Posted in 07 2019
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リチャード・ハル『善意の殺人』(原書房)
原書房の海外ミステリといえば《奇想天外の本棚》がスタートして話題になっているが、ちょっと前までは「 ヴィンテージ・ミステリ」が定番であった。全部二十六冊出ており、管理人はすべて購入しているが、もちろん全部読んでいるわけではない(お約束)。
本日はそんな未読「ヴィンテージ・ミステリ」の中からリチャード・ハルの『善意の殺人』を読む。
まずはストーリー。
スコットニー・エンド村の駅から発車した列車で、一人の男が不審な死を遂げた。男の名はヘンリー・カーゲート。村に最近やってきた富豪だが、その嫌味な言動ですべての人に嫌われており、その死を悲しむ者は誰もいない始末。しかし、死因が嗅ぎタバコに忍ばされた毒によるものであることがわかり、警察の捜査が開始された。
やがて犯人が逮捕され、裁判が始まったのだが……。

リチャード・ハルは世界三大倒叙ミステリのひとつ『伯母殺人事件』の作者として知られているが、我が国ではなぜか長らくそれしか紹介がなかった不遇の作家でもある。近年ようやく第二作の『他言は無用』が紹介されたが(といっても二十年ほど前だけど)、これがなかなか悪くない作品だったので、単なる一発屋ではないとは思っていたのだが、『善意の殺人』もまた非常に面白い作品だった。
注目すべき点はいくつかあるが、まずはその構成か。本作は法廷ミステリであり、事件の詳細はすべて法廷での証人の話で再現されるというスタイル。それ自体は珍しくないのだが、すごいのは被告の名前を一切明らかにしないことである。
被害者カーゲートはいろいろな人から恨みを買っており、証言や死亡時の状況から容疑者はほぼ四人に絞られてくる。もちろん真犯人は誰かと言う興味はあるのだが、その前に被告は誰なのかという興味でつなぐパターンはなかなか珍しい趣向である。しかも被告が明らかになったとして、果たして被告=真犯人なのかという疑問もあるわけで、こういう実験的作品を1938年という時点で書いたことがまた素晴らしい。
似たようなパターンだと、パット・マガーの“被害者探し”や“探偵探し”といった趣向があるけれど、それにしても本作から十年近く後のことなので、いかにハルの着目が早かったかわかる。
また、ラストで明らかになるのだが、全体の様相を一変させるある仕掛けが盛り込まれているのも憎い。ストーリー上は本筋というわけではなく、むしろブラックな味付けといったようなものだが、これはアントニイ・バークリーの作風に近いものを感じ、作品の価値を大いに高める要素になっていると思う。
そういうわけで基本的には満足できる一冊。
ただ、本作は法廷ミステリとはいえ、根っこはあくまでクラシックな本格ミステリである。現代の法廷ミステリにありがちな、検察側と弁護側の丁々発止なやりとり、あるいは頭脳戦といったような展開はほぼないので、そういうのを楽しみたい向きにはちょっと期待はずれかもしれないので念のため。
本日はそんな未読「ヴィンテージ・ミステリ」の中からリチャード・ハルの『善意の殺人』を読む。
まずはストーリー。
スコットニー・エンド村の駅から発車した列車で、一人の男が不審な死を遂げた。男の名はヘンリー・カーゲート。村に最近やってきた富豪だが、その嫌味な言動ですべての人に嫌われており、その死を悲しむ者は誰もいない始末。しかし、死因が嗅ぎタバコに忍ばされた毒によるものであることがわかり、警察の捜査が開始された。
やがて犯人が逮捕され、裁判が始まったのだが……。

リチャード・ハルは世界三大倒叙ミステリのひとつ『伯母殺人事件』の作者として知られているが、我が国ではなぜか長らくそれしか紹介がなかった不遇の作家でもある。近年ようやく第二作の『他言は無用』が紹介されたが(といっても二十年ほど前だけど)、これがなかなか悪くない作品だったので、単なる一発屋ではないとは思っていたのだが、『善意の殺人』もまた非常に面白い作品だった。
注目すべき点はいくつかあるが、まずはその構成か。本作は法廷ミステリであり、事件の詳細はすべて法廷での証人の話で再現されるというスタイル。それ自体は珍しくないのだが、すごいのは被告の名前を一切明らかにしないことである。
被害者カーゲートはいろいろな人から恨みを買っており、証言や死亡時の状況から容疑者はほぼ四人に絞られてくる。もちろん真犯人は誰かと言う興味はあるのだが、その前に被告は誰なのかという興味でつなぐパターンはなかなか珍しい趣向である。しかも被告が明らかになったとして、果たして被告=真犯人なのかという疑問もあるわけで、こういう実験的作品を1938年という時点で書いたことがまた素晴らしい。
似たようなパターンだと、パット・マガーの“被害者探し”や“探偵探し”といった趣向があるけれど、それにしても本作から十年近く後のことなので、いかにハルの着目が早かったかわかる。
また、ラストで明らかになるのだが、全体の様相を一変させるある仕掛けが盛り込まれているのも憎い。ストーリー上は本筋というわけではなく、むしろブラックな味付けといったようなものだが、これはアントニイ・バークリーの作風に近いものを感じ、作品の価値を大いに高める要素になっていると思う。
そういうわけで基本的には満足できる一冊。
ただ、本作は法廷ミステリとはいえ、根っこはあくまでクラシックな本格ミステリである。現代の法廷ミステリにありがちな、検察側と弁護側の丁々発止なやりとり、あるいは頭脳戦といったような展開はほぼないので、そういうのを楽しみたい向きにはちょっと期待はずれかもしれないので念のため。