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 ロスマク読破計画もようやくここまで辿りついた。本日の読了本はロス・マクドナルドの『さむけ』。著者の第十六作目の長篇で、リュウ・アーチャーものとしては十二作目(短編集一冊を含む)にあたる。ロス・マクドナルドの代表作というだけでなく、ハードボイルド史上、いやミステリ史上に残る傑作である。

 まずはストーリー。裁判で証言を終えた私立探偵アーチャーは、アレックスと名乗る青年に声をかけられた。結婚したばかりの妻ドリーが失踪したので探してほしいというのだ。失踪直前にドリーが会ったという謎の男を皮切りに、調査を進めていくアーチャー。やがて大学関係者の家で働くドリーを発見することはできたが、彼女は帰りたくないという。どうやら失踪の背景には、少女の頃に起こった事件が関係しているらしいが、今度はアーチャーが聞き込みをしたドリーの知人の女性教授が殺害されてしまい……。

 さむけ

 いやあ、ン十年ぶりの再読だったが、やはり、『さむけ』は凄い。
 複雑なプロットと多彩な登場人物、そこから炙り出される人間の闇。それらが非常に濃い密度で描かれているのが凄い。読者はアーチャーとともにこの迷路のような物語を少しずつ紐解いてゆく。そして最後に明かされる真実に対し、ミステリとしての仕掛けに驚くと同時に、あらためて人間の業というものを感じせられるのだ。この徹底的に濃縮された苦味こそがロスマクの醍醐味である。

 テーマは中期以降の作品によくあるように〈家族〉だ。もちろんただ〈家族〉のドラマを描いているわけではない。そこには〈家族〉だからこそ起こりうる普遍的な問題に加え、アメリカの社会問題や著者の抱えていた個人的な問題も投影されているため、一筋縄ではいかない。
 しかもたいていの場合、その〈家族〉が単体ではなく、複数の家族が多重的かつ執拗に描かれることが多く、おまけに家族を構成する一人ひとりに対しても強烈な深掘りがなされている。しかも先ほども書いたように、ロスマクの場合は密度が濃い。一人としてむだな人間はいないのである。

 たとえば冒頭から登場する依頼人アレックスなどは、失踪した妻を探してくれという、いかにもハードボイルド的な入り方をしてくる。しかし導入こそ典型的だが、若い男性にしては非常に情緒不安定なキャラクターとして描かれている。おかげでアーチャーの調査にも支障をきたしがちだが、妻が発見されると次第に落ち着きを増し、精神的な強さを取り戻していく。
 アーチャーもようやくひと安心するのだが、ここへ厳格な父親が登場するにおよび、再び自主性も自信も失った男に戻るのである。アレックスの言動から感じられた不安定さは、妻が失踪したことだけではなく、実は父親による長年の支配が原因であったことが推測されるわけで、こういったエピソードの一つひとつが物語に奥行きを与えている。

 ただ、これはほんの一例、しかもアレックスなどは比較的シンプルかつ軽い方で、実は女性キャラクター側の家族にこそ、ロスマクの本領が発揮される。ドリーの家族、殺害される女性教授の家族、ドリーを雇った資産家の家族……そういった、それひとつだけで十分に物語になるぐらいの家族の闇が、幾重にも重なり、互いに影響を与えていく。
 一応は縦軸たる事件があるのだけれど、こうしたさまざまな家族のドラマがなければ、より芳醇な物語にはならなかったことは間違いない。ラストの意外性から、『さむけ』は本格ミステリ以上に本格ミステリだという意見もあるが、それも家族のドラマがあるからこそ効いてくるのである。

 もちろん欠点もあるだろう。プロットが複雑すぎる面はあるだろうし、この長さは必要ないんじゃないかとか、真相に至るまでの謎解きが重視されていないとか、あるいはロスマクはどれも似たような話ばかりではないかという声も聞く。
 しかし、批判の多くはどちらかというと好みの範疇だったり、ハードボイルドというスタイルに理解がないせいともいえる。似たような話が多いというのも、それはロスマクというよりハードボイルド全般にいえることであり、そもそもハードボイルドに関していえば、同じような題材・テーマを繰り返し描き、深掘りすることで、よりクオリティを上げたりメッセージ性を高める側面もあるので、一概に欠点とは言えないだろう。

 とりあえず確かなのは、本作はやはり傑作であるということ。ちなみにロスマク作品には、ほかにも「さむけ」を感じさせてくれるものがいくつもあるので、気になる人はぜひ中期の作品だけでも読んでほしいものだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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