泡坂妻夫読破計画はまだ再読分を進めているところだが、問題は当時リアルで読んでいた本が遠く離れた実家に置いてあることである。取り寄せるのも面倒なので基本的には古本で買い直しているが、すでに泡坂妻夫クラスでも入手しにくいものもあるんだなと実感する今日この頃。
本日の読了本は仕方なく新刊で買い直した河出文庫版の『花嫁のさけび』である。
まずはストーリー。
映画スターの北岡早馬と結婚し、北岡家に嫁いできた伊津子。それまでの平凡な人生から、スターの家に入ることに不安はあったが、早馬の家族や知人らはおおむね温かく迎えてくれる。
ただ、誰もが口にするのは早馬の亡くなった先妻、貴緒のことであった。貴緒は美貌とその奔放な人柄で皆から愛されていたが、謎の自殺を遂げていたのである。
そして早馬の主演する映画がクランクアップし、二人の結婚祝いも兼ねたパーティーが北岡家で行われたとき、新たな事件が起こる……。

『11枚のトランプ』、『乱れからくり』、『湖底のまつり』に続く著者の第四長篇。なんせ前三作がどれも趣向を凝らした傑作ということもあり、本作はやや評価において分が悪いとされているようなのだが、いやいや、決して負けてはいない。
何より趣向の面白さは本作でも健在だ。ゴシックロマンといえば、すぐに思い浮かぶのがデュ・モーリアの名作『レベッカ』だが、本作はその『レベッカ』を本歌取りした作品である。富豪のもとに嫁いだ新妻・伊津子が、今なお屋敷に漂う先妻・貴緒の影に圧倒され、絶え間ない不安と緊張感に押しつぶされそうになるという流れは、まさに『レベッカ』そのもの。
もちろん、そのまま展開したのでは新たに本作を書いた意味がないわけで、ここに著者は極めつけのネタを仕込ませている。良くも悪くもそのネタがすべてではあるのだが、何より凄いのは、そのネタが大きく二つの意味で驚かせてくれることだ。そして、そのネタをネタと気づかせないテクニックもいつもながら鮮やか。
ただ、巧妙に書かれた作品ではあるのだが、先に挙げた三作に比べると、そのテクニックが若干ぎこちない印象も受けたのも事実。
まず、『レベッカ』と同じような状況を、現代の日本に置き換えることの難しさがある。極めつけは、先妻がいかに美人で素晴らしい女性だったか、会う人間会う人間がことごとく新妻・伊津子に言ってくること。これはちょっとありえない。映画界であればそういう常識離れした人々もいるだろうとの設定だとは思うが、それにして極端であり、もしかするとそこに裏があるのでは?とか、素直にお話として受け止めにくくなっている嫌いはある。
また、いつもよりは伏線が目立ちすぎかなという点も気になった。これは伏線だなと気づく場面が多く、つまりはメインのネタを活かすために、少々やりすぎてしまった感があるのである。著者が伏線に気を配りすぎているからこそ、逆に一見ムダに思える描写が怪しいとなるわけで、これは泡坂妻夫だからこそ生まれる悲劇かもしれない。
とはいえ、よほどすれた読者でもないかぎり、それらの伏線から真相を見抜くのは容易ではない。何となく真相に気づいたとしても、今度はその職人芸にあらためて驚嘆できるはずだ。
著者にしてみれば徹底的なフェアプレイで臨みたいからこその伏線であり、それゆえに一見ゴシックロマンに見える本作は、紛れもない本格ミステリの傑作といえるだろう。