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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

岡戸武平『海底の声』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さんから先日届いたばかりの小冊子、岡戸武平の短編『海底の声』を読む。昭和二十三年に雑誌『冒険世界』に連載された子供向け探偵小説である。ちなみに押川春浪が編集長を務めていた『冒険世界』とは別もののはず(あちらは戦前の雑誌なので)。

 海底の声

 こんな話。伸男少年が海岸で夜釣りに出かけたときのこと。近くで同じく釣りをしていた二人組が言い争いを始める。驚いた伸男少年が隠れて耳を澄ましていると、どうやらある分け前の隠し場所について、教えろ教えないと争っているようだ。すると腹をたてたもう一人が、隠し場所を教えない男を海へ突き落としてしまう。やがて残る男がその場から立ち去ったとき、海底から「八時の影だっ」という不思議な声が聞こえてきた……。

 ううむ。岡戸武平の探偵小説は乱歩名義の代作として知られる『蠢く触手』ぐらいしか読んだことはなく、それがあまり感心する出来ではなかったのだが、本作も全然負けていない(苦笑)。
 子供向けの短編なので他愛ない話になるのは仕方ないけれど、何しろ説明不足や矛盾が多すぎ。ツッコミどころが多いのは、この時代、とりわけ子供向けの小説にはよくあることだが、これは作者の推敲も編集者の校正も絶対してないレベルである(苦笑)。
 特にタイトルにもなっている“海底の声”は酷い。男が海に沈んだ後にゾッとする声が海底から聞こえてくるという展開で、これではもうホラー小説である。しかも声と同時に二つの泡が浮かび上がり、満月に向かって飛んでいく始末。これは魂か何かなのか? まったく正体不明である。ちなみに聞こえてくる声は、上でも書いたように「八時の影だっ」なのだが、なぜ死んだ後で分け前の隠し場所を教えるのか、この辺もまったく謎である。

 さて、物語は後半、犯人に捕まった伸男少年が分け前の入った箱を探し出すという展開になる。そこで「八時の影だっ」がいわゆる暗号として効いてくるという寸法。ただ、この解釈も正直、わかったようなわからないような理屈で進められるので、あまり真剣に考えてはいけないのだろう。当時の読者である子供たちは、このあたりすんなり納得していたのだろうか。
 全体のストーリーとしては少年探偵ものとして決して悪くない。ただ、雰囲気を盛り上げるため、少々やりすぎてしまったいうのが正直なところなのだろう。それにしても、作者も編集者も、もう少し冷静になれよと言いたい。
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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