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 マイクル・コナリーの『訣別』をとりあず上巻まで読む。ハリー・ボッシュものの最新作である。

 まずはストーリー。元ロス市警の刑事だったボッシュは、失効した私立探偵免許を新たに取り直すとともに、知人の本部長に誘われ、ロス近郊にあるサンフェルナンドという小さな市で嘱託刑事として働いていた。
 そんなある日、いまはセキュリティ会社に勤める元上司から、大富豪ホイットニー・ヴァンスの仕事を紹介される。ヴァンスと面談したところ、彼が若い頃に交際した女性、さらにはその子供がいれば一緒に探してほしいという。ヴァンスは高齢で体力も弱まっており、先が短いながらも身よりはない。血縁者が見つかるなら、ぜひ資産を譲りたいのだという。ただ、その財産は莫大なもので、これが明るみに出ると危険も伴うため、あくまで極秘の調査だった。
 一方、サンフェルナンドでは〈網戸切り〉と呼ばれる連続レイプ事件が起こり、ボッシュは並行して二つの捜査を進めていくが……。

 訣別(上)

 いわゆる失踪人捜し、しかも背景にベトナム戦争があるなど、一昔前のハードボイルドを読んでいるかのような錯覚に陥るが。本作は2016年の作品だ。帯のキャッチの「原点回帰」などと謳っているのはそういうことかもしれない。
 だが、いざ読み始めると、もちろん当時のハードボイルドと印象は大きく異なるわけで、そればかりかボッシュものの初期作品ともけっこうな違いを感じる。家族(娘)のことを心配し、取り立ててドンパチもなく進んでいくストーリーに一抹の寂しさを感じるのも確かだ。ボッシュに対する圧力もないことはないのだが、かなりサラッとしたものである。
 まあ、それでも十分に面白く読ませるのは、さすがコナリーというしかないのだが。
 ともあれ作品自体の感想は下巻読了時に。


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 大下宇陀児の『仮面城』を読む。東都我刊我書房による私家版で、雑誌『少女倶楽部』で昭和四年から五年にかけて連載したものをまとめた子供向け作品。各章の最後には、次号の煽り文句も併載されていて、これもまた楽しい。

 こんな話。クリスマスも近い十二月の銀座。その露店が並ぶ一角で、バナナの叩き売りをする大柄な老人と、その横で花売りをしている少女がいた。老人はかつて伯爵に仕えていたバナ勘こと武田勘右衛門、少女は伯爵の娘として何不自由ない生活を送っていた柳田由美子である。ところが伯爵夫妻が出先で何者かに誘拐され、さらには金庫にあるはずの財産もすべてが空っぽになっており、二人はこうして日々の糧をしのぐようになったのである。
 そんなある日のこと。由美子は謎の紳士によって東京駅へ呼び出される。その話をバナ勘から聞いた新聞記者見習いの生駒京之助少年。これはどうも怪しいと睨み、バナ勘とともに由美子の跡を追うが、やはり由美子は誘拐されていた。二人は手がかりを追って、ある大型帆船に乗り込むが……。

 仮面城

 これはなかなか出来のよい少年少女向け冒険小説だ。
 もちろん当時の作品ゆえ部分的にはご都合主義や突飛なネタはあるけれども、全体にプロットがしっかりしており、ストーリーの展開がいい。
 銀座や東京駅での事件の発端はスピーディー、巨大帆船のシーンではいったん落ち着き、悪人たちの存在を明らかにするとともに敵の巣窟たる仮面城への恐怖を盛り上げ、そして中盤以降の仮面城では大冒険。それぞれの舞台においては必ず新たな謎を提示し、さまざまなギミックを用意してとにかく飽きさせないのだ。特に「ジェンナー」に関する暗号ネタはけっこう面白い。

 超人的な少年が一人で大活躍するのではなく、バナ勘その他の登場人物にもいろいろ見せ場があるのも本書の注目したいポイントだ。仮面城に舞台が移ると、そちらでも新たに重要なキーマンが登場したりして、これもストーリーが単調になるのを防いでいる。いってみればカットバック的手法なのだが、戦前の探偵小説でここまでスマートにやっている例はあまり記憶にない。個人的には本書でもっとも気に入っているところである。

 しいていえばラストをさらっとまとめすぎた嫌いはあり、この点がもったいないといえばもったいない。正直、もう一回ぐらい連載を伸ばしてもよかったと思えるほどなのだが、とはいえ当時の子供向け探偵小説、特に冒険小説は最後がグダグダになったりするものも少なくないので、本作のようにきれいに収束させているだけでも満足すべきなのかも。

 まとめ。このところ私家版で復刊されることが多い宇陀児作品だが、なんだかんだ言ってもやはり戦前の探偵小説作家のなかでは安定している方なのかなと思う。まあ、経年劣化しているものも多いだろうけれど、本当にどこかで全集組まないかね(笑)。

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 アンソニー・ホロヴィッツの『メインテーマは殺人』を読む。昨年、『カササギ殺人事件』でミステリ各種ベストテンを総なめにした著者の続刊で、これはさすがに期待するなという方が無理な話だが、著者はその高いハードルをたやすく(かどうかはともかく)超えてきたようだ。

 まずはストーリー。資産家の未亡人ダイアナ・クーパーが葬儀店に出向き、自分の葬儀の段取りを申し込んだ。ところがその数時間後、彼女は自宅で何物かによって殺されてしまう。偶然か、それとも彼女は自分が死ぬことを知っていたのか、警察は物取りの線で操作を進めるが……。
 その頃、推理作家で脚本も書くアンソニー・ホロヴィッツは、ある刑事ドラマの監修的な仕事をこなしている元刑事のダニエル・ホーソーンから、この事件を本にしないかと持ちかけられる。ホーソーンは警察を辞めた人間だが、警察から委託されて事件を引き受けていたのだ。ホーソーンという人物にあまりいい印象はなかったものの、自分の新たな可能性を見出したいアンソニーはそれを了承。二人はコンビで捜査を始める。やがてダイアナが十年前に交通事故を起こし、そのせいで子供を死なせたことや被害者の父親から脅迫を受けていたことを知る……。

 メインテーマは殺人

 堪能。前作『カササギ殺人事件』もよかったが、本作はより王道の本格ミステリに挑戦しており、むしろトータルでの面白さ、より一般的な楽しさという点では、こちらの方が上ではないか。

 本作の読みどころはいろいろあるのだが、何といっても注目したいのは、著者アンソニー・ホロヴィッツ自身をワトスン役とし、かつ語り手とするメタフィクション、メタミステリ的な構造だろう。
 語り手を著者としたミステリは他にもS・S・ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンス・シリーズや有栖川有栖の火村英生シリーズなどいくつかあって、それほど珍しいわけではない。しかしそれらは内容に影響を及ぼさないほど影の薄い存在だったり、実際の著者とはまったくの別人格だったりするわけで、あくまで著者の名前を借りただけ、といったレベルである。
 その点、本作のアンソニー・ホロヴィッツはがっつりと自己を投影した人物、いやそれどころか完全に本人自身として描く。自身が書いた作品、関わった仕事、暮らしぶり創作に対する考え方までストレートに反映させる。たとえばホームズのパスティーシュ『絹の家』に絡むエピソードや出版エージェントとのやりとり、講演の様子などなど。なかにはアンソニーがあのスピルバーグと『タンタンの冒険2』のシナリオについて打ち合わせている最中に、突然ホーソーンが現れて打合せをダメにしてしまう、なんてシーンまである。
 著者はそうやって小説内の世界に事実をリンクさせ、メタフィクション的にいうなら現実と虚構の垣根を取り払っているわけだ。単に「面白いエピソードだね」、「作家の生活の裏側がわかって興味深い」でもいいのだが、それらの裏にはミステリって何?小説って何?というジャンルに対する著者自身の問いかけが込められている。
 もっとも感心したのは、すでに読者自身が読んでいる本書そのものを「作中のアンソニー・ホロヴィッツ」が書いた作品として位置付けていることだ。本書の第1章の内容をホーソーンがダメ出しをするところがあり、このメビウスの輪のような関係性をもつエピソードこそがメタミステリの真骨頂。まあ、手法としてはそれほど珍しくもないけれど、本格ミステリでここまで踏み込んだことにちょっと驚いた。その部分を読むだけでも、本作の価値はあるといってもいい。

 アプローチは異なれど『カササギ殺人事件』もメタ的な手法だったし、著者はそもそもこういう手法が好きなのだろう。とはいえ実は長らく子供向けのミステリを書いていた実績もあり、そちらはそれこそ水戸黄門的なスタイルであり、方向性としては真逆である。
 つまり本作や『カササギ〜』は、そういうマンネリ的な作品に対する反動として書かれた、あるいは大人向けに参入する上で、これまでの実績+アルファの武器としてメタ手法を用いた可能性が高い。実はこの答えも作中で明らかにされているのだが、そういう創作の秘密をノンフィクション的に読むのも楽しみのひとつだろう。ただ、勘違いしてはいけないのは、そういうノンフィクション的な内容も、結局は著者の作り物であるということである。ゆめゆめ騙されるべからず。

 ううむ、ずいぶん一つめの話だけで長くなってしまったので、残りはサクッと行こう。
 続いての読みどころとしては、やはり本格ミステリとして非常によくできていることが挙げられる。
 本作は比較的ユーモラスな作品だが、そういった楽しい部分のあちらこちらにも巧妙に伏線が張られている。そしてラストでは見事にそれらが回収され、著者の徹底したフェアプレイ精神をうかがうことができる。
 正味、上で述べたメタミステリ云々に関す要素を本書からすべて取り除いたとしても、本書はおそらく十分に面白い本格ミステリとなるはずだ。

 もうひとつ注目したいのは、ホーソーンとアンソニーの関係性が、ホームズとワトスンの物語を踏まえたものになっていること。著者はご存知のようにホームズのパスティーシュ『絹の家』という作品を書いているぐらいだから、ホームズ譚に関してはかなり研究済みだろうが、その成果を存分に活かしている。偉大なる先輩のシステムを受け継ぎつつ、そこからどのような関係性を築けば面白くなるのか、随所に工夫されているのである。
 ホーソーンがアンソニーの行動を何気なく言い当てるシーンなどは、まさしくホームズを彷彿させるけれど、逆にそのほかの多くのシーンでは、もっぱらアンソニーとホーソーンの関係性はよろしくない。ワトスンだって時にはホームズの思わせぶりな言動にイライラしたりもするが、本作での二人の関係はむしろギスギスしすぎているといっても過言ではない。
 その結果、アンソニーはホーソーンの真の姿を掴みあぐね、これはホーソーンの神秘性をあげるとともに、このキャラクターの可能性がまだまだ広がっていることを感じさせる。ただ、それだけにまだホーソーンの魅力が読者に伝わりきらない部分もある。この辺り、どうホーソーンを育てていくかは今後に期待したいところである。

 ううむ、ちょっと取り留めのない感じになってしまったが、間違いなくいえるのは本作が傑作だということ。年末のベストテンで上位に入ってくるのもほぼ確実だろう。すでに本国ではシリーズ二作目『The Sentence is Death』も発売されているので、こちらにもぜひ期待したいところだ。


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 行舟文化が刊行を続けているポール・アルテの作品には、予約特典として短編を収録した小冊子がつけられているが、本日の読了本もそのひとつ。先月読んだ『金時計』の特典『花売りの少女』である。

 こんな話。十二月のある日のこと、美術評論家にして名探偵のオーウェン・バーンズは、レストランで知り合った劇作家の男から、かつてクリスマスの夜に起こったという不思議な話を聞かされる。
 それはケチで冷酷な大富豪から店をクビにされた親子に起こった奇跡の物語。クリスマスのパーティをしている大富豪たちの眼前で、サンタクロースが実在したとしか思えない出来事が……。

 花売りの少女

 おお、これはいいぞ。ファンタジー色を強く出しつつも、基本的には100パーセント純粋な本格ミステリで、味わいは実にハートウォーミング。まさに王道を行くクリスマス・ミステリである。
 トリックはまずまずといったところだが、擬似密室的なネタをふたつも放り込み、そのうちひとつはサンタクロースによる不可能犯罪というのだからこりゃ楽しすぎる。設定や演出の勝利といってもいいだろう。何よりアルテってこういうお話も書けるんだという驚きがある。
 今後、クリスマス・ミステリを語るうえで、忘れてはならない一作といえるだろう。
 
 前回の小冊子『斧』も良かったし、アルテはもっと短編で勝負した方がいいのかもなぁ。

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 泡坂妻夫の『迷蝶の島』を読む。泡坂長編としては『花嫁のさけび』と『喜劇悲喜劇』の間に書かれた五番目の作品。

 こんな話。親が資産家であるのをいいことに、毎日を趣味の文学やヨットで過ごす大学生の山菅達夫。ある日、達夫は親に買ってもらったクルーザーで出航するが、危うくヨットに衝突されそうになる。幸い事故には至らず、逆にそれが縁で財閥の令嬢・中将百々子、彼女の大学のOBでヨットのコーチをする磯貝桃季子と知り合いになる。
 達夫は百々子へ思いを寄せるが、ある勘違いがきっかけで桃季子と関係を持ってしまう。だが百々子への想いは絶ち難く、次第に桃季子の存在が邪魔になり……。

 迷蝶の島

 達夫の手記で幕を開ける作品であり、この時点ですでに胡散臭いものを感じるミステリファンは少なくないだろう。ただ、前半はそこまで手記というスタイルを意識しなくてよい。
 主人公の達夫が桃季子、百々子との三角関係に陥り、徐々に桃季子に対して殺意を抱き、それを実行しようとする……犯罪者の心理描写や転落していく様をねちっこく描いており、本作がフランスミステリ風であるといわれる所以である。
 問題は後半だ。前半こそフランスミステリ風な印象だが(これはこれで面白いけれど)、もちろんそのままでは終わらない。達夫の手記は後半になると異常さをみせ、さらには関係者の証言や別の人物による手記が差し込まれ、ラストに至ってようやく著者の狙いが明らかになるという具合だ。
 ただ、意外性はあるものの、登場人物や状況が非常に限定されているので、真相はそこまで予想しにくいものではない。また、描写で少々アンフェアなところや不要な部分もあるのは気になる。

 とはいえ、それこそフランスミステリ風の犯罪小説に捻りを加え、自家薬籠中のものにまとめてしまう手並みは鮮やか。初期傑作群の中でどうしても霞みがちになるのは致し方ないところだが、読み逃すには惜しい一作である。


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 年末も近くなってきたので、このところ今年の話題作をぼちぼちと消化中。本日の読了本はその一環としてスチュアート・タートンの『イヴリン嬢は七回殺される』。「館ミステリ+タイムループ+人格転移」という売り文句で、発売当時から話題になっていた作品である。

 まずはストーリー。
 森の中にたたずむハードカースル家所有の〈ブラックヒース館〉。そこではイヴリン嬢の帰還を祝って多くの客が招かれ、夜には仮面舞踏会まで催されていた。そんなある日の朝、森の中で一人の男が自ら発した「アナ!」という叫び声によって意識を取り戻す。しかし、アナが何者なのかはわからず、それどころか自分が誰なのか、ここがどこなのか、なぜここにいるのかもわからない。
 皆は彼をベルと呼び、館に招かれた医者であると知らされるが、しかし次の日の朝、彼は執事のコリンズとして目覚め、さらに次の日は遊び人のドナルドとして目覚める。しかも別の人物として目覚めても日付は進まず、主人公は同じ日を別の人物として体験することになる。
 いったい何が起こっているのか。とまどう彼の前に中世の黒死病医師の扮装をした男が現れ、その夜にイヴリンが殺されると告げる。そしてその犯人を特定できた者だけが、この異常な世界から解放されるのだという……。

 イヴリン嬢は七回殺される

 いやあ、これは凄い小説だわ。同じ時間を繰り返すタイムループものや、他者に憑依する人格転移ものは今どき珍しくもないけれど、これを合体させたうえ、さらに館ミステリの要素を加えてフーダニットの本格ミステリに仕上げるという荒技である。

 とにかく最初は主人公同様、読者も物語の筋についていくのがやっとだろう。しかしこの世界のルールが徐々にわかってくると、次第に物語に引き込まれる。
 同じ日が繰り返されるということは、前の日の反省を活かせるということである。また、毎日、異なる人物に転移するということは、それぞれの異なる立場から物事を眺めることができるということだ。となれば、少しずつ真実に近づくことは決して不可能ではないはず。
 ただ、実際はそう簡単に物語は進まない。主人公が転移する人物はそれぞれが問題を抱えており、自由に動けなかったり、転移先の本人がもつ感情や意識に流されたりして、決して主人公が自由に考えたり行動できるわけではないのである。しかも主人公には同じ目的をもつ競争相手がおり、さらには競争者たちをつけ狙う殺し屋的存在〈従僕〉が待ちかまえる。何より八日間という時間制限があるのだ。
 そういった異様な状況でこそ生まれるサスペンスとスリルが肝ではあるが、主人公が次の転移に活かすための準備をしたり、ときには競争者と手を組んだりという知的ゲームの要素も強い。もちろん、なぜこのような奇妙な世界が存在しているのか、そういう興味も大きいだろう。
 先に書いたように、ルールがわかってくると徐々にミステリの味わいが濃くなるので、前半さえ乗り切れれば、この作品の凄さを実感できるはずだ。

 と、凄い作品であることを認めるに吝かではないのだが、実はむちゃくちゃ面白かったかといわれれば、まあそれなりにといったところ(苦笑)。結局はやはりネタの詰め込みすぎ、そしてそのネタがあまりに人工的で、すべてが著者の考えた理屈でしか成り立たないものばかりだからである。
 要は作り物感が強すぎて、事件の犯人は誰か、なぜこのような世界が存在しているのか、どんな結果を見せられても感動や驚きが湧いてこないのだ。実に綿密に考えて書かれたであろう作品なだけに、こういう感想になるのはもったいない話なのだが、せめてもう少しSF的な要素を絞っていれば物語としての膨らみも出たのではないか。
 リボルバーや方位磁石、スケッチブックなど、小道具の扱い方に関してはミステリとして楽しめる部分であり、そういうセンスは非常によいだけに、ミステリファンとしてはやや歯がゆいところである。
 おそらく来年刊行されるだろう次作の『The Devil and the Dark Water 』も翻訳されるだろうが、はてさてどのような作品になるのだろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 昨日はそごう横浜店内にあるそごう美術館で開催されている「不思議の国のアリス展」をのぞいてくる。
 美術館主催ということで、文学的な考察や展示ではなく、アートとしてのアプローチというのがちょっと新鮮か。ルイス・キャロル自身が描いたアリスをはじめとするスケッチだったり、『不思議の国のアリス』の挿絵画家ジョン・テニエルの下絵、さらにはその他の挿絵画家や現代のアーティストによるアリス関連作品の展示という具合である。
 そのほか日程や時間によっては、アクセサリー作り等のワークショップ、朗読会、リアル脱出ゲームなどのコラボ企画があったり、なかなか賑やかである。
 とりあえず管理人的にはキャロルのスケッチとテニエルの原画が見られれば満足だったのだが、意外に現代アーティストたちの作品にも面白いものが多かった。とりわけウラジミール・クラヴィヨ=テレプネフ氏の写真作品、清水真理氏の製作した人形は、どちらもノスタルジーにゾクッとする色気や怖さがプラスされており、これらを見ることができたのは大きな収穫である。

 不思議の国のアリス展3
 ▲イラストで紹介するストーリーのコーナーのみ撮影可能

 不思議の国アリス展4
 ▲『鏡の国のアリス』コーナーはチェスをもじったモノトーンがオシャレ

 不思議の国のアリス展1
 ▲図録は絶対に買ってしまう。このほかブックカバーと栞も購入

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 ジョー・イデの『IQ2』を読む。LAの暗黒街を舞台にした黒人版のシャーロック・ホームズ、などという触れ込みで日本に紹介されたアイゼイア・クィンターベイこと“IQ”のシリーズ二作目である。
 デビュー作でもある一作目『IQ』を読んで、シャーロック・ホームズ云々は無理に絡めないほうがいいとは感じたが、キャラクターの魅力、アンダーグラウンドの文化を散りばめた世界観、痛快なストーリーで、ミステリとしては十分楽しめるものであった。さて、続く本作はどうか。

 

 まずはストーリー。天才的な頭脳で地元の人々のトラブルを解決するアイゼイア・クィンターベイ。彼は兄マーカスが命を落とすことになった轢き逃げ事件が、事故ではなく殺人だったことに気づく。一人で調査を進めるアイゼイアは、やがて事件の背後にアフリカ系ギャングが介在したことを知るが……。
 一方で、アイゼイアのもとへ亡き兄の恋人だったサリタから依頼が入った。DJとして働くサリタの妹ジャニーンだが、恋人ベニーともども極度のギャンブル中毒。借金をこしらえすぎて、ラスベガスで深刻なトラブルに陥っているという。サリタに恋心を抱いていたアイゼイアはその依頼を引き受け、前回の事件でコンビを組んだドッドソンに手伝ってもらい調査に乗り出す。
 だが状況は予想以上に深刻だった。ジャニーンとベニーは借金を返すため、ジャニーンの父が手を染める人身売買組織を脅迫するという暴挙に出たのである。アフリカ系、メキシコ系、中国系のギャングが入り混じるなか、アイゼイアとドッドソンはどうやって落とし前をつけるのか……。

 基本的には本作も十分楽しめた。ストーリーそのものも痛快ではあるが、アイゼイアの成長物語という面が強く押し出されており、前作とあわせて一つのプロローグが完結したという印象もある。
 上でも紹介したとおり、本作は兄マーカスの事件、サリタから依頼された事件、大きくふたつのストーリーが交互に語られるスタイル。最終的にその二つの流れがひとつに結びつくというのは前作と同様の趣向であり、まあ、これはよくある手だ。
 いいなと思うのは、その二つの流れが単にストーリー上でつながるというだけではなく、それぞれがアイゼイアの成長譚として有機的に補完し合っているところだ。

 マーカムの事件はあくまでアイゼイア自身の事件である。行動の根底にあるのは犯人への“怒り”であり、それはアイゼイアが暮らす暴力的な世界そのものにも向けられている。その怒りがアイゼイアの言動を頑なにし、道を誤らせる。マーカムを殺した犯人に復讐さえすれば、すべては解決するのか、この世界は浄化されるのか。それが正義であっても、“怒り”によって変質する怖さがあることをアイゼイアは学んでいく。 
 一方のサリタから依頼された事件はチームプレイであり、ドッドソンや関係者との協力なくしては先へ進めない。先のエピソードのキーワードが“怒り”だとすれば、こちらは“社会性”といえるかもしれない。特にドッドソンとの友情に焦点が当てられているが、他者との関係作りを意図するエピソードは悪役側にもふんだんに盛り込まれている。正義とは別の次元で、人が生きるために必要なことをアイゼイアは学んでいく。
 もちろん簡単にはいかない。アイゼイアは行きつ戻りつしながら、最終的には兄マーカムから巣立ちし、ドッドソンやその他の人ともきちんとした関係を築こうと新たな一歩を踏み出すのである。著者はいくつものエピソードを重ねることで、こうしたアイゼイアの成長物語を紡いでいくのだが、この匙加減が実にうまい。事件への興味もさることながら、本作の読みどころはやはりこの点が一番だろう。明日への希望を抱かせるラストのエピソードも心憎いばかりだ。

 と、ここまで褒めておいて何だが、欠点もないわけではない。
 特に気になったのは、上でも紹介した二つのストーリーをカットバックで交互に語るスタイル。重層的な構造にすることで深みや意外性を期待できるだろうし、語りも一見スピーディーに感じられる。
 ただ、前作は過去と現在の物語がはっきり区別できるからよかったものの、本作は二つのストーリーが比較的、近い時期の物語のため、正直かなり混乱する。著者が意識してやっているかどうかは不明だが、途中までは二つの事件が並行して進んでいるかと思うぐらい馴染みすぎていて、これにどれほどの意味があったのだろう。
 もちろんラストで結びつける意図があったのはわかるが、カットバックにする必要は果たしてあったのか。極端な話、第一部と第二部に分けて描いても、同様の効果は出るし、よりわかりやすかった気がするのだが。

 もうひとつ欠点らしきものをあげると、謎解きや推理の要素が非常に減ってしまったこと。まあ、本シリーズはそもそも本質的にはクライムノヴェルやノワールだの類いだ。そこまで謎解きに期待するほうが悪いし、前作でもそれほど多いわけでもなかったのだが、それでもIQという主人公の設定を考えれば、やはりここはもっと推理で魅せる部分がほしかった。個人的な好みでもあるけれど、そこが残念。

 ということで、気になる次作では、ぜひキレッキレの推理を披露するアイゼイアも見てみたいものだ。成長物語も悪くはないのだが、とにかく一人前の探偵になった、自信満々のアイゼイアを見たい。
 そこからが本来のIQの物語であり、 そういう意味で本作は、前作と合わせて壮大なシリーズのプロローグといえるのではないだろうか。


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