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 ルーファス・キングの『深海の殺人』を読む。
 『不変の神の事件』などでも活躍したヴェルコール警部補が登場する長編作品だが、『新青年』の1935年8月号に掲載された抄訳をそのまま復刻しているため、ボリューム的には原作の1/5程度といったところ。短編感覚で読めてしまう。

 深海の殺人

 まずはストーリー。
 大富豪ローレンス・サッカーが友人や親類を乗せて航行中の大型ヨット「ヘルシナー号」が、暗礁に乗り上げ、乗員のうち、わずか十人だけが救命ボートで近くの無人島に漂着した。三日間、彼らはそこに止まったものの、水もない状況では生きていきないため、彼らは再び救命ボートで他の島を目指すことにする。
 だがボートに積んだ樽の水を飲んだあと、なぜか全員が意識を失い、皆が目覚めたとき、そこにサッカー氏とクラインという航海士の姿が消えていた。二人は皆が眠っている間に、海の藻屑へと消えてしまったのだ。
 ボートに残された八人は、その数時間後に救助されたが、ここにひとつの疑惑が残った。全員がボートで眠ってしまったのは樽の水に薬が混入されたためであり、その隙にサッカーとクラインは何者かの手によって海に落とされたのではないかというものだ。
 生存者のなかにはサッカーの財産を相続するものが数名いたため、その遺産を巡っての犯行ではないか。事件を捜査するヴァルクール警部補(本書の訳ではヴァルカー)は、事件の鍵はサッカーと一緒に消えたクラインにあるのではないかと推測する……。

 ルーファス・キングらしく非常に動きのあるストーリーが特徴的な本格。ヨットの遭難事件のなかで発生した殺人事件というのはなかなか思い切った設定で、しかも終盤では遭難事件の現場へ再び関係者がヨットで向かい、そこでかつてない謎解きシーンが展開される。
 正直、ここまでケレンに満ちた本格探偵小説はあまり記憶がない。トリックもまずまず面白いもので、犯人を特定する手段がちょっとアレなことを除けば、1934年に書かれたことを考慮すれば十分満足のいくものではないだろうか。

 ただ、いかんせん抄訳のため、本当の評価は難しい。
 細かい部分、特に探偵小説として重要な細部の積み重ねがどの程度省かれているのかは当然気になるところだし、本書に関しては特に前半の遭難事件の部分がとにかく走りすぎてわかりにくい。ぶっちゃけ梗概を読んでいるような感じのところも少なくないのである(苦笑)。
 まあ、なんせ原作の1/5分。本書は極端な話、予告編みたいなものなので、これは一度しっかりした翻訳で読んでみたいものだ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ピーター・スワンソンの『ケイトが恐れるすべて』を読む。
 前作の『そしてミランダを殺す』は構成に趣向を凝らしたサスペンス作品。『カササギ殺人事件』の陰にやや隠れた感はあったものの、実は『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」、『週刊文春』の「ミステリベスト10」、そして『このミステリがすごい!』の各ランキングですべて二位を獲得するという快挙を達成した。
 さて、続く本作はどうか。

 ケイトが恐れるすべて

 こんな話。ロンドンに住むケイトは遠くボストンで暮らす又従兄コービンと、半年の間、住居を交換してみないかと提案され、それを受けることにする。ところが早々に隣室で女性の死体が発見され、やがてコービンと女性が恋人同士だったことが明らかになる。容疑はコービンにかかるが……。

 とまあ、ストーリーだけを書くと、ごくごく普通のサスペンスに思えるのだが、実は骨格だけ取り出してみると、本当に普通のサスペンス小説である(笑)。基本プロット自体はけっこうオーソドックスで、それを面白く見せているのが、著者の語りのテクニックだろう。
 まずは章ごとに視点を変えることで読者の目を眩ませる。本作ではケイトの視点で物語が始まるが、続いて同じマンションに住むアランという人物に変わり、さらにはコービンへと移行する。しかも、ただ、視点を変えるのではなく、各人物にはそれぞれやばい過去があるという設定。
 各人の秘密が小出しにされ、これがどういうふうに絡んでいくのか、それとも新手の叙述トリックなのか、サスペンスと同時に読者の興味も高めてゆくという寸法だ。

 上手いことは上手いし、それなりに面白い。ただ、『そしてミランダを殺す』は構成だけでなくプロットも捻っていたからよかったけれど、本作の場合はその点でかなり劣る。正直、視点を変えず、ごく普通にストーリーを進めてしまうと、それほど盛り上がらないのではないか。
 『そしてミランダを殺す』、そして『ケイトが恐れるすべて』と、語りの部分ばかりに注力している作品が続いているが、著者はもっとミステリとして本質的なところをめざしたほうがよいのではないか。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日ということで、今年限りの祝日。ありがたく自宅で休ませていただく。

 で、パラパラと読んでいたのがヨコジュンこと横田順彌の『古本探偵の冒険』。SF作家にとどまらず古典SF研究家、明治文化研究家としての活動でも知られる著者の、〈本の雑誌〉に連載していたエッセイをまとめたものだ。最初は『探書記』という題名で本の雑誌社から刊行され、その後、新たなエッセイが加えられて学陽書房で文庫化されたのが本書。

 古本探偵の冒険

 著者の興味はもともとSFだが、そこから明治や大正の古典SFに広がり、さらには日本SFの父・押川春浪に着目したところ、彼が野球界の発展に貢献したことを知り、その結果、興味対象は日本野球どころか明治文化史にまで広がってゆく。
 本書はその研究のための資料収集に関するエッセイ集、いや、早い話がいわゆる古本エッセイである(笑)。
 管理人の守備範囲は探偵小説なので、SFや明治史はその延長線上の興味になってしまうのだが、それでも本書に取り上げられている珍本・奇本の数々は実に面白そうだし、それ以上に、その本に関する周辺情報や入手にまつわるエピソードなどが実に楽しく、読んでいてまったく飽きない。
 古本収集のエッセイ集というのは今も昔も意外に多いのだけれど、本書のようにギャグや自虐的な笑いを盛り込んだタイプは、もしかするとヨコジュンが元祖なのではないか(確かめたわけではないけれど)。

 ちなみに横田順彌は今年の1月4日に亡くなったのだが、昨日、漫画家の吾妻ひでお氏の訃報が出てことにも驚いた。いろいろあった人だが、やはり六十九歳はちょっと早い。今年は海外でもジーン・ウルフが亡くなったし、SF関係の悲しいニュースが多いなぁ。


テーマ:評論集 - ジャンル:本・雑誌


 ポール・アルテの『金時計』を読む。日本での版元が行舟文化に変わっての二冊目だが、なんと本作は本国で今年出たばかりの最新刊だ。というか、実は本国フランスより日本での刊行が先になったとかで、どういう事情があったかは知らないが、とりあえず日本のファンとしては嬉しい一冊である。

 まずはストーリー。
 1911年の冬のこと。織物輸入会社の社長ヴィクトリア・サンダースは、双子の弟のダレン、副社長のアンドリューとアリスの夫妻、秘書のシェリルを別荘に招待する。しかし、ダレンは猟色家、シェリルは傲慢、加えてアンドリューとシェリルが浮気をしているのではとアリスが疑い、ダレンとシェリルに互いに惹かれている様子。そんな一触即発のなかで、サンダースが死体で発見される。しかも現場は雪の密室状態であった……。
 時代は変わって1991年。劇作家のアンドレ・レヴェックは子供の頃に観た映画を思い出せず、これを解明することが自身のスランプを脱する手段だと考えていた。妻のセリアの勧めで、アンドレは近所に住む哲学者で映画マニアのモロー博士を訪ね、精神分析を応用した映画探しを試みるが……。

 金時計

 ええと、これはなんと言っていいのか。結論からいうと、えらく変なものを読まされたという感じである(苦笑)。
 以下、ややネタバレ気味になってしまうので未読の方はご注意ください。

 本作最大のポイントは、過去と現代、二つのパートで構成されているという点だ。シリーズ探偵の美術評論家オーウェン・バーンズが殺人事件を解決する1911年パート、そして劇作家のアンドレが過去の秘密を探ろうとする1991年パートで、この二つが章ごとに交互に語られてゆく。
 1911年パートはストーリー紹介でも書いたように、女性社長の殺害事件が描かれている。現場は野外だが、降雪のために擬似密室を構成しているのがミソ。密室も悪くはないが、プロットがそれ以上に良くて、意外な真相が読みどころである。
 一方の1991年パートはサスペンス調。アンドレが探しているのは映画だが、実はその映画を通じて、過去の忌まわしい出来事が明らかになるのでは……という展開。終盤はサイコサスペンスの香りを漂わせつつ、こちらもけっこう上手くできている。

 ということで、どちらのパートもそれなりに面白く読めるのだが、問題はこのパートのつなぎ方である。
 これがぶっちゃけ輪廻転生とかを持ち出してくるものだから、正直、二つのパートに対する興味との乖離がありすぎて、驚きや感動にはかなり乏しい。
 複数のパートで構成される作品の場合、興味はおのずと各パートがどのように関連するかにかかってくるわけだが、なぜこのような奇妙な形をとってしまったのか。まあ、意欲作とはいえないこともないのだが、各パートの内容は悪くないだけに惜しまれる。

 なお、過去と現代、二つのパートで見せるやり方は今時珍しくもない手だが、過去パートにシリーズ探偵を使うというのは。ちょっと贅沢な感じであった。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 泡坂妻夫の『煙の殺意』を読む。シリーズキャラクターの登場しない初期のノンシリーズ作品を集めた短編集。収録作は以下のとおり。

「赤の追想」
「椛山訪雪図」
「紳士の園」
「閏の花嫁」
「煙の殺意」
「狐の面」
「歯と胴」
「開橋式次第」

 煙の殺意

 着想の面白さ、上質な語りと適度なユーモアや叙情性も散りばめられ、安心して楽しめる短編集である。亜愛一郎シリーズと雰囲気は似ているものの、内容的にけっこうバラエティに富んでおり、なかにはホラーチックなものまであるのが興味深い。ともかく秀作揃いの一冊なので、ファンならずとも一度は読んでおきたい。
 以下、作品ごとの感想を簡単に。

 冒頭から異色作の「赤の追想」。バーで女友達と会っている男性が、鋭い推理を発揮して女性の失恋話を掘り下げてゆくのが面白い。失恋話の真相も意外性があって悪くない。

 「椛山訪雪図」は本書でのベスト候補。美術品収集家の家で起きた殺人事件だが、絵画の図案や収集家の人生までをも重ねた構成が非常に巧み。

 「紳士の園」もかなりの異色作。出所したばかりの主人公が、刑務所で知り合った男性と公園で出会い、そのまま公園の白鳥を捕まえ、鍋にして花見としゃれこむ。ところが公園の茂みで死体を発見し、二人は慌てて逃げ出すが、なぜか翌日になっても死体や白鳥のことは一切ニュースに出てこない……。
 二人の会話や行動に味があって、それだけでも楽しい作品なのだが、そこにオチをもってくることで、一気に「奇妙な味」に化ける秀作。

 外国人のお金持ちに見初められ、友人にも知らせず異国へ嫁いだ女性と、その友人の往復書簡だけでまとめた作品。作品としては悪くないのだけれど、やや手垢がついたネタだけに、これはさすがにオチが読めてしまった。

 「椛山訪雪図」と並んで本書のツートップに推したいのが「煙の殺意」。デパートで大火災が起こり、そのニュースに気が気でない刑事が、あるアパートでの殺人事件を捜査する。一見、単純な事件に思えたが……。
 著者のデビュー作「DL2号事件」に通じるところがあり、犯人の行動の裏にあるものに驚かされた。

 「狐の面」はある山村へやってきた山伏一行をめぐる物語。山伏たちはプチ奇跡を起こして村人を魅了するが、その背後にはなにやら胡散臭いものが……。出来でいうと上記のツートップに譲るが、インパクトは勝るとも劣らない。山伏のプチ奇跡を次々と解説する面白さ、その山伏ネタが単なる前菜だったことも含め、予想外の展開に圧倒される。

 「歯と胴」は倒叙もの。被害者の痕跡をどう始末するか、徹底的な手段にこだわる犯人の姿も薄ら寒いが、最後には別種の怖さが待っている。

 開橋式が行われようとする矢先、招かれた警察署長が昔に手掛けた迷宮入り事件とそっくりなバラバラ殺人に遭遇するというのが「開橋式次第」。ドタバタは楽しいが、手がかりがちょっとあからさますぎるか。


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 先週は水木金の三日連続で接待等々の飲み会があり、土曜は朝から台風に備えて家周辺の片付けやら窓の養生に明け暮れ、その後、台風は去ったものの日曜は日曜は後片付けである。
 そんなドタバタの疲れもラグビーW杯日本×スコットランド戦の感動でかなり解消し、さらには録画しておいた『RIZIN』と『八つ墓村』も見ればさらに回復できる見込みである。

 ただ、そんなわけで先週はほとんど読書が進まなかったのだが、ようやくロス・マクドナルドの『ウィチャリー家の女』を読み終える。ロスマク読破計画、久々に一歩前進。

 まずはストーリー。
 メドウ・ファームズの町に住む富豪ホーマー・ウィチャリーを訪ねた私立探偵のリュウ・アーチャー。ホーマーの依頼は失踪した二十一歳の娘・フィービーの捜索だった。彼女は三ヶ月前、航海に出るホーマーをサンフランシスコの波止場で見送ったあと、その消息を絶っていたのだ。
 アーチャーは見送りの当日、ホーマーのもとへ前妻のキャサリンが現れて騒動を起こしたことを聞き出すが、なぜかホーマーはそれ以上キャサリンについては話そうとしない。ウィチャリー家に暗い影が覆っていることを感じつつ、アーチャーはひとまずフィービの住んでいた下宿を訪れる……。

 ウィチャリー家の女

 ロスマクの後期傑作群の先陣を切る作品であり、ハードボイルド全体のなかでもかなりのポジションに位置する作品といってよいだろう。
 後期作品の特徴として知られる家族の悲劇や崩壊というテーマ、豊穣な人物描写などは当然として、何より本作で実感できるのは、探偵のアーチャーが私情をほぼ混えずに淡々と関係者にあたり、その真相を導いていくというスタイルをはっきり打ち出したことだ。
 多少は荒っぽい場面もあるけれど、それまでのロスマク作品に比べると、アーチャーの感情の発露などが恐ろしいほど抑制されており、別人の気配すらある。

 ハードボイルドの場合、社会悪や正義、探偵自身の生き方といったものにフォーカスを当てる作家が多いけれども、ロスマクの場合、特に後期作品の場合だが、興味はあくまで事件やその関係者を描くことにシフトしている。
 たとえば本作では“ウィチャリー家の女”はもちろんだが、その他のウィチャリー家の面々も一筋縄でいかない者ばかりで、その各人とアーチャーのやりとりが滅法面白い。アーチャーは自己を徹底的にころし、薄皮を剥いでいくかのように彼や彼女の内面に迫る(この方向性は、本作が書かれる前に起こった、ロスマク自身の娘の失踪事件が影響していることは間違いないだろう)。
 そこに奇をてらったような手法はないのだけれど、結果として表出した事実はショッキングであり、あらためて本作が一級のミステリだったことに気づくのである。

 イキのいいロスマク初期作品、あるいはチャンドラーのマーロウに比べれば、ストーリーなどの点で物足りなさを感じる向きもあるかもしれないが、この全体的に抑えた重苦しい味わいこそが後期ロスマクを読む楽しみである。逆にいうと変にハードボイルドにこだわりがないような人の方が、より本作を楽しめるといえるだろう。傑作。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 1979年に講談社文庫から刊行されたアンソロジー 『世界鉄道推理傑作選1』を読む。タイトルどおり鉄道に絡んだ海外ミステリを集めたものだが、これがなかなか魅力的な一冊だった。
 まずは収録作。

M・M・ボドキン「ステッキのキズは?」
V・L・ホワイトチャーチ「ロンドン中北鉄道の惨劇」
V・L・ホワイトチャーチ「盗まれたネックレース」
作者不詳「モアハンプトンの怪事件」
R・オースティン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
エドマンド・クリスピン「列車に御用心」

 世界鉄道推理傑作選1

 まず、このラインナップがお見事。「オスカー・ブロズキー事件」はともかく、その他の作品は当時、これでしか読めないレア作品ばかり。今でこそホワイトチャーチやクリスピンは論創海外ミステリから『ソープ・ヘイズルの事件簿』『列車に御用心』という短編集が出たおかげで苦労なく読めるようになったけれど、それでもまだいくつかのレア短編が残っている。

 特に「ステッキのキズは?」は、女探偵ドーラ・マールが登場するシリーズ作品なのだが、ドーラ・マールの翻訳作品はいまだにこれ一作しかない。
 著者のM・M・ボドキン(M・マクドネル・ボドキン)はポール・ベックという探偵が活躍する作品でも知られているが、こちらだってハヤカワ文庫の『シャーロック・ホームズのライヴァルたち①』、光文社文庫の『クイーンの定員Ⅰ』というアンソロジーぐらいでしか読めない作家である。
 「ステッキのキズは?」はドーラの直感がちょっと強引すぎるかなとは思うが、アイデア自体は面白く、キャラクターも嫌味がなく好感が持てる作品。こうなると他の作品もやはり読みたたくなるわけで、これは論創社さんあたりの守備範囲になるのかな。

 もうひとつのレア作品は探偵セクストン・ブレイクものの「モアハンプトンの怪事件」。作者不詳とあるけれども、これは多くの作家がセクストン・ブレイクの物語を書き継いでいったため、現在では誰が何を書いたのかわからなくなってしまったということらしい。
 詳細は不明だが、こういう形式で進められたのは、おそらく作家のアイデアではなく、出版社主動・編集主動の結果だろう。確認されているかぎりでは、関わった作家が二百人、書かれた作品は四千作にのぼり、それ専用の雑誌まであった。
 こちらはあまり食指が動かないけれども(苦笑)、それでもセクストン傑作選が出るのであれば一冊は読んでみたいものだ。

 本書は作品もいいのだが、忘れちゃいけないのが編者・小池氏による充実した解説。収録した作者、作品の紹介は当然として、とにかく鉄道に関する解説が濃い(笑)。
 実は本書に収録された作品はすべて英国ミステリということもあって、当時の英国鉄道の歴史や運営、車両の構造にいたるまで、挿絵なども使ってまあ盛りだくさんである。感心すると同時に、この鉄道愛がなんとも微笑ましい。

 今では古書でしか読めない一冊だが、先ほどの事情もあってかちょっと価格も下がっており、現状は比較的安価で買うことができる。興味をお持ちの方はぜひ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 論創海外ミステリからパット・マガーの『死の実況放送をお茶の間へ』を読む。刊行されたのは昨年の九月だが、先日読んだ創元推理文庫の『不条理な殺人』もほぼ同じ時期に刊行されており、本格ファンの間では時ならぬパット・マガー祭りの様相を呈したとか呈さなかったとか。

 こんな話。マスコミ業界誌〈エンタープライズ〉の調査係メリッサは、あるとき有名コメディアンのポッジが出演する番組を取材することになる。だがメリッサには仕事以外にもうひとつの狙いがあった。実はメリッサ、その番組に出演するアナウンサーのデイヴと学生時代にデートをして、大きくプライドを傷つけられる出来事があったのだ。そんなデイブに軽い復讐を考えていたのである。
 ところが、いざ番組の関係者に取材を始めると、そこには主演のポッジとを中心とした複雑な利害関係があることがわかり、デイヴへの復讐は棚上げに。それどころか生放送中に恐るべき事件が発生して……。

 死の実況放送をお茶の間へ

 探偵探しや被害者探しといった初期の趣向を凝らした作品とは違い、その後は比較的オーソドックスな作品と聞いていたのだが、『不条理な殺人』、『死の実況放送をお茶の間へ』と読むと、やはりこの作家は一筋縄ではいかないなと思う。
 この二作にかぎっていえば、事件発生が終盤にあること、そして動機の面白さという共通項があるのだが、この共通項にあげた点が、結局は物語そのものの面白さにつながっている。

 特に本作では番組関係者の利害関係がいくつも取り上げられ、そのポイントが一点(あるいは一人)に集約されるところが肝である。そのうえで読者の予想を外すような事件を発生させるのが著者の狙いであり、そして真相はさらにその裏を書くという寸法。コンパクトながら実にスマートに、物語にアイデアを落としこんでいるのが見事だ。

 ユーモアをふんだんに取り入れ、主人公のロマンスを絡め、古き良き時代のテレビ局の内幕も見せるなど、味付けのバランスについて非常にうまくコントロールできているのも好印象。
 一見するとより幅広い読者を対象に方向転換したイメージもするのだが、その真相はミステリのコードを理解している人間であればより愉しめるような類のものであり(そこまで大仕掛ではないけれど)、やはりパット・マガーは曲者である。

 小粒といえば小粒だし、歴史的な傑作とか重厚な大作といった評価とは無縁だろうが、個人的には読んで楽しく、しかもミステリの多様性を感じさせるという意味で悪くない作品だろう。


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