中町信の『阿寒湖殺人事件』を読む。まずはストーリーから。
次回作の取材のため、妻の早苗と北海道バスツアーに参加した推理作家・氏家周一郎。果たしてその思惑どおり、初日からホテルのサウナでツアー参加者の男性が死亡する事件が起こった。好奇心旺盛な早苗はさっそくこれが殺人事件ではないかと考え、周一郎とともに推理を巡らせる。
やがて男性は殺害されたことが明らかになり、他の乗客からの聞き込みを進める氏家夫妻。すると三ヶ月前に行われたツアーにも参加した夫婦が三組もいること、被害者がある目的をもってこのツアーに参加したことが徐々に明らかになるが、事件はこれだけでは終わらなかった……。

著者には『〜湖殺人事件』というタイトルでまとめた作品がいくつかあるが、別にシリーズというわけではない。タイトルこそトラベルミステリ的だが、中身はどれもトリックを詰め込んだ本格ミステリで、なかなかの力作揃いでである。
そんななか、本作だけはやや例外で、推理作家・氏家周一郎とその妻・早苗を探偵役に据えた、歴としたシリーズものの一作。味付けもかなりユーモラスで、まさにタイトルから連想させるようなトラベルミステリー、あるいは二時間ドラマというイメージだ。
特に早苗のキャラクターはいかにもドラマ向けというか。推理作家の夫ほどには頭が回らないようだが、その飽くなき好奇心、目立ちたがり屋の設定は、ストーリーの推進役としても出しゃばりなワトスン役としても貢献度大である。ドラマ化の際は、絶対にこちらが主人公として改変されること必至であろう。
それはともかく。味付けはやや異なれども、本作は旅情やユーモアだけを押し出した作品ではなく、中身はしっかりした本格で、出来も悪くない。
次々と起こる殺人事件がそれぞれどういう意味を持っていたのか、著者は例によって緻密なプロットを組んでおり、単なる連続殺人に終わらせない。しかも過去に起こった強盗事件や殺人事件、さらにはスワッピングといったディープなネタまで放り込んでくる。
トリックもダイイング・メッセージやアリバイ、毒殺など、こちらも盛りだくさん。特にバス中の余興として描かれた、デカパイの牛の絵に関するネタは、一見バカバカしさを感じさせながらも実はよく練られていて感心した。
結果、そこで繰り広げられる事件はなかなかの複雑さで、「一般人がよくこんな犯罪考えたよな」というツッコミはあるけれども、中町ファンならやはり読んでおきたい一作だ。
ツッコミついでに書いておくと、連続殺人事件が起こっているのにまったく中止にならないバスツアーというのも不思議だよなぁ(苦笑)。
なお、中町作品といえばプロローグの“騙り”がおなじみだが、本作もその趣向はしっかり採用されている。ただし、こちらのキレはいまひとつでありました。