盛林堂ミステリアス文庫から刊行されている「大阪圭吉単行本未収録作品集」の二巻目『マレーの虎』を読む。まずは収録作。
「隆鼻術」
「事実小説 マレーの虎」
「明朗小説 青春停車場」
「北洋小説 アラスカ狐」
「夜明けの甲板」
「小説千字文 明るい街」

ミステリ珍本全集から出ている
『死の快走船』を読んだときの感想で、大阪圭吉の本質や探偵小説史における立ち位置などはもう一度整理してみてもよいのでは、なんてことを書いたのだが、こうして圭吉の知られざる作品が次々と紹介され、読んでいくと、その意はますます強くなる。
本作でも本格こそないものの、明朗小説から防諜小説、コント、シリアスな秘境小説風のものなど、実にバラエティに富んでおり、圭吉の興味の広さや柔軟性がみてとれる。
収録された作品の書かれた時代のせいで、どうしてもボリュームとしての物足りなさはあるのだけれど、それでも可能性を感じさせる作品は多く、つくづく長生きして制限のない環境で自由に書いてもらいたかったと思わずにはいられない。
以下、簡単に各作品のコメント。
「隆鼻術」は大げさにいうとユーモア倒叙ミステリ、しかも完全犯罪である(笑)。新婚ホヤホヤの丹下高子には、夫にも明かすことができない、ある秘密があった。それは結婚前に行った鼻を高くする整形手術である。ところがあるとき、片付けをしていた高子は転倒し、大事な鼻が折れ曲がってしまう……。ユーモアはともかく、これがどう倒叙の完全犯罪ものになるかというのがミソ。
「マレーの虎」は「怪傑ハリマオ」の実録物。第二次世界大戦が始まった頃に発表されているが、内容的には戦意高揚ものであり、どういう経緯で圭吉がこれを書くに至ったかが気になるところだ。短いながらもそれなりにツボを押さえているのが見事。
駅の売り娘を主人公にした明朗小説が「青春停車場」。圭吉のヒロインを見る目は暖かいけれど、まるで「おしん」や「どてらい男」(古いネタですまん)を見ているようで、ハッピーエンドというには爽快感がちと不足気味。
「アラスカ狐」は千島の漁場で働いていた若者の数奇な運命を描く。ふとしたはずみで氷ごと海に流され、漂流船を見つけたはいいが仲間も死亡し、やっと辿り着いた地では米露の脅威にさらされるという悲惨さ。タイトルのアラスカ狐の使い方が絶妙で、意外に読み応えがあった。
「夜明けの甲板」はタイの青年を主人公にした戦意高揚もの。特にエピソードらしいエピソードもなく、英米の卑怯さよりも、むしろ押し付けがましい日本軍のほうが逆にいらっとくる。これは生理的にちょっと受けつけなかった。
「明るい街」は“小説千字文”という副題から想像できるようにショートショート。それほどの話でもオチでもないのだが(苦笑)、解説で芦辺拓氏が書いているように、今読むと戦時の情景を知るためのスケッチという感じで楽しめる。