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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 01 2021

今野真二『日本語 ことばあそびの歴史』(河出文庫)

 読書好きにもいろいろいて、小説好きとか、ノンフィクションしか読まない人とか、あるいは管理人のようにミステリ中心という人種など千差万別。しかし、比較的どんな本好きにも好まれそうな本というのがあって、それが日本語や言葉、文字についての本ではないだろうかと勝手に思っている。
 やはり本好きであれば、本を構成する最大の要素である文字について興味がない人などいないはず。さらにいえば自分の趣味を高めるための一般教養というか理論武装というか、そんな読書人特有の見栄も見え隠れしつつ、ついつい読んでしまうのではないかと見ているわけだ。

日本語ことばあそびの歴史

 本日の読了本は、そんな日本語関係からの一冊、今野真二の『日本語 ことばあそびの歴史』である。日本語における「ことばあそび」の歴史を紐解いて、「ことばあそび」の楽しさを体感しつつ、同時にその仕組みを理解するというのがその内容。
 しかし、簡単に「ことばあそび」とはいっても、本書が対象にしているのは『万葉集』の昔から幕末・明治の頃までの「ことばあそび」である。掛詞やなぞなぞ、折句、判じ絵など、当時の人には普通でも、現代の人間にはけっこうハードルが高く、それなりの知識・教養がないとちょっと難しい一冊でもある。

 そんな中でミステリ好きが注目したいのは、「暗号」にも通じるものだろう。単純なところでいうと、いわゆるタテ読みみたいなものがあったり、謎かけを組み込んだものであったりするのが面白い。著者は「ことばあそび」が自動車の「ハンドルのあそび」みたいなもので、こういう「あそび」が日本語を豊かにするといい、それには思わず納得。ミステリなんて存在そのものが文学における「あそび」みたいなものだからなぁ(笑)。

 ということで基本的には楽しくてタメになる一冊だったものの、何十句もある和歌などの説明を、文章で一気に説明したりする箇所がいくつかあって、それには閉口した。表組などを使って、もう少し読みやすくする工夫はあってもよかっただろう。


連城三紀彦『敗北への凱旋』(ハルキ文庫)

 連城三紀彦の『敗北への凱旋』を読む。なんでも来月、創元推理文庫で本作が復刊されるということで、手持ちのものを掘り出してみた次第。作品自体初期の代表作といわれているので、いいきっかけを作ってもらった感じである。

 こんな話。戦後まもない頃のクリスマスイブ。痴情のもつれか、安宿で隻腕の男が女に射殺されるという事件が起こる。容疑社は中国人女性の玲蘭。彼女は男の情婦をも殺し、自分も海へ身を投げてしまう……。
 それから二十年以上が過ぎた。作家の柚木桂作は、優れた才能をもちながら戦争に身を投じ、最後は不遇の死を遂げたピアニスト・寺田武史をモデルに小説に描こうとするが……。

 敗北への凱旋

 抒情性とトリッキーさが融合した、いかにも連城三紀彦らしい一作。
 基本的には、戦後に殺された寺田武史という人物の生涯を、当時の関係者からの聞き取りや残された遺品などをもとに解明するという展開であり、しかも、謎の中心となるのは寺田が残したと思われる暗号である。ストーリーとしてはかなり地味な部類に入るだろう。
 しかし、冒頭の太平洋戦争の終戦日の情景——真紅の夾竹桃が雨のように降って来るというシーン、さらにはそこから数年後の売春地区で起こったある殺人事件という流れはかなり印象的で、上に挙げた謎への興味を十分に持続させてくれるのが、連城三紀彦ならではの語りの巧さだ。
 そして物語で提示される情報の数々が、一体何を意味していたのか、どんでん返しも含めて明らかになるラストにはかなり驚かされる。それはトリック云々もあるけれど、どちらかといえば事件の背後にあった様々な背景、なぜこのような事件が起こったのかという事情によるもので、それが本作の読後感をより深いものにしている。
 大作という感じではないが、著者の特長が存分に発揮された佳品といえるだろう。

 惜しいのは、本作の大きなアイデアの一つが、過去に前例のあることだろう。有名なネタなのでトリックにこだわるような読者はどうしても「二番煎じ」であることが気になるだろう。とはいえ本作の設定やそれまでの流れで一気に持っていっているところもあり、個人的には残念というほどではなく、むしろ普通に驚かされたし、楽しめた。
 あと、本作の欠点としてよく言われることだが、暗号の難易度の高さがある。こちらは確かに素人にはまず解読不可能なレベルで、管理人もそこは諦めて斜め読みで済ませてしまった(苦笑)。

 ちなみに創元推理文庫で復刊される予定の本作だが、管理人の読んだ本も以前にハルキ文庫から復刊されたもので、他にも講談社ノベルス版、講談社文庫版などで刊行されている。
 良作だからこんなに復刊されるのだろうし、それはいいことなのだが、これは裏を返せば出すたびにすぐ品切れや絶版になるということだから、気持ちとしては複雑だよなぁ。


ポール・アルテ『粘土の顔の男』(行舟文化)

 ポール・アルテの『殺人七不思議』に付いてきた短篇一話収録の小冊子『粘土の顔の男』を読む。
 長編ばかりが紹介されているアルテだが、もちろんそれが悪いわけではないけれど、アルテの本領はむしろワンアイデアをサクッと活かす短篇にこそあるのではないかと思っている。そういう意味で行舟文化のアルテ新刊についてくる付録の短篇は、いつも楽しみなのだ。いずれ一冊にまとめてくれるとありがたい。

 粘土の顔の男

 さて、本作は例によってオカルト趣味全開&密室ものの一作。メインのネタがどこかで読んだようなものなので、これまでの特典よりはやや落ちるかなという印象だが、トータルではまずまず面白く読めた。
 しかし本編だけでも十分いけるのに、わざわざ事件の持ち込み方にワトスン役を絡めたり、解決にタイムリミットを設けたりするのがアルテらしいといえばアルテらしい。サービス精神といえば聞こえはいいが、必要以上にゴテゴテさせてしまうのはアルテの悪い癖だよなぁ。
 なお、“粘土の顔の男”の正体は、昨今の風潮を考えると、やや際どい感じ。特典冊子だからまだいいけれど、売り物だとどうだろう。自分が編集だったら、例えばこれを雑誌に掲載するのはちょっと躊躇いそうだ。

北川清、徳山加陽、帝国書院編集部『地図で読む松本清張』(帝国書院)

 これだけインターネットで情報が入手できる時代になると、大抵の新刊は事前に発売予定が掴めてしまう。それでもたまに見逃す新刊があったりして、後から何かの拍子に書店やネットで発見し、こんな本が出ていたのかとびっくりすることがある。とりわけ書店での出会いは楽しいものだけれど、本日の読了本『地図で読む松本清張』もそんな一冊。

 地図で読む松本清張

 簡単にいうと、清張作品をその作品の舞台となる地図とともに紹介したガイドブックである。
 松本清張の作品はトラベルミステリの元祖といってもよく、旅情溢れる作品が少なくない。そこに目をつけるとはさすが地図の版元、帝国書院。自社の地図や写真をふんだんに用いて、清張の代表的な作品にアプローチする。
 扱われている作品は『ゼロの焦点』『砂の器』『点と線』『火と汐』『時間の習俗』『或る「小倉日記」伝』『波の塔』『球形の荒野』『Dの複合』『眼の壁』『天城越え』の十一作。
 これに加えて、清張作品の舞台となった昭和三十年代の中学校地図帳(しかも事件の舞台には作品名も付く)、鉄道系のコラム、詳細な索引などもあり、この手のガイドブックとしては非常に充実した内容といえるだろう。

 版元の強みが最大限に活かされているのはもちろんだが、作りがとにかく丁寧なのがよい。
 例えば、ただ舞台の地図を掲載するのではなく、引き出しで地図上にもコメントを付けるなど仕事が細かい。こういうのは管理人も編集者時代によくやっていたが、裏を取ったり確認したりするのが大変面倒なのだ。それをほぼ全編にわたってこなすなど、これだけでも信頼できる感じである。
 その結果、作品理解の助けにもなるし、旅のガイドブックという使い方もできる一冊となり、個人的にはかなり好印象。ミステリのガイドブックにもいろいろあるが、またひとつ面白そうなタイプが出てきたなという感じだ。
 清張の第二弾、あるいは他の作家でもいいから、ぜひシリーズ化してほしいものだが、できればその際は紙をもう少し薄くするなどし、開きやすい本にしてくれればなおよしである。


ポール・アルテ『殺人七不思議』(行舟文化)

 ポール・アルテの『殺人七不思議』を読む。版元を行舟文化に移しての三冊目で、美術評論家のオーウェン・バーンズ・シリーズの一冊である。
 ちなみに過去、行舟文化から出たアルテのオーウェン・バーンズものは、一冊目がシリーズ四作目の『あやかしの裏通り』で2005年の作、二冊目『金時計』はシリーズ七作目で2019年の作、そして三冊目の本作はシリーズ二作目で1997年の作となっている。
 見事なまでにランダムだが、これは何か理由があるのだろうか。こういう場合、普通はファンを獲得できるよう面白いものから出していることが多いのだけれど、ここまでランダムなのも逆に珍しい。アルテを復活させてくれたのはありがたいが、欲を言えば発表順で全作を読みたいものである。

 それはともかく。まずは本作のストーリーから紹介してみよう。
 世間を騒がせる不可能犯罪が立て続けに発生した。ひとつは誰もが侵入した形跡のない灯台で、灯台守の男が焼死した事件。もうひとつは友人たちとアーチェリーの練習中に、誰もいないはずの草地で矢を撃たれて死んだ男の事件である。どちらの事件にも犯行を予告する油絵が警察へ届いていたため、二つの事件の犯人は同一人物だと思われた。
 やがて三つ目の事件が発生するに及び、ロンドン警視庁のウェデキンド警部がオーウェン・バーンズに助力を申し出る。バーンズはこれらの殺人が、美を追求する者の仕業ではないかと考えるが、そこへ一連の事件の犯人を知っているという男が現れた……。

 殺人七不思議

 『金時計』が相当ぶっ飛んだ一作だったけれど、本作『殺人七不思議』もかなりの異色作。そもそもタイトルからしてけっこう地雷臭を感じさせるだけに、読む前はちょっと警戒していたのだ。しかし、いざ読み始めると不可能犯罪のオンパレードであり、“殺人七不思議”という胡散臭いフレーズも、文字どおり“世界七不思議”をなぞったものであることがわかり、これはアルテ先生大きく出たぞと嬉しくなり、一気に引き込まれる。
 ところがそれも束の間。世間を驚愕させるほどの予告殺人+見立て殺人+不可能犯罪+連続殺人というスペシャルな事件なのに、物語の広がりがまったくなく、ある一家の恋愛にまつわるトラブルに収束してゆく。加えて七つの不可能犯罪の謎解きもまるで推理クイズのように片付けられ、しかもそのトリックも無理やりだったり、イージーすぎる始末。とにかく拍子抜けの感が強い。

 ラストの犯人像や事件全体の構図についても、狙い自体は実はかなり面白いと思うのだが。もったいないことに著者はこれらに対しても深堀りするわけではない。
 とにかくすべてをさらっと流し過ぎなのだろう。さまざまな要素があり、多くの可能性を秘めているはずの作品なのに、どの要素にも注力がされておらず、終わってみればなんだか梗概を読まされている感じの一冊だった。次作での挽回に期待したい。


陳浩基『網内人』(文藝春秋)

 陳浩基の『網内人』を読む。著者は2014年の『13・67』で大ブレイクを果たし、これがあまりにも素晴らしい小説だったので、どうしても期待が高くなってしまうけれど、まずはその期待を裏切らない出来であった。

 まずはストーリー。
 図書館に勤めるアイは、相次ぐ不幸によって家族や財産のほとんどを失い、今は中学生の妹シウマンとの二人暮らしである。シウマンの健やかな成長こそがアイの願いであったが、シウマンは電車での痴漢事件をきっかけにインターネットでの炎上に晒され、悩んだ末に自殺してしまう。
 アイはシウマンの自殺が信じられなかったが、警察はこれ以上動く様子もない。シウマンの仇を取りたいアイは莫探偵事務所に調査を依頼するが、インターネット上の調査には限界があり、手がかりが途絶えてしまう。落ち込むアイに、莫探偵は、この手の調査を得意とする凄腕のプロフェッショナルがいると教えてくれる。その男の名は「アニエ」といった……。

 網内人

 まだ記憶に新しいところだが、昨年、恋愛リアリティー番組に出演していた女性が自殺するという事件があった。テレビの責任はもちろんだが、それと同じくらい、いやそれ以上にインターネットにおけるSNSのあり方や倫理観も大きく問われる事件でもあった。
 本作は2017年の刊行だが、扱うテーマはまさにそれを連想させるものであり、インターネットの闇や負の面を実に考えさせる一作となっている。探偵役のアニエもまたハッキングを駆使して真相を突き止めていくのだが、それもまたIT技術が現代最強のアイテムであることを表すと同時に、恐ろしい武器になりうることも示している。素人には難しい説明も少なくないが、本作ではそういったインターネットのシステムを徹底的に解説し、ディテールをパーフェクトにすることで、より説得力を持たせているのだ。
 とはいえ本当に怖いのはインターネットのシステムなどではない。事件の根底にあるのは人の悪意である。本当に怖いのはネットではなく人の心なのだ。
 テクノロジーをテーマとする小説は、ITだろうがバイオだろうが原子力だろうが、結局は使う側=人間の問題なのである。特に本作では、物語のラストで謎解きならぬ復讐の総仕上げの場面がかなり長めに描かれる。ここでアニエはアイに対し、“復讐の連鎖”、それこそ科学ではなかなか解答の見いだせない命題を突きつける。悩んだ末にヒロイン・アイの出す決断が読みどころといえよう。
 その意味で、本作は表面的には新しく見える小説ではあるものの、その中身は意外にオーソドックスなサスペンスといってよいだろう。

 といっても、それだけではやはり傑作というには難しい。本作は扱う素材やテーマだけではなく、もちろんミステリとして面白いのである。
 まずはアニエという探偵役。ハッキングだけでなく、探偵や詐欺師としてのテクニックも同様にレベルが高く、さらには人を絡めとる交渉術、全体を見渡し、ミッションを構築する戦略にも長けている。この最後の部分はそこらの名探偵にはあまり見られない特徴で、その最たる部分がサイドストーリーに顕著だ。
 本作ではアイとアニエを中心としたメインストーリーとは別に、事件の関係者の一人をピックアップしたサイドストーリーも展開される。そのサイドストーリーがどういうふうにメインストーリーと合流するのか、ある程度の予想はつくものの、著者の仕掛けは読者の一つ上をゆくものである。普通だったら「取ってつけたような」感じもするのだが、単なるどんでん返しに終わらず全体の様相をも反転させるものだから、これには驚いてしまった。

 もう一度書いておくと、本作は意外にオーソドックスなサスペンスといってよい。それを徹底的なこだわり、完成度の高さによって傑作レベルに高めたという印象である。内容やテーマからすると、もう少しボリュームは絞ったほうがよかったが、後味も最初予想していた以上によく、広くおすすめできる一作である。


チャールズ・ディケンズ『ディケンズ短篇集』(岩波文庫)

 長篇では探偵小説趣味の強い作品もあるチャールズ・ディケンズだが、短篇でもそういう作品は少なくない。そもそも岩波文庫から出ている本書などは、ミステリ的要素や超自然的要素を含んだ作品、異常心理を追求した作品を中心に編纂されたということで、前々から気になっていた一冊である。

 ディケンズ短篇集

The Story of the Goblins Who Stole a Sexton「墓掘り男をさらった鬼の話」
The Bagman's Story「旅商人の話」
A Tale about a Queer Client「奇妙な依頼人の話」
A Madman's Manuscript「狂人の手記」
The Baron of Grogzwig「グロッグツヴィッヒの男爵」
A Confession Found in a Prison in the Time of Charles the Second「チャールズ二世の時代に獄中で発見された告白書」
The History of a Self-Tormentor「ある自虐者の物語」
Hunted Down「追いつめられて」
Nurse's Stories「子守り女の話」
No.1 Branch Line: Signal Man「信号手」
George Silverman's Explanation「ジョージ・シルヴァーマンの釈明」

 収録作は以上。
 ディケンズの小説といえば何といっても豊かな人物描写であり、さらにはユーモアとペーソス、ストーリー性などが忘れてはならないポイントだろう。何より作品全体に強いヒューマニズムが流れている。早い話が王道であり、小説という形式が本来持っている魅力をストレートに満喫できる。
 その一方、本書に収録された短篇はちょっとイメージが異なるだろう。先にも書いたとおりミステリ的要素、超自然的要素、異常心理が作品セレクトのキーになっているのだが、その結果として、ダークな雰囲気のものからショートコンみたいな作品まであり、意外にバラエティに富んだ内容である。全体的には幻想短篇集という趣であり、長篇とはまた一味違ったディケンズを堪能することができる。とはいえディケンズをまだ読んだことがないという人にもおすすめできる懐の深さやエンタメ性もあり、とにかく未読の方はぜひどうぞ。

 好みの作品を挙げると、まずは巻頭の「墓掘り男をさらった鬼の話」。「クリスマスキャロル」の裏バージョンみたいな話で、一見、怪談風だが、その社会的メッセージはかなり強い。
 ある男の副集を描く「奇妙な依頼人の手記」。短いながらも主人公の怒りが激しく伝わってきてゾッとする。本来、復讐譚というのはこういうものこそ言うのだろうなぁ。
 妻を殺害するに至った男の狂気の様が描かれる「狂人の手記」も激しい。もちろん共感などはできないけれど、主人公の理屈や心情はある意味理解もできるわけで、それを理解できる自分がまた怖いのである。
 「追いつめられて」は奇妙な味を備えたミステリ。ラストのたたみかけは今時のミステリより強烈である。
 「信号手」は本書中でおそらく最も有名な作品であり、管理人もやはり一番の好み。怪談であり、ミステリでもある逸品。


山村正夫『断頭台/疫病』(竹書房文庫)

 昨年、竹書房文庫で新たにスタートした〈異色短篇傑作シリーズ〉の一冊目、山村正夫の『断頭台/疫病』を読む。
 編者・日下三蔵氏の解説によると、〈異色短篇傑作シリーズ〉は早川書房の〈異色作家短篇集〉の日本版を狙ったとのこと。ミステリ、ホラー、SFといったジャンルでは区分しにくい、まさに異色短篇を集めたシリーズで、すでに戸川昌子や生島治郎の傑作選も刊行済みだ。これらのラインナップを見るかぎり、昭和の作家に照準を当てているようで、これは今後が楽しみである。

 断頭台/疫病

 収録作は以下のとおり。かつてカイガイノベルズから刊行された短編集『断頭台』をベースに、さらにいくつかの作品をプラスした構成である。

I部
「断頭台」
「女雛」
「ノスタルジア」
「短剣」
「天使」
「暗い独房

II部
「獅子」
「暴君ネロ」
「疫病」

 ずいぶん前のことではあるが、山村正夫のミステリは長短篇とも何作か読んだことはある。だが当時はそれほど興味を持てなかった。作品数は多いのだが、単純な話、肝心のミステリの質がそれほどではないのである。日本のミステリ界における功績は知っているし、評論家としての力もある人だが、それが実作と比例するとはかぎらないのはよくある話だ。
 ただ、山村作品を読むなら、普通のミステリよりは怪奇幻想系の方がいいというのも聞いていたし、いずれそちらも試そうとは思っていたこともあって、本書はまさにうってつけの一冊であった。

 で、実際に読んでみると、確かにこれは悪くない。
 異色短篇にもいろいろあるが、本書では西洋の歴史に材をとったり、異常心理を扱ったり、SF的な趣向があったりと、なかなか凝った設定の作品が多い。そういった特殊な世界をまずは丁寧に描きつつ、その奥に潜む“理屈では説明できない心理や現象”を丹念に炙り出していく。
 全体的にはトリッキーな感じはなく、あくまで世界観や雰囲気で勝負している印象である。著者の一般的なミステリを読んだときにはあまり感じられなかったコクや深みが、こと本書の作品に関しては想像以上であり、今更ながら山村正夫を見直した次第である。

 以下、作品ごとの簡単なコメントを。
 表題作の「断頭台」は、芝居で死刑執行人の役を得た役者の物語。ようやく手にした役に主人公はのめり込んでしまい、いつしか現実と虚構の区別が曖昧になり……という一作で、ミステリともSFとも怪奇幻想小説ともいえる。
 演技にのめり込む主人公の描写がキモだろうと思っていると、後半に入って思いがけない展開を見せて驚かされる。ただし、その時点でラストが予想できてしまうのが惜しい。

 「女雛」は同性心中事件の謎を追うミステリ。小さな半農半漁の村で、かつて網本の跡取り息子と旅芝居一座の女形が心中するという事件があった。興味を持った地元新聞社のある記者が取材を始めたが、誰もが曖昧な言葉しか返さない。小さな田舎での同性愛心中事件とあって、それも無理ないことかと思われたが……。
 これは純粋なミステリだが、意外な動機で独特の味わいを持たせている。ただ、跡取り息子の特殊な性癖を読者に納得させるには少々描写不足の感あり。着想はよいが著者自身が健全すぎて、異常性を追及できていない嫌いはある。

 「ノスタルジア」はメキシコのマヤ文明に題材をとった幻想ミステリ。ヒッピー的な生活を送る主人公が、山中深くの別荘へ食料を盗みに入ったが、陳列してあった古代マヤ文明の笛とナイフに心を奪われ……。
 結構やアイデアが「断頭台」と似ており、世界史シリーズとでも言いたくなるような作品群だ。ただ、本作の方が「断頭台」よりは現実と虚構のブレンド具合が激しく、ここまで来ると味わいよりはストーリーの方が強くなってしまい、好みが分かれるところだろう。
 
 「短剣」は恋人と無理心中を図った若者が主人公。母親の仇を討つことだけを目標に生きる若者は、似たような境遇の少女と出会い、恋人同士になる。だが、仇の男が刑務所で死亡したことを知り、二人の間に亀裂が入る……。
 若者がなぜ無理心中を図ったのかという興味で引っ張り、他の作品のような異常心理や幻想的な味つけはほぼない。むしろ若者の屈折した心情をリアルに描いたクライムノベルのようでもあり、ちょっとフランスミステリっぽい味もある。

 「天使」は質量ともに本書中でもかなり読みごたえのある佳作。戦後、黒人米兵と日本人売春婦の間に生まれた混血の孤児を集め、キリスト教系の孤児院を立ち上げた若き女性院長がいた。崇高な理想を掲げ、人生すべてを投げ打って世のために尽くしていた。しかし、ある日のこと、そんな天使のような女性が殺害されてしまう……。
 院長の美しすぎる心が、逆に周囲へのプレッシャーとなり、それが悲劇を招く。純粋なミステリだが、ラストで匂わされる真相はそこらの怪奇小説よりも怖い。ミステリとしてはそこまでロジカルではないし、読後、ブルーになることは必至だが、これは必読レベルといってよいだろう。
 内容が内容だけに、よくこれが復刊できたなぁと、実はそれに一番驚いた。

 「暗い独房」も悪くない。取調室を舞台に、少年が殺人をなぜ犯すに至ったかを追っていく物語。1960年代の作品だが、むしろ今のほうが理解しやすいかもしれない。

 第II部は古代歴史物でまとめられた作品が並ぶが、これがまた粒揃いである。
 「獅子」は古代ローマ帝国を舞台にしたミステリ。「断頭台」や「ノスタルジア」のような幻想的な作品ではなく、舞台設定が古代ローマというだけで、それ以外は実に真っ当な本格ミステリである。もちろん、その特殊な設定は十分に活かされ、古代史ミステリの傑作といってよい。

 「暴君ネロ」は、暴君として知られるローマ皇帝ネロの、キリスト教徒への迫害を描く……と書くと何とも普通の歴史小説にしか思えないが、その手段が……。

 ラストはギリシャ神話に材をとった「疫病」。美と愛の女神アフロディーテから彼女の石像を作るよう命じられた彫刻家が、キューピットの矢に当たってしまい、娼婦に恋をしたところから話がおかしくなり……。

 「獅子」があくまでミステリとしての面白さなのに比べ、 「暴君ネロ」と「疫病」は着想の妙が光る。山村正夫がこういう話も書いていたのかという驚きもあり、完成度なら「獅子」だが、印象に強く残るという意味ではあとの二作がおすすめ。

 ということで惜しい作品もややあるけれども、全体的には満足の一冊。とりあえず山村作品に対する見方をもう少し変える必要があることを気づかせてくれただけでも大収穫であった。


岡田鯱彦『岡田鯱彦探偵小説選I』(論創ミステリ叢書)

 新年一冊目の読了本は、論創ミステリ叢書から『岡田鯱彦探偵小説選I』。
 岡田鯱彦といえば、何といっても有名なのは『薫大将と匂の宮』だろう。これまでにも何度か書籍化されているのはみなさまご存知のとおり。しかし、それ以外の作品はあまり知られておらず、2001年に河出文庫から出た『岡田鯱彦名作選 噴火口上の殺人』でようやく、なんとなくではあるが岡田鯱彦の作風が理解できたように思う。
 本書はそこからさらに十三年を経て、2014年に刊行された岡田鯱彦の傑作選である。

 岡田鯱彦探偵小説選I

『赤い頸巻(マフラー)』

『鯱先生物盗り帳』
 「クレオパトラの眼」
 「不可能犯罪」
 「密室の殺人」
 「光頭連盟」
 「生不動ズボン」
 「羅生門の鬼」
 「雪達磨と殺人」
 「死の脅迫状」
 「犯罪の足跡」
 「獺(かわうそ)の女」

「天の邪鬼」
「地獄の一瞥」
「獺(かわうそ)峠の殺人」

 収録作は以上。中編『赤い頸巻(マフラー)』と連作短篇の『鯱先生物盗り帳』を柱とし、「天の邪鬼」以下の初期短編という構成である。

 
 岡田鯱彦は一応、本格系の作家なのだけれど、犯罪が起こるまでのドラマや人間心理をしっかりと描いているのが特徴だろう。それを支える文章も悪くなく、美文というほどではないが、描写が丹念でしっかりしている。だから本格としての仕掛けなどがいまひとつの作品であっても、小説としてはそれなりに読み応えがあるのが良い。
 本書もそういう意味では悪くない一冊で、ガチの本格を期待すると物足りないだろうが、ストーリーや語り含めて楽しめた。

 『赤い頸巻(マフラー)』は元公爵一家の財産相続に絡む殺人事件を描いている。本格仕立てではあるが、最初から結末や犯人はぼんやりと明らかにされており、なぜこのような悲劇が起こってしまったのかというサスペンスの方が読みどころだろう。サプライズはいまひとつながら、そこに関しても関係者の心理が錯綜して読ませる。
 ただ、ヒロインの元家庭教師で探偵役の男がかなりボンクラというか優柔不断であり、まったく感情移入できるタイプではなく、それだけにヒロインがよけい不憫でならない。この主人公設定だけはもう少しなんとかしてほしかったなぁ。

 『鯱先生物盗り帳』は鯱先生の名で知られる怪盗を主人公にした連作短編。いわば和製ルパンであり、“捕物帳”ならず“物盗り帳”というわけである。
 語り口もほかの作品と比べるとかなり軽妙で、かつ内容もバラエティーに富み、著者もけっこうノリノリな感じで書いていることが想像できて楽しい。
 一作目の「クレオパトラの眼」などは鯱先生初登場作ということもあって、それなりの趣向を凝らし、このシリーズの方向性を宣言しているかのようだ。驚くような作品はないが、ルパン的な楽しさはしっかり味わうことができる。

 初期短編三作もそれなりに楽しめたし、これは続刊の『〜II』も近いうちに読まなければ。


明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。
昨年は「探偵小説三昧」をご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
本年も何卒宜しくお願いいたします。

 さて、今年一発目の更新ではあるが、読みおえた本もないので特に書くこともないのだが、Twitterで「#ことしもよろしくの頭文字でオススメの本のタイトル」というタグが流れてきたので、ちょっと自分でもやってみたのがこちら。

こ 殺し屋/ブロック
と 特別料理/エリン
し 死の扉/ブルース
も 木曜の男/チェスタトン
よ 夜の来訪者/プリーストリー
ろ ロゼアンア/ヴァールー
し 死体置き場で会おう/ロスマク
く クリスマスに少女は還る/オコンネル

 翻訳ミステリ縛りでやってみたが、「も」と「ろ」がそもそも作品数が少なく、ちょっと苦労した。反対に「し」は二つも入っているのにオススメが目白押しなので、まあ、とりあえずといったところ。

 ついでに今年の目標などという大したものではないが、一応、ロスマク読破計画とカー読み残し消化はやっておきたいところである。あと、クリスティ読破計画は今年とりあえずスタートさせてみたい。それと並行して論創海外ミステリと論創ミステリ叢書の遅れの消化、さらにこちらも遅れが出ている各種同人系も何とかリアルタイムで読めればなぁと思う次第。その冊数だけで絶対無理そうなんだが。

 読書以外でいうと、今年はけっこう大きな動きが公私共にある予定なので、それらが読書にもいい影響を与えてくれることを願っている。さっそく今日おみくじを引いたら「吉」だったので、なんだか現状維持的な匂いもするが、すでに心の中ではおみくじを引いていないことになっているので、まあ、なんとかなるでしょ。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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