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 もうそれほど期待はしていないのだけれど、それでもどこかにかつての感動をもう一度味わいたいと思う気持ちがあって、新刊が出るとついつい読んでしまう。本日の読了本は村上春樹の短編集『一人称単数』。
 まずは収録作。

「石のまくらに」
「クリーム」
「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」
「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」
「ヤクルト・スワローズ詩集」
「謝肉祭(Carnaval)」
「品川猿の告白」
「一人称単数」

 一人称単数

 「一人称単数」とは世界のひとかけらを切り取る「単眼」のことだ。しかしその切り口が増えていけばいくほど、「単眼」はきりなく絡み合った「複眼」となる。そしてそこでは、私はもう私でなくなり、僕はもう僕でなくなっていく。そして、そう、あなたはもうあなたでなくなっていく。そこで何が起こり、何が起こらなかったのか?

 上は本書の帯に書かれた宣伝文句だ。「単眼」はそのまま「(一人称で書かれた)短編」というふうにも置き換えられる。どこで読んだか忘れたけれど、短編とはそもそも「人生をナイフで切ったときの、その断面を見せてくれるもの」だという表現がある。まあ、エンタメ系はそうも言い切れないけれど、いわゆる純文学系の場合において。
 本書に収録された短編は、著者の分身的な主人公がかつて体験した不思議な出来事やそうでもない出来事を、「単眼」=「(一人称で書かれた)短編」で語っていく。普通の作家なら、それらの短編の積み重なりによって、本書の総合的なテーマであったり、著者のメッセージを浮かび上がらせてくれるわけだが、村上春樹の場合はひとつひとつのストーリーを思い切りはぐらかすものだから、そこに浮かび上がるのは明確なテーマやメッセージなどではなく、混沌とした著者のイメージでしかない。「私はもう私でなくなり、僕はもう僕でなくなっていく」と書くとそれらしいが、現実と虚構の境界を曖昧にするなんてのは珍しくもない手法だし、村上春樹自らが幾度となくやってきたことだ。物語をはっきり着地させない点もご同様。
 その一方でスタイル自体はかなり明確なのも春樹作品の特徴だ。本書に限らず、多くの作品が幻想的でノスタルジックに彩られ、音楽と料理の描写があり、(性描写が少なくないにもかかわらず)無機質で中性的な男女のドラマがある。現実感や高揚感に乏しく、物語はいつも曖昧である。それが春樹ワールドだといわれれば、そうかというしかない。『ねじまき鳥クロニクル』のように、戦争というこれ以上ない重大事を扱ってもそれは同じだった。

 結末がはっきりしない話だからこそ余韻が美しいという意見もあるだろう。ストーリーは気にせず文章を味わうべきだ、感動を求めるというよりは雰囲気に酔えればよい、そういう声もあるだろう。
 善し悪しはともかく、結果として春樹作品における真理はいつも読者のイメージに委ねられる。読者は意味がわからないなりにそれを受け入れ、気持ちよく自由に消化できるわけで、そこに今もって人気を保っている秘密があるのかもしれない。
 皮肉でも何でもなく、これが村上春樹のスタイルなのである。 

 管理人も別にそういう小説を嫌いなわけではない。実際、いくつかのエッセイを除き、ほとんどの作品を学生時代からリアルタイムで読んでいる。ただ、そんな春樹ワールドにずいぶん長い間接してきたせいもあってか、当初に幾度となく覚えた感動を、最近はほぼ得ることがない。
 なぜ、村上春樹はかたくなに同じような話を、同じようなスタイルで書き続けるのだろう。本書の作品でいえば、確かに「謝肉祭(Carnaval)」あたりの音楽の話は巧いし、「品川猿の告白」の人名を盗む話も面白い。でも、それは村上春樹の技術であれば何を今さらの話であり、既視感もバリバリである。
 繰り返すが、なぜ村上春樹は同じような話ばかりを書くのだろう。下手に作風を変えてセールスに影響が出ると困るから? もちろんそれは冗談だが、好意的にみれば、村上春樹は常にアップデートを重ねているのではないか。つまり自分の信じている文学を徹底的に突き詰めようとしているのだ。めざすゴールは究極の春樹ワールドである。

 ただ、個人的には全然違うタイプの作品を読んでみたい。本書でいえばラストの「一人称単数」のみ、その可能性を感じた作品だ。短いし出来だけならむしろ他の作品のほうが勝っているが、主人公と女性の関係が予想を裏切っており、本書のなかにあってはかなり異彩を放つ。
 これが読めたのが今回の収穫といえるだろうが、それでもまだまだ満ち足りてはいない。


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 先日読んだ『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』が緩い感じで楽しめたので、同じロプレスティの短編集をもう一冊。『日曜の午後は〜』と違ってこちらはノンシリーズの短編を集めたもので、日本で編纂されたオリジナルの短編集である。
 まずは収録作。

The Roseville Way「ローズヴィルのピザショップ」
Brutal 「残酷」
Train Tracks「列車の通り道」
The Accessory「共犯」
Crow's Lesson「クロウの教訓」
Shooting at Firemen「消防士を撃つ」
Two Men, One Gun「二人の男、一挺の銃」
The Center of the Universe「宇宙の中心(センター・オブ・ザ・ユニバース)」
The Red Envelope「赤い封筒」

 休日はコーヒーショップで謎解きを

 これはいいぞ。『日曜の午後は〜』も悪くなかったが、本書のほうが頭ひとつ抜けている、傑作短編集といっても申し分ないレベルだろう。
 上でも書いたように、本作は『日曜の午後は〜』と違ってシャンクス・シリーズではないのだが、内容もコージーからは離れ、本格ありサスペンスあり、ブラックユーモアからクライムノベルまでと非常に多彩。しかもきちんとオチやツイストも利かせている。著者自身はジャック・リッチーを意識しているらしいが、作品によってはローレンス・ブロック風のものやレックス・スタウト風のものもあったりで、これもまた愉しい。
 著者は兼業作家の時代が長かったため多作ではない。それだけにひとつひとつ丁寧に作品を作っていった印象を受けるのだが、とはいえ、かの『EQMM』には七十六作連続で没になったとかの説明もあり、やはり傑作は簡単には生まれないのだと、当たり前のことも実感させてくれる。
 以下、各作品ごとに簡単なコメントなど。

冒頭の「ローズヴィルのピザショップ」は田舎町のピザ屋が舞台。味は都会仕込みでいいのだが、近くのチェーン店に押されて景気が悪い。しかし、あるとき店にやってきたイタリア系の客が常連になることで、店の景気だけではなく、他の常連客にまで好影響が……。しかし、皆は気になっていた。イタリア系の客って、実はマフィアアなんじゃない? 心温まるクライムコメディ。

 「残酷」は腕の立つ殺し屋が、なんでもない街の日常に振り回されていく様をユーモアたっぷりに描く。この「残酷」は筒井作品を連想させて楽しい。

 「列車の通り道」はアメリアの黒歴史ともいえる「孤児列車」をテーマにした一篇。天涯孤独の子供たちに待っていたのは悲しい運命だけではなかったはず、と信じたい著者の願いが込められている(と想いたい)。悲劇ではあるがラスお出救われる気持ちになる。

 「共犯」は個人的なツボにはまった作品。女性のもとへやってきた刑事は、女性がある犯罪者の恋人で、逃走を手引きしたのではないかと考えていた。確かに女性と犯罪者は知り合いではあったが、共犯ではないと否定する。いったん出直すことにした刑事は、彼女がほかの犯罪者とも顔見知りであることに気がつき……。
 ローレンス・ブロックの短編集にありそうで、好みだけでいえば本書で一番。

 ハードボイルド風の奇妙な味といっていいのが 「クロウの教訓」。倒叙的な味つけやストーリー展開など、いちいちやることが心憎くて楽しい一作。

 「消防士を撃つ」は人権問題が激しかった1960年代が舞台。著者自身の記憶や体験が反映されており、アメリカの作家は避けて通れないテーマといえるが、こういうのもサラッとミステリにして入れてくるから侮れない。

本書において、実はさまざまな変化球を持っていることを証明した著者がだ、 「二人の男、一挺の銃」も相当のクセ球だ。ある作家のもとに突然、強盗が現れ、作家を人質にして立てこもる。しかし、なぜか強盗は、警察がかけつける間、作家に物語を創作するよう命じるのだ。それは一体何のため……。

 「宇宙の中心(センター・オブ・ザ・ユニバース)」は内容もさることながら、スタイルが攻撃的で、やはり一作ごとにかける熱を感じて嬉しい。

 「赤い封筒」も素晴らしい。田舎からマンハッタンへ、伯父のコーヒーショップを相続するためにやってきたトマス。そこで自称詩人のデルガルドと知り合うが、彼の昼間の仕事は探偵だった。読み始めてすぐに、これはネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンだよなぁと想ったが、解説を読んで見事的中。中編というスタイルも踏襲し、コーヒーショップを巻き込む事件を語る。デルガルドはもちろんだが、トマスのキャラクターに味があって、シリーズ化が楽しみな作品だ。

 ということで大満足の一冊ではあったが、あえてひとつだけ、いや、ふたつ注文をつけるとすれば、まず著者の作品ごとのあとがきは(内容が面白くても)個人的には興醒め。自分で種明かしはちょっと無粋な感じである。
 もうひとつは邦題。前作『日曜の午後は〜』のヒットにあやかったのだろうが、コージーっぽいタイトルがあまり本書の雰囲気に合わない。そもそも謎解き作品は一作しかないし、ちょっといただけない感じである。


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 有馬頼義の『殺意の構成』を読む。有馬作品はとりあえず高山検事と笛木刑事の三部作を読めたので、憑き物が落ちた感じだったのだが、くさのまさんからのコメントで本書を薦められて手に取ってみた次第。

 こんな話。父を戦争によって失い、小倉で母の加代と暮らす高倉高代。そんな高代の元へ、彼女の遠縁にあたる幼馴染み・矢元春和が復員して姿を現した。春和には出生前に久留米で結婚した愛子という妻がいたが、愛子は子供の頃の怪我によって知的障害を持っており、流れで結婚してしまったが、もう一緒には暮らしたくないのだという。高代と春和はそのままずるずると関係を持って、二人で東京へ出ることになる。
 当初は順調であった。友人を頼り、工場を買い取って始めた春和の事業も軌道に乗った。小さいながらも一軒家を買い、母親の加代も呼び寄せて同居することになった。加代はすべて娘夫婦の世話になるのは申し訳ないと、鍼灸の資格をとり、自宅で開業した。
 そんな生活が春和の事業の不振で、徐々に歯車が狂い始める。春和は加代が密かに持っていた戦争手当や実家の売却金を借りようとするが断られてしまい、なんと愛子の財産を狙って、久留米に暮らしていた愛子を東京に呼び寄せたのである。
 一つ屋根の下、春和、高代、加代、愛子という四人の奇妙な同居生活が始まった……。

 殺意の構成

 これはかなり強烈な一冊。一応は犯罪も起こるのだが、ミステリとしての要素は最低限備えているかどうかといったところで、その味わいは心理小説や純文学に近い。
 大きな展開はほとんど起こらないのである。登場人物も上記の四人でほぼ足りる。加えて物語の舞台も彼らが暮らす家の中がほぼすべて。その中で彼らを取り巻く外部の状況が少しずつ変化し、意識や心情に影響を与えていく。
 事業がうまくいかず堕落していく春和、母としての立場を守りつつも遅まきながら女としての喜びに目覚める加代、知的障害がありつつもどこか本能で身の守り方を心得ているような愛子、なんだかんだで好きなように行動する三人に振り回され、自分は古い因習や家族制度に囚われて徐々に気力を失っていく高代。
 四人の日々の暮らしが、悲劇へのゆっくりした歩みでもあり、すなわち題名にもある「殺意の構成」されていく過程である。楽しめるかどうかはかなり個人差があるだろうが(苦笑)、読みどころまさにその部分にある。

 くさのまさんからは「フレンチミステリを思わせる」というご紹介もあったのだが、確かに上で挙げたような要素やテイストはまさにフレンチミステリに当てはまる。特に河出書房新社で一時期刊行されていたシムノンの〈本格小説シリーズ〉に近いものを感じる。
 ただし、フレンチミステリがどこか一発芸的なあざとさも持っているのに対し、本作はケレンのかけらもない。真綿で首を絞めるような本作のストーリーはどちらかというと日本の私小説のようなイメージでもあり、個人的には島尾敏雄の『死の刺』もちょっと連想した。

 万人におすすめ、とは言い難いが、上記のキーワードのいくつかに反応する人なら一読の価値はある。後味の悪さも含めて忘れがたい作品だ。


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 M・D・ポーストの短編『馬匹九百頭』を読む。湘南探偵倶楽部さんの復刻版だが、本書は「知られざる中短編」という縛りで紹介してくれているもの。このシリーズは意外な拾い物が多くて、いつも楽しみにしているのだが、本書もなかなか小粋な作品であった。

 馬匹九百頭

 ハーグレーヴ青年はロンドンに駐在するニューヨークの宝石商の出張員。ある日、彼が社交場「エンパイア倶楽部」に顔を出すと、顔見知りの刑事部長ヘンリー・マークヰスがある暗号に頭を悩ませていた。それは新聞に掲載された「馬匹九百頭を汽船で積み出した」という広告だったが、そこに犯罪があるとヘンリーは睨んでいた。
 結局、知り合いの博士に解読を依頼するといって、その場を後にしたヘンリー。残されたハーグレーヴが寛いでいると、そこへ高貴な婦人が現れて宝石の鑑定を依頼する……。

 興味の中心は当然ながら暗号にあるのだが、早々に物語はハーグレーヴの宝石鑑定に移っていく。婦人がさる軍人らしき男から宝石を入手したいのだが、取引に残された時間は少ない。そこでハーグレーヴに鑑定と仲介も頼んでくるという展開である。
 読者としてはこの取引に胡散臭いものを感じるものの、宝石はハーグレーヴ自身が確認して紛れもない本物である。ではどこに落とし穴が待っているのか? そもそも暗号の件はどうなったのか?
 本格ミステリというよりはオチで読ませるタイプだが、ストーリーの展開やラストの演出がうまくて思わずニンマリ。ポーストのノンシリーズの短編はいくつか翻訳されているが、このレベルのものが多いのなら、どこかの出版社がまとめてもよいのではないかな。

 ちなみに管理人は本書で初めて知ったのだが、『馬匹九百頭』の「馬匹」は「ばひつ」と読み、意味としては「家畜用の馬」を主に指すらしい。もともと「匹」というのは馬の数え方であり、それが他の動物を数えるときにも転用されたということだ。ではなぜ「匹」が馬から出てきたのか、なぜ今では馬を「頭」と数えるのか、「匹」と「頭」の違いとは? このあたり、ネットで調べるとかなり面白かったので、もし興味ある方は「匹とは」あたりで検索するとよろしいかと。

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 ロバート・ロプレスティの短編集『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』を読む。評判がよかったので買ってはみたものの、実はコージーミステリ系があまり得意ではないので後回しにしていた一冊。だが、ここのところ世間でろくなニュースがなく気持ちも沈みがちなので、今ならこういう穏やかなものもいいかなということで読み始める。

 日曜の午後はミステリ作家とお茶を

Shanks at Lunch「シャンクス、昼食につきあう」
Shanks at the Bar「シャンクスはバーにいる」
Shanks Goes Hollywood「シャンクス、ハリウッドに行く」
Shanks Gets Mugged「シャンクス、強盗にあう」
Shanks on the Prowlシャンクス、物色してまわる」
Shanks Gets Killed「シャンクス、殺される」
Shanks on Misdirection「シャンクスの手口」
Shanks' Ghost Story「シャンクスの怪談」
Shanks' Mare「シャンクスの牝馬(ひんば)」
Shanks for the Memory「シャンクスの記憶」
Shanks Commences「シャンクス、スピーチをする」
Shanks' Ride「シャンクス、タクシーに乗る」
Shanks Holds the Line「シャンクスは電話を切らない」
Shanks Goes Rogue「シャンクス、悪党になる」

 レオポルド・ロングシャンクス、通称シャンクスは五十代のミステリ作家。同じく作家の奥様コーラと暮らし、日々の生活に困ることはないけれど、流行作家の道は高く険しい。そんなシャンクスの前にはなぜか事件や謎が多発する。シャンクスは愚痴をこぼしながらも、見事、名探偵よろしく事件を解決に導いていく——。
 しいていえば雰囲気としてはアシモフの「黒後家蜘蛛の会」に近いか。ただ、あそこまでパズルに特化しているわけではなく、ミステリとしてのキレ味、サプライズといった部分はそれほどではない。読みどころはやはりキャラクターのやりとりやユーモアの部分で、まあ、これは読む前から予想していたとおりのイメージだ。

 そんなわけで基本的に暇つぶし程度の一冊かと思っていたのだが、これが一作、二作と読み進めるうちに、だんだんと面白さが加速し、引き込まれていったから不思議なものだ。
 その原動力になっているのが、作家の心情や出版業界の内幕など、読書好きをくすぐるネタを絶えず入れこんでくるところだろう。これもただの楽屋落ちみたいなものだと困るのだが、基本的にはオブラートに包んだ笑いに昇華されており、ときにはブラック、ときには皮肉を効かせたりと、その匙加減がなかなかいい。しかも、ただの味つけに終わらせず、設定にうまく絡めていたり、ストーリー展開上でもいいアクセントになっていたりする。
 また、デビュー間もないペーペー作家の奥さんが、いつのまにか自分より売れていたりといった、登場人物たちの近況が変化していくのも愉しい部分で、これは思った以上に楽しめる一冊だった。

 流れで楽しめるところも大きいので、お好みをあげるのも野暮な感じはするが、あえて選ぶなら「シャンクス、強盗にあう」、「シャンクス、殺される」あたりか。前者は予想外の着地がお見事で、後者は全編、毒に満ちあふれていて笑える。


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 ロスマク読破計画、久々の一歩前進。長編十六作目となる『縞模様の霊柩車』である。まずはストーリーから。

 私立探偵リュウ・アーチャーの元へ新たな依頼人が現れた。退役大佐のマーク・ブラックウェルは娘のハリエットが自称画家と名乗るパーク・デイミスという男に騙されているといい、その結婚を止めるため、男の身元を調査してほしいという。
 さっそく調査をスタートさせたアーチャーは関係者に会い、さらにはメキシコへも飛ぶが、その中で浮かび上がってきたのは、デイミスが二つの殺人事件に関与しているのではないかという疑惑だった……。

 縞模様の霊柩車

 ロスマクの代表作といえば世間的には『さむけ』が一番だろうが、『縞模様の霊柩車』を推す人も少なくない。まあ、それも読めば納得というわけで、『縞模様の霊柩車』を書いた時点では集大成といっても良いぐらいの作品だ。
 ロスマク作品に見られるさまざまな特徴。例えばアメリカの家族に潜む病巣の掘り下げ、探偵を事件の観察者・質問者として描く手法、ミステリとしての仕掛けやサプライズ、プロットの構築などなど、どれをとっても文句なしではないか。

 あえて欠点を言うとすれば、事件が地味だったりそもそもストーリーが地味というところはあるのだが、いざ読み終えると、アーチャーのそんな地道な捜査の中に多くの伏線が忍ばせてあること、プロットをいかにして効果的にストーリーに落としているかに気づかされ、そんな欠点は何のマイナスにもならないことがわかる。
 むしろストーリーへの昇華というか、ロスマクの語りが見事すぎて堪らない。
 ハードボイルドは本格ミステリとは異なり、探偵が行動しないことにはストーリーも回らない。本作でもアーチャーは静かながら常に動き回っており、それによって情報が少しずつ積み上がって真相が見えてくる。しかし、その行動の結果が実は表面的なもので、そこからどんでん返しを持ってくるのは、それだけでも十分に面白いとはいえ、特別珍しい趣向ではない。
 本作が本当に凄いのは、ラストまでの展開や人物描写などによって、その真相が起こるべくして起こったのだと、最後に読者に気づかせる点にある。伏線も鮮やかなのだけれど、伏線というのとは少し違って、ロスマクは最初から、その人間がどういう人物なのか、非常に的確に語っているのである。だからラストでどんでん返しを味わった結果、その意外性とともに、真相に至らなかった自分の読みに愕然となるのだ。

 ともあれ今更ではあるが紛れもない傑作。次は『さむけ』だが、さあ、いつにするか。


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 仕事が立て込んでいて読書がなかなか進まず。そんなわけで本日も湘南探偵倶楽部さん復刻の小冊子(短編)でお茶を濁す。ものはジョルジュ・シムノンの『医師殺害事件』。かつて『新青年』に掲載されたものだ。

 医師殺害事件

 本作は安楽椅子探偵ジョゼフ・ルボルニュ(本書ではジョゼフ・ルボルニエ)シリーズの一作で、創元推理文庫からはルボルニュものの短編集『13の秘密』が出ているので、ご存知の方も多いと思う。ちなみに同書はメグレものの「第一号水門」を併録しており、現在の正式タイトルは『13の秘密 第一号水門』である。

 ジョゼフ・ルボルニュ・シリーズは、シムノンにしては珍しいパズル性重視の本格ミステリである。というか、原書では図版やら写真やらも合わせて載っていたらしく、パズル性重視どころか、本当に推理クイズとしての趣向だったらしい(このあたりの情報は瀬名秀明氏が詳しい紹介をこちらにアップしている)。
 管理人も四十年ぐらい前に創元推理文庫で読んではいるが内容はほぼ忘れているので、シムノンがこういうものも書いていたのかと、今さらながら驚いている次第である。

 内容としては、密室で銃殺されたと思われる医師の死体が発見されるのだが、犯人はおろか凶器すら見つからないという難事件。蓋を開ければ、まあ、こんなものかという感じなのも推理クイズ的なところだが、犯人の心情を慮る最後はやはりシムノンの味わいである。

 ちなみに本作は『13の秘密』に収録されている「クロワ・ルウスの一軒家」と同じ作品である(ただ、手元に『13の秘密』がなく、確認は取れていないので、もしかしたら間違っているかもしれない。念のため)。

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 湘南探偵倶楽部の復刻本をもういっちょ。O・A・クラインの短編『雪の悪戯』の復刻本である。かつて『新青年』十三巻十号に掲載されたものだが、その際の惹句が「どんでん返し二度三度 さて犯人は?」というもの(下の画像でも見えるかも)で、なかなか強気である。まあ、レベル的なところはともかくとしても一応本格作品らしいので、その辺りはちょっとだけ期待して読んでみる。

 雪の悪戯

 雪の山中で一人の漁師が猟銃で撃たれ、死体となって発見された。捜査にあたったピイター検事は、雪に残った足跡を追って、被害者と犯人の行動を推理していく。すると山小屋で暮らすロリマーという若者を発見。状況から彼を容疑者と見て、再び犯行現場に戻るが、そこへロリマーが発砲したところを目撃したという男も現れる。事件は解決したかに見えたが…‥。

 アンフェアなところもあるが、雪の足跡や猟銃といった証拠をもとに展開される推理劇は悪くない。惹句どおり二転三転する真相やラストのオチも含めて、短いながらも楽しい読み物である。

 ところでO・A・クラインという作家にまったく心当たりがなかったので少し調べてみると、あっさりWikiで判明。フルネームをオーティス・アデルバート・クラインといい、パルプマガジン全盛期に『ウィアード・テイルズ』を中心に活躍したアメリカのSF作家ということだ。日本では『火星の無法者』と『火星の黄金仮面』が訳出されているらしく、うむ、こちらがSFに疎かっただけで、SFマニアの間では普通に知られている感じである。
 ちなみに『火星の無法者』などというタイトルはエドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」を彷彿とさせるのだが、両者は火星シリーズどころか金星シリーズでもバッティングしており、けっこうな確執があったと見られている。
 その一方でロバート・E・ハワードとは友人関係にあり、後年は執筆を辞めて彼の著作権エージェントとして専念したというから、なかなか面白そうな人物である。ミステリは余技のようだが、他にはどんな作品を書いていたのだろうか。

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 エドガー・ウォーレスの短編『正義の四人の法律 第一話 クラファムに住んだ男』を読む。原作は1921年の『正義の四人の法律』という短編集で、本書はおそらく1931年に改造社から刊行された『世界大衆文学全集77「正義の人々」』の中から一作を選んで復刻したもの。

 正義の四人の法律第一話クラファムに住んだ男

 「正義の四人」シリーズは以前に「GemCollection」の『正義の四人/ロンドン大包囲網』で読んだことがあるが、これは早い話がイギリス版“必殺仕事人”。法律では裁けない悪人に死の鉄槌を下す四人の男たちの物語である。
 本作では、婦人が若い頃に書いた手紙をネタにして恐喝した男がターゲット。ストレートに暴力でカタをつけるのではなく、策略によって陥れるという展開は悪くないのだが、策略そのものに無理があるうえ、最後は正義の四人側も恐喝紛いになってしまうので(苦笑)、それほど感心するような話ではない。
 この手の話は必殺仕事人などを例に挙げるまでもなく、被害者のストーリーと悪人を裁くストーリー、この両方にそれなりのボリュームと説得力がないと物語としてはつまらない。本作は短編、しかも抄訳のようなので、この出来も致し方ないところか。

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 『蛇女対マングース男爵 栗田信傑作集 下巻』を読む。当初は上巻『和製シャーロック・ホームズの冒険』に続いて一気に読もうと思っていたのだが、あの作風と内容で立て続けに二冊はやっぱり辛いなと思い直し、クイーンや連城三紀彦を挟んで少し口直しをした次第(笑)。もちろん、これは決して栗田信を貶めているのではなく、むしろその個性を尊重してのことなので念のため(笑)。

 栗田信傑作集蛇女対マングース男爵

第一部 ミステリ
「原色の迷路」
「妄想の中の男」
「死者の微笑」
「髑髏を抱く男」
「万引監視員」

第二部 SF・怪奇・異色作品
「マヌカン人形」
「消えた遺体」
「第七感」

第三部 時代ミステリ
「満月に哭く男〜からす猫変化〜」
「さくら判官 破顔一笑」

第四部 異形の者たち2
「美女変貌す」
「獣鬼の覆面 卒塔婆を抱く女」

 収録作は以上。上巻がシリーズと名義別で構成されていたのに対し、下巻ではジャンル別でまとめられている。この「ジャンル別」という目次のせいで余計にそう感じたのかもしれないが、栗田作品は普通のミステリより、圧倒的に超自然要素やホラー要素の入ったものの方が面白いようだ。
 これまでにミステリ珍本全集の『発酵人間』も含め、栗田信の本は三冊読んだことになるが、ミステリ系の作品はほぼ通俗スリラーやかつての日活アクション映画を彷彿とさせるようなものばかり。しかも意外にオーソドックスにまとめられている。
 これは単なる想像にすぎないけれども、栗田が当時の雑誌や貸本などの注文を数多くこなすため、ひたすら当時の流行やニーズに合わせて書いた結果といえるだろう。粗製濫造というと失礼だが、ミステリ的にめぼしい作品はほぼなく、とにかく勢いと雰囲気だけで読ませる作品ばかりという印象だ。

 ところが、これに超自然要的な要素やSF・ホラー要素が入ってくると話は違う。既製のアイデアに縛られない栗田独自の発想が爆発し、一気に面白くなるから不思議である。勢いのある文体もこういう世界観になるとピタリとはまる。しかもストーリーの盛り上げ方がまた上手く、「美女変貌す」などは話が本編に入っていないにもかかわらずゾクゾクするほどだ。
 もし栗田信が本格的な伝奇小説を書いていれば、かなり凄いものができあがったのではないだろうか。まあ、その一例が『発酵人間』なのかもしれないが、アレも上巻に続編の短編が収録されていたけれども、ああいったシリーズの繋ぎも実はうまかったのではという気になる。

 まあ、真っ当な読書家やミステリファンには到底お勧めできるようなものではないけれど、栗田信、もう少し読んでみたいものだ。商業出版はもちろん、復刻でもなかなか難しいラインだろうし、いよいよ古書で探すしかないのかな。

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 エラリー・クイーンの『ミステリの女王の冒険』を読む。1970年代にアメリカで放映されたテレビドラマ『エラリー・クイーン』のシナリオ傑作選であり、『刑事コロンボ』で知られるリンク&レヴィンソンが制作総指揮を務めている。残念なことに商業的にはコロンボのような成功を収めなかったものの、そのクオリティはファンや専門家の間で高く評価されたという。

 ミステリの女王の冒険

The Adventure of the 12th Floor Express「十二階特急の冒険」
The Adventure of the Chinese Dog「黄金のこま犬の冒険」
The Adventure of the Mad Tea Party「奇妙なお茶会の冒険」
The Adventure of the Wary Witness「慎重な証人の冒険」
The Adventure of the Grand Old Lady「ミステリの女王の冒険」

 収録作は以上。
 最近読んだクイーンのラジオドラマ集『ナポレオンの剃刀の冒険』や『死せる案山子の冒険』に比べると、本書のテレビドラマ集は放送時間が長いこともあってか、かなりしっかりした作りである。ボリュームも中編レベルで、内容も複雑。放映時間は一時間だったらしいが、これでよくその中に収まったものだと思えるほどだ。
 もちろんボリュームがあっても質が低ければ意味はないが、本書はその点でも十分に及第点。ラジオドラマのようなキレには欠けるが、本書ではドラマとしての面白さがある。

 ただ、ラジオドラマ集と違って、こちらはクイーンが直接手掛けたものではなく、あくまで名義貸しや作品提供に近い。それでもこれだけの水準に仕上がったのは、リンク&レヴィンソンがしっかりしたミステリマインドの持ち主だったこと、そしてクイーンの成功したラジオドラマをかなり参考にしたことが大きいだろう。まあ、本書はクイーンとリンク&レヴィンソンの合作みたいなものだから、成功しようがしまいが、ファンならこれは読むしかないんだけどね。
 なお、作品そのものとは関係ないが、本書は解説も恐ろしいほど充実していて、正直、その部分だけでも買いである。


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 久々の連城三紀彦である。まだ未読が多いのでもう少しペースをあげたいところだが、最後に読んだのがもう四年前とは嫌になる。その間に新刊もけっこう出ているしなぁ。
 だいたい昭和の作家はメジャーどころだけでも多岐川恭や笹沢左保、泡坂妻夫、中町信、松本清張、結城昌治、梶龍雄、陳舜臣、小泉喜美子、土屋隆夫や、天藤真、戸川昌子、中井英夫、西村京太郎、海渡英祐などなど、読みたい作家が目白押しで、うっかりしていると、すぐに何年ぶりとかになってしまう(苦笑)。もちろん当ブログでおなじみの戦前作家や海外のミステリもまだまだ読みたいわけで、もうキリがない。ああ、毎日、本だけ読んで給料もらえないかなぁ〜(ずんの飯尾風に)。


 どうでもいい枕を振ったところで『運命の八分休符』である。連城三紀彦には珍しいシリーズ探偵ものの連作短編集で、ユーモアと恋愛要素をふんだんに盛り込んでいるのが特徴だ。まずは収録作。

「運命の八分休符」
「邪悪な羊」
「観客はただ一人」
「紙の鳥は青ざめて」
「濡れた衣装」

 運命の八分休符

 探偵役の主人公は田沢軍平という青年。分厚い丸眼鏡をかけ、髪は薄く、がに股で、着ている服はみすぼらしく、おまけに定職にも就かず、安アパートで暮らしている。何もここまでしなくとも、というような設定だが、性格的には極めて繊細で温厚。意外なことに空手という特技もある。
 そんな青年がなぜか毎回、美女にモテモテで、難事件も解決するという趣向の連作。恋愛成分がかなり高めで、単品で読むぶんには楽しめるが、同じ主人公で続けて読まされると少々しつこい感じは否めない。個人的には異なる主人公や味つけで読みたかった作品もあるが、まあ、そこは好みの問題か。
 ただ、恋愛成分高めとはいえ、ひと皮むけば本格として相当にハイレベルに仕上がっているのは、さすが連城ブランド。その期待は決して裏切られない。

 以下、各作品のコメントを。

 表題作の「運命の八分休符」は魅力的なアリバイ崩しであるだけでなく、タイトルの意味にやられる。ついでにいえば最初の作品なので、恋愛要素も気にならず、むしろそれ込みで楽しめる。

 「邪悪な羊」は見事な誘拐もので、これは後の作品の元になってるのかもしれない。恋愛ものとしてはベタな設定だが、それがまたなかなか染みる。

 「観客はただ一人」は、恋多き女優が自分の過去つきあった男たちを集め、一夜限りの自伝的舞台を演じるという導入に魅了される。もちろんその舞台は予想どおり殺人劇となってしまうのだが、最終的にいろいろな意味で反転する構図にやられる。この辺から恋愛要素が鼻につく(笑)。

 構図の逆転と叙情性が色濃く出た「紙の鳥は青ざめて」は、地味ながら、ある意味でもっとも著者のよさが出た作品。軍平が男前に脳内変換される(笑)。

 “構図の逆転”の安売りはしたくないけれど、これまたそうとしか言いようがない「濡れた衣装」。ミステリとしてはチョイと強引な感じではあるが、昭和の香りを感じられる雰囲気が好きだなぁ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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