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 湘南探偵倶楽部さんの復刻した短編、アーサー・コナン・ドイルの『その夜』を読む。『新青年』の1928年3月号に掲載された4ページ程度の怪奇小説で、短編というよりは掌編といったほうがよいだろう。

 その夜

 ある深夜のこと、富豪の紳士が駅に降り立つと、待っていたのは買い換えたばかりの新車で迎えに来たおつきの運転手。紳士は自分でも新車を運転したくなり、ギアが難しいからとなだめる運転手の言葉も無視し、自宅まで二十マイルはあろうかという道のりを走ることにする。
 ところが初めは快調だった深夜のドライブも、次第にシフトやブレーキの調子が悪くなり、自動車は暴走を始めてしまい……という一席。

 暴走する車を静止しようとする場面がリアルなので、ついついスリラー系の作品だと思って読んでしまうが、ラストには意外なオチが待っており、これは今でいうショートショート風の作品なのだとわかる。
 まあ、今では手垢のついたネタではあるが、文章の雰囲気もかなりよくて、時代を考えるとこれは思わぬ拾い物という感じだ。どうやらモーリス・ルヴェルなども訳した田中早苗の翻訳によるものらしく、道理で、といったところ。
 なお、管理人はおそらく初めて読んだはずだが、いかんせん原題や原作がどの短編集に収録されたものかの情報が不明で、もしご存知の方がいたらご教授願いたい。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 2018年『カササギ殺人事件』、2019年『メインテーマは殺人』で、翻訳ミステリランキングのトップを独占したアンソニー・ホロヴィッツの新作が、今年も発売された。『メインテーマは殺人』で颯爽と登場したダニエル・ホーソーン&アンソニー・ホロヴィッツのコンビによるシリーズ二作目『その捌きは』である。

 まずはストーリー。有名弁護士のリチャード・プライスが自宅で殺害された。高級ワインの瓶による撲殺だっが、それは少し前に担当した離婚裁判の相手女性に脅された殺害方法でもあった。また、壁には緑色のペンキで描かれた“182”という文字が。“わたし”アンソニー・ホロヴィッツは再びホーソーンによって事件に引き摺り込まれ、さっそく事件の捜査をスタートさせる。
 第一の容疑者と思しきは、殺害を口走った離婚裁判の相手アキラ・アンノだったが、彼女は攻撃的な性格で知られる文学作家であり、質問にも正直に答えず、捜査は思うように進まない。
 さらに時を同じくして、リチャードの友人グレゴリーが電車に轢かれて命を落としたことが明らかになる。リチャードとグレゴリーにはもう一人仲の良い友人チャールズがおり、かつては三人で洞窟探検を楽しむほどであった。しかし、ある洞窟の探検中、チャールズが事故で命を落とした過去があり、二人もそれっきり疎遠になっていたのだ。
 果たしてリチャードの死とグレゴリーの死は関係があるのか。また、アンノは何を隠しているのか……。

 その裁きは死

 相変わらず面白いのだが、さすがにシリーズ二作目ということでインパクトは減るし、先の二作に比べると落ちる感じは否めないかなというのが正直なところ。

 そもそも『メインテーマは殺人』で管理人がこのシリーズを評価したのは、本格ミステリとして堅牢な造りであるにもかかわらず、それにメタ的な構造を持たせたところである。すなわち著者自身をワトスン役として物語に放り込み、しかも現実世界の著者の立場や経験をそのまま被せているところに興味を持ったわけだ。ただの名前貸の別人格キャラクターではなく、もちろんお飾りの語り手でもない。著者は作品世界と現実の境界を曖昧にすることで、ミステリ、そしてミステリを執筆することについて掘り下げていこうとする。
 それ自体は非常に興味深い試みだったのだが、『メインテーマは殺人』は初出しなので良かったわけだが、今作ではそういう意味での進化が見られず、単にシリーズのスタイルみたいなものになってしまっていたのが残念だった。

 普通に本格ミステリとしてみた場合はあまり文句がない、というか十分に楽しめるところだろう。とにかくプロットがしっかりしており、伏線の貼り方も相変わらずお見事。女性作家とリチャードの友人、二つの軸にそれぞれ怪しげな登場人物を配し、決め手を掴ませないように進ませながら、サプライズも複数折り込むなど、サービス精神の塊である。
 とはいえ、こちらも『メインテーマは殺人』ほどには驚けなかった。『緋色の研究』の使い方は面白かったけれど、これは伏線貼りすぎが裏目に出たかもしれない。

 サイドストーリーとしては、ホーソーンの正体に迫る流れもある。シリーズ全十作を予定しており、徐々にその正体を明らかにするらしいが、まあ、どちらかというと本を売るための施策という匂いが強くて、個人的にはそれほど惹かれるものはない。
 また、これに少し関連するが、キャラクター性を際立たせようとするせいか、ホロヴィッツ自身を間抜けな役割に当てているのがちょっとやりすぎ。作中のホロヴィッツもぼやいているように、事件のたびにホーソーンや警察に虐げられ、挙句に怪我までしていては、ホーソーンの伝記作家など辞めたくなるわな(苦笑)。
 ユーモア成分はあっていいし、もちろん効果的な場面も多いのだが、事件は決して軽くないのだから、あまり極端な戯画化は避けてほしいものだ。

 ということで少々辛目にはなったが、それでも十分に楽しめるレベルなので念のため。おそらく年末ベストテンにはしっかり入ってくるだろう。ただ、さすがに今年はトップはないかな。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 デビッド・スーシェがポワロを演じたミステリドラマ『名探偵ポワロ』の全話を解説した本が出た。久我真樹の『『名探偵ポワロ』完全ガイド』である。
 ただ、自慢じゃないが、クリスティは原作からして読み残しがまだあるし、ぶっちゃけドラマの『名探偵ポワロ』はケーブルテレビで一、二本見た程度。とてもじゃないが本書について語る資格などあまりないのだけれど(笑)、それでもガイドブックには目がない管理人。とりあえずパラパラと斜め読みしたかぎりでの感想ということでご了承あれ。

 『名探偵ポワロ』完全ガイド

 構成は非常にシンプルで、タイトルどおり『名探偵ポワロ』の全話を解説するというもの。各話放映順に並べ、該当原作/主要登場人物/あらすじ/ガイド(見どころなど)を紹介するという内容である。
 ミステリ的な視点は少なく、どちらかというとドラマとしてのポイント、当時の英国の文化や風俗の解説などがメインという印象で、これは『英国メイドの世界』などの著書があり、英国文化に詳しい著者ならではのアプローチだろう。
 ところが、これがなかなか面白くて、ミステリ的なポイントは原作について調べればいくらでも見つかるだろうから、それよりはドラマならではの気になる情報を解説してくれるというのは、非常にいい着眼点だ。
 これがたとえば現代劇なら少し話は違うけれど、やはり戦前の英国がメインだと、そういう部分への興味は決して低くないはず。別のネタに置き換えるとけっこうわかりやすいのだけれど、これは要するにアニメやファンタジーでいうところの“世界観”のガイドブック、つまり設定資料集的なガイドブックともいえるわけで、繰り返しになるがその着眼点が悪くない。

 もちろんミステリ的アプローチも充実しているに越したことはないが、このサイズでそれを望むのは酷というものだろう。
 サイズ云々でいうと、本書は文字もかなり小さめ。また、図版の類は非常に少なく、この手の本としては決して小さくない弱点なのだが、そういったところを犠牲にしても情報を詰め込むという方針を貫き、その結果、価格も抑えられているのだから、十分に許容範囲だろう。

 まあ、コロンボやホームズはともかく、ポワロとなると若干マニア度が高くなることを見越しての方針なのだろうが、もし売れ行きが好調なようであれば、ぜひ次は判型も大きくしてもらって、先に書いたようなミステリ的考察、また、キャストについての情報なども盛り込んでカラー版で出してくれると嬉しい。
 そのときまでにはこちらも最低、原作を完全読破して、ガイド本片手に『名探偵ポワロ』を全作視聴してみたいものだ。


テーマ:評論集 - ジャンル:本・雑誌


 ヘンリー・ウエイドの『決闘』を読む。先日読んだ『大学生の失踪』と同じく、湘南探偵倶楽部さんから復刻された短編で、こちらは『新青年』1939年の新春増刊号に掲載されたもののようだ。

 決闘

 カウヒースの森で二人の男の遺体が発見された。どちらも夜会服姿、それぞれ右手には拳銃を握り締め、どちらも銃による傷を受けていた。表面的には、拳銃による“決闘”の果てに相討ちしたと思われる状況だったが、地元警察のコックス警視は状況に納得いかないものを感じ、スコットランドヤードに救援を求めるが……。

 というような導入の本作。当時の英国でもやはり“決闘”という手段は時代がかっていたようで、スコットランドヤードから派遣されたジョン・プール警部も現場の状況から、これが偽装であることを見抜く。本作も非常にシンプルな短編ではあるが、先日の『大学生の失踪』に比べれば、遥かにまともなミステリである。
 ただ、偶々なのかもしれないが、両作とも犯人像がなかなか個性的で、とりわけ本作の犯人は強烈だった。作品の性質を考えると、ここまでの個性を持たせる必要があったのかどうか疑問だが、逆にいうと長編やシリーズで活躍させてもよかったのにと思えるほどだ。

 とはいえこれまで読んだ著者の長編に比べると、『大学生の失踪』、『決闘』ともに出来としてはやや苦しいところ。作風を考えると、あまり短編向きではない作家だったのかもしれない。

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 笑いの価値観というやつは本当に難しくて、たとえばM1グランプリなどの感想をTwitterなどで見ていると、人によって本当にツボがバラバラである。年齢や性別、出身地、育ってきた環境など、さまざまな要素が入り混じっての結果だろうが、日本国内でもこれだから、海外の映画や小説でのギャグが理解できないケースはかなり多い。いや、理解はできているだろう。ただ、文化が異なるので笑いのツボも異なるのである。
 かくいう管理人も日本の漫才や英国のブラックユーモアなんかは割と好きだが、アメリカ流のスラップスティック・コメディはそれほど得意ではない。

 だから都筑道夫がスラップスティック・コメディにチャレンジした『紙の罠』は長らく読んでいなかったのだが、これがちくま文庫から出たときに、近藤&土方シリーズをまとめたものになるというので、とうとう読むことにしたわけである。
 結果、思ったよりは全然楽しく読むことができ、さすが都筑道夫という感じでひと安心だったが、本日の読了本はその『紙の罠』に続くシリーズの第二弾『悪意銀行』。この二冊で一応、近藤&土方シリーズがすべて読めるという形になっている。

 悪意銀行

 こんな話。犯罪の芸術性を高めようと〈悪意銀行〉なるものを設立した土方利夫。その土方に、愛知県の地方都市の市長を暗殺してほしいという依頼が舞い込んだ。それを聞きつけた近藤庸三、土方ばかりに美味い汁を吸わせるつもりはないとばかりに、さっそく現地へ乗り込んでゆくが……。

 『紙の罠』は笑いを前面に押し出していたとはいえ、ミステリや犯罪小説としての結構はキープしていたのに対し、本作は作者自らあとがきで述べているとおり、目的は読者を笑わせることにあるという。しかもアメリカ流スラップスティック・コメディに日本伝統の笑い〈落語〉のテイストをミックスした〈ラクゴティック・スリラー〉だというから、なんだか、この著者の言葉自体がすでにギャグのようだ。
 ただ、実際に読んでみるともストーリーの面白さ、ギャグについても『紙の罠』よりは本作の方が満足度は高かった。『紙の罠』がミステリとしてもそれなりに盛り込んでいたせいか、登場人物やストーリーがゴチャゴチャした印象を受けたのに対し、本作は笑いが中心ということもあって全体がスッキリとしており、安心して笑いの方に流されるのがよい。近藤と土方の関係性も前作より安定しており、よりツーカーな感じで、これもまたよし。

 なお、併録している中編の「ギャング予備校」も悪くない作品で、近藤&土方シリーズ作品が揃うという意味でも『紙の罠』と合わせてファンは必携であろう。ただし、笑いのツボが合わない人はその限りにあらずということで。



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 ヘンリー・ウエイドの『大学生の失踪』を読む。湘南探偵倶楽部さん復刻の短編で、もとは『新青年』1938秋の増刊号に掲載されたもの。嬉しいことにシリーズ探偵のジョン・プール警部ものだ。

 大学生の失踪

 オックスフォード大学で一人の大学生が失踪し、捜査を命じられたロンドン警視庁のジョン・ブールはさっそく大学へ向かう。失踪に関係するようなトラブルなどは一切ないようだったが、唯一、学生の部屋に借金の事実を示す手紙の切れ端が見つかった……。

 ヘンリー・ウエイドといえば英国のクラシックミステリを代表する一人。これまで邦訳された長篇は『議会に死体』『塩沢地の霧』など、どれも満足のいく作品ばかりだったけれど、そういえば意外に短編の紹介は少ないようだ。今回、湘南探偵倶楽部さんが復刻したものには、もう一冊ヘンリー・ウエイドの「決闘」があって、そういう意味ではなかなか貴重である。

 ただ、久々にヘンリー・ウエイドの短篇を読んだけれど、本作についてはちょっとトホホな感じ(苦笑)。導入は悪くないのだけれど、犯人のトリックがアレなもので、どちらかというとバカミスの一歩手前ぐらいの感じである。
 表面的には本格っぽい作りではあるけれど、犯人像や犯行手段ががかなり特異なので(具体的に書くとすぐにネタバレになってしまうので、あやふやな書き方しかできないが)、むしろ“奇妙な味”として読む方がいいのかもしれない。まあ、ウエイドがこんな作品を書いていたのだというネタにはなるか(笑)。

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 ジョルジュ・シムノンの『マンハッタンの哀愁』を読む。ノンシリーズの非ミステリ作品で、シムノン自身の体験をもとにした自伝的恋愛小説。

 主人公はフランソワ・コンブという四十八歳になるフランスの俳優。妻もまた俳優だが、彼女は若い劇団員と浮気をして、コンブは別れ話を持ち出されてしまう。仕事で一緒になることを嫌ったコンブは、傷心のままニューヨークへ渡り、心機一転アメリカで仕事を続けようとする。しかし、思ったほどには仕事が取れず、今ではニューヨークで孤独のまま安アパートで暮らしている。
 そんなコンブがあるとき深夜の安食堂で一人の女性、ケイと出会う。帰るところもないケイと何となくホテルで関係を持ったコンブだが、孤独が二人を結びつけ、すぐに愛し合うようになるのだが……。

 マンハッタンの哀愁

 本作に描かれているのは、挫折を味わい、孤独を舐めている一組の男女による行きずりの恋だ。しかし、そんな恋にも、いや、そんな恋だからこそ胸を打つ感情の流れや縺れがある。崇高な恋愛にはない、疑惑や嫉妬、欲望がふんだんに入り混じる恋である。

 主人公コンブはかつては華やかな世界の住人だったが、今では落ちぶれて見る影もない。フランスに戻ればいくらでも仕事はあるというが、実際にそれを行動に移すことができず、いつの間にか低いところに流され、孤独を甘受してしまっている。今となってはその方が楽で、むしろ現状を変えたくないと思っている節もあり、そこにコンブの弱さがある。
 だからこそ、たまたま手に入れてしまった行きずりの恋をかえって失いたくないのだろう。傷を分かち合える相手・ケイに、心の安寧を期待するコンブ。そのためケイに対して逆にさまざまな疑惑や嫉妬を抱えることになる。それでもよしとする気持ちもありながら、自分を制御することができない。
 勝手といえば勝手な男なのだが、とはいえ、これはコンブがとりたてて特別なわけではない。人生において、現状に甘んじたいとかあきらめるとかという境地はむしろ普通であり、しかも意外に居心地がいい。そのくせいったん手に入れたものに対しての執着は凄まじい。
 人間なんて本来そういうものだろう。シムノンはニューヨークの孤独な二人による恋愛を題材に、そんなやるせない生き方を見せてくれる。
 ただ、努力や工夫次第で人は変わることもできる。それもまた人間の一面であり、素晴らしいところでもある。シムノン にしては珍しく少々甘ったるいラストだが、本作にはそんな希望の光が残されていて少し嬉しくなる。
 傑作とまではいかないが、ニューヨークの描写も含め、決して悪くない一冊だ。


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 そこそこの読書家であれば、新刊が出たら内容に関係なくとりあえず押さえるご贔屓の作家がいると思う。これがもう少し進むと、お気に入りのシリーズや叢書、全集などに手を出すようになる。内容や作家に関係なく、そのシリーズなり叢書の新刊はすべて買ってしまうわjけだ。通し番号なんかが入っていた日にはもう目も当てられない。抜けた数字が気持ち悪いってんで、もう買わずにはいられない。誠に因果な趣味ではある。
 ただ、読書家と一括りにするのは、まともな読書家には少々迷惑な話だろう。おそらくだけど、こういうのはミステリやSF、幻想小説のファンだけなような気がする(笑)。

 本日の読了本は、そんな出たらとりあえず買う叢書「ヒラヤマ探偵文庫」さんの一冊。長田幹彦の『九番館』である。まずはストーリー。

 時は大正。外国人が暮らす居留地の一角に「九番館」と呼ばれる洋館があった。元は教会だったが、牧師が亡くなった後は跡を継ぐ者もなく、今では廃墟同然となっていた。しかし、そこにある日、原島貞一郎という医師が、かつ子という助手を従えて移り住む。彼らは信仰に篤く、医療に従事しながら、孤児を引き取ってその世話もするという献身ぶりで、近所でも評判となってゆく。
 そんな九番館のある港町の一方に小高い丘があり、中川という貿易商が暮らしていた。中川は娘の松枝子を最近、欧州から帰ってきたという桐原子爵に嫁がせたいと考えていたが、ある夜のこと、松枝子の部屋へ謎の黒覆面の男が現れ、金銭を所定の場所へ届けるよう命令するのだった……。

 九番館

 長田幹彦は大正から昭和にかけて活躍した大衆文学作家である。名前こそ知っていたが、これまで読んだこともない作家で、解説によるとなかなかの流行作家だったようだ。学生時代から放蕩三昧でその経験が生きたか、男女の機微を描いて人気を集め、一時期は谷崎潤一郎と並び称されるほどだったという。大正中期から後期にかけては社会小説へと移行し、社会の秩序とその外にいる人々を描いていこうとする。

 本作はそんな時期において描かれた作品で、博文館の『家庭雑誌』に連載されたものだ。社会小説を意識しているのは、当時の最底辺の人々の暮らし、それをサポートする社会構造の脆弱さなどを取り上げることを見ても明らか。基本構造がそもそもルパンをモデルにしたような義賊ものなので、読者の興味を引っ張りつつ、そうした問題を取り上げるには格好の素材だったのだろう。
 今読んでもそれなりに引き込まれるのはさすがで、もちろんネタはすぐに想像できるものだが、刑事と義賊の知恵比べやカーチェイスに至るまで、この手の作品に必要な要素をほぼほぼ取り込んでいることにも感心する。

 探偵小説が好きでも、単に自分の好みだけで読んでいてはなかなかこの辺りまで押さえるのは難しい。こういう作品に出会えるのも、シリーズや叢書を決め打ちしていればこそだろう。
 逆にニッチな分野で頑張る版元さんは、単発ではなくシリーズ化でチャレンジしていただければ、こちらも応援しやすいといえる。まあ、リスクもでかいだろうけれど(苦笑)。

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 エルザ・マルボの『念入りに殺された男』を読む。ストーリーが面白そうなフランスミステリというので気になっていた作品である。まずはストーリー。

 フランスはナント近郊の村で、教師の夫、二人の娘と暮らすアレックス。かつては小説家を志したこともある文学好きな彼女だが、いまはごく少人数を相手にするペンションを経営していた。そこへある日、小説家のシャルル・ベリエが客として訪れる。
 家族はベリエとすぐに打ち解けたが、あるときアレックスはベリエにレイプされそうになり、抵抗した勢いで彼を石で殺害してしまう。家族との幸せな生活を守るため、アレックスは決意した。ベリエの死を隠し、彼が他の誰かに殺されたように見せかけるのだ。アレックスは身分を偽ってパリへ向かい、偽装工作に挑戦する……。

 念入りに殺された男

 フランスミステリといえば英米とは一味違う独自のテイストでよく知られている。お国柄もあるのか人間や社会の暗黒面を掘り下げていくものが好まれ、特にサスペンスや犯罪小説に傑作が多い。ただ、近年は以前に比べると随分英米のミステリとの違いがなくなってきたように感じていたのだが、本作は久しぶりにフランスミステリらしいフランスミステリであった。

 注目すべきはやはりそのストーリーだろう。基本的には倒叙ミステリなのだが、いわゆる本格ミステリとしてアプローチする倒叙とは趣が異なる。例えば刑事コロンボに代表されるような本格系の倒叙では、探偵側がいかに犯行を見破るか、いかにして犯人を追い詰めるかというところに興味の中心が置かれている。もちろんその場合の手段はあくまでロジックが重視される。
 一方、本作は徹頭徹尾、アレックス=主人公たる犯罪者から見たストーリーになっている。興味の中心はあくまで完全犯罪を成し遂げる過程におけるスリルやサスペンスにあるのだ。しかも本作の場合、アリバイ工作とか証拠隠滅というようなものではなく、自ら犯した犯罪の身代わりとなる犯人を見つけなければならない。サスペンス重視の倒叙、身代わりの犯人を見つけ出すというストーリーはそこまで珍しくないし、必ずしも身代わりを見つけることに固執する必要もないはずだが、主人公がなぜこういう方法を選んだか、どうやってそれを成功させようとするのか、そういった興味が謎解きに通じる面白さはある。
 ちなみにこの手のストーリーの代表といえるのが、パトリシア・ハイスミスの傑作、『リプリー』(というより旧題『太陽がいっぱい』の方が遥かに馴染み深い)だろう。別人になりすまし、犯罪を成功させるという試行錯誤がスリリングに描かれていた。

 さて、ストーリーは特徴的だけれども、それだけではフランスミステリらしいとはいえない。ここにもう一つ重要な要素、犯罪者の心理描写をしっかり盛り込む必要もある。基本となるのは犯罪へ至る心の流れなのだが、それに誤った倫理観だったり、犯罪がバレることへの不安や恐れだったりが加味され、物語に大きな味わいを提供するわけである。
 本作を際立たせているのはまさにその点だ。主人公アレックスは文学を志したこともある女性だが、その感受性の強さからか、文学に打ち込むあまり心身のバランスを崩し、今でもその影響が残っている。アカの他人と話すことすら避ける彼女が、むしろ積極的に関わっていかなければならない展開に、アレックスならずとも息が詰まりそうになるだろう。
 しかし、それを彼女は克服してゆく。アレックスは他人に対応するため、いつしか自分の中にいくつもの人格を生み出すのだ。しかもそれによって秘められた才能を開花させてゆく。ここが本作最大のポイントだろう。彼女の覚醒する過程がストーリーと見事に絡み、活かされ、グイグイ引き込まれてゆくのである。覚醒の中心にあるのが〈文学〉であり、それが彼女の武器となるのも愉しいところだ。

 と、ここで終わっておけば傑作といってもよいのだが、実はけっこう残念なところもある。基本的には、パリで別人として新たな生活を始めるという主人公の行動が、そこまで上手くいくのかということ。
 なかでも最大のネックは、一人で長期間パリに滞在するというのに(しかも理由を言わずに)、夫や娘についての言及がほとんどないことだ。一応、夫はアレックスを探しにくるのだけれど、難なくアレックスにうっちゃられる始末でなんとも悲しいかぎり。こういうのをあまり気にしないのも、フランスミステリらしいといえばらしいのだが。

 ということで欠点も小さくはないが、基本的にはアイデアのインパクトと描写の巧さが上回る。フランスミステリのサスペンスの伝統を新しい器に入れたということで、オススメとしておきたい。



テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 O・A・クラインの『湖怪』を読む。湘南探偵倶楽部さんが例によって短編一話を小冊子として復刻したもの。クラインは本来SF作家だが、ミステリもいくつか書いていたようで、以前に湘南探偵倶楽部から復刻された『雪の悪戯』は雰囲気もよく、どんでん返しの効いた佳作だった。
 そんなわけで本作もミステリかと思っていたら、あに図らんやこれが本職のSF作品。『新青年』1931年6月号に掲載されたものだが、『新青年』がこんな作品も載せていたことにもちょっと驚いた。

 湖怪

 行方不明になったオレラナ博士を探すため、中米ニカラグアの奥地へ向かったマブレイ教授一行。その途中に立ち寄った火口湖で、水中から出現した巨大な何本もの触手に襲撃される。かろうじて難を逃れた一行に、今度は原住民が立ち塞がる。
 ネタバレというほどでもないのでさらに続きを書いてしまうと、予想どおりオレラナ博士は原住民たちに囚われていたのだが、その理由が実は……という一席。

 ううむ、これはきつい(苦笑)。
 それほど期待していたわけではないけれど、〈怪物の襲撃→原住民の脅迫→手打ち→博士の救出→怪物の正体〉という内容がほんの数ページで語られるので、ほとんど粗筋を読んでいる感じでなんとも残念な出来。怪物は放りっぱなしだし、原住民の行動原理もいまひとつ理解しにくい。
 まあ、想像するに、本作は相当な抄訳なのだろう。完訳してもそこまで面白さがアップするとは思えないが、一応、原作がどうだったかは気になるところだ。

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 ミニオン・G・エバハートの『嵐の館』を読む。管理人の苦手なHIBK派(Had I but Known=もし知ってさえいたら派)のロマンティック・サスペンス。あまりにベタな邦題も気になってしまい、読む前からいやなイメージしかなかったのだけれど、読んでみるとこれが意外に楽しめたので驚いた。
 ちなみに過去にアップしたエバハート作品の感想(『死を呼ぶスカーフ』『スーザン・デアの事件簿』)を見てみたのだが、どちらの記事でも「HIBK派は苦手だが、これは予想以上に面白かった」というような感想を書いている(笑)。
 本作でもまたまた同様の感想になったわけで、我ながらエバハート作品をそれなりに楽しんでいるようだ(苦笑)。結局、HIBK派云々というより、作家の技量次第になるのかもしれない。

 まずはストーリー。カリブ海の孤島にやってきた若い娘ノーニ。島で大農園を経営するロイヤルとの結婚式を目前に控えていたが、なぜか彼女の気持ちは晴れなかった。折しも島には嵐が迫っていたが、それだけではない得体の知れない不安を抱えていたのである。
 そんなとき、ロイヤルの友人でもある青年ジムが島を出ようとする。叔母のハーマイニーに農園を任せてもらえない不満からであったが、別れの場でジムはノーニに愛を告白し、ノーニもまたジムを愛していたことに気づくのだった。
 単身、ロイヤルに真実を伝えようとするノーニ。しかし、その日の夜、ノーニはハーマイニーの死体を発見し、そこにはなぜかジムの姿が……。

 嵐の館

 先に書いたように、中身は純粋なHIBK派。本来なら個人的には苦手なはずなのだが、エバハート作品の場合、なぜ楽しめるのかというと、要は作りが全体的に丁寧なところだろう。
 サスペンス部分はいうまでもなく達者なものだ。読んでいる間は登場人物の誤った行動にイライラする場面も多いが、これも裏返せば作者の技術。理不尽だったり見当違いの言動であればミステリというより小説としてダメなんだが、そういう類ではなく、不自然にならない範囲、あくまで理屈としては通っており、まあ許容範囲。とはいえ個人的にこういう盛り上げ方は好みではないのだが、サスペンスのツボはしっかり押さえている。
 また、本格ミステリほどではないが、少なくとも表面的にはそれに近いテイスト(伏線や謎解き)も盛り込まれているし、個性的な登場人物たちによるゴツゴツした人間関係の妙もある。ロマンス部分はちょっと無理がある感じもするが、ミステリ部分と密接に絡んでくるので、ここも許そう(上から目線ですまん)。
 まあ、それらの要素が比較的、安定した水準でキープされているから、それなりに楽しめるのだろう。突出したところはないけれども、全体的にそつがないという感じである。
 難をいえば、カリブの孤島というエキゾチックな雰囲気、題名そのままに“嵐の館”というクローズドサークル的な設定は、もう少し効果的に使ってほしかったところだ。残念ながらそういう意味での緊張感にはやや欠けていたように感じた。

 あとは好みの範疇に入るとは思うが、全体的に描写が古いというか、時代がかった大げさな感じがするのは、この時代このジャンルである以上致し方ないところか。個人的には古い映画を観ているような気にもなり、これぐらいの話には逆にマッチしている感じもあって、むしろ好ましかった。
 描写といえば、本作は女性陣の描き方が巧くて、まずはヒロインのノーニ。最近のミステリのヒロインたちとは異なり、自ら事件に飛び込むようなことはしない。基本的にはほぼ受け身で、現代であればいろいろとお叱りを受けそうな性格の、典型的なHIBK派のヒロインである。
 このヒロインにやけに突っかかってくるロイヤルの幼なじみリディア、攻撃的な性格の女性農園主ハーマイニー、ロイヤルを支配したがる姉のオーリーリアなど、誰をとっても炎上必至、個性的すぎるキャラクターばかり。これがヒロインを際立たせるための常套手段であるのは容易に想像できるが、これぐらい振り切る方が当時の読者を掴みやすかったのではなかろうか。「おしん」みたいなものか。
 
 ということでHIBK派を見直すにはなかなか有効な一冊。ランキングに入るといったタイプの作品ではないけれども、ミステリの良さにもいろいろな種類があるということを再確認できた気がする。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 湘南探偵倶楽部さんが復刻しているミステリもいろいろある中で、内容はそれほど大したことがないのに(笑)ついついクセになってしまうのが楠田匡介のジュヴナイル。中編クラスの作品が小冊子という感じで二つほど復刻されたと思ったら、ついには『少年少女探偵冒険小説選』というジュヴナイル短編集に発展してしまう。しかもこれが好評なようで、二ヶ月ほど前にはとうとう第三集まで出てしまった。
 本日の読了本は、その楠田匡介のジュヴナイル第三集にあたる『少年少女探偵冒険小説選 III』である。

 少年少女探偵冒険小説選III

「姫鏡台の謎」

良夫君の事件簿 III
「第一話 旅客機内の怪事件」
「第二話 霜の夜」
「第三話 薄い水」
「第四話 目撃者」
 
犯人当て推理掌編集
「恐ろしきジャンプ台」
「ひなまつりの夜」
「消えた仏像」
「源太島の殺人事件」
「花まつりの午後」

推理小説集
「第一話 屍体の顔」
「第二話 一千万円の未亡人」

 収録作は以上。「姫鏡台の謎」以外の作品には「良夫君の事件簿 III」といった感じで章題がつけられているが、基本的なテイストに大きな違いはなく、おそらく発表媒体でまとめたものだろう。どれも昭和三十年から四十年ごろの「中学一年コース」とか「高一時代」等、当時の学年誌に連載されたもので、これも当時の流行かと思うが推理クイズ形式にしているものが多い。
 質的にもこれまでの作品集と大きな違いはない。ただ、表題作扱いの「姫鏡台の謎」もごく短い作品で、それが少し物足りない。もちろん、そこまでミステリとして純粋に期待するようなシリーズではないのだけれど、一応これまで復刻された作品でも中編レベルはそれなりのインパクトもあったので、そこがちょっと残念といえば残念なところか。
 楠田ジュヴナイルではおなじみの名探偵・小松良夫君は相変わらず大活躍で、姉の良子、父親の良三博士、田名見警部、大坂弁護士といったレギュラー・準レギュラーも入れ替わりで顔を出すなど、連載ものはこういう登場人物の活躍も楽しみのひとつといえるだろう。

 なお、目次に記載されている「和製ルパン」と「世にも不思議な物語」は本編には収録されておらず、これは編者のミスによるものか。

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 フィン・ベルの『死んだレモン』を読む。主人公が著者と同じ名前、ニュージーランドが舞台、主人公が車椅子などなど、興味を引かれる要素も多く、インターネット上でも概ね好評価だったので手に取った次第。

 まずはストーリー。
 フィン・ベルは文字どおり崖っぷちにあった。かろうじて車椅子と足が石に挟まってはいるが、体は宙づりで、崖下に墜落するのは時間の問題だった……。
 かつては会社を経営し、順風満帆に思えたベル。だがアルコールに溺れて妻と離婚し、飲酒運転から自動車事故を起こし、下半身付随になってしまう。そんなベルが何ともなくニュージーランド最南端の地リヴァトンを訪れ、コテージに移り住んだのが五ヶ月前のことだった。そんな彼を支えようとする街の人たちに、少しずつ心変わりするベルだったが、近隣に住むゾイル一家の三兄弟にだけは違和感を覚えていた。
 かつてコテージで起こった悲劇にゾイル三兄弟が関わっていたらしいことを知り、ベルは調査を始めるが、その矢先、何物かに命を狙われ始める……。

 死んだレモン

 まずは楽しめる作品にはなっている。心も体も傷ついた男が〈再生〉する物語といえばありきたりだが、そういった作品はハードボイルドやサスペンス、冒険小説によく見られるテーマ。しかし、本作はけっこう本格要素も強くて、再生のドラマと謎解きの興味を両立させている。
 ニュージーランドの田舎町の描写、先住民との交流、マーダーボール(車椅子ラグビー)という味つけも盛り込んで、幅広い読者を獲得する条件が揃っている。要は著者がやりたかったことをとにかく詰め込んだという感じだ。

 ただし、これがデビュー作ということもあるだろうし、もとが自費出版ということも影響しているのか、全体的に完成度が低くて、気になるところも少なくない。
 ひとつは、冒頭からクライマックスをもってきて、それと過去のパートを交互に見せる構成。
 先日読んだ『国語教師』もそうだが、この手の構成を使うのはいいとしても、本作ではそれほど効果があるとは思えない。最初に読者の気持ちを掴みたいという考えなのだろうが、全体として最大の見せ場を細切れにする形になってしまい、盛り上がりという意味では逆効果ではないか。
 また、主人公が意識を失って、そのまま章を終わらせるパターンも多すぎ。「さあ主人公の運命やいかに」とやりたいのだろうが、連続テレビドラマならまだしも、すぐに次の章で気がつくわけだし、それは結局、主人公が他者によって助けられるという流れにしかならず、ご都合主義が強くなる。
 劇的な演出にしなければという意識が強すぎるのか、どこかで見たようなネタを盛り込んで、とにかくストーリーを盛り上げたいのだろうが、その処理の仕方がまだこなれていない。

 こなれていないという点では、伏線の張り方もそれほど上手ではない。ミステリとしてはまずまず意外な真相であり、どんでん返しも用意してくれているのだが、ラストに至るまでにはけっこう違和感を感じる描写やエピソードがあって、先を読まれやすい。
 ネタバレ必至の致命的なエピソードもひとつあって、そういうところをいかに自然に読ませるかが大事だと思うが、著者はそういう部分への気配りがまだ弱い。

 主人公の心理描写も気になった。
 主人公は絶望の淵に立たされ、死に場所を求めてこの地にやってきた。本作は、そんな男が現地の人々との触れあい、そして事件を体験することで立ち直っていく物語でもある。だから過去や将来について悶々とするのはもちろんいいのだが、これが何とも浅く感じる。
 いや、書き込み自体は多いのである。セラピストとの禅問答のような会話や一人語りもけっこうな分量で、これは元法心理学の専門家たる著者の腕の見せどころなのだろうが、それがうまく伝わってこない。ぶっちゃけ主人公がそこまで深刻に悩んでいないように見えるのだ。死を意識しているはずの主人公なのに、意外に普通に前向きというか、簡単に周囲の人々の生活に溶け込んでいる感じが気になってしまう。
 重い話なのであえて軽やかに描写しているという見方もできるが……おそらくこれは筆力、描写力の問題だろう。三人称であればこの辺りはごまかすこともできるのだが、下手に一人称でやったものだから、弱点がモロに出た感じである。

 悪くないといいながら文句ばかりになってしまったが、アイデアやプロットはいいし、冒頭に書いたようにまずまず面白くは読めるのは確か。続編もあるらしいが、著者が今後、主人公の内面を掘り下げていくのか、単なるエンタメにしてしまうのか、シリーズの行方は気になるところなので、続編が邦訳されれば、とりあえずもう一冊は付き合ってみよう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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