泡坂妻夫の『妖女のねむり』を読む。初期の傑作の一つとして挙げられ作品である。
大学生の柱田真一は、古紙回収のアルバイトをしている最中に、樋口一葉のものと思われる一枚の反故を発見した。一葉の研究者によると、どうやらそれは一葉の未発表原稿ではないかという。そこで真一は反故の出所をたどるべく、上諏訪にある吉浄寺へ向かう。
ところがその上諏訪で新一は奇妙な出来事に遭遇する。たまたま電車で知り合った長谷屋麻芸という女性から、二人はかつて悲恋の末に死んだ恋人たちの生まれ変わりだと告げられたのだ。初めは信じられなかった真一だが、麻芸の話を聞くうち、次第にそれを受け入れていく。だが、前世の二人の死には隠された秘密があり、その謎を解明しようと動いたとき、悲劇が起こる……。

これはまた初期作品のなかでもとりわけ異色作。なんせストーリーを貫くのは輪廻転生というテーマであり、ミステリというよりは幻想小説の雰囲気が濃厚だ。そんななか、物語は真一と麻芸の出会いによって転がり始め、前世の因縁をきっかけに深まってゆく二人の姿、そして前世の二人を襲った悲劇について聞き込みを続ける様子が描かれる。
幻想小説なのかミステリなのか、どういうふうに物語を着地させるのか。ミステリ者としては、どうしてもそんな興味が先にきてしまうが、とにかく先がまったく見えない。しかも中盤で殺人事件が起こり、それがいっそう物語を混沌とさせる。
そして最終的にはすべての伏線を回収し、論理的に謎を解き明かすという離れ業が披露される。そもそも発端だった一葉の原稿の件も、途中で放ったらかしになるので単なるきっかけ作りだったのかと思いきや、きっちりと種明かしをされる。輪廻転生や奇跡の類も然り。とにかく、まったく予断を許さない、著者ならではの騙しのテクニックが満載の一作である。
また、個人的に強く印象に残ったのが犯人像。(ネタバレになるので詳しくは書かないが)たまにこの手の犯人の作品に出会うことがあるが、こういうのが一番インパクトがあり、好みである。
少々ケチもつけておくと、真相が予想以上に複雑で、偶然性の強い部分もあるのが惜しい。真一の立場で読んでしまうと、ちょっとこれを解き明かすのは無理かなという感じではある。実際、しっかりした探偵役はおらず、関係者の告白で多くの事実が明らかになる。とはいえ犯人決め手の手がかり、輪廻転生や奇跡に関する部分の種明かしなどは著者ならではの鮮やかさで、巻き込まれ型の本格としては十分だろう。
むしろ気になったのは、被害者に対して関係者がみな淡白というか、あまり悲しみが伝わってこなかったこと。これは登場人物が冷たいということではなく、著者の掘り下げが浅いという印象である。それこそゲームの駒的な扱いというか、後半は謎解きに集中しすぎて物語としての潤いが減ったようにも思う。前半の登場人物の描き方が丁寧だっただけにちょっと残念であった。
ラストもかなり印象的なシーンのはずなのだが、そんな理由もあっていつもよりは説得力に欠ける感じであった。
と、少し注文もつけてみたが、それでも本作の価値を落とすほどのものではない。泡坂妻夫を語るなら、やはり押さえておくべきであり、これもまた代表作のひとつといえるだろう。