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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 11 2020

森咲郭公鳥、森脇晃、kashiba@猟奇の鉄人『Murder, She Drew Vol.2 Notes of the Curious, by the Curious, for the Curious』(饒舌な中年たち)

 森咲郭公鳥、森脇晃、kashiba@猟奇の鉄人の三氏によるミステリ同人誌『Murder, She Drew Vol.2 Notes of the Curious, by the Curious, for the Curious』を読む。
 この御三方は昨年、エドマンド・クリスピンのガイドブック『Murder, She Drew Vol.1 Beware of Fen』をもってミステリ系同人に名乗りをあげたのだが、やはりマニア度が違うというか遊び方に年季が入っているというか、しかも三人という数的有利もあって、出来上がった本はレベルも高く非常に楽しい一冊だった。
 その御三方の最新刊、〈Murder, She Drew〉の第二弾となるのが『Murder, She Drew Vol.2 Notes of the Curious, by the Curious, for the Curious』である。
 取り上げる作家は、なんとジョン・ディクスン・カー。しかも歴史ものにテーマを絞ったガイドブックである。

 Murder, She Drew Vol 2 Notes of the Curious, by the Curious, for the Curious

 構成自体は前作を踏襲しており、地図や見取り図、著者三氏による鼎談というスタイルは変わらない。しかし単純に扱う冊数が多いうえ、森脇晃、kashiba@猟奇の鉄人の両氏とも最も敬愛する作家がカーということもあって、前作以上に力が入っている。
 ボリュームは二倍近い284頁、おまけに地図×2枚やポストカードがつき、別料金ではあるが小冊子やTシャツまで揃っている。これはかなりの作業量であり、本業のかたわらということを考えると相当にヘビーな感じだが、これも三人体制という強みだろう。
 だいたいが同人活動というものは一人で黙々とこなすことが多く孤独な作業である(その積もったものがコミケや文フリというハレの場で爆発するわけだけど)。しかし、複数の共同作業なら士気も上がるし、責任感みたいなものも出てくるので、これは意外におすすめのやり方ではないか。今後、参戦を考えている人は一考の価値があるかもしれない。ただ、よほど気心の知れたメンバーでないと、逆にトラブルの元にもなるのでその辺はくれぐれもご注意を。

 肝心の中身だが、やはり得意分野だけあって、より面白さもアップした感じである。
 例えば本書で紹介するカーの歴史ものは全部で十五冊あるのだが、この並びも初心者や再読者が楽しめる順番ということに配慮して決めたらしい、
 で、トップバッターが『ロンドン橋が落ちる』なのだけれど、これを最初にした理由が、カーの歴史もので一番つまらないから(笑)。SRの会というミステリマニアの老舗ファンクラブがあり、その例会で最下位をとってしまったらしい。だから、まず最初にこれを読んでおけば、以後、どの歴史ものを読んでも面白く感じるはずだということのようだ(笑)。
 とまあ、全編こんな具合で、マニアならではの情報&ギャグが楽しいし、役にも立つ。商業誌ではいろいろな制限や忖度もあって書きにくいことが、同人では遠慮なく書けるところも強みだろう。

 もう一ついいところを書いておくと、これも前作よりパワーアップしたイラストの数々。著者のうち森咲郭公鳥の担当のようだが、作品ごとの地図と犯行現場、その他の参考イラストは、冗談抜きで今後のカーを研究する人には役に立つのではないだろうか。
 最近はあまり流行らなくなったのかもしれないが、昔の本格ミステリにはよく犯行現場の見取り図がついていた。あれでも十分にワクワクしたし、何よりけっこう読書の助けにもなるのである。ただ、今時では見取り図だけだと若干味気ない感じもするので、できれば多少は精度が落ちてもイラスト形式で地図や館の見取り図を載せたほうがいいなあと個人的に思う次第。これは本格ミステリのみならず希望するところだ。
 まあ、それはともかくとして、かように本書の地図と犯行現場のイラストは素晴らしい。また、そういう大きなイラストだけではなく、いわゆる捨てカットについても悪くない。コミックの同人誌ならいざ知らず、文学系の同人誌でここまでふんだんに捨てカットを使うという贅沢は普通許されない(笑)。これも身内にイラストレーターがいる強みであり、できれば御三方にはこの体制を崩さず続けてもらいたいものだ。

 ということでさすがの一冊。管理人もカーについては、それこそ歴史ものを中心に十数冊未読があるので、背中をいいタイミングで押してもらった感じである。感謝。

岩田準一『彼の偶像 岩田準一作品集』(盛林堂ミステリアス文庫)

 岩田準一の『彼の偶像 岩田準一作品集』を読む。岩田準一は竹久夢二に師事して女性画や少年画を描いた画家だが、風俗や民族の研究においても熱心で、非常に多彩な才能をもった人物だ。
 ことに同性愛文化の研究はライフワークといってよいほど没入し、江戸川乱歩と二人で同性愛文献を収集・研究していたことはよく知られている。
 準一と乱歩は鳥羽の時代に知りあった友人同士である。準一の個展を乱歩が訪ねたことがきっかけというが、先の文献収集・研究だけでなく、準一が乱歩作品の挿絵を描いたり、乱歩が準一の本を出版するなど、障害を通じて親しい関係だったようだ。そういった繋がりは、互いの嗜好ばかりでなく、後の作品にも影響を与えたことは想像に難くない。

 『彼の偶像』はそんな岩田準一の初期の小説やエッセイの類をまとめたもの。今では活字の形ではほとんど読むことのできない作品ばかりで、なんと手書きのノート二冊に残されていたものをまとめたらしい。こういうエピソードだけでも本書の価値がわかる。
 また、本編以外に、解説、年譜、作品リストも充実しており、これはかなり貴重な一冊と言えるだろう。

 彼の偶像

「彼の偶像」
「三つの心」
「日記としての手紙」
「美しい部屋(Rの手紙)」
「衛戍病院の夜」
「創作 労働者のスケッチ」
「花屋の客」
「蕪村と潭北」
「匈奴に囚はれた張騫」
「恠談 ソドムの毒杯」
「蒼ざめる部屋」
「梅雨期の鐵工場」
「地上地下」
「京都より」
「小品」

 収録作は以上。
 ううむ、けっこうなインパクトである。薬物にエロ、同性愛にSMなど、扱う素材がどれも強烈。数ページほどの掌篇が多いので物語としてはやや物足りないのだけれど、どの作品も耽美主義に彩られ、岩田準一の芸術にかける思いや熱が行間から溢れ出ている。
 まあ、準一にとってストーリーはさほど大きな問題ではないのだろう。注目すべきはやはり“何をどう描写するか”であり、その描写が画家らしい精緻さに溢れている。男子の風貌や肉体など、そっち系の描写はもちろん、薬に惑わされて夢か現かわからない異常な心理描写など、独特の世界である。

 印象に残った作品としては、やはり表題作「彼の偶像」は外せない。短い作品ばかりの中にあって唯一の長めの短編ということもあるのだが、ボリュームだけでなく、準一の嗜好・奇想が十分に盛り込まれていて読み応えがある。ストーリー構成などはとても成功しているとは言い難いのだけれど、前半の外国人女性のゲーム、後半の少年愛趣味など、書かれているエピソードはどれも特殊な嗜好に満ち溢れ、その奥にある芸術性を準一は求めていたようだ。
 ほかでは、ここまでやるかというぐらい変態性が暴走する「美しい部屋(Rの手紙)」、肉体労働者の描写にスポットを当てた、その筋の人にはたまらないであろうと思われる「創作 労働者のスケッチ」も地味ながら強烈である。その魅力を全面的に理解できたとは言わないが、乱歩に通じるものは確かに感じるし、全体の雰囲気は決して嫌いではない。
 ちなみに今回の収録作は、当時、地方紙に掲載されたものらしいが、よくこの内容で当時の新聞に掲載できたものだ(苦笑)。おおらかな時代だったのだろうな。

イーアン・ペアーズ『指差す標識の事例(下)』(創元推理文庫)

 イーアン・ペアーズの『指差す標識の事例』下巻をようやく読了。上下巻合わせると十日間ぐらいかかってしまった。上下巻合わせて千ページ以上というボリュームのせいはもちろんだが、ところどころで前を読み返したり、英国史について調べたりしながら読んだこともあって、まあ疲れた(苦笑)。
 これでつまらない作品だったら本当にガックリくるところだが、まあ、期待どおりの面白さはあってひと安心である。

 指差す標識の事例(下)

 時は十七世紀。クロムウェルが清教徒革命を成し遂げたものの、民衆の支持を得ることができず、結局はチャールズ二世による王政復古が果たされた英国。しかし、内情は王政復古を喜ぶもの、依然としてクロムウェルの考えかたを支持するものが入り混じり、混沌とした状態であった。そんな英国のオックスフォードで大学教師の殺人事件が起こる……。

 本作は十七世紀の英国を舞台にした歴史ミステリである。ある事件を四人の語り手がそれぞれの立場から語るという四部構成。ちなみにその四人のパートを、四人の訳者が分担するというスタイルも話題になった一作。
 第一の語り手は、ヴェネツィアからオックスフォードにやってきた医者の卵、マルコ・ダ・コーラが務める。オックスフォードでさまざまな学者と知り合うが、雑役婦のサラと病気で苦しむその母親が気にかかり、無償で治療にあたる。だが、教師の殺人事事件でサラが逮捕され……という展開。
 続く語り手は、王党派で裏切り者の烙印を押された父親の汚名を晴らすべく活動する青年ジャック・プレスコット。第三の語り手はオックスフォード大学で幾何学を教え、暗号にも詳しいジョンウォリス、そしてラストの語り手は……。

 とにもかくにも、この構成がすべてだろう。ミステリで「手記」といえば、“信頼できない語り手”だとか“叙述トリック”だとかがすぐに頭に浮かぶが、本作も例外ではない。
 それぞれの立場によって価値観も利害関係も異なり、その手記は自己防衛の観点で書かれた可能性も極めて高い。実際、コーラが述べた事実が、以後のパートでは異なるニュアンスで語られたり、否定されたりする。挙句にはそもそもコーラ自身が何者で何の目的でやってきたのかという推論までが披露される。事実錯誤のテクニックが――それは語り手が意図している場合もあるし、無意識の場合もあるのだが――ふんだんに盛り込まれて、結局、各語り手の“騙り”から事実がどう転がっていくのか、そこが読みどころだ。そして最大の興味は「そもそも一体、何が起こっていたのか」という点にある。

 考えると、歴史上の真実とは大体がそういうものであって、立場が異なれば歴史の見方もまったく異なる。ほんの数十年前の日本の状況ですら隣国とゴタゴタ揉めているぐらいだから、ましてや何百年も前の歴史など、さまざまな解釈があって当然。とはいえ、だからこそ歴史学の必要があるのだし、歴史は面白いのだ。
 また、手記を通して描かれる、宗教や哲学、科学など、さまざまな学問に対する当時ならではのアプローチも興味深いところだ。ただ、それを楽しむには読み手の知識教養が求められるのも事実。ボリュームも相当にあるので、どうせ読むなら、そこそこの知識を仕入れてからの方がおすすめである。
 管理人も恥ずかしながらそこまで英国史に詳しいわけではないので、清教徒革命やら王政復古やらちょいと勉強し直したほどだ。面倒だけれどもその価値はある。

 ということで文句なしの傑作ではあるのだが、本作はそういう歴史テーマありきとしての小説であることは頭に入れておきたい。つまり純粋なミステリとしての楽しみを求めると、ちょっと違うかなという感じはあるのだ。
 最後にちょっとケチをつけるようであれだが(苦笑)、正直、歴史部分のネタに比べると殺人事件の真相は驚くようなものではないし、帯に書かれている「『薔薇の名前』×アガサ・クリスティ」というのも大袈裟すぎる。
 歴史ミステリと紹介したが、個人的には歴史エンターテインメントの傑作としておきたい。


イーアン・ペアーズ『指差す標識の事例(上)』(創元推理文庫)

 今年の翻訳ミステリで最も注目され、年末のランキング企画でもおそらくはトップを争うのではないかと思われる『指差す標識の事例』をとりあえず上巻まで読む。

 指差す標識の事例(上)

 「『薔薇の名前』とアガサ・クリスティの名作の融合」という出版社の煽りも凄いけれど、清教徒革命後の英国を舞台にした歴史ミステリ、1000ページを優に超えるボリューム、四人の語り手による四部構成、加えてそれを四人の著名翻訳家がそれぞれ担当するという座組みなど、話題性は確かに十分だ。
 とりあえず上巻までで二人の語り手が登場するが、国籍も宗教観も違うので、同じ状況でももちろん価値観も物の見方も変わる。ただ、ここまで話題になっている作品だから、そんな当たり前の仕掛けのはずもなかろう(笑)。ハードルをぐっと上げつつ、このまま下巻に突入する。


森英俊・野村宏平/編著『本の探偵2 戦後探偵小説資料集I 飛鳥高/大河内常平/楠田匡介/栗田信』(盛林堂ミステリアス文庫)

 先日、盛林堂さんでいくつか購入した同人系の本のなかから、本日は森英俊・野村宏平の両氏による『本の探偵2 戦後探偵小説資料集Ⅰ 飛鳥高/大河内常平/楠田匡介/栗田信』を読んでみた。といっても題名にあるとおり資料集なので、とりあえず気になったところをパラパラと斜め読みした感じである。
ちなみにもう六年も前のことになるのだが、同じ盛林堂ミステリアス文庫から『本の探偵1 偕成社ジュニア探偵小説資料集』というのが出て、本書はそのシリーズの第二弾となる。

 本の探偵2戦後探偵小説資料集I

 内容はいたってシンプル。戦後の探偵作家のなかでとりわけレアなところを見繕って、その作家の書誌データと内容、書影をできるかぎり載せた本である。取りあげられた作家は、飛鳥高/大河内常平/楠田匡介/栗田信の四名で、探偵小説マニアの琴線に響くところを見事にチョイスしてくる。
 近年、多くの戦前戦後の探偵小説が復刊されたり、新たに作品集が編まれたりしたおかげで、さすがに初見の作家はいないけれども、復刊されたとはいっても、それは全体からするとほんの一部。本書に紹介された本をみると、初めて見る小説がごろごろしている。この時代の読み物は貸本だけでしか出版されなかったものも多いし、とにかく入手難度の高さは尋常ではないので、そういう意味では研究者にとっても非常に有益な一冊だろう(これらの作家の研究者がどれだけいるのかという話もあるが)。
 もちろん管理人のようなファンにとっては単に目の毒でしかないのだが、とりあえず老後のコレクションのための手引きとして大事にとっておきたい(笑)。

R・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集I 歌う骨』(国書刊行会)

 一日一篇ぐらいにペースでボチボチ読んできたR・オースティン・フリーマンの『ソーンダイク博士短篇全集I 歌う骨』を読み終えた。
 もう最初に書いておくが、これは面白い。ホームズのライヴァルと呼ばれる名探偵は決して少なくないが、やはりその筆頭はソーンダイク博士ものに尽きるだろう。
 ここ二十年ほどでソーンダイク博士の物語はかなり紹介が進み、ずいぶん再評価もされてきたように思うが、こうして短篇を発表された順番にまとめて読むと、また印象が新たになる。

 ソーンダイク博士短篇全集I歌う骨

John Thorndyke's Cases『ジョン・ソーンダイクの事件記録』
The Man with the Nailed Shoes「鋲底靴の男」
The Stranger's Latchkey「よそ者の鍵」
The Anthropologist at Large「博識な人類学者」
The Blue Sequin「青いスパンコール」
The Moabite Cipher「モアブ語の暗号」
The Mandarin's Pearl「清の高官の真珠」
The Aluminium Daggar「アルミニウムの短剣」
A Message from the Deep Sea「深海からのメッセージ」

The Singing Bone『歌う骨』
The Case of Oscar Brodski「オスカー・ブロドスキー事件」
A Case of Premeditation「練り上げた事前計画」
The Echo of a Mutiny「船上犯罪の因果」
A Wastrel's Romance「ろくでなしのロマンス」
The Old Lag「前科者」

 収録作は以上。ソーンダイク博士ものの中短篇は四十二作あり、それらを三分冊で編集したものが『ソーンダイク博士短篇全集』であり、本書はその第一巻となる。元々のソーンダイクものを含む短篇集は六冊あり、本書では第一短篇集の『ジョン・ソーンダイクの事件記録』、第二短篇集の『歌う骨』の二冊を丸々収録しているということで、今後もおそらく二冊ずつまとめる形がベースになるのだろう。
 作りとしては初出誌のイラストを可能な限り収録し、単行本と雑誌版の差も説明するという徹底ぶりで解説も充実。まさに「決定版」の名に恥じない一冊である。

 しかし、あらためて思うことだが、長篇にしろ短篇集にしろ、やはり刊行順なり発表順に読むというのはけっこう大切なことだ。作風の変化や作者の技術的な成長、意識の変化など、当たり前だが一番しっかりと理解できる。海外作家の場合、売れる売れないの理由があって代表作から発売されることも多いし、必ずしも発表順に読めるとはかぎらない。そもそも一作家の全作が翻訳されること自体が珍しいので、百年前に書かれたミステリのシリーズの全短篇が、令和のいま、順番に読めるようになるというのは画期的なことだろう(これは作品社から出た「思考機械」や「隅の老人」シリーズも同様)。

 もちろん画期的とはいえ、それも作品の面白さや価値があってこそ。R・オースティン・フリーマンのソーンダイク博士シリーズはいま読んでも十分に面白いのである。
 その魅力のひとつは、いうまでもなく科学的捜査を推理のベースとして導入したことだ。ひと頃はかえってそれが経年劣化を招くと誤解され、紹介が遅れる一因になったと思われる節もあるのだが、これがそもそもの間違い。確かにそういう一面もあるのは否定できないし、実際にそういう作品もあるだろう。
 だが、そういう欠点を含みつつも、科学的な捜査を基盤にすることで、ミステリにおける論理展開の重要性をより明確に打ち出した功績は大きい。これはソーンダイク博士もののもう一つの魅力である“ロジック重視”にも通じるもので、物事が論理的に解明されることの気持ちよさ、恐怖を論理が鎮めるというミステリの本質にもつながるものだ。
 第一短篇集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』分に収録された作品は、そういう著者の意識がはっきり出た作品ばかりで、この点で他の同時代のミステリとは一線を画しているのがよくわかる。あらためて読むと思った以上に出来のムラが少ないのも感心する。
 科学捜査の手段が古くなるのは仕方ない。ただし、古いなりにも科学的捜査によって手がかりが見つかり、論理的に謎が解き明かされていくのであれば、ミステリの本質的な楽しみとしてはいささかの不足もないのではないか。

 ホームズの対抗馬として登場したソーンダイク博士は、科学的捜査をフィーチャーしたことで頭ひとつ抜けだしたが、もうひとつ大きなポイントがある。それがご存知、倒叙ミステリの発明である。
 推理する過程、捜査する過程の面白さをさらに押し進めた結果として生まれたような技法だが、第二短篇集『歌う骨』でそれが一気に花開く。犯人や犯行方法は最初からわかってしまうけれども、探偵がどうやって犯行の綻びに気づくか、どうやって切り崩していくのか、新たなサプライズや知的興味を生んだことは特筆に値するし、さらに犯人と探偵の対決という構図で演出できることなど、従来の本格ミステリとは異なる面白さを生み出した点も実に素晴らしい。
 こうしてみるとフリーマンはコナン・ドイルに負けないぐらい、ミステリというジャンルに貢献しており、その点はもっと評価されていいはずだ。

 ということで大満足の一冊。海外クラシックミステリのファンが必携なのは当然としても、この魅力や面白さがホームズ並とはいわないけれど、もう少し一般のミステリファンにも広がればいいのだが。


kazuou『夢と眠りの物語ブックガイド』

 『夢と眠りの物語ブックガイド』を読む。題名どおり夢や眠りをテーマとした物語を紹介したブックガイドである。
 著者は『奇妙な世界の片隅で』という幻想小説系の読書ブログを運営しているkazuou氏。著名なブログだからご存知の方も多いと思うが、当サイトも絶賛相互リンク中である。

 夢と眠りの物語ブックガイド

 以前、『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』の記事をアップしたときにも少し触れたのだけれど、そのkazuou氏は「怪奇幻想読書倶楽部」というオフ会も主催しており(今はコロナで休止中のようだが)、実は管理人もスタート早々の頃に何度かおじゃましたことがある。そこで驚いたのがkazuou氏の準備である。ご自身が主催者だから、資料もある程度は用意しなければという使命感やサービス精神もあるのだろうが、毎回毎回きっちりしたレジュメを作ってくるのには感心した。
 たとえば今回のテーマは●●だとすると、その●●関連書リストを数ページにわたって作ってくる。そのときに思ったのは、サービス精神もさることながら、こういうリストを作ったりするのが根っから好きなんだろうなぁということ。
 まあ、読書好きは結構こういう人が多いような気がする。とりわけミステリやSF、幻想小説系の方々には。
 実は管理人自身も統計を取ったり、作家の著書リストを作ったりするのが好きで、データベースソフトでまとめた資料をiPhoneに入れて持ち歩き、古書を買うときなどにチェックしたりする。海外ミステリを中心にした著書データは8万件ほど入力済みで、たいがいの海外ミステリ作家の著作リストは、いつでもその場で見られるようになっているのがちょっと自慢だ(笑)。

 それはともかく、そういうタイプの人が作ったブックガイドだから、もちろん期待を裏切らない。夢テーマに興味があるというだけでなく幻想小説好きの読書家は、とりあえず買っておいて損はない。奇をてらわない非常にシンプルな作りだが、小説のみならずマンガや映像などもフォローしているし、すべての作品にコメントがついている。パラパラと好きなところを開いて読むだけでも大変楽しい。
 しいていえば小説、マンガ、映像の区別なく掲載されているので、せめて目次でジャンルがわかるとよかったかも。
 ともあれkazuou氏の人柄も感じられるような一冊。今後も続々と企画を練っているようなので、がんばっていただきたいものである。

泡坂妻夫『生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術』(新潮文庫)

 泡坂妻夫の『生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術』を読む。ヨーガと奇術の達人ヨギ ガンジーのシリーズ三作目、というよりは「消える短編小説」を実現した異色の作品といった方が通りはいいだろう。

 まあ、皆さまご存知とは思うが念のため仕掛けを説明しておくと、本書は袋とじのまま出版された本である。十六ページごとに袋とじになっており、そのまま読むと「消える短編小説」。しかし、読み終えた後に袋とじをすべて切り開くと、長編小説『生者と死者』となるのである。
 まあ、当たり前のことだが、先に袋とじを開くと短編は読めなくなるのでご注意を。事前に付箋でもつけておけば大丈夫だが、それも忘れたという人は、16-17ページ→32-33ページ……というように十六ページごとの見開きで読めば、一応読むことはできる。管理人はそういうのが面倒だったので、読み終えた後に短編用としてもう一冊買ってしまったけれど。

 生者と死者

 ガンジー一行は、ある弁当会社の社長から相談を受ける。社長によると、記憶喪失ながら超能力を持った女性がおり、その女性を雇ってほしいという依頼を受けたという。しかし、話そのものが胡散臭いので、ガンジーたちに超能力実験の立ち会いをしてほしいのだという…‥。

 以上は長編の方の導入だ。これまでのガンジーもの同様、ベースにあるのは超能力の真偽であり、そこに犯罪が絡んでくる。一方、短編はガンジーこそ登場しないものの、やはり超能力がネタになっている。
 誰もが読む前に想像するのは、長編は短編をボリュームアップさせたものだろうということだが、奇術師でもある著者がそんなことで満足するはずがない。驚くべきことにストーリーは全然別物であり、登場人物も同一ではなく(短編での名字が長編では名前になったり、性別も変えたり等々)、アナグラムですら別の解釈で見せる。いや、実にお見事。

 ただ、さすがにこの仕掛けのハードルは泡坂妻夫をもってしても少々高すぎたか、作品自体にいつもの面白さはない。超能力絡みのトリックもさすがにネタ切れっぽいし、長編についてはメイントリックもいまひとつ。また、短編はさらに完成度が低く、やはり短編と長編を両立させるだけで目一杯というところか。
 チャレンジ精神には文句なく拍手を送りたいれど、仕掛けはともかく全体としては『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』の出来には一歩及ばず、といったところか。


周浩暉『死亡通知書 暗黒者』(ハヤカワミステリ)

 華文ミステリはまだそれほど読んでいるわけではないのだが、一応これまで読んできた陳浩基や陸秋槎から受ける印象では、本格をベースにしつつも警察小説やノワール、歴史など、他ジャンルを融合させ、実に豊穣な物語を作り上げているイメージがある。しかも加味されている要素が単なる謎解きの味付けに終わらず、警察小説や歴史小説としても成立するレベル。まあ、それだけの作品だから邦訳もされるのだろうが、少なくともトップレベルの華文ミステリは、欧米ミステリのトップレベルと比べてもまったく遜色がない。
 そこで本日の読了本、周浩暉の『死亡通知書 暗黒者』。
 これはもう真っ向勝負のエンタメ系警察小説。副次的な要素は一切含めず、シンプルに犯人と個性派揃いの警察チームの対決を、ノンストップで描いたミステリである。

 2002年10月の中国、省都のA市。一人のベテラン刑事、鄭郝明(ジョン・ハオミン)が命を落とす。犯人は復讐の女神〈エウメニデス〉を名乗る人物。彼はインターネット上でかつて悪事を犯した人物を募り、その人物を処刑していく。鄭はその事件を密かに追っていたのだ。
 しかし、その事件すらエウメニデスの計画の一部であった。省都警察は専従班を組織し、韓灝(ハン・ハオ)をリーダーとしてチームを率いるが、その中にかつてエウメニデスと関わりのあった羅飛(ルオ・フェイ)がいた……。

 死亡通知書 暗黒者

 ああ、確かにこれは面白いわ。粗いところも多いけれど、とにかくエンターテインメントに徹している潔さがある。ネット上での評判も宜なるかな。

 何が凄いって、やはりストーリーの面白さだろう。正義の名の下に予告殺人を行うエウメニデスだが、その手口は残虐で恐ろしいまでに緻密。だが警察の専従班も負けてはいない。特殊部隊やコンピュータの天才、犯罪心理の専門家など、各部門のエキスパートを揃え、それぞれの専門知識を生かして犯行を阻止しようとする。エウメニデスはいかにして警察の包囲網をかいくぐり、予告殺人を実行するのか。この知恵比べがとにかく魅力的だ。
 この本筋だけでも普通に面白いけれど、著者は事件の発端を過去のある事件に求めることで、重層的な仕掛けを企てている。一匹狼的な刑事、羅飛(ルオ・フェイ)がまさにその中心にいて、彼が一応は主人公格ではあるが他のメンバーもそれぞれに入念な設定がなされ、それぞれの関係がまたドラマを生む。しかも警察内部のドラマにとどまらず、それがまた本筋の事件とも密接に関係するので引き込まれないわけがない。最初の犯行あたりからは怒涛の展開で、まさにプロットの勝利といえるだろう。

 とはいえ欠点も少なくない。エウメニデスの読みどおりに進んでいきすぎるのでは、というご都合主義。あるいは専従班のメンバーのキャラクターがかなりステレオタイプといったあたりは、欧米のエンタメ作品同様の弱点といえるだろう。何よりイラッときたのは、本作が三部作の一作目という事実である(笑)。
 しかしながら、そういう欠点を認めつつも、トータルで十分に楽しめることは間違いないし、傑作といってよい。警察小説は多いけれども、こういうエンタメに徹したタイプは最近少ないので、おそらく年末ベストテンでも上位に入ってくるだろう。

 ともあれ、本作が中国で生まれたことに恐れ入る。かつて共産圏や社会主義国家ではミステリは発達しないと言われていたが、時代は変わったのだな。まあ、かつての欧米や日本が通ってきた道を、今、中国が通過しているからこそ生まれた作品、と言えなくもないが。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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