The Man Who Was Missing「行方不明の男」
The Calico Dog「キャラコの犬」

 収録作は以上。若い女性推理作家、スザーン・デアが探偵役として活躍するシリーズ短編集である。
 といってもスーザンは元から名探偵というわけではない。最初の事件「スーザン・デア登場」では完全に事件に巻き込まれた関係者の一人である。そこで事件を解決したところ、たまたま遭遇した新聞記者のジム・バーンにその能力を見込まれ、以後はいろいろな人間が事件の相談にやってくるという設定である。

 著者はHIBK派と先ほど書いたが、これは「もっと早く知ってさえいたら……は避けられたのに」という主人公の語りを挿れることで、サスペンスを煽る手法である。
 今となってはさすがに古臭く感じてしまうこの手法だが、確かにM・R・ラインハートやA・K・グリーンの頃ならいざ知らず、エバーハートの時代になると、同じHIBK派とはいえ、やはりお話作りが格段に上手くなっている印象はある。そういえば著者の作品は以前に『死を呼ぶスカーフ』を読んだこともあるが、あれも意外に楽しめた記憶がある。
 本書の各短編でも、そういうお話作りの巧さ、サスペンスの盛り上げ方が随所に光っている。
 たとえば「蜘蛛」で登場するクモザルの使い方、「イースター島の悪魔」での看護婦としての潜入捜査、「クラレット色の口紅」における劇場という閉ざされた空間での殺人&口紅の使い方、「行方不明の男」では下宿先で行方不明になった恋人を探す事件が実は……という風呂敷の広げ方、「キャラコの犬」においては遺産相続者を名乗る二人の男の成否判定という、いやいやどれもなんと魅力的なことか。
 本格という観点でみると、そこまでとんがったところはないが、設定やストーリーテリング、キャラクター作りの巧さは十分合格点だし、トータルでは文句なしに楽しめる短編集といえるだろう。

 ちなみに本書は、訳者の平山雄一氏が個人で興した「ヒラヤマ探偵文庫」という叢書の一冊。基本的には同人あるいは私家版という位置付けであり、一般の書店や大手のネット書店では購入できないので念のため。
↓現在はこちらでのみ購入可能のようです。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca15/421/

 なお、小説の内容そのものとは関係ないが、レイアウトについては改善の余地があるだろう。版面サイズ、本文の行間・文字間、ノンブル(ページ数)の位置などを修正するだけで、かなり読みやすくなるはず。また、けっこう誤植も確認したが、デザイン上の問題は最悪、好みですむけれど、やはりこちらは頑張っていただきたいところである(拙ブログも人のことはあまり言えないけれど)
 最後に注文をつけてしまったが、海外の埋もれたクラシックミステリを個人で紹介するという試みは実に素晴らしい。今後もこのシリーズは出れば買うつもりなので、ぜひ末長く続けてもらいたいものである。

A・E・W・メイスン『被告側の証人』(論創海外ミステリ)

 今週の水曜日のことになるが、ちょうどブログの『忘れられた花園』の記事をアップした直後から猛烈な寒気に襲われて、一気に体温が40度に達してしまう。40度というのはさすがにこれまで経験したことがなく、暖房をガンガンに効かせ、布団を二枚重ねても寒気がするというレア体験。
 もちろん翌日は病院へ直行である。今ではだいぶ体温も下がったが、それでもまだ平熱とはいかず、いやとにかく参った。ちなみに原因は風邪と過労で、インフルエンザではなかったようだが、まあ、この週末は東日本がかなり冷え込むようなので、皆様もお気をつけて。


 そういうわけでこの二日ほどは薬でかなり意識朦朧としていたのだが、そういうときは気楽に読める海外の古典ミステリかなと思い、A・E・W・メイスンの『被告側の証人』を読んでみた。

 法廷弁護士の資格を得たスレスクだったが、まだ仕事は順調とは程遠い毎日。そこで気分転換のためにサセックス州へ一ヶ月の休暇に出るが、そこでステラという女性と親しくなる。だが、ともに財産のない二人。早く一人前になりたいというスレスクの意思も強く、二人はそれ以上の関係に踏み出すことなく別れてしまう。
 それから八年。インドのクライアントのために現地を訪れたスレスクは、そこでステラがインド総督代理のスティーヴンと結婚したことを知り、人を介して、訪ねることにする。そこで目にしたステラは粗暴な夫に虐げられている妻の姿だった。
 だがスレスクに彼女を救う手だではなく、いったんは帰国の途につこうとするスレスクだったが、そこへスティーヴン志望の知らせが届く……。

 被告側の証人

 『矢の家』も読んでいないようなミステリファンはもぐりだと思っていたが、ただ、あらためて考えると、その後に出た『薔薇荘にて』や『サハラに舞う羽根』も含め、やはり必読というには無理があるな(笑)。一応、クイーンやクリスティと重なる時期もあるけれど、メイスンがミステリを書き出したのはさらに二十年ほど遡るわけで、黄金時代の到来を前にした、この差はかなり決定的なものといえるだろう。

 本作『被告側の証人』も1914年の作品で、ミステリとしてはそこまで注目するところはない。ただ、それはミステリの技術的な部分に着目しているからで、本作は実はミステリというより恋愛小説の側面が強い作品なのである。比率でいえば6:4で恋愛小説が勝っているとさえ言える。そもそもメイスンはミステリ専業作家ではないので、娯楽小説を書くうえでミステリの手法も取り入れていたと考えるほうが自然だろう。
 本作のキモは結局、事件の真相などではなく、スレスクとステラが、人生の岐路でどういう決断を下したかである。そしてそこに至る過程や気持ちの揺れが読みどころなのだ。主人公の二人はいつも正しい選択をするわけではなく、そこに一喜一憂したりするのが本書の正しい楽しみ方であろう。

 メイスンの作品はもう一冊『ロードシップ・レーンの館』が未読なので、こちらも感想もそのうちに。


ケイト・モートン『忘れられた花園(下)』(創元推理文庫)

 ケイト・モートンの『忘れられた花園』の下巻読了。

 まずはストーリーから。
 1913年、ロンドンからの船がオーストラリアのとある港に入港した。すべての乗客が降りたと思われたとき、トランクとともに取り残された一人の少女が見つかる。入国管理局の男はやむなく彼女を一時的に預かるが、ついに引き取り手が見つからず、彼は少女を自分の少女として育てていく。
 時は変わって2005年のオーストラリア。一人の老婆ネルが病院で寿命をまっとうした。その最後を看取った孫娘のカサンドラは、ネルが自分にイギリスのコーンウォールにあるコテージを遺してくれたことを知る。カサンドラはコテージを託された理由を調べるうち、少しずつネルの不思議な生涯について知ることになる……。

 忘れられた花園(下)

 なるほど。翻訳ミステリー大賞、サンデー・タイムズ・ベストセラー第1位、Amazon.comベストブック、オーストラリアABIA年間最優秀小説賞など華々しいタイトルを獲得しただけのことはあって、さすがに読ませる。
 ポイントはやはりプロットか。本作は現代、過去、そのまた過去と三世代にわたる三人の女性の長大な物語だ。それだけに相当なボリュームがあるのだが、全体を通して描かれる“一族の秘密”という興味で引っ張りつつ、三人の女性の人生や成長も詳細に描いていく。
 ゴシックロマンや英国の児童文学を意識した雰囲気づくりも美味い。謎という要素もあるにはあるが、そちらはすぐに予想できるネタなので、あまりそこには執着しないほうが吉。やはり主人公たちの数奇な運命や生き方に一喜一憂して楽しむほうがオススメだろう。

 ただ、気に入らないところもあって、それは頻繁な場面転換。三つの時代の物語を同時に進めるのは、今時の流行りなのでいいとしても(実は食傷気味だけれど)、本作でそこまでやる必要が感じられなかった。
 「訳者あとがき」でも書かれているが、場面転換に関しては緻密な計算というより、何らかのトピックを印象的につなげるというやりかたのようだ。おそらく「次回はどうなる?」という連続ドラマ的な効果を狙ったものである。もちろんそれによってリーダビリティは高くなっているし、一定の効果はあるのだけれど(個人的な好みもあるが)、こういうゴシックロマン的な物語はもっと落ち着いて読ませるほうがいいだろう。ぶっちゃけ〈現代→過去→さらに過去→現代〉というような、大きく四章立てでもよかった気がするのだが。

 とはいえ、全体としては楽しめたので、先日、文庫化された『秘密』もそのうちに。


ケイト・モートン『忘れられた花園(上)』(創元推理文庫)

 ケイト・モートンの『忘れられた花園』をひとまず上巻まで読む。
 著者の作品は初めて読むが、本作以降、日本で刊行されている『秘密』、『湖畔荘』が軒並みベストテン入りしているので、気にはなっていた作家である。
 ざくっと調べてみると、ケイト・モートンはオーストラリア出身。子供の頃から英国の児童文学を好み、やがて英文学を学ぶほど、強く英国やその文化に惹かれたらしい。本作にもそんな英国の児童文学の影響が色濃く反映されており、まだ上巻の段階ではあるが、なかなか引き込まれる。
 詳しい感想は下巻読了時に。

 忘れられた花園(上)


告知:ジョン・ロード『クラヴァートンの謎』

 論創社さんのホームページに告知が出たので、こちらでも宣伝しておこう。
 論創海外ミステリの第228巻としてジョン・ロードの『クラヴァートンの謎』がこの2月末に刊行される。訳者は海外ミステリ研究家でジョン・ロードやR・オースティン・フリーマンの翻訳もされている渕上瘦平氏。
 で、当サイトの管理人sugataが恥ずかしながら解説を書かせていただいた。

 退屈派の代表みたいに言われてきたジョン・ロードだが、この数年で『代診医の死』『素性を明かさぬ死』が刊行されたことで、そんな状況もずいぶん変わってきたように思う。『クラヴァートンの謎』はそういうジョン・ロード再評価の決定打ともいうべき傑作。
 何より驚いたのは、これまでジョン・ロードの大きな弱点として挙げられていたストーリーの単調さとはまったく無縁であること。探偵役・プリーストリー博士もこれまで紹介された作品では、終盤の推理合戦ぐらいにしか登場しないイメージがあるけれど、本作に関しては、亡き友人のために行動する悩める主人公である。そうしたプリーストリー博士の行動がストーリー展開にもいい影響を与えている。
 これまでのイメージを覆す、ジョン・ロードの本領発揮ともいえる一作。ぜひお楽しみに。

※論創社さんのページはこちら

↓すでに予約も開始されているようです

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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