フランスでは珍しい本格ミステリを追求している作家ポール・アルテ。初紹介時は日本でもかなり人気を集めたようだが、セールスの不振からか、ここ数年はしばらく翻訳が途絶えてしまい、それを復活させたのが行舟文化という小さな出版社だった。
本日の読了本『斧』は、その行舟文化が『あやかしの裏通り』の予約特典としてつけた小冊子で、短編「斧」を収録している。

美術評論家にして探偵のオーウェン・バーンズが友人とクラブで過ごしていたときのこと、一人のアメリカ人と知り合いになった。アメリカ人はオーウェンが難事件をいくつも解決していることを知ると、自分の体験談を話し始めた。
今から三十年も前の話である。コロラド州に住むマーカス・ドレイクはある悪夢を見た。それは友人のベンじいさんが椅子でうたた寝をしていると、何者か斧を持って近づき、ベンじいさんを殺害するというものだった。マーカスは目覚めるとベンじいさんの安否が心配でならなくなり、いそいで列車に飛び乗った。
しかし、ベンじいさんの住む駅のひとつ前の駅に列車が着いたとき、マーカスは我が目を疑った。夢の中に出てきた殺人者が、ホームにいたのである。マーカスは男に詰め寄り、保安官も騒ぎを聞きつけて現れたが、何はともあれベンじいさんの訪ねてみようということになったのだが……そこで見たものはマーカスが夢で見たとおりの殺人現場だった。
いいねぇ。悪夢と現実をつなぐカギは何なのか。ポイントはほぼ一点のみなのだが、そこを悟らせない語り口というか、ミスリードが巧みである。心理的なトリックといえるだろうが、やはり同じ不可能犯罪でもこういうほうが楽しめるかな。
とはいえ材料そのものは多くないので、諸々の状況を考慮し、消去法で考えれば、真相にたどり着くのはそれほど難しいわけではない。
扱うのが予知夢みたいな話なので、その不可思議な雰囲気も含めて楽しむのがよろしいかと。
ちなみに今後のアルテの作品にもすべて予約特典がつくようだから、最後にはアルテの短編集としてまとめてほしいものだ。