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 E・D・ビガーズの『鍵のない家』を読む。ホノルル警察に勤務するチャーリー・チャン警視ものだが、シリーズ第一作ということもあってか、まだ後のシリーズ作ほど型にハマっている感じが少なく、そういう意味では逆に楽しい作品だった。まずはストーリーから。

 ボストンの名家ウィンタスリップ家の御曹司ジョン・クィンシーは、ハワイに長期滞在するミネルバ叔母を呼び戻すため、サンフランシスコ経由でハワイへ向かっていた。しかし、ジョンの到着前夜、ミネルバが身を寄せている資産家ダンの家で、ダンが何者かの手によって殺害されてしまう。ダンはウィンタスリップ家の一員で、ハワイでも有数の資産家だったが、過去の悪行によって一族はもちろんハワイでもよく思われていない人物だ。
 ホノルル警察のハレット警部と部下のチャーリー・チャンはミネルバの証言や手がかりをもとに捜査を開始するが、ハワイに到着したジョンもまたミネルバの要請によって捜査を手伝わされる羽目になる……。

 鍵のない家

 探偵小説に必要なものが過不足なく盛り込まれ、非常にオーソドックスな作りの探偵小説。書かれた時代を考えると、もう古典といってよいのだろう。とはいえ古さはあまり感じず、あらためてビガーズの探偵小説に対するセンスの良さを感じた。全体の構成、伏線の貼り具合、意外な結末などなど、実にまとまっていて、これが1925年に書かれたという事実。解説でも触れられていたが、それはヴァン・ダインが『ベンスン殺人事件』でデビューした一年も前のことである。
 普通、アメリカの探偵小説における黄金時代の幕を開けたのはヴァン・ダインといわれているが、ビガーズの果たした役目もまた大きかったに違いない。少なくとも『鍵のない家』と『ベンスン殺人事件』が両作出揃った時点で、シンプルに探偵小説としてのクオリティはビガーズの方が勝っている。突飛なネタこそないけれども、手がかりのばら撒き方とその回収が本作の面白いところで、書かれた時代を考慮せずとも悪くない出来だ。

 また、最初に触れたとおり、本作はチャーリー・チャンのシリーズ一作目ということで、その意味で見逃せない点もある。
 ひとつはチャンがまだ巡査部長という地位で、上司の警部と捜査にあたっているのが見どころ。白人の上司との関係性は悪くはないのだが、チャン特有の慇懃さがいろいろと含みのあるようにも思えてしまう。
 この人種の問題はさらにハワイ全体の描写にも通じる。そもそもハワイ自体が、当時のアメリカにとってまだまだ異国の地なのである。ハワイに出かけた本土のアメリカ人が、現地のアメリカ人に対して「アメリカにもぜひ遊びに来てください」とかつい言ってしまうのはお約束のネタのようだし(日本でも同じようなギャグあるよね)、当時のハワイや現地住人に対する心情が見え隠れするのが興味深い。あくまで白人目線という面はあるけれども、いや、白人目線であるからこそ、逆に空気感が伝わってくるのではないか。

 もうひとつ見逃せない点としては、本作の主人公がチャーリー・チャンではなく、ボストンからやってきたジョン・クインシーであるということ。事件の探偵役としては一応チャンが担うけれども、メインストーリーを引っ張るのはジョンの役目。お金持ちのお坊ちゃんが一皮むけるための成長物語としての側面が強いうえ、恋愛要素もガッツリと加わって、娯楽小説として万人が親しめるようになっている。
 思うに著者は、この時点でシリーズ化云々はほとんど考えていなかったのではないか。あくまで本作はジョンの物語であり、本書の評判の結果として、シリーズ化が決まったのではないだろうか。このあたり、すでにどこかに情報はありそうだが、とりあえずジョンの方でシリーズ化されなかったのは著者にとっても読者にとってもラッキーだった(苦笑)。

 ということでビガーズの他の作品同様、本書も意外なほど楽しめる一冊だった。あとは毎回書いていることだが、『シナの鸚鵡』の復刊とか新訳が出ればねぇ。


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 江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれたアンソロジー〈世界推理短編傑作集〉をボチボチと読んできたが、ようやく最終巻までたどり着いた。本日の読了本は『世界推理短編傑作集5』である。まずは収録作。

マージェリー・アリンガム「ボーダーライン事件」
E・C・ベントリー「好打」
レスリー・チャーテリス「いかさま賭博」
ジョン・コリアー「クリスマスに帰る」
ウィリアム・アイリッシュ「爪」
Q・パトリック「ある殺人者の肖像」
ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」
フレドリック・ブラウン「危険な連中」
レックス・スタウト「証拠のかわりに」
カーター・ディクスン「妖魔の森の家」
デイヴィッド・C・クック「悪夢」
エラリー・クイーン「黄金の二十」(エッセイ)

 世界推理短編傑作集5

 最終巻となる本書は第二次世界大戦の直前から戦後の一九五〇年代あたりまでの作品を収録している。黄金期の大家から新しい世代の作家までが顔を揃え、この頃になると内容もかなり現代的でバラエティに富み、読み応えがあるものが多い。
 例によって旧版との違いから見ておくと、まずは旧版の二巻にあったE・C・ベントリー「好打」、三巻にあったアリンガムの「ボーダーライン事件」が本書に入り、逆に旧版の五巻にあったベイリー「黄色いなめくじ」が四巻に移っている。
 また、カーター・ディクスンはこれまでマーチ大佐ものの「見知らぬ部屋の犯罪」が採られていたが、「妖魔の森の家」に変更された。
 さらにアイリッシュの「爪」は門野集による新訳に、アリンガムの『ボーダーライン事件』は猪俣美江子による新訳となった。
 それでは各作品のコメント。

 「ボーダーライン事件」は大傑作というわけではないが、開かれた密室を形作る心理的トリックが効果的で、黄金期ならではの妙味が光る。あくまで個人的な意見だが、こういうのは機械的トリックでは得られない快感があって好み。キャンピオン初々しさもいいなあ(苦笑)。

 ベントリーの「好打」はトレントもの。トリック云々というよりもドラマ作りの巧さが好み。ベントリーの作品は同時代の中にあってもやや古さを感じさせるが、本作はその欠点が気にならない佳作。

 「いかさま賭博」はカードゲームによる犯罪者同士の騙し合いを描く。義賊ものならではの設定が効いていて、メインストーリーだけでも十分面白いけれど、最後のオチがまた秀逸。

 コリアーの「クリスマスに帰る」は妻殺しの完全犯罪が見事、失敗に終わる奇妙な味系の一作。これも素晴らしいのだけれど、コリアにしてはちょっとストレート。コリアだったらもっとひねくれたやつの方がいいかな。

 数あるアイリッシュの傑作の中でも「爪」の味はやはりトップ・クラス。このタイプの作品はその後もいろいろ出たけれど、やはりアイリッシュの描き方は巧い。

 「ある殺人者の肖像」はトリックなどはほぼないに等しいのに、ラストのサプライズがとんでもない。著者は元々、子供に対して容赦ない描き方をすることがあって、本作などはその白眉といえるだろう。読後の余韻もなんともいえないものがあり、本書中でも一、二を争う傑作。

 日本ではあまり馴染みのないベン・ヘクトだが、この「十五人の殺人者たち」だけで十分、忘れられない作家である。読み始めはどちらかというと不愉快な気持ちになるのに、ラストでその気持ちが一掃されて実に気持ち良い。今読むとコントみたいな感じもあるけれど(苦笑)。

 「危険な連中」もブラウンの代表作といえる傑作。こういうスタイルは今読むとそれほど珍しいわけでもないけれど、アイリッシュの「爪」と同様、いち早く作品にしたところがさすがだし、何度読んでも引き込まれる。

 スタウトはウルフものの「証拠のかわりに」が採られている。もちろんミステリとしてのメインアイディアは面白いのだが、乱歩がこれを選んだのは、ホームズ役とワトスン役の新しい形が面白かったからではなかろうか。

 「妖魔の森の家」はカーの定番中の定番なので今更いうこともない。これを収録すること自体が今更という意見もあるのだろうが、本アンソロジーの趣旨、そしてカーのもっとも代表的な探偵が登場することを踏まえると、本作でよかったと思う。

 デイヴィッド・C・クックの「悪夢」はサスペンスを盛り上げる描写の巧さで選ばれたか。個人的にはもう少し派手な作品で締めてほしかったが、まあ、贅沢はいいますまい。

 ということで、これでようやく全面リニューアルされた『世界短編傑作集』改め『世界推理短編集傑作集』をすべて読了できた。すべて再読とはいえ、内容を忘れているものもいくつかあったせいか予想以上に楽しい読書だった。
 ちなみに従来の『世界短編傑作集』では諸々の事情から乱歩の意向を十全に反映したものとはいえず、このリニューアルでようやく短編ミステリを俯瞰できる形になったわけである。もちろん、これがベストというわけではないが、やはりミステリと長くお付き合いしたいという人には、ぜひとも読んでもらいたい良質のアンソロジーといえるだろう。
 さあ、次は〈短編ミステリの二百年〉か。


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