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 フランスでは珍しい本格ミステリを追求している作家ポール・アルテ。初紹介時は日本でもかなり人気を集めたようだが、セールスの不振からか、ここ数年はしばらく翻訳が途絶えてしまい、それを復活させたのが行舟文化という小さな出版社だった。
 本日の読了本『斧』は、その行舟文化が『あやかしの裏通り』の予約特典としてつけた小冊子で、短編「斧」を収録している。

 斧

 美術評論家にして探偵のオーウェン・バーンズが友人とクラブで過ごしていたときのこと、一人のアメリカ人と知り合いになった。アメリカ人はオーウェンが難事件をいくつも解決していることを知ると、自分の体験談を話し始めた。
 今から三十年も前の話である。コロラド州に住むマーカス・ドレイクはある悪夢を見た。それは友人のベンじいさんが椅子でうたた寝をしていると、何者か斧を持って近づき、ベンじいさんを殺害するというものだった。マーカスは目覚めるとベンじいさんの安否が心配でならなくなり、いそいで列車に飛び乗った。
 しかし、ベンじいさんの住む駅のひとつ前の駅に列車が着いたとき、マーカスは我が目を疑った。夢の中に出てきた殺人者が、ホームにいたのである。マーカスは男に詰め寄り、保安官も騒ぎを聞きつけて現れたが、何はともあれベンじいさんの訪ねてみようということになったのだが……そこで見たものはマーカスが夢で見たとおりの殺人現場だった。

 いいねぇ。悪夢と現実をつなぐカギは何なのか。ポイントはほぼ一点のみなのだが、そこを悟らせない語り口というか、ミスリードが巧みである。心理的なトリックといえるだろうが、やはり同じ不可能犯罪でもこういうほうが楽しめるかな。
 とはいえ材料そのものは多くないので、諸々の状況を考慮し、消去法で考えれば、真相にたどり着くのはそれほど難しいわけではない。
 扱うのが予知夢みたいな話なので、その不可思議な雰囲気も含めて楽しむのがよろしいかと。

 ちなみに今後のアルテの作品にもすべて予約特典がつくようだから、最後にはアルテの短編集としてまとめてほしいものだ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 原書房の海外ミステリといえば《奇想天外の本棚》がスタートして話題になっているが、ちょっと前までは「 ヴィンテージ・ミステリ」が定番であった。全部二十六冊出ており、管理人はすべて購入しているが、もちろん全部読んでいるわけではない(お約束)。
 本日はそんな未読「ヴィンテージ・ミステリ」の中からリチャード・ハルの『善意の殺人』を読む。

 まずはストーリー。
 スコットニー・エンド村の駅から発車した列車で、一人の男が不審な死を遂げた。男の名はヘンリー・カーゲート。村に最近やってきた富豪だが、その嫌味な言動ですべての人に嫌われており、その死を悲しむ者は誰もいない始末。しかし、死因が嗅ぎタバコに忍ばされた毒によるものであることがわかり、警察の捜査が開始された。
 やがて犯人が逮捕され、裁判が始まったのだが……。

 善意の殺人

 リチャード・ハルは世界三大倒叙ミステリのひとつ『伯母殺人事件』の作者として知られているが、我が国ではなぜか長らくそれしか紹介がなかった不遇の作家でもある。近年ようやく第二作の『他言は無用』が紹介されたが(といっても二十年ほど前だけど)、これがなかなか悪くない作品だったので、単なる一発屋ではないとは思っていたのだが、『善意の殺人』もまた非常に面白い作品だった。

 注目すべき点はいくつかあるが、まずはその構成か。本作は法廷ミステリであり、事件の詳細はすべて法廷での証人の話で再現されるというスタイル。それ自体は珍しくないのだが、すごいのは被告の名前を一切明らかにしないことである。
 被害者カーゲートはいろいろな人から恨みを買っており、証言や死亡時の状況から容疑者はほぼ四人に絞られてくる。もちろん真犯人は誰かと言う興味はあるのだが、その前に被告は誰なのかという興味でつなぐパターンはなかなか珍しい趣向である。しかも被告が明らかになったとして、果たして被告=真犯人なのかという疑問もあるわけで、こういう実験的作品を1938年という時点で書いたことがまた素晴らしい。
 似たようなパターンだと、パット・マガーの“被害者探し”や“探偵探し”といった趣向があるけれど、それにしても本作から十年近く後のことなので、いかにハルの着目が早かったかわかる。

 また、ラストで明らかになるのだが、全体の様相を一変させるある仕掛けが盛り込まれているのも憎い。ストーリー上は本筋というわけではなく、むしろブラックな味付けといったようなものだが、これはアントニイ・バークリーの作風に近いものを感じ、作品の価値を大いに高める要素になっていると思う。

 そういうわけで基本的には満足できる一冊。
 ただ、本作は法廷ミステリとはいえ、根っこはあくまでクラシックな本格ミステリである。現代の法廷ミステリにありがちな、検察側と弁護側の丁々発止なやりとり、あるいは頭脳戦といったような展開はほぼないので、そういうのを楽しみたい向きにはちょっと期待はずれかもしれないので念のため。


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 マーヴィン・アルバートの『セメントの女』を読む。ひと頃ポケミスがサブシリーズみたいな形で展開していた「ポケミス名画座」からの一冊である。

 こんな話。マイアミでヨットを住居にして暮らしている私立探偵トニー・ローム。友人と沈没船の宝探しを道楽にしている彼は、あるとき沖合でセメントの重りをつけて沈められている女性の死体を発見する。ところがその瞬間にサメが現れ、死体の顔を食いちぎったため、身元はわからぬままとなってしまう。
 サメの襲撃をかわしながら、何とか死体を引き上げたローム。さっそく警察に届け出たが、その直後に「女の顔は忘れることだ」という脅迫電話が入る。しかし、それが逆効果。ロームの闘志に火がつき、彼はさっそく調査に乗り出してゆくが……。

 セメントの女

 あのフランク・シナトラをトニー・ローム役に迎えて映画化された作品の原作である。映画のほうは残念ながら未視聴なのだが、原作のほうは、なかなかよくできたB級ハードボイルドといったところだ。
 ただ、ハードボイルドとしての体裁を整えてはいるが、事件や登場人物の内面を掘り下げるような興味には乏しい。深みや重みとは一切無縁、あくまで視娯楽重視のハードボイルド風活劇小説といったほうが正しいのかもしれない。
 もちろん、これは貶しているのではない。そういう方向性のミステリも当然ありなわけで、しかも意外に読ませるのだ。

 何よりストーリーがよろしい。
 のっけから海中で死体を発見する件、さらにはサメとの格闘、ひと息ついたかと思えばさっそくの脅迫電話と、掴みはOK。この後もド派手な格闘シーンにカーチェイス、適度なお色気など盛り沢山で、ストーリーの盛り上げにいろいろ工夫しているなという印象である。映画の原作ではあるのだが、もしかすると最初から映画化を意識して書かれた可能性もあるのではないだろうか。それぐらい派手な見せ場が多い。
 また、プロットも予想以上の出来。上流階級とギャングの不穏な関係が物語のベースにあるのだが、そういった枠に収まらない真相も用意され、技巧的なところも見せている。
 さすがに感動や読みごたえみたいなものを期待してはいけないけれど、一時の暇つぶしとしては、これは打ってつけの一冊といっていいだろう。

 ちなみに著者のマーヴィン・アルバートは複数の名義を駆使して1950〜90年ぐらいにかけて八十作ほどの作品を残している。その内訳もミステリから冒険小説、ウェスタン、映画やテレビのノヴェライズに至るまで幅広い。つまりは気楽に読める娯楽小説を量産するタイプの職人的作家なのだろう。
 したがって、本国では人気があっても、さすがに我が国での翻訳はいたって少ない。ノンシリーズの『リラ作戦の夜』や『標的』、J・D・クリスティリアン名義『緋の女 スカーレット・ウーマン』があり、ほかには映画『アンタッチャブル』のノヴェライズが紹介されるにとどまっている。本作レベルのものがあるなら、もう少し紹介されてもいいかも。


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 河野典生の『緑の時代』を読む。先日読んだハードボイルド短編集『陽光の下、若者は死ぬ』とは打って変わって、こちらは幻想小説系の短編集。まずは収録作。

第一部 幻の世界
「子供の情景」
「パストラル」
「グリーン・ピース」
「淡彩画」
「見知らぬ町」
「アイ・アイ」
「赤い服のジャンヌ」
「緑の時代」

第二部 現代の童話
「ピノキオ」
「蟻」
「月球儀くん」
「完全な女」
「ジャリ・タレント」
「宮益坂上歩道橋」

第三部 未来への旅
「美しい芸術」
「性的な時代」
「微妙な味」
「穏やかな日々」
「機関車、草原に」

 緑の時代

 河野典生の幻想系の代表作としてよく挙げられる本書だが、確かにこれはいい。
 もともとハードボイルドならではの簡潔な文体だが、それは幻想小説でも非常に活かされている。もちろんハードボイルドと幻想小説ではまったく設定が異なるし、まるっきり同じような文体というわけではないのだが、根っこにあるものは意外に共通というか。シンプルだけれど詩情性にあふれ、読者に世界をイメージさせやすい文章なのである。
 ともするとその美文のせいで、一見センスありきで書かれたような感じも受けるが、その実、文章のみならずプロットも練られている印象である。つまりは完成度が高いということなのだろう。

 本書では大きく三つのテーマに分けられているが、強いていえば未来的なものを扱うよりは、日常からふとしたことで異世界に足を踏み入れるような系統の「第一部 幻の世界」が好み。河野典生の作品は実際の地名をガンガン盛り込んでくるが、今読むとそれが大きくノスタルジーを醸し出して、よりファンタジックな雰囲気を濃くしている。
 もちろん当時の著者にそういう意図はなかったと思うが、表題作「緑の時代」などはその代表ともいえる作品だろう。“緑”によって失われてゆく(そして生まれてくる)世界の舞台がもし新宿ではなく架空の地であったら、ここまでしびれる作品にはならなかったかもしれない。


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 大下宇陀児のジュヴナイル長短編を集めた作品集『空魔鉄塔』を読む。発行所は「Noir Punk Press」、レーベル名は「暗黒黄表紙文庫」ということで、やや痛い感じを受けるのが玉に瑕だが、同人版ゆえ温かい目で見てあげるのが吉だろう。
 ちなみに副題には「少年少女探偵小説撰集 戦前編」とあり、ここは今後の展開を非常に期待させるとことろである(今月発売予定の『仮面城』がもしかすると続刊なのかな?)。

 空魔鉄塔

「空魔鉄塔」
「金色のレッテル」
「黒星館の怪老人」
「消える少女」
「奇怪な土産」
「六人の眠人形」
「怪盗乱舞」

 収録作は以上。「空魔鉄塔」は昭和十二年に「東日小学生新聞」連載されていたもので、本書中、唯一の長編。日本の秘密兵器を狙う敵国の空魔団、それを防ぐ少年少女たち、という展開は当時にはありがちなストーリーなのだが、思った以上にそつなくまとめているのはさすが大下宇陀児。
 最近読んでいた楠田匡介、西條八十あたりの破天荒さに慣れてしまうと、少々物足りなさもないではないが、スケールは大きく、ツボも押さえていて安心して楽しめる一作。その他の短編もまずまずといったところ。

 ちなみに最近の同人系のなかでは造本がしっかりしているのは好印象。ただ、活字をここまで大きくする必要があったのかは疑問である。そのせいでページ数も嵩張ってしまったのが惜しまれる。

 しかし従来は一部の好事家しか興味を示さなかった戦前戦後の子供向け探偵小説だが、最近は商業出版、同人にかぎらず、ずいぶん復刊される機会が増えてきているようだ。ただ、読めば読むほど、いつも乱歩の偉大さを痛感する羽目になるんだけれどね(苦笑)。

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 ちょっと面白そうな本が出ていたので買ってみた。『みうらじゅんの松本清張ファンブック 清張地獄八景』である。松本清張生誕110年を記念して編まれたガイドブックだが、編者が文学畑の人ではなく、イラストレーターであり、いくつものニッチなマイブームをもつみうらじゅん氏ということで、他の類似本とはさすがに一味違ったものになっている。

 みうらじゅんの松本清張ファンブック 清張地獄八景

 第一章 崖
 第二章 小説
 第三章 人間・松本清張
 第四章 映像

 目次はこんな感じだが、異色なのはやはり「第一章 崖」だろう。
 二時間サスペンスなどでおなじみの、追う者、追われる者が最後に立ち尽くす、あの“崖”である。その“崖”の佇まいに魅了されたみうらじゅんが、“崖”シーンのルーツともいえる『ゼロの焦点』に登場した能登金剛「ヤセの断崖」を語る一章。
 まあ、ぶっちゃけ一章を費やすような内容ではないけれど(笑)、「二時間サスペンスドラマの帝王」の異名を持つ船越英一郎との対談はなかなか面白い。

 まあ、第一章はともかくとして、それ以後は比較的オーソドックスな構成で、それぞれのテーマに沿ったコラム等を集めている。
 清張作品の魅力は、ミステリーとしての要素、社会問題を扱う時事性、リアルな世界観、端正な文体など、いろいろな面があるのだが、みうらじゅんが特に重きを置くのは、人間の普遍的な弱さだ。
 人間の業といってもいいのかもしれない。野心や功名心、独占欲など、人間が生きている限りまとわりつく、こうしたドロドロの部分を清張はリアルに描く。弱い人間が日常から踏み外す、そうした瞬間が堪らないといい、これを「清張ボタンを押す」と表現する。さらにはそこに同情心を盛り込むことなく、それによって転落し、破滅する姿を容赦なく描くのも、清張ならではの因果応報の世界であり、これもまた魅了されるところだという。

 本書はみうらじゅんのそんなフィルターを通してまとめられた松本清張に関するエッセイやコラム集といってもいいだろう。
 ただ、基本的には楽しく読めるのだが、残念ながら目新しいところは特にない。というのも収録原稿のほとんどが再録であり、本書のための書き下ろしはほぼないからである。内容自体はいいのだが、企画はけっこう安易なところが残念な一冊であった。


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 ハーマン・ランドンの『怪奇な屋敷』を読む。
 ちょうど一ヶ月ほど前に、同じ論創海外ミステリから出ている『灰色の魔法』を読んだのだけれど、そちらは活劇を中心とした怪盗ものシリーズの一作。ミステリではあるが謎解き要素は少なく、キャラクターとストーリーで読ませるストレートなエンタメという印象だった。
 一方、本作は帯に“本格密室推理小説”という文字が踊って期待を煽るが、なんせすでに『灰色の魔法』を読んでいる身としては、やや眉唾に感じられたりもするわけで(苦笑)、それほど期待せずに読み始める。

 こんな話。ニューヨークのホテルに現れたみすぼらしい身なりの青年、ドナルド・チャドマー。彼こそ長い間、消息不明だったチャドマー家の次の後継だった。家を飛び出し、さまざまな仕事を転々とし、ついには暴力沙汰からの刑務所暮らしを経て帰ってきたのだ。
 ただし、ドナルドが戻るべき屋敷は、不吉なことが起こると評判の屋敷であった。歴代当主も次々と財産を失う羽目に陥り、その屋敷のみが財産のすべてであった。そんな彼をつけ狙う謎の男たちも現れるが、なんとか危機を切り抜け、ようやく屋敷にたどり着く。
 しかし、ドナルドの叔父で、現在の屋敷の主人でもあるセオドアが、不可解な状況で殺害される……。

 怪奇な屋敷

 一応は“本格密室推理小説”という謳い文句を信じつつ読み始めたが、のっけから冒険活劇小説風の展開。この時点でやはりランドンは本格を書く気がないと確信するが、その後、殺人事件が発生するとかなりそれっぽい展開になるため、「これはもしかすると」と考え直す。
 だが、しょせんぬか喜び。本格のコードを踏まえているようで、実はかなり緩い書き方をしているため、本格としての満足感を得ることはできなかった。
 本作が発表されたのは1928年。英米ミステリの黄金時代ではあるのだが、その影響を受けつつも、やはりランドンの興味はストーリーやキャラクターにあるのだろう。また、極論をいえば、真犯人の設定、殺害方法、登場人物の言動などから察するに、ランドンは肝心なところで本格推理小説としての肝を理解していない節がうかがえる。
 これも極論になるが、要は著者のセンスの問題だろう。オカルト的な雰囲気、謎のポイントなど、書く人が書けばそれなりにちゃんとした本格になるはずだが、ランドンは結局そちら側の人ではなかったということだ。

 ただし、本格云々を脇に置いておけば、本作はそれなりに面白い。『灰色の魔法』などを見てもわかるようにストーリーの盛り上げなどは達者である。特に本作では探偵役の候補者が複数いて、それが徐々に絞られてくる展開は当時では珍しいパターンでちょっと興味深い。
 当時のエンタメとしてみれば充分、及第点に達しているのではないだろうか。


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 日本ハードボイルドの先駆者の一人、河野典生の『陽光の下、若者は死ぬ』を読む。
 本書は河野典生の初期のハードボイルド作品を集めた短編集である。ちなみに著者のデビュー短編集は荒地出版社から同じ題名で発行されているが、収録作はけっこう異なるので一応は別物とみてよいのだろう。こちらの収録作は以下のとおり。

「陽光の下、若者は死ぬ」
「溺死クラブ」
「憎悪のかたち」
「ガラスの街」
「カナリヤの唄」
「新宿西口広場」
「ラスプーチンの曾孫」
「殺しに行く」

 陽光の下、若者は死ぬ

 おお、これはいい。全体に漂うピリピリした空気が堪らない。
 河野典生のハードボイルドは代表作の『殺意という名の家畜』を読んでいるが、これはどちらかというと正統派のハードボイルドという印象でった。一方、本書に収められた諸作品は“ハードボイルド系の作品”ではあるのだが、そのテイストは意外に幅があって、正統派ハードボイルドから、もう少し強烈なノワールっぽいもの、犯罪小説的なものなど、予想以上にバリエーションを楽しめる。
 驚くべきはこれらが著者の二十代に書かれたということである。まだ構成等でバランスが悪かったり、展開を急ぎすぎたりするなど、荒っぽいところはあるのだけれど、先にも書いたようにとにかく全体的に感じられるピリピリした空気が気持ちよい。
 意図してチープに描いている節はあるけれど、扱っている内容やテーマは重く、まさに下手に触ると火傷をするといった感じである。

 表題作の「陽光の下、若者は死ぬ」はアナーキーな若者たちが企むテロを描く秀作。テロに走る若者たちの鬱屈と虚無が混じり合った独特な心情を、この短いページのなかでカットバック的に描いている。設定的には冒険小説風だが、その味わいは犯罪小説やノワールに近い。プロローグとエピローグも巧い。

 普段は敵対する殺し屋たちが集まってカクテル・パーティを開くというのが「溺死クラブ」。冗談のような設定だが、著者もこれはハードボイルドのパロディとして描いたと告白している。しかし、その語り口は焦げるほどに熱く、後半の殺し合いへと雪崩れ込む。

 「憎悪のかたち」は見事な和製ハードボイルド、いや和製ノワールというほうが適切か。テキ屋として働く若いチンピラが主人公で、あるとき二人暮らしをしている養父が殺され、その真相を追うことになる。
 上の二作に比べるとストーリーがしっかり展開しており、登場人物たちの設定やリアル感もすごい。昭和三十年代の香り濃厚な一作。

 テレビ局のディレクターがドキュメンタリーで取材した若いヒッピーの女が死亡した……。「ガラスの街」はプロットがきっちりしており、本書中でももっともミステリらしいミステリといえるが、主人公がマスコミの人間であるせいか、他の作品ほどにはエッジが効いていない。

 「カナリヤの唄」はとある観光地の湖畔で出会った謎の中年男とヒッピーの少女の物語。ちょっと理屈っぽいというか説明が多すぎる。その割に主人公の二人の心情が共鳴するところがわかりにくいのが難。

 「新宿西口広場」はデモに巻き込まれたあるOLのエピソード。この作品が書かれた昭和三十年代の新宿の猥雑さや荒っぽさが魅力。管理人も新宿に出没するようになってン十年以上経つが、その空気もずいぶん変わってしまった。

 「ラスプーチンの曾孫」はなかなか技巧的である。主人公がとある安手のキャバレーで出会った女性について語る話だが、クライムノベル風でありながら「ですます調」を用いているところがミソ。雰囲気だけで読ませる感じだが、これはこれで悪くない。

 ラストを飾る「殺しに行く」は「憎悪のかたち」と同じ系統の和製ノワール。カタストロフィに向かうしかない二人のやくざ者の運命が胸を打つ。

↓なぜかAmazonで角川文庫版が見つからないため、代わりに荒地出版社版のリンクを貼っておきます。

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 マイクル・コナリーの『贖罪の街』を読む。
 リンカーン弁護士の異名をとるミッキー・ハラーから、ダクァン・フォスター弁護のための調査を依頼された元刑事のハリー・ボッシュ。だが被害者が保安官補の妻だったため、退職した刑事が弁護側につくのは警察への裏切りに等しいことだった。
 ボッシュは真実と正義のためだからと、自分に言い聞かせながら調査を続けていくが、次第に警察関係者が事件に関わっていくとこが明らかになる……。

 贖罪の街(下)

 ボッシュの地道な調査を中心とした物語で、派手さや驚きといったケレンにはやや欠けるけれども、全体的には安心して読める佳作といってよいだろう。
 刑事を辞めたボッシュなので、その行動には制限を受けてしまうが、基本的なところに変わりはない。自分の勘を信じ、事件の不自然な点や気にかかる点を頑なに追うところが魅力であり、説得力をもつ。
 また、行動に制限を受けるとはいいつつ、刑事時代もそこまで科学、もしくは権力に頼った捜査をしていたわけではないのでそこまで不自由にも見えない(苦笑)。むしろ友人知人の助けを借りつつ、意外と小器用に立ち回っているのが面白い。ボッシュのそんな姿に古くからのファンも思わずニンマリすることだろう。

 本作では犯人を追いつめる側から弁護する側に移り、それゆえに葛藤するボッシュも大きな読みどころである。
 かつての仲間からの批判はもちろん、最愛の娘からも一歩距離を置かれてしまうボッシュだが、真実と正義のため自らの信念とも妥協する。
 それは自らの信念を決して曲げないボッシュにとってひとつの矛盾ではあるのだが、反面、それは真実と正義を追い求める気持ちの強さの表れでもある。以前のボッシュだったら、ここで絶対に白黒はっきりつけてしまうのだが、意外と自然な形で気持ちに折り合いをつけているのが興味深い。個人的にはやや物足りなさも残るが、まあ、ボッシュも歳をとったということか。

 ということで、長年のコナリーファンからすると若干の物足りなさもあるが、完成度の高さ、プロットの巧さなども申し分なく、まずは良質の警察小説、ハードボイルドといっていいだろう。

 ちなみにコナリーの著書は長編がほとんどだけれど、唯一、2012年に短編集『Mulholland Dive』が刊行されている。収録しているのは三作で、そのうち二作は雑誌やアンソロジーで翻訳済みだが、おそらく残り一作は未訳のはず。こちらもできれば刊行してほしいところである。


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 マイクル・コナリーの『贖罪の街』を上巻まで。
 本作は久々の弁護士ミッキーー・ハラーと刑事ハリー・ボッシュの豪華共演作である。ただし、ボッシュはロス市警をすでに退職しており、本作ではハラーが扱う事件をフリーとして手伝うことになる。

 贖罪の街(上)

 こんな話。
 あるときハラーから食事の誘いを受けたボッシュ。退職したボッシュに事件の調査を手伝ってもらいたいのだという。
 その事件とは、ウエスト・ハリウッド市で市制管理官補を務めるレクシー・パークスが殺害された事件であった。容疑者は元ギャングで古くからのハラーの顧客でもあるダクァン・フォスター。ハラーは彼の主張を信じて弁護を引き受けたのだという。しかし、ボッシュとしてはそう簡単に承諾はできなかった。それもそのはず、レクシーの夫は保安官補であり、退職した刑事が弁護側につくのは警察への裏切りに等しいからだ。
 しかし、ダクァンと面会して彼の無実を信じたボッシュは、ついに事件を引き受けることにする。それはダクァンを救うためではない。実際に殺人を犯した者が自由に歩き回っていることが許せないからだ。ボッシュはそう自分に言い聞かせ、行動に移るが……。

 豪華共演とはいいながらも上巻でのハラーはかなり控えめ。ほぼボッシュメインで進んでいるのだが、なんせ警察を退職してしまったので、今までのような特権は使えない。そこで『燃える部屋』で登場したソト刑事や恋愛関係にあったスキナーなどの助けを借りながら調査を進めるのがミソ。
 ちょっとボッシュにしては小器用に立ち回りすぎる嫌いもあるが(大きなヘマもあるけれど)、まあ、まだ上巻。下巻ではどのように驚かせてくれるか楽しみだ。


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 このところ湘南探偵倶楽部さんが古い子供向け探偵小説、特に児童書に連載されたものを頻繁に復刻してくれているのだが、本日の読了本もそんな中から楠田匡介のレアなところを一冊。しかもタイトルが『少年少女探偵冒険小説選1』などということになってしまい、いよいよシリーズ化の気配である。
 この「1」という数字が、普通に「少年少女探偵冒険小説選」にかかるのか、それとも楠田匡介も含めてのナンバリングなのか不明だが、どちらにしても楽しみな展開ではある。

 少年少女探偵冒険小説選1

「海底旅行」
「良夫君の事件簿 I」

 その記念すべきシリーズ化一冊目の収録作は以上。「海底旅行」は小学館の『小学四年生』に昭和三十年から三十一年にかけて連載された長篇、「良夫君の事件簿 I」は昭和三十九年に旺文社『高一時代』に連載された連作短編である。
 なんと、どちらの作品にも、『都会の怪獣』、『深夜の鐘』に登場した少年探偵・小松良夫君が登場する。

 まずは長篇の「海底旅行」。これまで読んだ小松良夫少年ものについては基本的に探偵小説だったのだけれど、本作ではとうとうSFになってしまった。同一主人公でここまでやるかという、相当なアバウトな設定だが、内容も『都会の怪獣』『深夜の鐘』をはるかに凌駕するツッコミどころ満載の一作。

 こんな話。何者かの手によって姉の幸子とともに車で誘拐された良雄少年。なぜか白ほうたいで顔を覆った男に助けられ、ひょんなことからその“白ほうたい男”が指揮をとるスーパー潜水艦「ピース号」に匿われる。海底を潜行するピース号だったが、今度はエビの姿をした兵器によって、またも幸子が敵に誘拐されてしまい……という展開。

 基本的には『海底二万マイル』のノリか。謎の敵が二人をつけ狙う動機や“白ほうたい男”の正体などはラストで明かされるが、まったく伏線も何もないところで説明されるので、正直、どうでもいいです(苦笑)。海底での冒険シーンと数多いツッコミどころを楽しむのが吉かと。
 ちなみに一番驚いたのが、スーパー潜水艦だと思っていたら、なんと飛行機能もあったことで、いや、もう何でもありか。

 それに比べると「良夫君の事件簿 I」はいたってまともである。毎回、読み切り形式の探偵小説で、よくある推理クイズみたいなレベルを想像しておけばOK。実際、第一回目だけは本当にクイズ形式になっているのだが、評判がよくなかったか、二回目からは普通の小説形式に落ち着いている。
 こちらで気になったのは本作が『高一時代』連載ということで、媒体の割にはちょっと文章などが低年齢層向けに思える。第一回目のクイズ形式もそうだけれど、編集者とのすり合わせがうまくできていなかったのかもしれない。

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