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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

飛鳥井潔『もぎり観覧券の謎』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さんは復刻専門の同人誌である。おそらく個人でやってらっしゃると思うのだが、毎月のように復刻ミステリの案内が届くというハイペース。管理人の好みにも一致するものが多くて、よほど興味がないもの以外は大体注文して、ぼちぼちと読み進めている。
 復刻されるのは内外問わないが基本レアな作品ばかりで、古書を入手する手間やコストを考えると非常にありがたいかぎり。強いていえば解説の類が一切ないのが玉に瑕で、こういう時代なのである程度はインターネットで調べられるが、それでも中にはほとんど情報のない場合もあったりする。
 本日の読了本、飛鳥井潔の『もぎり観覧券の謎』もそんな作家の作品である。

 ただ、まったく予備知識がないとはいえ、本書は元本をいわば完コピした復刻本なので、奥付や跋(著者あとがき)から多少は情報を拾うことが可能だ。
 それによると著者は戦後、妻子とともに満州から大阪に引き揚げてきたが、ほぼ丸裸同然だったという。もともと文学を愛好し、引き上げ後も少し執筆に着手したようなのだが、いかんせん生活は苦しく、すぐに創作活動からも足を洗っていたようだ。ただ、勤務先の工場で社内報が発刊されることになり、著者はその機会に飛びついて原稿を執筆したり、編集にも携わるようになっていった。
 そんな頃に著者へ一通の手紙が届く。差出人は本書のオリジナルを出した出版社、鷺書房の社主、岡角次である。戦前からの知り合いである岡もまた戦時には日本を離れており、帰国すると長らく音信不通だった著者の安否を気遣って連絡をくれたらしい。その後の様子は不明だが、それから一年も経たないうちに『もぎり観覧券の謎』が出版されたわけだから、非常によい再会ができたことは間違いないだろう。戦前の関係についても不明だが、戦後の展開から予想すると、同人的な場で知り合い、交流を深くしたというところではないだろうか。

 もぎり観覧券の謎

 さて、そろそろ中身について紹介しよう。本書は鷺書房の「情熱叢書」というシリーズの一冊で、昭和二十二年に刊行された。ちなみに装丁だけ見るとまるでハードボイルドかスパイもののようだが、中身はけっこうサスペンス寄りの本格仕立てで、日下部廉太郎という名探偵も登場する。

 終戦から二度目の夏を迎えた日本。だが復員するものはまだ後を絶たず、須崎省吾もほんの一週間ほど前に大阪へ引き揚げてきたばかりだった。須崎は植字工をしている親戚の奈木浩造の家で世話になりつつ、職探しを始めるが、結果は芳しくなかった。
 そんなある日、須崎が通りの靴磨き屋で靴を磨いてもらっていると、いきなり戦友の縄田に声をかけられる。縄田に好感を持っていたわけではないが、懐かしさもあって雑談を交わす須崎。そして靴磨きの代金を支払おうとしたときであった。須崎は先ほど買ったばかりの宝くじを靴墨の中へ落としてしまう。幸いにも番号までは汚れていなかったが、このとき靴磨きの少年と縄田が番号を見てしまったことで、悲劇を招いてしまう……。

 著者の引き揚げ体験をが活きる一編であり、戦後の様子を垣間見るという意味では、今でも興味深く読めるだろう。特にそれが効果的に使われる前半は引き込まれる。しかし、ミステリとしてまとめに入る後半になると一気に失速。トータルではやはり辛いものがある。

 繰り返すが前半は悪くない。戦後の街や人々の情景描写もよいけれど、ストーリー展開がまた面白い。復員兵の須崎が一枚の宝くじを買い、その宝くじに絡んでストーリーが大きく三つの方向に分岐するのである。それぞれの流れがどう展開するのか、その趣向と関連性が面白く、オリジナリティも十分である。
 ところが面白そうに思えた三つの流れに、途中からは偶然要素が入りすぎ、要はご都合主義というやつだが、そのためせっかくの興味も半減してしまう。最悪なのはラストと真犯人で、あまりの唐突さに意味がピンとこなくて、思わず前の方を読み返してしまったほどだ。
 著者が意外性を狙いすぎたのか、それにしても強引な真相であり、ここはもっと普通にまとめてくれれば、だいぶ印象は変わったのではないだろうか。

 なお、湘南探偵倶楽部からは飛鳥井潔作品がもう一冊、『詩人怪盗傳』が出ているので、こちらも近いうちに読んでみたい。
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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