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 湘南探偵倶楽部さんが少年少女向けの探偵小説を復刻しており、特に楠田匡介には力を入れているようで、本日の読了本はその一冊『少年少女探偵冒険小説選 II』である。

 少年少女探偵冒険小説選II

「黒い流星」
「良夫君の事件簿 II」

 収録作は以上。「黒い流星」は光文社の『少年』で昭和27年9月号に掲載されたもの。もうひとつの「良夫君の事件簿 II」は連作短編で、旺文社の『中学時代二年生』で昭和35年に連載されたもの、さらに『高一時代』で昭和39年に連載されたものをまとめている。
 まあ、内容的にはいつものとおりで(苦笑)、楠田ジュヴナイルでおなじみの名探偵・小松良夫君の活躍がフルに楽しめる。「黒い流星」ではレギュラー陣の小松博士や田名見警部らとともに爆破事件の謎に迫るが、父親の小松博士がスパイの攻撃で命を落とすというショッキングな展開が注目だろう。もちろん当時のジュヴナイルの常套手段で、死んだと見せかけて……というオチなのだが、その役割を明智のような名探偵ではなく、単なるイチ科学者にさせるところが楠田作品の無茶なところである。
 「良夫君の事件簿 II」は『少年少女探偵冒険小説選1』に収録された「良夫君の事件簿 1」と同様、推理クイズレベルの作品で、さすがにそこまで見るべきものはない。

 ちょっと気になったのは、主人公・小松良夫君の設定が「黒い流星」ほか、いくつかの作品では小学六年生となってはいるものの、その設定がどこまで生きているのかということ。
 たとえば本書収録の「良夫君の事件簿 II」ではそのあたりについての記述が一切ない。果たして小学六年生のままなのか、それとも掲載誌にあわせて年齢をあげているのか、あるいは経年にしたがって年齢をあげているのか?
 なんせ小松良夫君シリーズの全貌がわからないので何とも言えないのだが、良夫君の各作品の言動を見てみると、やはり小学六年生ぐらいなのかなという印象は受ける。学習雑誌の場合、通常は主人公の年齢もその学年にあわせることが多いので、元からの設定が異なっているときは、この辺りの描写はあえて省いている可能性も高そうだ。まあ当時のジュヴナイルゆえ、厳密な設定など決めていない可能性の方ががはるかに高いのだろうけれど(苦笑)。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 フィリップ・マクドナルドの『生ける死者に眠りを』を読む。名探偵ゲスリン・シリーズで知られる著者のノンシリーズ作品で、いわゆる“嵐の山荘”ものである。

 まずはストーリー。嵐の夜が迫る夕刻、人里離れた屋敷で使用人とともに暮らす女主人ヴェリティのもとへ、二人の軍人クレシー少将とベラミー大佐がやってきた。三人は戦争中に起こったある事件のため、関係者と思しき男から謎の脅迫状を受け取っていたのである。
 警察に届けようとするも意見が分かれ、やむなくクレシーは知人を応援に頼み、まもなく嵐のなかを四人の男女が駆けつける。
 だが応援もむなしく、車は壊され、電話線も切られ、彼らは嵐の一軒家で完全に孤立してしまう。そして遂に最初の殺人が……。

 生ける死者に眠りを

 一応は黄金時代の本格の書き手として知られるフィリップ・マクドナルド。とはいえ、これまで翻訳されたものは意外にストレートな本格は少ない印象である。著者本人がどこまで本格云々を意識していたかはわからないのだが、少なくとも単なる謎解きものに終わらせたくないというような意識がうかがえ、それが結果として本格とはやや異なる印象を与えているように思われる。
 それが結果的に成功していない場合もあるけれど、その姿勢は決して嫌いじゃない。

 さて、本作の趣向は前述のとおり“嵐の山荘”なのだが、純粋な本格ではないにせよ、その狙いはよい。なんせ、この分野で最も有名と思われるクリスティの『そして誰もいなくなった』に先んじること何と六年、1933年に発表された作品である。
 本書の解説でも触れられているが、いくつもの点で『そして〜』のお手本になったところもあるようで、そういう意味だけでも本書を読む価値はあるし、しかも普通に面白い作品である。確かに完成度やプロットの緻密さでは『そして〜』に比べると分が悪いが、サスペンスも豊かで、本書が軽んじられる理由にはならないだろう。

 なお、内容自体は面白いと思うが、本作にはひとつ残念なところがあって、それは文章の読みにくさ。
 特に状況描写が荒っぽく、誰のセリフかわかりにくいのはしょっちゅうで、ときには何が起こっているのか判断しにくい場合まである。こういうのは多少なりとも翻訳のほうでフォローしてほしかったところである。



テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 リニューアルされた創元推理文庫の『世界推理短編傑作集3』を読む。江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれたアンソロジーで、今回のリニューアルではより初期の方針、すなわち発表された順番に収録するという点に主眼が置かれている。

 世界推理短編傑作集3

イーデン・フィルポッツ「三死人」
パーシヴァル・ワイルド「堕天使の冒険」
アガサ・クリスティ「夜鶯荘」
E・ジェプスン&R・ユーステス「茶の葉」
アントニー・ウィン「キプロスの蜂」
C・B・ベックホファー・ロバーツ「イギリス製濾過器」
アーネスト・ヘミングウェイ「殺人者」
G・D・H&M・I・コール「窓のふくろう」
ベン・レイ・レドマン「完全犯罪」
アントニイ・バークリー「偶然の審判」

 収録作は以上。いつものように旧版からの変更点を挙げると、まずは旧版の3巻にあったロナルド・A・ノックス「密室の行者」、ロード・ダンセイニ「二壜のソース」がともに4巻へ、同じく旧版3巻のマージェリー・アリンガム「ボーダー・ライン事件」は5巻へ収録されることになった。
 反対に旧版2巻にあったG・D・H&M・I・コール「窓のふくろう」、旧版4巻のイーデン・フィルポッツ「三死人」、同じく4巻のアーネスト・ヘミングウェイ「殺人者」が本書に収録された。また、移動がない作品でも、厳密な発表順に合わせているため、収録順はかなり異なっている。

 本書に収められた作品は1920年代ということで、もう傑作目白押し。いや、どの巻も傑作目白押しなのだけれど、さすがにこの時代になってくると、ミステリというジャンルが一気に進化した感がある。古典的ではあるけれど完成度の高いもの、ミステリの結構を備えつつ新たな地平を開くものなど、どれも実に楽しく興味深い。管理人が旧版で初めて読んだのは中学生の頃だが、そりゃあ感動するわな(笑)。
 
 以下、作品ごとにミニコメ。
 冒頭の「三死人」は、西インド諸島のある島の農場で起こった殺人事件を扱う。タイトルどおり三人の死体にまつわる物語で、事件の根本にあるものを心理的に洞察するという、いかにもフィルポッツらしい作品。設定がシンプルすぎるため今読むと真相はかなり予想しやすいものの、試みは面白く、当時としては尖った作品といえるだろう。

 「堕天使の冒険」はカードクラブのイカサマ事件を描く作品。真相もさることながら、何よりイカサマのテクニックが実に面白い。単純な手口だけれど、この手をアレンジした作品はけっこう多く、それだけ魅力的なアイデアということだろう。

 「夜鶯荘」はクリスティらしいサスペンスとサプライズが効いた一品。慕う人がいながら、別の男性と結婚した新婦。だが実は夫が殺人犯ではないかという疑惑が生まれ……という王道の展開。トリックに頼らないところがまたよい。

 「茶の葉」は古典中の古典。サウナの中で起こった刺殺事件で、作品は知らなくともトリックを知らないミステリファンはいないだろうというくらい有名なネタを用いている。「茶の葉」というタイトルも効いているし、法廷ものというスタイルも悪くない。

 こちらも有名トリックで知られる「キプロスの蜂」だが、こちらは当時としては刺激的なネタだったのだろうが、その他の部分が弱く、本書中では一枚落ちる。

 助手の研究成果を自分のものにした教授が、大学の自室で毒殺されるのが「イギリス製濾過器」。設定から犯人のあたりはつけやすいが、正直、トリックもいまひとつ。これも劣化が激しい一作といえるが、お話自体は面白く読める。

 ヘミングウェイの「殺人者」はハードボイルドの元祖とか、プロの殺し屋のイメージを確立させた作品とも言われている。読者には全貌がわからないある事件の一瞬だけを切り取ってみせるというスタイル、殺し屋二人が醸し出す独特の緊張感、運命を受け入れるしかない者たち、それぞれの要素が相まって強烈な余韻を残す。

 「窓のふくろう」はトリック云々というより、タイトルに絡んだある事実が読みどころ。本格というよりは奇妙な味のタイプで好みの一作。

 ベン・レイ・レドマンの「完全犯罪」は、己の探偵としての力に絶対な自信をもつ傲慢な名探偵トレヴァーの物語。あるとき彼は友人の弁護士ヘアーに完全犯罪の定義を解き、某事件の推理を披露するも、逆にに論破されてしまう……。終盤の捻りがマニア向けの一作。

 トリを飾る「偶然の審判」は傑作揃いの本書中でもピカイチ。シェリンガムの推理の展開が非常に面白く、それでいてベースになるのは「偶然」というキーワード。ご存知『毒入りチョコレート事件』の原型となった作品だが、もうこれだけでも十分に堪能できる。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ブックガイドの類が好きなことは何度か過去の記事でも書いているのだが、まあミステリファンで良かったのは、そういうブックガイドがけっこう多いことである。親戚筋のSF小説や幻想小説、怪奇小説でもこうはいかない。
 だが、その怪奇小説や幻想小説のガイドブックで注目すべき一冊が出た。先日紹介した『Murder, She Drew Vol.1 Beware of Fen』同様、こちらも同人系で、怪奇幻想小説の書評ブログ「奇妙な世界の片隅で」を運営しているkazuou氏による『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』である。

 海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド

 kazuou氏曰く、日本における海外怪奇幻想小説というジャンルは、日本ではクラシックから現代ホラーに至るまで一応はひと通りの作品を読むことができるのに、他に比べて初心者が入りにくい分野であるという。
 これは管理人の想像に過ぎないが、やはりそこにはオールタイムベスト100とかを紹介するガイドブックが非常に少ないという事実がまずあり、それゆえに必読書や入門書というべきものがあまり知られていない現実があるのだろう。要するに一般の人がたまにはそういったものを読もうかというとき、水先案内人が極めて乏しい状態にあるのではないか。

 とまあ、そんな状況を踏まえたうえで、kazuou氏が海外怪奇幻想小説の初心者にオススメするのがアンソロジーというわけだ。そもそも怪奇幻想小説は、長編より短編の方がより強くそのエッセンスを感じられるとも氏は書いており、まずはアンソロジーで気に入った作家や傾向を見つけ、そこから個々の作品に進んでいただければ、ということらしい。
 ちょっと面白いのは、海外怪奇幻想小説というジャンルにはガイドブックが少ない割に、意外なほどアンソロジーは多く出版されていること。そういう意味でkazuou氏の試みは非常にいいところを突いているように思う。

 内容についてはもちろん満足。新旧とりまぜた幅広いアンソロジーを扱い、しかもちゃんとそれぞれの本の特徴を解説しており、まさにガイドブックの名に恥じない。もとより氏のブログは作品単体の書評だけではなく、アンソロジーの紹介や同傾向・同テーマの作品をまとめて紹介するという、それこそ本書の元になっているような記事も多く、本書が気に入った人はぜひ氏のブログも参考にするとよいだろう。
 なお、あえて注文をつけさせてもらえるなら、もし第二弾、あるいは改訂版などを作る際は、ぜひ作品名と著者名の索引をつけてもらえると使い勝手が良くなって嬉しい。いや、無理言ってすいません。

 余談だが、実は管理人、kazuou氏の主催するオフ会に何度か参加したことがある。氏はそういう場でも必ず細かなレジュメを作ってこられたのが印象的で、怪奇幻想小説にかける熱意には頭が下がるばかりである。
 開催曜日の都合で最近は欠席ばかりなのだが、ううむ、また顔を出したいものだ。

テーマ:評論集 - ジャンル:本・雑誌


 泡坂妻夫読破計画はまだ再読分を進めているところだが、問題は当時リアルで読んでいた本が遠く離れた実家に置いてあることである。取り寄せるのも面倒なので基本的には古本で買い直しているが、すでに泡坂妻夫クラスでも入手しにくいものもあるんだなと実感する今日この頃。
 本日の読了本は仕方なく新刊で買い直した河出文庫版の『花嫁のさけび』である。

 まずはストーリー。
 映画スターの北岡早馬と結婚し、北岡家に嫁いできた伊津子。それまでの平凡な人生から、スターの家に入ることに不安はあったが、早馬の家族や知人らはおおむね温かく迎えてくれる。
 ただ、誰もが口にするのは早馬の亡くなった先妻、貴緒のことであった。貴緒は美貌とその奔放な人柄で皆から愛されていたが、謎の自殺を遂げていたのである。
 そして早馬の主演する映画がクランクアップし、二人の結婚祝いも兼ねたパーティーが北岡家で行われたとき、新たな事件が起こる……。

 花嫁のさけび

 『11枚のトランプ』、『乱れからくり』、『湖底のまつり』に続く著者の第四長篇。なんせ前三作がどれも趣向を凝らした傑作ということもあり、本作はやや評価において分が悪いとされているようなのだが、いやいや、決して負けてはいない。
 何より趣向の面白さは本作でも健在だ。ゴシックロマンといえば、すぐに思い浮かぶのがデュ・モーリアの名作『レベッカ』だが、本作はその『レベッカ』を本歌取りした作品である。富豪のもとに嫁いだ新妻・伊津子が、今なお屋敷に漂う先妻・貴緒の影に圧倒され、絶え間ない不安と緊張感に押しつぶされそうになるという流れは、まさに『レベッカ』そのもの。
 もちろん、そのまま展開したのでは新たに本作を書いた意味がないわけで、ここに著者は極めつけのネタを仕込ませている。良くも悪くもそのネタがすべてではあるのだが、何より凄いのは、そのネタが大きく二つの意味で驚かせてくれることだ。そして、そのネタをネタと気づかせないテクニックもいつもながら鮮やか。

 ただ、巧妙に書かれた作品ではあるのだが、先に挙げた三作に比べると、そのテクニックが若干ぎこちない印象も受けたのも事実。
 まず、『レベッカ』と同じような状況を、現代の日本に置き換えることの難しさがある。極めつけは、先妻がいかに美人で素晴らしい女性だったか、会う人間会う人間がことごとく新妻・伊津子に言ってくること。これはちょっとありえない。映画界であればそういう常識離れした人々もいるだろうとの設定だとは思うが、それにして極端であり、もしかするとそこに裏があるのでは?とか、素直にお話として受け止めにくくなっている嫌いはある。
 また、いつもよりは伏線が目立ちすぎかなという点も気になった。これは伏線だなと気づく場面が多く、つまりはメインのネタを活かすために、少々やりすぎてしまった感があるのである。著者が伏線に気を配りすぎているからこそ、逆に一見ムダに思える描写が怪しいとなるわけで、これは泡坂妻夫だからこそ生まれる悲劇かもしれない。

 とはいえ、よほどすれた読者でもないかぎり、それらの伏線から真相を見抜くのは容易ではない。何となく真相に気づいたとしても、今度はその職人芸にあらためて驚嘆できるはずだ。
 著者にしてみれば徹底的なフェアプレイで臨みたいからこその伏線であり、それゆえに一見ゴシックロマンに見える本作は、紛れもない本格ミステリの傑作といえるだろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 昨今では同人に対する取り組み方もずいぶん変化してきたようなイメージがあるが、それはミステリも御同様。従来はあくまでアマチュアのお楽しみというか、二次創作だったりのファンジン中心だったと思うのだが、最近はクラシックの復刻や評論も多く、商業出版顔負けの内容である。なかには盛林堂さんのようにほとんどプロといってよい特殊なものまで。
 もちろん、そういう活動はこれまでもあったのだろうが、近年はインターネットの普及でよけい目につくようになったことは間違いない。内輪で頒布して終わり、というのではなく、より幅広く同好の士に宣伝し、販売も容易にできるようになっているのだ。

 Murder, She Drew

 本日の読了本もそうした本の一冊で、ガチガチのミステリマニアが作った『Murder, She Drew Vol.1 Beware of Fen』。なんと英国の本格ミステリ作家エドマンド・クリスピンのガイドブックである。
 もうクリスピンの単独ガイドブックという時点でけっこうなインパクト。とりあえずクラシックミステリのファンなら買わないわけにはいかないだろうが、この本もTwitterで知ったわけで、いやはやありがたい時代である。

 肝心の中身だが、構成としてはクリスピンの残した全ミステリ作品を、本文の記述をもとに起こした地図や見取り図、著者三氏による鼎談というスタイルで発表順に解説するというもの。
 気が利いているのは、鼎談部分をネタバレなしとネタバレありの大きく二部構成にしていること。ミステリならではの心遣いであり、また、ほかには森咲郭公鳥氏による本誌メイキングネタの漫画も楽しい。
 鼎談については、固い評論というわけではなく、作品ごとにその注目ポイントを取り上げていくという感じか。肩肘張らずに楽しめる内容となっているが、日本でのクリスピン作品のイメージがいまひとつ正確ではないという指摘、日本では本国での発表順とはまったく異なる順番で紹介されたことが後々の評価を曖昧にしてしまったなどという考察もあってなかなか興味深い。

 ちなみに管理人はクリスピンの翻訳された作品は一応すべて読んでいるのだが、それほど相性がいいわけではない。ただ、本作を読んで、あらためて本国での発表順に読みたい気持ちは大きくなった。とりあえず本書でイチ押しの『お楽しみの埋葬』は再読してみたい。

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 本日の読了本はパット・マガーの『不条理な殺人』。昨年の十一月に創元推理文庫から出た作品だが、パット・マガーの作品が紹介されるのはかなり久しぶりだ。

 まずはストーリー。人気俳優として知られるマーク・ケンダルとサヴァンナ・ドレイクの夫妻。マークはあるとき、義理の息子ケニーの書いた脚本が上演させることを知るが、その題名を知って動揺する。それはケニーの実父レックスが死んだ事故を暗示しているかのような題名だったからだ。
 マークはケニーの狙いが何なのか、そもそも狙いがあるのかを調査するため、サヴァンナの反対を押し切ってその芝居に出演することにするが……。

 不条理な殺人

 パット・マガーの代表作といえば、なんといっても『探偵を探せ!』だろう。夫を殺害した妻が四人の来客のなかから探偵を探すという趣向が秀逸な作品だが、ほかにも新聞記事と証言から被害者を突き止めるという『被害者を探せ!』、豪華客船で起きた犯罪の目撃者を探すという『目撃者を捜せ!』など、ミステリファンが思わず身を乗り出すような魅力的な設定の作品で知られている。
 ただ、実際に読んでみると、本格ミステリとしてそこまでトリッキーなものではなく、趣向としては面白いけれど、意外に根っこは普通のサスペンスで終わることもしばしば。そういう意味では日本での紹介のされ方が、評価の上ではやや逆効果になってしまったかという印象はある。

 本作もかなり特殊な作品である。過去に起こった事件の真相という部分を曖昧にしながら、現代での事件を描くわけだが、実はこの“現代の事件”がほぼ終盤まで起こらない。そして事件発生とほぼ同時に、過去の事件の真相も明らかになるという寸法。
 事件までの助走が長いこともあって、やはり本格というよりはサスペンス重視、いや、もっといえばミステリよりもヒューマンドラマに重きが置かれている節もある。そういった意味では、純粋なミステリを望む人には少々かったるい作品かも知れない。

 だからといって本作がつまらないわけではない。大スターとの共演に複雑な思いをする売れない役者たちの心情、これまで経験してこなかった不条理劇に対するマークの戸惑い、マークの心情を理解していないサヴァンナの言動など、さまざまな要素によってじわじわと緊張感を高める展開はさすがのひとこと。
 そして高まる緊張感によってラストで引き起こされる悲劇、明らかになる過去の事件の真相。著者の目線は決して冷たいわけではないけれど、その読後感は多分にアイロニーを含んでおり、「あれ、パット・マガーってこんな見方をする人だっけ?」という発見があって面白い。
 彼女の未訳作品はまだ数作残っているので、できればもう少し紹介が続いてほしいものだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 英米仏の作品が常に主流であった翻訳ミステリの状況が、この十年ほどで北欧やドイツの作家が紹介され、ずいぶん様変わりしてきたのはファンならよくご存知だろう。
 そしてこの数年、そこに華文ミステリが新たに台頭してきつつある。こちらはミステリの一見さんなら何のこっちゃと思うかもしれないが、中国や香港、台湾といった中国語で書かれたミステリであることは、ミステリファンならやはりよくご存知のことだろう。

 もちろん現代では英米のようなミステリ大国以外でも、意外に多くのミステリが書かれているのだが、それが日本でも流行るかどうかは別の話だ。ミステリとして面白くなければならないのはもちろんだが、それがビジネスとしても成功しなければ定着はしない。そして、そのためには、きっかけとなるキラータイトルが必要である。
 北欧ミステリが我が国で定着したきっかけも、スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』三部作があったからだろうし、華文ミステリにおいては陳浩基『13・67』がその役割を果たしたといえる。
 さらに、それに続く良作がどこまで紹介できるか。最初は圧倒的な傑作が必要だが、そこで興味を持ってくれた人に対する二の矢、三の矢というべき良作(その年のベストテン級)を提供していかなければならない。それができて、ようやく北欧ミステリとか華文ミステリとかいう言葉も生まれ、ひとつのジャンルとして定着していくのである。
 ちなみに現状では、北欧ミステリが英米仏に負け時劣らず、予想以上に豊穣な大地であったのに対し、華文ミステリはまだ発展途上であり、そこまでには至っていない印象だ。

 ただ、その華文ミステリの状況を一気にアップデートするような傑作が昨年、刊行されて話題となった。各種ミステリベストテンでも上位に食い込み、その圧倒的なオリジナリティで評価された、陸秋槎の『元年春之祭』である。
 前振りが長くなったが、本日はその感想を。

 まずはストーリー。
 舞台となるのは紀元前100年の中国。前漢は武帝の時代である。かつては国の祭祀を担った名家、観一族だが、今では人里離れた山奥で暮らし、その伝統を守っていた。
 折りしも春の祭儀の準備を進める観家の人々だったが、ある日、当主の妹が何者かの手によって殺害されてしまう。しかも現場には人の目があったにもかかわらず、犯人の姿を見た者はいない。そのとき観家の人々の脳裏に甦ったのは、四年前に起こり、迷宮入りとなった元当主一家の惨殺事件だった。
 果たして過去の事件とのつながりはあるのか。犯人はどのように消えてしまったのか。そもそも犯人は誰なのか。古礼の見聞を深めるため、観家を訪問していた長安の豪族の娘、於陵葵(おりょう・き)は調査を始めるが、悲劇はそれだけでは終わらなかった……。

 元年春之祭

 いやあ、評判に違わぬ出来映え。
 すでにあちらこちらで書かれていることだが、本作は紀元前の中国を舞台にしているからこそ成立するというアイデアで勝負しており、著者の強みが存分に活かされている。その強みは単に物語の世界観や舞台設定に活かされているだけではない。終盤のどんでん返しや意外な犯人、意外な動機など、そういったミステリの重要な骨格をも構成している点が見事なのだ。たとえば最初の殺人で犯人の姿が目撃されなかった理由、第二の殺人でのダイイング・メッセージなども正直、日本の読者が推理するのは不可能に近いだろうが、種明かしを読まされると、やはりこれは歴とした本格ミステリなんだという意を強くする。
 著者がもっているさまざまな素養というか武器というか、それらを非常に巧みに融合した作品といってもよいだろう。

 ぶっちゃけ最初は取っつきにくい。なんだかんだいっても舞台は紀元前の中国。人名だけでも覚えにくいというのに、序盤は当時の経典、宗教、政治や制度などについての会話や議論が乱れ飛び、「本当にみんな、これを理解しながら読んだのかよ?」と心の中で叫んだほどだ。
 だが、そういった当時の中国の文化諸々は本作の真相にも大きく関わるところであり、より楽しむためには、読み飛ばすのは禁物なのである。

 ただ、確かに読みにくいとはいえ、そこまで不安になることもない。我慢して100ページほど読み進めると慣れも出るし、何より事件が発生してストーリーが大きく動くため、一気に読みやすくなる。
 また、作中の登場人物にしても、みながみなそこまで教養豊かというわけではない。なかには日本の読者と同じ程度の知識しかもたない人物もおり、著者はそういう人物をかりることで、読者にも肝となる事柄についてきちんと説明し、必要最低限の情報は与えてくれる。

 さて、本作にはもうひとつ大きな特徴がある。それは若い女性の登場人物が多く、彼女たちの様々な関係が事件の大きな鍵を握っているということ。もちろんそれだけだと、そこまで珍しい話でもないのだが、問題はその描き方だ。
 時代設定にもかかわらず、彼女たちの会話ややりとりは実に現代的なのだ。もっといえば、日本のアニメやライトノベル的な描写に近い。さらにいえば百合ものすらイメージさせるのである。そういった日本のアニメ等の影響を受けているとかいったレベルではない。本書のあとがきにも書かれているとおり、本人が意図しているのである。
 当然ながらその味つけはどうしても濃い目になるため、ここで読者の好き嫌いは分かれるところだろう。ある意味、中国要素による難解さよりも、こちらの方がむしろハードルが高いといえるかもしれない。
 まあ個人的にはこのテイストは悪くないと思うが(少なくとも情報の難解さをかなり軽減してくれているというメリットもある)、それでもこれだけの大事件が起こっているという空気感までが和らいでしまっていることには、ちょっと首をかしげたくなるのも事実。それこそ当主ら大人たちの影が薄く、いったい物語の間、どこでどうしているのかが気になってしまった。

 しかしながら、そういういくつかの点に目をつぶれば、本書は間違いなく傑作だし、十分に満足できる一冊だ。
 当時の中国で制度に縛られている女性の生き方などは実に興味深く、そういった運命のなかで抗う彼女たちの感情のぶつかりあい、そしてそれがまた事件と密接に結びついているところなどは非常に面白いし、実によく考えられたプロットだと思う。
 近々、予定されている新刊もぜひ読んでみたい。


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 昨日に引き続き、湘南探偵倶楽部さんが復刻した「知られざる短篇」シリーズから一冊。著者も昨日と同じ大下宇陀児で、短篇『R岬の悲劇』である。

 R岬の悲劇

 こんな話。理学教授の織部博士は女学校を出たばかりの妻を娶ったが、彼女は親のいいつけに従っただけで、織部博士を愛していたわけではなかった。だが、そんな彼女を支配するようにして、織部博士は結婚生活をスタートさせる。
 あるとき織部博士は論文執筆のため、後輩の秋元理学士の案内で、妻と運転手も同行させてR岬のある温泉宿へ出かけることにした。旅先では灯台で看守の手伝いをする竜吉という学生とも知り合うが、それが織部夫妻と秋元、竜吉の四人に微妙な緊張関係を生む……。

 ちょっと変わった事件というか、趣向が面白い。語り手は織部博士の運転手だが、彼はいわば狂言回し。物語を引っ張るのは、四角関係を構成する織部夫妻と秋元、竜吉の四人である。しかもこの四人だけで●つの事件が起こり、●人が死亡する。
 といっても『そして誰もいなくなった』的なものではないので念のため(笑)。しいていえば二番目に起こる事件がサプライズを伴うものだが、素人には推理が難しいところだ。
 結局、本作の根っこはあくまで犯罪小説だろう。その意味において、ストーリーやプロットは工夫されており、宇陀児のファンなら、といったところか。

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 ちょっと遠出していたせいでこの二、三日は読書時間もほぼ取れず、本日は軽いものでお茶を濁す。湘南探偵倶楽部さんが復刻した大下宇陀児の『情婦マリ』で、短編を小冊子にしたものだ。

 こんな話。使い込みで薬局をクビになったチンピラの玉野圭三郎は、主人への逆恨みと自宅に溜め込んでいるという現金を目当てに、薬局へ強盗に入ろうと計画する。その話を愛人のマリにしたところ、彼女はそれなら自分が薬局の使用人として潜入し、現金の在処を探ろうと提案する。マリはさっそく色気を武器に、薬局へ勤めることに成功するが……。

 情婦マリ

 薬局への強盗を、犯罪者の側から描いたクライムノベル。強盗の方法や犯行が失敗する過程などには特別な趣向はなく、決して倒叙というようなものではない。読みどころはチンピラカップルの圭三郎とマリに代表される、この時代の若者の無軌道な行動や生き方であり、後年、大下宇陀児が意欲的に書いていた社会派としての部分にあるだろう。
 特にタイトルにもなっているマリのキャラクターが秀逸。本人も自分が何の教養もない人間であることを自覚しつつも、その根底にあるのは自分自身の絶対的な倫理感覚である。一般的な倫理感とのズレは当然あるわけで、その差が怖さを感じさせる。
 昨今、ニュースでも若い両親の子供への虐待事件がよく取り上げられているが、それに通じるところも大きく、今だからこそよりリアルに感じる一作といえるだろう。

 なお、本書は「知られざる短篇 其の一」という副題が示すとおりシリーズになっているようで、今後の展開にも期待したい(すでに「知られざる短篇 其の二 R岬の悲劇」も刊行されている)。
 ただ、一つ注文をつけさせてもらうと、本文の組み方が当時の雑誌に掲載されたものをそのままコピーしており、それは別にかまわないのだけれど、ページ数を減らすための調整だろうか、本文に長体をかけており、これが非常に読みにくい。幸い先に挙げた「其の二 Rの悲劇」で修正されているので一安心だが、このあたりは今後も気をつけていただきたいところではある。

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 この週末は遅めの夏休みをとり、草津温泉や軽井沢で骨休め。家族で旅行の際はさすがに古本屋へ寄ることはあまりないのだが、今回は軽井沢にある「追分コロニー」、そしてかつて堀辰雄らの文人も宿泊したという旅籠「油屋」を改装したアートスペース「油や」内にある「安房文庫」をのぞいてみた。

軽井沢追分
▲軽井沢追分の街道は石畳で雰囲気も抜群。ちなみにシャーロック・ホームズ像もこの近所にある

 どちらの店も扱っている本は幅広く、特に軽井沢に所縁のある本や作家を揃えている感じか。ミステリや幻想小説も予想以上にあって、品揃え的にはけっこう好み。内装も昔の雰囲気をいかしつつ現代風にアレンジした造りで悪くない。どうやら両店、同じ系列のようで、それも納得である。
 どちらも追分にあるので、ミステリファンならシャーロック・ホームズ像を見たついで、文学ファンなら堀辰雄文学記念館を見たついでに立ち寄ってみるのもよいだろう。追分は賑やかな軽井沢中心地とは違い、昔の街道の雰囲気を残したスポットで散策にもおすすめである。

油や
▲「油や」の店頭がこちら。本陣に使われていたこともありなかなかの佇まい

追分コロニー
▲こちらは「追分コロニー」。ミステリ成分も悪くない

 なお、こちらでの戦果は角川文庫の加納一朗を五冊ほど。加納氏はこの八月に亡くなったばかりで、これも縁かなと思い、すべて買ってしまう。論創ミステリ叢書にも昨年収録されたことだし、どこかのタイミングでまとめ読みしたいところだ。


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 ひとり泡坂妻夫まつり継続中。本日は亜愛一郎ものの二冊目の短編集『亜愛一郎の転倒』で、ン十年ぶりの再読。まずは収録作。

「藁の猫」
「砂蛾家(すながけ)の消失」
「珠洲子の装い」
「意外な遺骸」
「ねじれた帽子」
「争う四巨頭」
「三郎町(さぶろちょう)路上」
「病人に刃物」

 亜愛一郎の転倒

 『亜愛一郎の狼狽』同様、ユーモラスでトリッキーな短編集であり、安定の面白さである。
 その理由はいろいろあるのだが、もちろん亜愛一郎という二枚目だけれどドジ、そのくせ頭は切れるという愛すべき名探偵の存在もあるけれど、事件そのものも十分に魅力的だ。
 たとえば、間違った描写の絵がたくさんある美術展とか、朝起きたら家が消失しているとか、いつの間にかタクシーの中に降りたはずの客の死体が転がっているとか、銃で撃たれたうえに、茹でられ、挙げ句に焼かれていた死体とか、とにかく不思議な状況設定のおかげですぐに物語に引きこまれる。
 加えて、亜愛一郎の推理における着眼点の妙、それを裏付ける伏線の数々。ああ、あれはこういうことだったのかという謎解きシーンの面白さは、本格ミステリの醍醐味を満喫できる。
 あと、個人的に気に入っているところとして、必ず狂言回し的な役割をもつキャラクターがいる点がある。ワトスン役というほどハッキリしたものではないが、主にその人物の視点でストーリーが進行し、亜と事件のいいハブ役になっている。事件の不思議さや亜のキャラクターを引き立てているというか、物語をいい感じで膨らませてくれる効果的な存在といえるだろう。
 以下、各作品ごとに簡単なコメント。

 巻頭を飾るのは「藁の猫」。ある亡くなった画家の個展の中に、六本指の女性や、重力を無視した水差し、針が間違った時計など、さまざまな間違いがあることに気づく亜愛一郎。そこから画家の性格、過去の事件に迫る過程がスリリング。

 「砂蛾家の消失」は家の消失トリックが豪快な一篇。アイディアは面白いが、正直、リアリティはかなり低いか。ただ、短いながらもどう転んでいくかわからないストーリー展開は秀逸。

 「珠洲子の装い」はどちらかというと日常の謎的な作品。事故で死んだ女性歌手のそっくりさんコンテストが行われるが、なぜか一人だけ妙な人がいることに気づくファンの女性。その違和感の正体とは? 逆説的ロジックの面白さは「藁の猫」とも共通するところだろう。

 「意外な遺骸」はタイトルもそうだが、回文がネタとして頻繁に使われており、それも面白いのが、実は童謡を用いた見立て殺人が肝。有名な「あんたがたどこさ 肥後さ、肥後どこさ〜」という、あれである。その童謡のとおり、撃たれ、茹でられ、焼かれた死体が発見されるが、有名なトリックの応用としてきれいにまとめている。

 ドライブインで拾った帽子を落とし主に届けようという「ねじれた帽子」。ちょっとちぐはぐなところもあるのでミステリとしての出来としてはちょっと落ちるが、ドタバタ的な面白さはある。

 「争う四巨頭」も日常の謎的な一作。名家の娘が元刑事のもとへ訪ねてきたが、彼女によると、祖父ら町の大物四人が集まって何やら企らんでいるのが心配という。相変わらず伏線が効いており、元刑事のキャラクターや心理もある意味、伏線のひとつといえるだろう。

 タクシーの後部座席に降りたはずの客の死体が転がっているという不可思議な事件が「三郎町路上」。けっこう正統派の本格ミステリで、むしろこのシリーズには珍しい一作といえるかもしれない。
 あと、どうでもいいことだが、泡坂妻夫の描く男勝りの女性の口調だけはいまひとつ馴染めない(苦笑)

 「病人に刃物」は、病院の屋上で起きたナイフによる刺殺事件の謎を追う。しかし、犯行時、現場には誰もいなかった……。真相はそれなりに意外だが、状況や設定にいろいろ無理があるかもしれない。


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 ジョルジュ・シムノンの『ブーベ氏の埋葬』を読む。ミステリ風味の強い普通小説である。まずはストーリー。

 舞台は第二次世界大戦直後のパリ。セーヌ河岸の古本屋の店頭で、版画集をのぞいていたブーベ氏が突然息絶えてしまう。ブーベ氏は近所のアパルトメンに一人で暮らす老人だ。訪ねる人もなく身寄りがまったくないように思えたが、その死亡記事が写真とともに掲載されると、ブーベ氏の親族や知人が続々現れて……。

 ブーベ氏の埋葬

 いやあ、なかなかいい。シムノンの巧さが光る一品である。
 基本的なストーリーはシンプル。親切な独り者の老人と思われていたブーベ氏の過去が関係者の証言で再構築され、その知られざる生涯と内面が明らかになっていく。まあ、それ自体は珍しい設定というわけではない。ただ、シムノンが語ることによって、それが実にじわっとくる物語に昇華してしまうのである。

 死ぬ直前まで静かな生活を送っていたブーベ氏だが、実はその生涯は波乱に満ちたものであった。ブーベ氏の過去が二転三転する展開は序盤こそユーモラスだが、戦争の影が落ち、犯罪の匂いまでもが立ち込めてくると、何とも切ない気分になる。いったん成功を手にしたようにも思えるブーベ氏だが、果たして彼が本当に欲していたものは何なのか、それとも彼は何かから逃げようとしていたのか。興味は尽きない。
 最終的にブーベ氏が選んだのはセーヌ河岸の町である。ブーベ氏がなぜその地を選んだのか、はっきりとは明らかにならないけれど、おそらくはそれこそが彼の意思であり、セーヌ河岸の町の暮らしにこそ彼の欲していたものがあったということではないだろうか。

 しかし、シムノンの作品を読んでよく思うことだが、けっこう掘り下げられるネタをいつもコンパクトに収めてしまうのが潔くてよい。現代の作家、それこそフランスでいうとルメートルなんかもそうだが、みなボリュームが過剰なんだよなぁ。大作ゆえの読み応えも大事だろうが、これは作者のセンスの問題なのか、それとも営業上の問題なのか。

 余談だが、本作の登場人物のなかにリュカという刑事がいるのだが、これはメグレ警視にも登場するリュカと同一人物?


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