Posted in 05 2020
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有馬頼義『殺すな』(講談社)
有馬頼義の『殺すな』を読む。高山検事&笛木刑事コンビ三部作の掉尾を飾る作品。
まずはストーリーから。笛木刑事は近所に住む顔見知りの植木屋・杉山のことが気になっていた。酒が弱いはずなのに朝から酒を飲み、しかもひと懐っこいはずの彼が自分を避ける素振りを見せたからだ。調べてみると杉山が出入りしている鹿村家の娘が一週間、幼稚園を休み、明日から幼稚園に復帰するという日曜の朝、杉村は鹿村に酒をご馳走になったことがわかる。
そんなとき高山検事のもとに匿名の手紙が届いていた。そこには鹿村の娘が誘拐され、多額の身代金を払ったことが記されていた。高山は鹿村家の調査を笛木刑事に命じるが、同時にひとつ気になることがあった。この誘拐事件が連続するのではないかと考えたのだ……。

高山検事と笛木刑事のシリーズ三作に共通するのは、何気ない出来事がきっかけで事件らしきものの存在が浮かび上がり、そこから調査の結果さらなる疑惑や謎が生まれ、その積み重ねで最終的に大きな事件の真相が明らかになるという構造だろう。
本作では「酒の弱い植木屋が朝から酒を飲んでいる」というのが発端だし、『四万人の目撃者』では野球選手の試合中の死亡である。『リスとアメリカ人』では医師の失踪、発砲事件、ペストの発生という三つの大きな事件がのっけから出てくるのでちょっとパターンは異なるが、そのつながりを調べる妙がある。
そういった発端の面白さ、そして高山たちがそこからどのように真相にたどり着いていくかが、本シリーズの読みどころであり、本格というよりは警察小説の楽しみに近いかもしれない。どんでん返しやトリッキーな面は強くなく、いたって地味な作風なのでどうしても損はしているだろうが、謎そのものはなかなか面白いところを突いている。
たとえば本作は一応は誘拐ものなので、本来なら身代金受け渡しの手口が一番の見せ場となるところ。しかし著者はあまりそこに執着しない。むしろ鹿村家の誘拐を告発した人物は誰か、鹿村が誘拐の事実を認めないのはなぜかという、どちらかといえば事件の外殻から掘り起こしていくイメージ。
また、第二の誘拐事件において、高山検事が過去に起こった誘拐事件で、脅迫状の届くタイミングと方法を調べるよう命じるところは興味深い。数あるミステリでもこういうアプローチはあまり記憶にないし、大ネタではないのだけれど、目のつけどころは実に上手い。
地味な作風と書いたが、本作においては山場に油井の火事をもってくるなど、サスペンスの高め方も悪くはないだろう。
本作でもうひとつ楽しみだったのは、高山検事と笛木刑事の関係性でありキャラクターだ。『四万人の目撃者』ではぶっちゃけステレオタイプ気味の高山検事だが、『リスとアメリカ人』では関係者に対する気持ちで悩める検事となり、本作では何かが吹っ切れたように正義と法の番人という姿勢を貫く。そのために笛木刑事との間で決定的な出来事が起こり、老年に差し掛かった笛木刑事の悲哀を醸し出す。
もちろん高山検事が冷酷というのではなく、かといって人情たっぷりというわけではなく。仕事に対する矜持と人情との間で揺れ動く心の在りようというか。その結果、ハッピーエンドでもなくバッドエンドでもなく。このあたりのバランスが絶妙で、ミステリには珍しい、なんともいえない読後感であった。
というわけで高山検事&笛木刑事の三部作、無事読了である。有馬頼義というとどうしても『四万人の目撃者』ばかり取り上げられるが、どうせ『四万人の目撃者』を読むのなら、これはぜひ三部作まで読み終えるべきだろう。いわゆる本格としての面白さからは離れるが一読の価値はある。
まずはストーリーから。笛木刑事は近所に住む顔見知りの植木屋・杉山のことが気になっていた。酒が弱いはずなのに朝から酒を飲み、しかもひと懐っこいはずの彼が自分を避ける素振りを見せたからだ。調べてみると杉山が出入りしている鹿村家の娘が一週間、幼稚園を休み、明日から幼稚園に復帰するという日曜の朝、杉村は鹿村に酒をご馳走になったことがわかる。
そんなとき高山検事のもとに匿名の手紙が届いていた。そこには鹿村の娘が誘拐され、多額の身代金を払ったことが記されていた。高山は鹿村家の調査を笛木刑事に命じるが、同時にひとつ気になることがあった。この誘拐事件が連続するのではないかと考えたのだ……。

高山検事と笛木刑事のシリーズ三作に共通するのは、何気ない出来事がきっかけで事件らしきものの存在が浮かび上がり、そこから調査の結果さらなる疑惑や謎が生まれ、その積み重ねで最終的に大きな事件の真相が明らかになるという構造だろう。
本作では「酒の弱い植木屋が朝から酒を飲んでいる」というのが発端だし、『四万人の目撃者』では野球選手の試合中の死亡である。『リスとアメリカ人』では医師の失踪、発砲事件、ペストの発生という三つの大きな事件がのっけから出てくるのでちょっとパターンは異なるが、そのつながりを調べる妙がある。
そういった発端の面白さ、そして高山たちがそこからどのように真相にたどり着いていくかが、本シリーズの読みどころであり、本格というよりは警察小説の楽しみに近いかもしれない。どんでん返しやトリッキーな面は強くなく、いたって地味な作風なのでどうしても損はしているだろうが、謎そのものはなかなか面白いところを突いている。
たとえば本作は一応は誘拐ものなので、本来なら身代金受け渡しの手口が一番の見せ場となるところ。しかし著者はあまりそこに執着しない。むしろ鹿村家の誘拐を告発した人物は誰か、鹿村が誘拐の事実を認めないのはなぜかという、どちらかといえば事件の外殻から掘り起こしていくイメージ。
また、第二の誘拐事件において、高山検事が過去に起こった誘拐事件で、脅迫状の届くタイミングと方法を調べるよう命じるところは興味深い。数あるミステリでもこういうアプローチはあまり記憶にないし、大ネタではないのだけれど、目のつけどころは実に上手い。
地味な作風と書いたが、本作においては山場に油井の火事をもってくるなど、サスペンスの高め方も悪くはないだろう。
本作でもうひとつ楽しみだったのは、高山検事と笛木刑事の関係性でありキャラクターだ。『四万人の目撃者』ではぶっちゃけステレオタイプ気味の高山検事だが、『リスとアメリカ人』では関係者に対する気持ちで悩める検事となり、本作では何かが吹っ切れたように正義と法の番人という姿勢を貫く。そのために笛木刑事との間で決定的な出来事が起こり、老年に差し掛かった笛木刑事の悲哀を醸し出す。
もちろん高山検事が冷酷というのではなく、かといって人情たっぷりというわけではなく。仕事に対する矜持と人情との間で揺れ動く心の在りようというか。その結果、ハッピーエンドでもなくバッドエンドでもなく。このあたりのバランスが絶妙で、ミステリには珍しい、なんともいえない読後感であった。
というわけで高山検事&笛木刑事の三部作、無事読了である。有馬頼義というとどうしても『四万人の目撃者』ばかり取り上げられるが、どうせ『四万人の目撃者』を読むのなら、これはぜひ三部作まで読み終えるべきだろう。いわゆる本格としての面白さからは離れるが一読の価値はある。