トマス・スターリングの
『一日の悪』が予想以上に面白かったので、もう一冊翻訳されていた『ドアのない家』を読む。著者のデビュー作でもある。
富豪の娘ハンナ・カーペンターは父の死と婚約者との破談によって、天涯孤独の身となり、世間との繋がりを絶つことにする。ホテルの一室を借りると、生活は遺産とその投資で乗り切り、あとはひたすら部屋に引きこもったのである。
そして三十四年が経ち、ハンナは外へ出ることを決意する。だが途中でフラフラと入ったバーで知り合ったデイヴィッドという男に妙な話を聞かされる。これから自分の家で軽いパーティーを開くが、その中に自分を殺したがっている人物がいるというのだ。
デイヴィッドが気になったハンナは、殺人が食い止められるのではないかと考え、自分もパーティーに参加する。しかし飲み慣れないアルコールで彼女は酔い潰れ、目が覚めたときにはデイヴィッドの死体が転がっていた……。

『一日の悪』も変わった作品だったが、本作もそれ以上に妙な印象のサスペンスだ。
ツッコミどころとまでは言わないが、とにかく引っかかる情報が多すぎるのが難点だろう。スタイルとしては通常の巻き込まれ型サスペンスなのである。ただし、主人公や被害者、容疑者の設定や関係性が歪で、ストーリーも不自然に展開するため、どうにもミステリとしてのポイントが掴みにくい。
そもそも主人公の設定が極端すぎる。粗筋でも紹介したように、主人公は三十四年ぶりに外出することにした引きこもり女性だ。もうこれだけで小説としては十分なテーマなのだが、その主人公が、よりによって外出したその日に、パーティーの来客に自分を殺そうとする人物がいると話す男と知り合うという、この強引な展開。
これだけでも十分に引っかかるのだが、ストーリーは事件発生後も紛糾する。パーティーに招かれた五人とデイヴィッドの関係がどれもこれも拗らせすぎで、すべて怪しい奴らばかり。
挙句にハンナは犯人の顔を見たなどと話したため、後半はホテルに戻った彼女が殺人犯に狙われる展開となる。と同時に警察はパーティーの参加者それぞれを尋問し、ハンナの行方を探そうとする。
極めつけはラストで、ハンナがパーティーの参加者を全員集めるのだが、この目的がとんでもない。てっきり犯人と対決するのかと思いきや……まあ、これは読んでみてのお楽しみである。
という具合にとにかくオフビートなサスペンス。惜しむらくは“三十四年の引きこもり”がそこまで事件に活かされていないことだろう。とはいえ登場人物の心理描写(特に主人公)はかなり丁寧で、何だかんだで序盤から一気に引き込まれるのも確か。褒めすぎかもしれないけれど、導入はウールリッチのサスペンスを彷彿とさせるほどだ。
正直、全体のバランスはかなり悪いのだけれど、それが味でもあり、通常のサスペンスに飽きた人にはぜひおすすめしておきたい。