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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 07 2021

ホレーショ・ウィンズロウ&レスリー・カーク『虚空に消える』(別冊Re-ClaM)

 クラシックミステリの同人誌『Re-ClaM』の別冊、ホレーショ・ウィンズロウ&レスリー・カークの『虚空に消える』を読む。
 本書を読むまで作者も作品もまったく知らなかったが、ミステリ研究家ロバート・エイディーのアンソロジー『これが密室だ!』で、エイディーが選んだ不可能犯罪物ベストファイブの五作目候補として紹介された作品とのこと。
 ううむ、『これが密室だ!』は読んでいるのに全然覚えてなかったぞ(苦笑)。ま、それはともかくとして、そのベストファイブの五作目候補には、他にブランドの『ジェゼベルの死』、スラデックの『見えないグリーン』もあがっているので、普通に考えたらかなり期待できそう。ただ、もともと賛否両論ある作品らしく、キワモノの香りも濃厚そうで、それはそれで期待できそうである。

 虚空に消える

 超自然的な能力を持つと言われていた犯罪者セイラム・スプーク。空中を浮遊し、閃光とともに消失し、密室からも易々と逃げうせる。しかし、そんな怪盗も列車事故で死亡し、埋葬されたはずだった。ところが霊媒師のイカサマを暴く会に参加した一行の席で、かつてセイラムを逮捕した名探偵クロッツ博士への復讐を宣言する……。

 ああ、これは賛否両論あるだろうな。端正な本格ものとは決していえないし、傑作ともいえない。けれど非常に意欲的な作品だし、独特の魅力があることも間違いない。
 要は不可能犯罪もの、密室ものなどというフィルターを通すからいけないのだろう。確かに密室から幽霊まで不可能犯罪の要素をバンバンと繰り出してくるので、これでは謎解きやトリックにばかり目がいくのは当然。それでいて期待したほどのネタではないから、そりゃあ企画倒れみたいに受け止められるのは致し方あるまい。
 しかし、本作の本当の魅力はそこではないのだろう。個人的に面白く感じたのは、ミステリの定石を踏まえたうえで、それを外すプロットやキャラクター造形の捻り方だ。特に多重解決を披露するラストは圧巻。読んでいる間に感じていた、妙な引っ掛かりが氷解するのはなかなかのカタルシスである。ただ、それがトリックやロジックによるものではないのだけれど(苦笑)。
 極端なことを言えば、本作はサスペンスものである。特に乱歩の二十面相の世界観にサイコサスペンスを加えたようなイメージで受け取めると、実はすんなり楽しめるのではないか。個人的には満足である。

連城三紀彦『私という名の変奏曲』(ハルキ文庫)

 連城三紀彦『私という名の変奏曲』を読む。
 世界的ファッションモデルとして活躍する美織レイ子。しかし彼女は十八歳のとき交通事故で顔に大怪我を負い、アメリカでの整形手術によって完璧な美貌を手に入れた過去をもつ。そんな彼女が今もなお憎む七人の男女がたが、その七人もまたレイ子を激しく憎んでいた。
 そしてあるとき。レイ子は七人の誰かによって自分を殺させるという計画を実行に移す……。

 私という名の変奏曲

 これはまた何というか(笑)。連城三紀彦の超絶技巧が炸裂する一作ではあるが、あまりの力技に読後はしばし呆然という感じである。
 導入からかなり引き込まれる。モデルのレイ子がマンションにある人物を招いている。その目的は、なんと訪問者に自分を殺害させるためなのだ。なぜそのような状況が発生しているのか、この時点ではまだ詳細は不明だが、緊迫した雰囲気だけはヒシヒシと伝わってくる。これはもしかしてフランス風の心理サスペンスな感じかと思いきや、章が変わって警察視点や容疑者視点に移ると、その予想はまったく的外れであることがわかる。
 驚くべきことに、レイ子を恨む七人の男女全員が、自分が犯人だと思っているのである。ストーリーはそうした容疑者たちの語りと騙りで展開する。もうあざとさの極致である(苦笑)。

 この大技を許容できるかどうかが本作評価の分かれ目だろう。正直、管理人としては本作はやりすぎの感が強く、著者の他の作品よりは無理があると感じた次第。とにかく凝りすぎるあまり、仕掛け自体に「やられた」という爽快感があまり感じられないのである。
 美しくもあり儚くもあるドラマの豊かさ、文章の美しさ+巧さには相変わらず唸らされるので、もちろん十分に素晴らしい作品ではあるが、今回は少々好みから外れた感じだ。


杉みき子『マンドレークの声 杉みき子のミステリ世界』(亀鳴屋)

 杉みき子の『マンドレークの声 杉みき子のミステリ世界』を読む。著者は児童文学作家だが長年のミステリファンでもある。児童向けの著作のなかにはミステリ的な趣向を凝らしたものも少なくないそうで、そういう作品を集めたものが本書。

 マンドレークの声

「わらぐつのなかの神様」
「春のあしおと」
「青い地図」
「風の橋」
「白い手ぶくろ」
「自由を我等に」
「あしあと」
「かくれんぼ」
「夜の回送バス」
「マンドレークの声」
「静かな町」
「ポケットにバランスを」
「亜愛一郎殺害未遂事件」

 収録作は以上。ただし、ここに挙げたタイトルは創作のみで、ページ数としては半分ほど。では残りは何かというと、【クリスティと遊ぶ】と題した戯文やエッセイの類い、【作家と作品について】と題した作品解説の数々、【投稿から】と題した雑誌への投稿をまとめたものである。

 この創作以外の文章がなかなか熱い。というのもアプローチが作家や評論家のそれではなく、まるでミステリマニアが書いたような内容なのである。というか間違いなくマニアである。
 【クリスティと遊ぶ】では特にそれが顕著で、クリスティ作品を用いたいろはがるたや短歌、マザーグース、架空全集など、いい意味でお馬鹿な遊びを連発。【作家と作品について】はもう少し真面目にやっているが、こちらではM・P・シールなんて名前をさらりと披露したり、あるいはシールも含め「ホームズのライヴァル」あたりの作家の短編をまとめて読みたいと宣う。これらは1973年の文章なので創元推理文庫の「ホームズのライヴァル」もまとまっていない時代のはず。さすがである。
 極め付けは【投稿から】だろう。たいていの雑誌には読者の感想を載せる投稿欄があるけれど、著者はミステリ雑誌の「ミステリ・マガジン」や「幻影城」へ幾度となく投稿しており、その量がまた尋常ではない。しかもこの時期はとっくに児童文学者「杉みきこ」としても名を成しているはずだが、これらの投稿は本名で行われているから恐れ入る。よく、掲載されたバックナンバーを覚えていたなぁと、変なところにも感心してしまった。

 順番が逆になったけれど、創作も悪くない。小学生ぐらいの読者を想定した児童文学なので、教育的・道徳的な要素はもちろん大きいのだけれど、そこにいわゆるミステリ的な手法が効果的に用いられている。その結果、思わずハッとさせられたり、ラストの余韻に浸らされたりと、実に印象的な作品が揃っている。何気なくホラー風味が感じられる作品がいくつか混じっており、これがまたいい。

 個人的には全作品楽しめたが、しいて好みをあげておくと。
 クリスティ@を意識したという「わらぐつのなかの神様」
 少年探偵団の世界観がいきなり爽やかな結末を迎える「青い地図」
 風をモチーフにしたファンタジー「風の橋」
 心温まるけれどもちょっぴり怖さもある「白い手ぶくろ」
 怖さでいえば「夜の回送バス」も悪くないし、こちらの方がわかりやすさでは上か。
 表題作の「マンドレークの声」も文句なし。
 クリスティーのパロディ「ポケットにバランスを」、泡坂妻夫のパロディ「亜愛一郎殺害未遂事件」も本家のファンであることがよく伝わり、ファンなら思わずニヤリとできることだろう。

 ちなみに版元の亀鳴屋は金沢の小さな出版社で、こちらも本好きなら要注目。ミステリファンであれば、先日『ぼくのミステリ・コンパス』が出たばかりなのでご存知の方も多いだろうが、それ以外にもこだわりのセレクトと凝った造本で素敵な本をちょいちょい出してくれる。
 本書が気になった方はぜひこちらのサイトからどうぞ(Amazonでは買えません)。

トマス・スターリング『ドアのない家』(ハヤカワミステリ)

 トマス・スターリングの『一日の悪』が予想以上に面白かったので、もう一冊翻訳されていた『ドアのない家』を読む。著者のデビュー作でもある。

 富豪の娘ハンナ・カーペンターは父の死と婚約者との破談によって、天涯孤独の身となり、世間との繋がりを絶つことにする。ホテルの一室を借りると、生活は遺産とその投資で乗り切り、あとはひたすら部屋に引きこもったのである。
 そして三十四年が経ち、ハンナは外へ出ることを決意する。だが途中でフラフラと入ったバーで知り合ったデイヴィッドという男に妙な話を聞かされる。これから自分の家で軽いパーティーを開くが、その中に自分を殺したがっている人物がいるというのだ。
 デイヴィッドが気になったハンナは、殺人が食い止められるのではないかと考え、自分もパーティーに参加する。しかし飲み慣れないアルコールで彼女は酔い潰れ、目が覚めたときにはデイヴィッドの死体が転がっていた……。

 ドアのない家

 『一日の悪』も変わった作品だったが、本作もそれ以上に妙な印象のサスペンスだ。
 ツッコミどころとまでは言わないが、とにかく引っかかる情報が多すぎるのが難点だろう。スタイルとしては通常の巻き込まれ型サスペンスなのである。ただし、主人公や被害者、容疑者の設定や関係性が歪で、ストーリーも不自然に展開するため、どうにもミステリとしてのポイントが掴みにくい。

 そもそも主人公の設定が極端すぎる。粗筋でも紹介したように、主人公は三十四年ぶりに外出することにした引きこもり女性だ。もうこれだけで小説としては十分なテーマなのだが、その主人公が、よりによって外出したその日に、パーティーの来客に自分を殺そうとする人物がいると話す男と知り合うという、この強引な展開。
 これだけでも十分に引っかかるのだが、ストーリーは事件発生後も紛糾する。パーティーに招かれた五人とデイヴィッドの関係がどれもこれも拗らせすぎで、すべて怪しい奴らばかり。
 挙句にハンナは犯人の顔を見たなどと話したため、後半はホテルに戻った彼女が殺人犯に狙われる展開となる。と同時に警察はパーティーの参加者それぞれを尋問し、ハンナの行方を探そうとする。
 極めつけはラストで、ハンナがパーティーの参加者を全員集めるのだが、この目的がとんでもない。てっきり犯人と対決するのかと思いきや……まあ、これは読んでみてのお楽しみである。

 という具合にとにかくオフビートなサスペンス。惜しむらくは“三十四年の引きこもり”がそこまで事件に活かされていないことだろう。とはいえ登場人物の心理描写(特に主人公)はかなり丁寧で、何だかんだで序盤から一気に引き込まれるのも確か。褒めすぎかもしれないけれど、導入はウールリッチのサスペンスを彷彿とさせるほどだ。
 正直、全体のバランスはかなり悪いのだけれど、それが味でもあり、通常のサスペンスに飽きた人にはぜひおすすめしておきたい。


北上次郎『阿佐田哲也はこう読め!』(田畑書店)

 『色川武大・阿佐田哲也電子全集』(小学館)の完結にともない、田畑書店から発売された二冊の関連本。一冊はすでに読み終えた『色川武大という生き方』、残る一冊が本日の読了本『阿佐田哲也はこう読め!』である。
 『色川武大という生き方』はさまざまな作家、文学者、友人知人などによる色川武大との思い出を語ったもので、どちらかといえば気軽なエッセイ集といった感じであったが、本書は文芸評論家・北上次郎による真っ向勝負の作品論となっている。

 阿佐田哲也はこう読め!

 個人的には色川作品よりも阿佐田作品の方に早くから触れ、その面白さにどっぷりとハマった人間なので、阿佐田哲也に関するまとまった文章を読めたことがまず嬉しい。なんせあれだけ一世を風靡し、色川武大名義を含めて今なお人気も高い作家でありながら(実際、全集も出ているぐらいだし)、不思議なことに雑誌の特集などはともかく、単行本でのガイドブックや評論の類は非常に少ない。それだけでも本書は貴重な一冊と言えるのだが、内容も期待を裏切らない。

 著者がギャンブルにも造詣が深い北上次郎というのがピタリとハマった感じはある。当たり前の話だが、阿佐田哲也のギャンブル小説はギャンブルの面白さや怖さを描きながら、その向こうにギャンブラーたちの生き様を炙り出す。著者はそんなギャンブラーの描写のディテールをピックアップし、その意味するところを解説する。
 特に第一章の「『麻雀放浪記』はこう読め!」は引き込まれる。まあ、阿佐田哲也の面白い小説はいろいろあるが、やはり『麻雀放浪記』四部作は圧倒的。その『麻雀放浪記』を例にしてディテールの面白さを語り、全四部となる同作の意味にまで発展させてゆく。
 たとえば「配牌(ハイパイ)の不自然さから対面(トイメン)の男に注目する」とか「卓を囲む人物を紹介しない」とか、のっけから目鱗の連続で、もちろんそれらの解釈がまたよろしい。
 また、四部作がピカレスクロマンとして位置づけられるのは三番目の「激闘篇」があるからだとか、管理人が読んでいた当時はここまで深く考えていなかったが、言われてみると確かにそのとおりで、久々に背中がゾゾっとする感じを味わった。

 阿佐田哲也を読んだことがないという人は、やはり麻雀に興味がないから、というケースが多い。だが阿佐田哲也の小説、とりわけ『麻雀放浪記』については麻雀を知らずとものめり込めるはず。少なくともノワールやピカレスクロマンに興味がある人は読んで損はない。それでも興味がわかなければ、それこそ本書の第一章でも読めば、思い切り背中を押してもらえることは間違いない。


レオ・ブルース『休日のミッション』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部版のレオ・ブルース短編をもう一冊。ビーフ巡査部長ものの『休日のミッション』である。

 休日のミッション

 ビーフがフランス・ノルマンディーで休暇を過ごしていたときのこと。たまたま旧友のレオタール刑事に出会い、捜査に付き合うことになる。
 なんでもノルマンディーの刑務所に赴任してきたばかりの看守長ポインステウが車で崖から墜落したらしい。ポインステウはフランス中の囚人から最も嫌われている看守で、赴任に伴い、この地に引っ越してきたばかり。特に自殺の原因らしきものはなかったものの、現場の状況は自殺を示していた。
 ただ、ひとつだけ奇妙だったのは、彼が官舎から車で出て行った痕跡がないことであった……。

 昨日読んだ『からし菜のお告げ』とは異なり、こちらはトリックをメインに据えた作品。ボリュームは小さいので、ほぼトリック一発勝負という感じである。悪くはないが、さすがに今読むと古さを感じるのは仕方ないところだろう。

 ところで『からし菜のお告げ』同様、本作も端正な本格作品であり、ビーフもいたってまともな人間に描かれているのが興味深い。長篇のような捻くれ方は微塵もなく、名前を伏せられるとビーフものとはとても思えないほどである。ボリュームゆえにそこまで味付けには拘らなかったのか、短篇と長篇で書き分ける狙いがあったのか、それともたまたまそういう作品だったのか?
 気になるところではあるが、噂になっているレオ・ブルースの全短編集が出れば、この辺も明らかになるはずだ。待ち遠しいかぎりである。

レオ・ブルース『からし菜のお告げ』(湘南探偵倶楽部)

 レオ・ブルースをもういっちょ。といっても本作は短編で、湘南探偵倶楽部さんが新訳したもの。
 ビーフ巡査部長ものの一編で、ビーフが語り手(名前は出てこないが、おそらくタウンゼンド?)に、最初に手がけた大事件を話して聞かせるという設定である。

 からし菜のお告げ

 二十年以上も前のこと、ビーフがロングカテレルという小さな村に巡査として赴任していた頃の話である。ビーフがマスタードやクレソンを栽培するため、庭先を借りていた家の老婦人クラクリスが死亡するという事件が起こった。状況から突発的な心臓発作かと思われたが、遺体に奇妙な点がいくつか見られ……。

 遺体の奇妙な点が何を意味しているのか、医師から説明を聞いたビーフが、あることに気づいて真相を見抜く。長篇ではあれだけクセの強い作品ばかり書いているのに、思いのほかスマートな作品で驚いてしまった。全然、長編と違うじゃん(笑)。

 犯人はほぼ最初から明らかなので、読みどころは殺害方法となるところだが、一番感心するのはトリック云々よりも、ビーフが最初に怪しいと気づいたきっかけだろう。これはコロンボでもよくあるパターンだが、考えると本作も倒叙で全然いけそうな内容であった。三十分ほどのドラマにしたら、かなり楽しめそうだ。

レオ・ブルース『ビーフ巡査部長のための事件』(扶桑社ミステリー)

 今年の二月ごろ、ほぼ予告もなく扶桑社ミステリーから刊行されたレオ・ブルースの『ビーフ巡査部長のための事件』を読む。
 まあ何らかの事情はあったのだろうが、せっかくのレオ・ブルースなので、版元はもう少し前宣伝して盛り上げてほしかったところだ。作品自体はいつも素晴らしいし、評判も悪くないのに、いかんせんセールスにはなかなか結びつかないようで、何とも残念なことである。
 そんなわけで、微力ながら少しでもレオ・ブルース普及の助けになればということで、本日も感想をアップしておこう。

 こんな話。英国はケント州、バーンフォードという小さな村で暮らすショルターという婦人が、私立探偵を営むビーフのもとを訪ねてきた。先ごろ亡くなった兄の死の真相を突き止めてほしいという。ビーフは渋る事件作家のタウンゼンドを誘い、さっそくバーンフォードに向かう。
 その一年前のこと。バーンフォードに移住してきた元時計職人のウェリントン・チックルという男がいた。彼はある目的のもと、その目的とは芸術的な殺人だった。そのための計画をたて、準備を整え、絶好のタイミングがきたように思えたが……。

 ビーフ巡査部長のための事件

 まず結論から書いておくと、いつもどおりのレオ・ブルースというか、安定した捻くれ度合いで非常に楽しめた。

 嬉しいのは、本作のシリーズ探偵がビーフ巡査部長であるということ。歴史教師キャロラス・ディーンものも悪くないけれど、ビーフものはワトスン役のライオネル・タウンゼンドも合わせてキャラクターが個性的で、その掛け合いがまた面白い。
 事件そのものも魅力的だ。レオ・ブルース作品の唯一の弱点は地味なストーリーだと思うが、本作についてはニコラス・ブレイクの傑作『野獣死すべし』よろしく、チックルの手記を冒頭に用意するという構成であり、倒叙的なアプローチをとってくるのが興味深い。

 とはいえ、それらは本作の表面的な見方にすぎない。キャラクターの掛け合いにしてもストーリーにしても、本作(というか本シリーズ)の本当の面白さ、魅力というのは、ミステリの定石を外してみせるところにある。ちょっと大げさにいえばメタ的な要素が常にアイデアのベースにあり、それがミステリファンの心をくすぐるわけである。
 たとえばストーリーについては、「おお、今回は倒叙でくるのか」と思いきや、警察側の容疑者はチックル以外の人物に絞られ、なかなか著者の狙いが読めない。そこで「ラストでは思いもよらない方法でチックルの犯行の穴を突くのだろうか?」と考えるが、「それではあまりにオーソドックスすぎないか」となる。そんなもモヤモヤのままラストへ突入し、まったく異なる角度から真相を見せられて、思わず笑ってしまうわけである。

 惜しむらくは、そういった著者の狙いがそこそこミステリを読んでいる人向けであることだろう。ミステリをまったく読んだことがないという人には、本作の意図が完全に伝わらない可能性はある。真相については、リアルに怒る人がいるかもしれない(笑)。
 著者のメタ的アプローチはミステリの可能性を検証しているともいえるし、パロディの世界で遊んでいるような感じもあるのだ。
 ただ、そういったひねくれた趣向を遠慮なくぶっ込んでくることが、他の作家にはないレオ・ブルース独特の魅力であることは間違いないだろう。

 ううむ、皆、感づいているのだろうが、こういう捻くれた面白さがセールスに結びつきにくいのだろうな(苦笑)。


田中小実昌『幻の女 ミステリ短篇傑作選』(ちくま文庫)

 田中小実昌のミステリ短篇集『幻の女 ミステリ短篇傑作選』を読む。著者の作品は随分前に短編をいくつか読んだぐらいで、あまりよい読者ではないのだけれど、ミステリの翻訳者としてはずいぶんお世話になっている。なんでもポケミスを中心に八十冊ほどの訳書があるそうで、あらためて聞くとちょっと驚きである。

 幻の女

「たたけよさらば」
「幻の女」
「タイムマシンの罰」
「えーおかえりはどちら」
「犯人はいつも被害者だ」
「洋パン・ハニーの最期」
「海は眠らない」
「ベッド・ランプ殺人事件」
「先払いのユーレイ」
「悪夢がおわった」
「氷の時計」
「C面のあるレコード」
「動機は不明」
「11PM殺人事件」
「部分品のユーレイ」

 収録作は以上。ミステリ傑作選と謳ってはいるが純粋な意味でのミステリではなく、ネットで異色作家という紹介も見かけたが、それもまた微妙に違う感じを受ける。
 確かにミステリのスタイルを拝借しているし、エロやナンセンス、恐怖で味つけしているので、一見、トンデモ系異色作品揃いという感じはするのだが、根っこはむしろ昭和の風俗小説ではないか。夜の街で蠢く人々の、哀しくも可笑しい出来事を描いた昭和の風俗小説である。本書には突飛な設定の作品も多いのだけれど、管理人的には物語上で何が起こっているのかという興味より、それによって右往左往する男女の姿に引き込まれた。

 文体、語りの軽さも効果的である。作中でとんでもない事件が起こっていても、ことさらシリアスに描くのではなく、あくまで飄々と描く。その自然な軽さがよい。
 著者は元々インテリながら、若い頃からドロップアウトして米軍基地や水商売、風俗などで働いている。そういった場所で知り合った人々のものの見方や考え方が、おそらく著者にも、そして創作にもストレートに影響しているのではないか。
 ただ、全体的な雰囲気や語り口は管理人のような昭和世代にはかなりツボなのだが、ユルイといえばユルイし、今の若い人にどの程度受け入れられるか、ちょっと気になるところである。


ハンナ・ティンティ『父を撃った12の銃弾』(文藝春秋)

 ハンナ・ティンティの『父を撃った12の銃弾』を読む。どこだったかは忘れたが、「『ザリガニの鳴くところ』に感動した人はぜひ読むべし」みたいなオススメの言葉を目にして、まんまとそれに乗せられてしまったわけである。

 父のサミュエル・ホーリーに連れられ、アメリカの各地を転々として暮らしてきた少女ルー。しかし、ルーが十二歳になったとき、ホーリーは亡くなったルーの母・リリーの故郷を訪れ、まともな暮らしに入ろうとする。しかし、リリーの母、ルーにとっては祖母にあたるメイベルは二人に会おうとせず、町の人々ともゴツゴツした関係しか築けない。やがて二人はトラブルも招くが、少しずつ居場所が見つかったかに思えたのだが……。

 父を撃った12の銃弾

 構成はありがちである。母リリーの故郷にやってきた父娘の暮らしを描く現在のパート。ホーリーのこれまでの生活を描く過去のパートが交互に語られる。
 現在のパートでは、特殊な生活を送っていた二人が、どのように社会と折り合いをつけていくか、町の人々との交流を通して描かれる。ときには嬉しいこともあるが、やはり異邦人たるルーには辛いことも多く、次々と困難が立ちはだかる。こう書くと、いわゆる少女の成長物語だとか、青春小説とか、まあ、ありきたりな感じは受けてしまうかもしれないが(実際そういう面は強いけれど)、ルーとホーリー自体のミステリアスな部分が強いこともあって、なかなか先の展開が読めず、一気に引き込まれる。

 対して過去のパートでは、なぜ二人はこういう生活を送っているのか、リリーはなぜ死んだのか、メイベルはなぜ二人に対して怒っているのか、その他諸々、現在のパートで浮かぶ数々の疑問に対する答えを語る。そしてこの過去パートが現在のパート以上に面白い。
 表面的にはB級の犯罪小説の趣である。ホーリーの体には十二の銃痕があって、それぞれに撃たれた理由があるわけで、その傷の由来を一つひとつ章立てで描く。それがまた短編小説として成立するほど巧い。
 そしてその過程で妻リリーとの出会いやルーの誕生なども軽やかに描かれるという趣向で、描写も上手いがこの構成力は見事としかいいようがない。

 『ザリガニの鳴くところ』と共通するところは確かに多い。少女の成長を描き、エンターテインメントに仕上げながらも、深い感動を与えてくれるのはその最たるところだろう。両者ともそこまでミステリ的な味付けは強くないが、読み応えは十分。食わず嫌いの人もぜひお試しあれ。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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