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 英米仏の作品が常に主流であった翻訳ミステリの状況が、この十年ほどで北欧やドイツの作家が紹介され、ずいぶん様変わりしてきたのはファンならよくご存知だろう。
 そしてこの数年、そこに華文ミステリが新たに台頭してきつつある。こちらはミステリの一見さんなら何のこっちゃと思うかもしれないが、中国や香港、台湾といった中国語で書かれたミステリであることは、ミステリファンならやはりよくご存知のことだろう。

 もちろん現代では英米のようなミステリ大国以外でも、意外に多くのミステリが書かれているのだが、それが日本でも流行るかどうかは別の話だ。ミステリとして面白くなければならないのはもちろんだが、それがビジネスとしても成功しなければ定着はしない。そして、そのためには、きっかけとなるキラータイトルが必要である。
 北欧ミステリが我が国で定着したきっかけも、スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』三部作があったからだろうし、華文ミステリにおいては陳浩基『13・67』がその役割を果たしたといえる。
 さらに、それに続く良作がどこまで紹介できるか。最初は圧倒的な傑作が必要だが、そこで興味を持ってくれた人に対する二の矢、三の矢というべき良作(その年のベストテン級)を提供していかなければならない。それができて、ようやく北欧ミステリとか華文ミステリとかいう言葉も生まれ、ひとつのジャンルとして定着していくのである。
 ちなみに現状では、北欧ミステリが英米仏に負け時劣らず、予想以上に豊穣な大地であったのに対し、華文ミステリはまだ発展途上であり、そこまでには至っていない印象だ。

 ただ、その華文ミステリの状況を一気にアップデートするような傑作が昨年、刊行されて話題となった。各種ミステリベストテンでも上位に食い込み、その圧倒的なオリジナリティで評価された、陸秋槎の『元年春之祭』である。
 前振りが長くなったが、本日はその感想を。

 まずはストーリー。
 舞台となるのは紀元前100年の中国。前漢は武帝の時代である。かつては国の祭祀を担った名家、観一族だが、今では人里離れた山奥で暮らし、その伝統を守っていた。
 折りしも春の祭儀の準備を進める観家の人々だったが、ある日、当主の妹が何者かの手によって殺害されてしまう。しかも現場には人の目があったにもかかわらず、犯人の姿を見た者はいない。そのとき観家の人々の脳裏に甦ったのは、四年前に起こり、迷宮入りとなった元当主一家の惨殺事件だった。
 果たして過去の事件とのつながりはあるのか。犯人はどのように消えてしまったのか。そもそも犯人は誰なのか。古礼の見聞を深めるため、観家を訪問していた長安の豪族の娘、於陵葵(おりょう・き)は調査を始めるが、悲劇はそれだけでは終わらなかった……。

 元年春之祭

 いやあ、評判に違わぬ出来映え。
 すでにあちらこちらで書かれていることだが、本作は紀元前の中国を舞台にしているからこそ成立するというアイデアで勝負しており、著者の強みが存分に活かされている。その強みは単に物語の世界観や舞台設定に活かされているだけではない。終盤のどんでん返しや意外な犯人、意外な動機など、そういったミステリの重要な骨格をも構成している点が見事なのだ。たとえば最初の殺人で犯人の姿が目撃されなかった理由、第二の殺人でのダイイング・メッセージなども正直、日本の読者が推理するのは不可能に近いだろうが、種明かしを読まされると、やはりこれは歴とした本格ミステリなんだという意を強くする。
 著者がもっているさまざまな素養というか武器というか、それらを非常に巧みに融合した作品といってもよいだろう。

 ぶっちゃけ最初は取っつきにくい。なんだかんだいっても舞台は紀元前の中国。人名だけでも覚えにくいというのに、序盤は当時の経典、宗教、政治や制度などについての会話や議論が乱れ飛び、「本当にみんな、これを理解しながら読んだのかよ?」と心の中で叫んだほどだ。
 だが、そういった当時の中国の文化諸々は本作の真相にも大きく関わるところであり、より楽しむためには、読み飛ばすのは禁物なのである。

 ただ、確かに読みにくいとはいえ、そこまで不安になることもない。我慢して100ページほど読み進めると慣れも出るし、何より事件が発生してストーリーが大きく動くため、一気に読みやすくなる。
 また、作中の登場人物にしても、みながみなそこまで教養豊かというわけではない。なかには日本の読者と同じ程度の知識しかもたない人物もおり、著者はそういう人物をかりることで、読者にも肝となる事柄についてきちんと説明し、必要最低限の情報は与えてくれる。

 さて、本作にはもうひとつ大きな特徴がある。それは若い女性の登場人物が多く、彼女たちの様々な関係が事件の大きな鍵を握っているということ。もちろんそれだけだと、そこまで珍しい話でもないのだが、問題はその描き方だ。
 時代設定にもかかわらず、彼女たちの会話ややりとりは実に現代的なのだ。もっといえば、日本のアニメやライトノベル的な描写に近い。さらにいえば百合ものすらイメージさせるのである。そういった日本のアニメ等の影響を受けているとかいったレベルではない。本書のあとがきにも書かれているとおり、本人が意図しているのである。
 当然ながらその味つけはどうしても濃い目になるため、ここで読者の好き嫌いは分かれるところだろう。ある意味、中国要素による難解さよりも、こちらの方がむしろハードルが高いといえるかもしれない。
 まあ個人的にはこのテイストは悪くないと思うが(少なくとも情報の難解さをかなり軽減してくれているというメリットもある)、それでもこれだけの大事件が起こっているという空気感までが和らいでしまっていることには、ちょっと首をかしげたくなるのも事実。それこそ当主ら大人たちの影が薄く、いったい物語の間、どこでどうしているのかが気になってしまった。

 しかしながら、そういういくつかの点に目をつぶれば、本書は間違いなく傑作だし、十分に満足できる一冊だ。
 当時の中国で制度に縛られている女性の生き方などは実に興味深く、そういった運命のなかで抗う彼女たちの感情のぶつかりあい、そしてそれがまた事件と密接に結びついているところなどは非常に面白いし、実によく考えられたプロットだと思う。
 近々、予定されている新刊もぜひ読んでみたい。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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