Posted in 03 2020
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有馬頼義『四万人の目撃者』(中公文庫)
昭和の古いところをぼちぼちと読み進めているけれども、本日は有馬頼義の『四万人の目撃者』。1958年の作品である。いうまでもなく有馬頼義は直木賞も受賞した中間小説の実力派作家。ミステリも多く残しており、本作では日本探偵作家クラブ賞も受賞している。
プロ野球のペナントレースも終盤に近づく九月。セネタースの四番打者・新海清はスランプに陥っていたが、その日の試合で最近の不調を吹き飛ばすような快打を放つ。ところが球場にいた四万人の観客・関係者の目前で、三塁に向かっていた新海の体が崩れ落ち、そのまま息を引き取ってしまう。
死因については心臓麻痺と思われた。だが、たまたま観戦に来ていた高山検事は、その死に釈然としないものを感じ、半ば強引に死体を解剖にまわすことにする。その結果、新海は毒殺されたらしいということがわかり、高山検事は笛木刑事とともに捜査を開始する……。

著者の代表作でもあり、確かに読ませる。先日読んだ佐賀潜の『華やかな死体』もそうだが、本作でも検事が主人公。その検事と笛木刑事のコンビの地道な捜査がやはりストーリーを引っ張ってゆく。
ただ、『華やかな死体』が徹底的に地味な印象を受けたのに比べると、本作は舞台がプロ野球、また、犯人側からの挑発なども盛り込まれるなどサスペンスの度合いも高めで、リーダビリティはこちらがかなり上である。
しかし、それらの点も悪くないのだが、本作で一番注目したいポイントは別にある。
それは通常のミステリと異なり、犯行の内容がはっきりしないまま、捜査が進んでゆくということ。たとえば毒殺らしいということはある程度確かだが、その毒の正体がわからない。毒がわからないので、どのような状況で毒が仕込まれたかもわからない。当然、犯人のアリバイも確かめようがない。犯人の動機もわからなければ、容疑者もかなりの段階まではっきりしない。中盤辺りまではそういう曖昧模糊とした状況に包まれている。
登場人物もそう。新海の妻・菊江。新海の亡き後、チームの四番打者を期待される矢後選手。菊江の妹で矢後の恋人・長岡阿い子。戦時中に新海の部下であり、いまは新海の経営する喫茶店を任されている嵐鉄平。新海と知り合い、職を世話された保原香代。胡散臭い人物もそれなりにいるのだが、これがまた中盤過ぎまではどう怪しいのかがはっきりしない。
要は事件そのものが存在したかどうかがはっきりしていない。高山検事はあることをきっかけに新海の死が他殺ではないかと怪しむのだが、これらの状況を果たしてどのように打開するのか、そしてそのために捜査や推理をどう積み重ねていくのか、そんな過程が読みどころといえるだろう。
正直、ミステリとしては少々かったるいところもあるのだが、最後にあらゆる疑問が一本の線にまとまるところはよくできており、野球好きなら一層楽しめるはずだ。
・蛇足その1
タイトルだけ見ると衆人環視の中での不可能犯罪みたいな感じもあるので、ついつい本格を期待してしまいがちだが、そういう作品ではないので念のため。
・蛇足その2
本作は著者の代表作だが、残念ながら新刊で読めるものはないようだ。ただし、過去にはけっこうな数の出版社から発売されており、古本では容易に入手可能である。
プロ野球のペナントレースも終盤に近づく九月。セネタースの四番打者・新海清はスランプに陥っていたが、その日の試合で最近の不調を吹き飛ばすような快打を放つ。ところが球場にいた四万人の観客・関係者の目前で、三塁に向かっていた新海の体が崩れ落ち、そのまま息を引き取ってしまう。
死因については心臓麻痺と思われた。だが、たまたま観戦に来ていた高山検事は、その死に釈然としないものを感じ、半ば強引に死体を解剖にまわすことにする。その結果、新海は毒殺されたらしいということがわかり、高山検事は笛木刑事とともに捜査を開始する……。

著者の代表作でもあり、確かに読ませる。先日読んだ佐賀潜の『華やかな死体』もそうだが、本作でも検事が主人公。その検事と笛木刑事のコンビの地道な捜査がやはりストーリーを引っ張ってゆく。
ただ、『華やかな死体』が徹底的に地味な印象を受けたのに比べると、本作は舞台がプロ野球、また、犯人側からの挑発なども盛り込まれるなどサスペンスの度合いも高めで、リーダビリティはこちらがかなり上である。
しかし、それらの点も悪くないのだが、本作で一番注目したいポイントは別にある。
それは通常のミステリと異なり、犯行の内容がはっきりしないまま、捜査が進んでゆくということ。たとえば毒殺らしいということはある程度確かだが、その毒の正体がわからない。毒がわからないので、どのような状況で毒が仕込まれたかもわからない。当然、犯人のアリバイも確かめようがない。犯人の動機もわからなければ、容疑者もかなりの段階まではっきりしない。中盤辺りまではそういう曖昧模糊とした状況に包まれている。
登場人物もそう。新海の妻・菊江。新海の亡き後、チームの四番打者を期待される矢後選手。菊江の妹で矢後の恋人・長岡阿い子。戦時中に新海の部下であり、いまは新海の経営する喫茶店を任されている嵐鉄平。新海と知り合い、職を世話された保原香代。胡散臭い人物もそれなりにいるのだが、これがまた中盤過ぎまではどう怪しいのかがはっきりしない。
要は事件そのものが存在したかどうかがはっきりしていない。高山検事はあることをきっかけに新海の死が他殺ではないかと怪しむのだが、これらの状況を果たしてどのように打開するのか、そしてそのために捜査や推理をどう積み重ねていくのか、そんな過程が読みどころといえるだろう。
正直、ミステリとしては少々かったるいところもあるのだが、最後にあらゆる疑問が一本の線にまとまるところはよくできており、野球好きなら一層楽しめるはずだ。
・蛇足その1
タイトルだけ見ると衆人環視の中での不可能犯罪みたいな感じもあるので、ついつい本格を期待してしまいがちだが、そういう作品ではないので念のため。
・蛇足その2
本作は著者の代表作だが、残念ながら新刊で読めるものはないようだ。ただし、過去にはけっこうな数の出版社から発売されており、古本では容易に入手可能である。