ここのところ湘南探偵倶楽部さんが復刻した子供向けの探偵小説を集中的に消化しているが、本日もその中から橘外男の『獄門台の屋敷』を読む。集英社の「おもしろブック」という雑誌で1958年にわたって連載されたものだ。
復刊にあたっては当時の雑誌をそのままスキャンして製本している。したがって当時の挿絵はもちろん、紙面の端々にある当時の広告やら漫画やらもそのまま見ることができ、そういうのを眺めているのも楽しい。
ただ、レイアウトの際に版面を意識していなかったのか、本ののどに版面が食い込んでしまい、一部の文字がたいへん読みにくいのが残念。レイアウトは本来、製本された場合の状態を想定して制作するのだが、本書はあくまで同人誌なので、それに関する知識がなかったのだろう。次回からは注意してほしいところだ。
さて、肝心の中身だが、こんな話。
島根県の高座山に勝本家という名家があった。かつての栄光を示すかのような立派な屋敷ではあったが、何代か前の領主が領民を酷い目にあわせたため、その牢屋の跡から今でもすすり泣きが聞こえるとか、門の脇にあった罪人の首を切ってさらす獄門台には人魂が出るとか、不気味な噂が絶えないのであった。
そんな屋敷にいまは信彦少年と若奥様が使用人らと暮らしていた。信彦少年は体が弱く、その日もかかりつけの医師が訪ねてきたが、いつもとなぜか様子が違い……。

一言でいうと、化け猫の怨讐譚。橘外男の化け猫ものといえば、ミステリ珍本全集にも収録された傑作
『私は呪われている』を思い出すが、本作は児童書連載ゆえ多少はおとなしめではあるが、それでも相当な橘ワールドが炸裂していて面白い。
勝本家の使用人が一人づつ殺されていくという前半は、怪談もしくはホラーの王道である。為す術もなく化け猫の恐怖に怯える一家の面々。警察らの介入もむなしく、ほとんどの人間が命を落とし、とうとう屋敷も焼失してしまう。子供向けとは思えないほど凄惨な展開で、いや、これは大人でも普通に引き込まれる。まさに橘外男の面目躍如といった感じである。
問題は後半だ。さあ、少年は生き残ったものの、この化け猫はどうやって倒すのか。そんな展開を期待していると、これが本筋に関係ない先祖のバイオリンにまつわるエピソードの解明に費やされ、まるで別の物語になってしまう。多少、強引でもいいから、前半の化け猫騒動と後半のバイオリンのエピソードをなんとか関連づけてくれればよかったのだが、端からその気がまるでないというか、バランスはすこぶる悪い。
化け猫はどうなったのだという疑問については一応答えを出しているけれど、これがまたけっこう肩すかしもので、終盤の喪失感はなかなかのものだ(苦笑)。
これは単純に構成の失敗だとは思うのだが、そういえば以前に盛林堂ミステリアス文庫から出た、橘外男の子供向け探偵小説
『死の谷を越えて—イキトスの怪塔—』を読んだときも、後半はグダグダだった記憶がある。著者は緻密なプロットなどはあまり意識せず、どうやら勢いとセンスだけで書いてしまうタイプのようだから、こういう例は他にも多いかもしれない。
そういうわけで小説としての完成度は低いのだが、前半の化け猫パートの面白さは捨てがたく、橘外男のファンであれば読んでおいて損はない。
ともあれ、こういった作品は同人の形でもないとそうそう簡単には読めないので、湘南探偵倶楽部さんにはぜひ今後も頑張ってほしいものである。