ジョルジュ・シムノンの『ブーベ氏の埋葬』を読む。ミステリ風味の強い普通小説である。まずはストーリー。
舞台は第二次世界大戦直後のパリ。セーヌ河岸の古本屋の店頭で、版画集をのぞいていたブーベ氏が突然息絶えてしまう。ブーベ氏は近所のアパルトメンに一人で暮らす老人だ。訪ねる人もなく身寄りがまったくないように思えたが、その死亡記事が写真とともに掲載されると、ブーベ氏の親族や知人が続々現れて……。

いやあ、なかなかいい。シムノンの巧さが光る一品である。
基本的なストーリーはシンプル。親切な独り者の老人と思われていたブーベ氏の過去が関係者の証言で再構築され、その知られざる生涯と内面が明らかになっていく。まあ、それ自体は珍しい設定というわけではない。ただ、シムノンが語ることによって、それが実にじわっとくる物語に昇華してしまうのである。
死ぬ直前まで静かな生活を送っていたブーベ氏だが、実はその生涯は波乱に満ちたものであった。ブーベ氏の過去が二転三転する展開は序盤こそユーモラスだが、戦争の影が落ち、犯罪の匂いまでもが立ち込めてくると、何とも切ない気分になる。いったん成功を手にしたようにも思えるブーベ氏だが、果たして彼が本当に欲していたものは何なのか、それとも彼は何かから逃げようとしていたのか。興味は尽きない。
最終的にブーベ氏が選んだのはセーヌ河岸の町である。ブーベ氏がなぜその地を選んだのか、はっきりとは明らかにならないけれど、おそらくはそれこそが彼の意思であり、セーヌ河岸の町の暮らしにこそ彼の欲していたものがあったということではないだろうか。
しかし、シムノンの作品を読んでよく思うことだが、けっこう掘り下げられるネタをいつもコンパクトに収めてしまうのが潔くてよい。現代の作家、それこそフランスでいうとルメートルなんかもそうだが、みなボリュームが過剰なんだよなぁ。大作ゆえの読み応えも大事だろうが、これは作者のセンスの問題なのか、それとも営業上の問題なのか。
余談だが、本作の登場人物のなかにリュカという刑事がいるのだが、これはメグレ警視にも登場するリュカと同一人物?