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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 07 2020

有馬頼義『殺意の構成』(新潮社)

 有馬頼義の『殺意の構成』を読む。有馬作品はとりあえず高山検事と笛木刑事の三部作を読めたので、憑き物が落ちた感じだったのだが、くさのまさんからのコメントで本書を薦められて手に取ってみた次第。

 こんな話。父を戦争によって失い、小倉で母の加代と暮らす高倉高代。そんな高代の元へ、彼女の遠縁にあたる幼馴染み・矢元春和が復員して姿を現した。春和には出生前に久留米で結婚した愛子という妻がいたが、愛子は子供の頃の怪我によって知的障害を持っており、流れで結婚してしまったが、もう一緒には暮らしたくないのだという。高代と春和はそのままずるずると関係を持って、二人で東京へ出ることになる。
 当初は順調であった。友人を頼り、工場を買い取って始めた春和の事業も軌道に乗った。小さいながらも一軒家を買い、母親の加代も呼び寄せて同居することになった。加代はすべて娘夫婦の世話になるのは申し訳ないと、鍼灸の資格をとり、自宅で開業した。
 そんな生活が春和の事業の不振で、徐々に歯車が狂い始める。春和は加代が密かに持っていた戦争手当や実家の売却金を借りようとするが断られてしまい、なんと愛子の財産を狙って、久留米に暮らしていた愛子を東京に呼び寄せたのである。
 一つ屋根の下、春和、高代、加代、愛子という四人の奇妙な同居生活が始まった……。

 殺意の構成

 これはかなり強烈な一冊。一応は犯罪も起こるのだが、ミステリとしての要素は最低限備えているかどうかといったところで、その味わいは心理小説や純文学に近い。
 大きな展開はほとんど起こらないのである。登場人物も上記の四人でほぼ足りる。加えて物語の舞台も彼らが暮らす家の中がほぼすべて。その中で彼らを取り巻く外部の状況が少しずつ変化し、意識や心情に影響を与えていく。
 事業がうまくいかず堕落していく春和、母としての立場を守りつつも遅まきながら女としての喜びに目覚める加代、知的障害がありつつもどこか本能で身の守り方を心得ているような愛子、なんだかんだで好きなように行動する三人に振り回され、自分は古い因習や家族制度に囚われて徐々に気力を失っていく高代。
 四人の日々の暮らしが、悲劇へのゆっくりした歩みでもあり、すなわち題名にもある「殺意の構成」されていく過程である。楽しめるかどうかはかなり個人差があるだろうが(苦笑)、読みどころまさにその部分にある。

 くさのまさんからは「フレンチミステリを思わせる」というご紹介もあったのだが、確かに上で挙げたような要素やテイストはまさにフレンチミステリに当てはまる。特に河出書房新社で一時期刊行されていたシムノンの〈本格小説シリーズ〉に近いものを感じる。
 ただし、フレンチミステリがどこか一発芸的なあざとさも持っているのに対し、本作はケレンのかけらもない。真綿で首を絞めるような本作のストーリーはどちらかというと日本の私小説のようなイメージでもあり、個人的には島尾敏雄の『死の刺』もちょっと連想した。

 万人におすすめ、とは言い難いが、上記のキーワードのいくつかに反応する人なら一読の価値はある。後味の悪さも含めて忘れがたい作品だ。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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