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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 09 2021

トーベ・ヤンソン『トーベ・ヤンソン短篇集』(ちくま文庫)

 ムーミンの作者として有名なトーベ・ヤンソンを描いた映画『トーベ』が10月から公開されるというので、長らく積んであった、ちくま文庫の『トーベ・ヤンソン短篇集』を読んでみる。まずは収録作。

〈子ども時代〉
「夏について」
「往復書簡」
「カリン、わが友」

〈創作〉
「森」
「猿」
「愛の物語」
「自然の中の芸術」
「リス」
「絵」

〈奇妙な体験〉
「嵐」
「ショッピング」
「植物園」

〈旅〉
「汽車の旅」
「見知らぬ街」
「時間の感覚」
「リヴィエラへの旅」
「軽い手荷物の旅」

〈老いと死の予感〉
「聴く女」
「事前警告」
「雨」

 トーベ・ヤンソン短篇集

 これは読み応えのある短篇集だ。ガツンという手応えのあるタイプではなく、いつの間にかじわじわと染みてくるタイプ。静かな文体の下で激しく渦巻いている著者の思想や感情、感覚を味わう、そんな短篇集といっていいだろう。

 小説だけでなく画家としても活躍したヤンソンだが、自分のアーティストとしてのセンスを信じ、それをそのまま作品に体現しているような印象を受けた。ムーミン・シリーズなどはファンタジー世界なので、さまざまな工夫や比喩を盛り込んでいるが、その後に書かれた大人向けの作品では自分の体験や思想をベースに、感じるままに物語を流している感じである。
 文章も奇をてらわず、淡々とした描写、繊細で透明感のある表現だ。一見、わかりやすい文章に思えるが、決して親切な文章ではない。したがって読者はしっかり理解しながら読み進めないと、あるいは行間を読み込んでいかないと、ヤンソンの感情を共感することはできないだろう。

 なお、本書では作品ごとに〈子ども時代〉〈創作〉といったテーマが設けられているのが親切設計でありがたい。小説としての技巧は統一されたイメージはあるが、テーマ別でみると意外に印象が異なるのである。たとえば〈子ども時代〉の作品は、役柄をムーミン一家に変えても通用しそうな世界観で、子供の不確かさを全面に押し出し、〈創作〉ではアーティストとしての冷徹な視点と熱量が相混ぜになった、複雑な著者の感情が垣間見える。
 個人的には、〈子ども時代〉の「夏について」、「往復書簡」、「カリン、わが友」はどれも素晴らしいし、〈旅〉の「汽車の旅」、「軽い手荷物の旅」も好み。しかし、本書の作品は単品でどうこうよりも、ある程度まとめて読むことで感じるところも大きくなるように思う。その意味でもテーマの意味は大きく、編者のお手柄といえるだろう。

 余談だが、あまりミステリを読んでいるときには思わないのだけれど、ムーミン・シリーズや本書を読むと、無性にフィンランドに行きたくなってくるのは不思議である。


D・M・ディヴァイン『運命の証人』(創元推理文庫)

 D・M・ディヴァインの『運命の証人』を読む。本作をもってディヴァインの全作邦訳にリーチがかかったようで、まさか現代教養文庫から出ている頃には、ここまで人気が持続するとは思わなかった。もちろん良作揃いなので不思議なことではないのだが、一方では地味な作風ということもあって、あまり爆発的に売れるようなものではないのも確か。SNSによる口コミと年末のランキングでじわじわ浸透していった感じもするが、きちんと翻訳を続けてくれた創元関係者には感謝したいし、とにもかくにも残り一作に向けて頑張ってほしいところである。

 こんな話。二件の殺人事件の容疑者として裁判にかけられている事務弁護士プレスコット。周囲の人間が誰一人、自分の無罪を信じていないことは明らかで、もはや諦めの境地に達していた。すべては六年前のあの日、親友のピーターから婚約者ノラを紹介された時から始まった……。

 運命の証人

 上で書いたように、ディヴァインの作風はいたって地味。だいたいが職場やら地方のコミュニティやらこじんまりした舞台設定で密な人間関係が描かれ、その結果としてトラブルが発生するという流れである。ストーリーの面白さやスケール感、派手なトリックを求める向きには物足りない面もあろう。
 しかし、それらを補ってあまりある人物描写の巧さとドラマの奥行き。いつしかその鮮やかな語り(騙りでもある)に読者は引き込まれ、意外な真相に驚かされるという寸法だ。
 
 もう、これだけでなんの文句もない。地味でも全然OKなのだが、本作はそんなディヴァインのイメージをさらに超えてくるところがいくつもあり、ちょっと嬉しくなってしまった。
 注目すべきは法廷ものというスタイルを取り入れたところだろう。
 さらには構成の妙。プロローグで主人公が容疑者となって登場し、そこではあえて誰が殺されたとか、ほとんどの情報は明かされない。そして一章から事件の発端となった出来事を回想させるというものだ。しかも第一部と第二部の間には数年という時間経過を設けており、それぞれに異なる事件とサスペンスを発生させつつ、合わせ技でも謎を発生させてゆく。時間経過には登場人物の心情や立場の変化なども反映され、これがまた興味を引っ張ってゆく。

 主人公の再生の物語という側面も今回はかなり強い。主人公は親友に“眠れる虎”と揶揄されるほど、自己主張の弱い青年だ。頭は切れるが流されるままに生きてきたこれまでをどのように克服するか。お約束的な展開ではあるが、全体的に辛いストーリーゆえ、ラストのカタルシスという点では非常に効果的である。
 個人的には主人公の弱さにはイライラして、逆に悪女ノラに共感するところも多かったけれど(苦笑)、だいたいディヴァインの小説の登場人物には完全な善人や悪人というのは意外に少なく、ほとんどの場合、その両方を併せ持つ存在として描かれている。現実にはむしろこれが普通であり、こういうところを割り切らずにきちんと描き、それでいて納得感のある物語に仕上げるからこそディヴァインの作品は面白いのだろう。

 ミステリとしてはちょっと雑なところがあったり、ラストの謎解きが忙しなかったり、気になるところもないではないが、それでも全体的にはディヴァインの魅力を堪能できる一作といえるだろう。


バロネス・オルツィ『土耳古石のボタン』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さん復刻、バロネス・オルツィの短篇『土耳古石のボタン』を読む。
 オルツィのシリーズ探偵といえば、なんといっても「隅の老人」がメジャーだが、そのほかにも女性捜査官のレディ・モリーやパリ警視庁のヘクトル、ナポレオン時代の密偵フェルナンとか、けっこうさまざまなシリーズを残しているようだ。本作の主人公もそんなマイナーどころのひとり、“危機一髪君”と異名をとるパトリック・マリガン弁護士である。

 世間を賑わす二人組の強盗がいた。手口は荒っぽく、一人は高身長、一人は小柄という凸凹コンビ。富豪の屋敷が次々と狙われ、金品を奪われていたことで、犯人たちは内部の事情に通じていルらしいと推察されたが……。
 そんな時、社交界でも評判の美女、メリー・ワーン女史の屋敷がついに強盗に襲われる。しかし、ワーン女史の従僕が犯人に抵抗したため、犯人の服のボタンがちぎれて現場に残されていた。そのボタンの持ち主は、以前からワーン女史を恋していたというステイガンド大尉だったが、身に覚えのない大尉はマリガン弁護士に助けを求める……。

 土耳古石のボタン

 バロネス・オルツィは『隅の老人【完全版】』が出たおかげで、何となく憑き物が一つ落ちたように感じているけれど、実は未訳作品がまだまだある。『紅はこべ』で知られているパーシー・ブレイクニーものはおそらく冒険活劇ものだろうからそこまで執着はないんだが、本作のパトリック・マリガン弁護士とかパリ警視庁のヘクトルなどは、職業的にミステリっぽいから気になる存在ではある。

 実際、パトリック・マリガン弁護士ものの一作である本作だが、内容的にはしっかりミステリのスタイルをとっている。弁護士ものといっても今ではジャンル的にも設定的にもさまざまなパターンがあるけれど、パトリック・マリガン弁護士は(あくまで本作を読んだかぎりだが)本格要素と冒険要素を合わせもった感じで悪くない。ネタ自体は簡単に予想できるレベルではあるが、終盤では犯人に罠を仕掛けるなど実にアグレッシブで、物語としてはなかなか楽しめた。

 強いていえば“危機一髪君”というあだ名が、戦前の翻訳のせいか、さすがに違和感があるが(笑)。ま、それはともかくとして、パトリック・マリガン弁護士ものの完全版は無理としても、オルツィの創造探偵傑作選ぐらいはあってもいいかもしれない。

リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(扶桑社ミステリー)

 「刑事コロンボ」シリーズの脚本とプロデューサーを務めた名コンビ、リチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンクによる短編集『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』を読む。まずは収録作。

Whistle While You Work「口笛吹いて働こう」
Child’s Play「子どもの戯れ」
Shooting Script「夢で殺しましょう」
Robbery, Robbery, Robbery「強盗/強盗/強盗」
One Bad Winter Day「ある寒い冬の日に」
Ghost Story「幽霊の物語」
The Joan Club「ジョーン・クラブ」
Dear Corpus Delicti「愛しい死体」
Who is Jessica?「ジェシカって誰?」
Exit Line「最後の台詞」

 皮肉な終幕

 「刑事コロンボ」や映画『殺しのリハーサル』をはじめとした作品を観た人ならご存知のとおり、レヴィンソンとリンクのコンビはミステリの愉しみ方を熟知している人間である。要するにセンスがある。これをすれば視聴者が驚く、こう見せれば視聴者が喜ぶ、そういった感覚に優れているのである。
 そうはいっても、もちろん「刑事コロンボ」にだって、トリックがしょぼいとか、理屈がおかしいとか、作品によって駄作もあるのだが、そんな作品であっても見終わって「つまらなかった」となることはほぼない。万人向け、というとミステリ的にはちょっとマイナスイメージもあるかもしれないが、彼らの作品はテレビという媒体の性質上、最大公約数の愉しみを目指していたはず。その結果、トータルでの満足度が非常に高いのである。
 そんな作者が書いたミステリ、つまらないわけがない。本書の作品は彼らがまだ「刑事コロンボ」でブレイクする以前に書いていたものなので、若干不安もないではなかったが、十分楽しい一冊だった。

 全体の印象としては、オチであっと言わせるスリラー的な作品、ライトな雰囲気の作品が多いことが挙げられる。そして何より犯罪者を主人公にした倒叙のパターンが多いことに要注目。「口笛吹いて働こう」、「強盗/強盗/強盗」、「愛しい死体」などが典型で、これらの作品がコロンボに繋がったのかなと思ったが、当たらずとも遠からじで、解説によると「愛しい死体」はまさにコロンボのきっかけになった作品だという。確かに主人公が自宅に帰ったところで、待っていたのがコロンボだったら、とついつい想像してしまう。
 他の気になる作品としては、ミステリ味は薄いけれど、自信を無くした保安官の緊張感がたまらない「ある寒い冬の日に」。夫の浮気を疑う女性の心理を描いた「ジェシカって誰?」はよくあるパターンではあるが扱い方がうまい。
 テレビ業界、芸能界を扱った作品「夢で殺しましょう」、「最後の台詞」はブラックな味わいが強く、これは二人の経験が元になっているのだろう。ストレスをそのままぶつけているような内容には、二人も苦労していたのだろうなと苦笑するしかない。


レオ・ブルース『矮小人殺人事件』(湘南探偵倶楽部)

 本日もさらっと湘南探偵倶楽部さんの小冊子でお茶を濁す。1993年に刊行されたレオ・ブルースの短編集の表題作でもある Murder in Miniatureの邦訳『矮小人殺人事件』。ビーフ巡査部長が過去に起こった事件を語るというスタイルである。

 矮小人殺人事件

 ビーフが列車でロンドンに向かっていたときのことである。三等席で物思いに耽っていると、列車が大きく揺れた拍子に、網棚から大きな何かが膝の上に落ちてきた。ビーフが目をやると、それは80cmほどの小人の男性の死体、しかもリトル・マンボーの名で知られるサーカスのスターであった……。

 強烈な導入だが、ブルースにしてはそこまで凝ったネタではなく、むしろ悪い冗談を読まされたような感じだ。書かれた時代を考えると仕方ないところではあるが、著者の偏見も感じられるし、いろいろな意味でこれはいまひとつ。

 本筋とはあまり関係ない話だが、本作ではビーフ巡査部長の高慢なところ、自意識過剰なところがずいぶん顕著である。やはり湘南探偵倶楽部から出た「休日のミッション」ではずいぶん大人しかったのに、どうにも掴みにくいキャラクターである。レオ・ブルースの全作品が訳されれば、そういう疑問も解決するのだがなぁ。

ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水Uブックス)

 ゴシック小説であり、ミステリの原点とも言われる『ケイレブ・ウィリアムズ』を読む。著者はウィリアム・ゴドウィン。
 この本を初めて知ったのは確か小鷹信光の『ハードボイルド以前』だったと思う。もう何十年も前の評論書だが、アメリカにハードボイルドが誕生する以前の小説において、ヒーロー小説がどのように育ち、ハードボイルドへと繋がっていくのかを検証するような内容だったかと思うのだが、その中に紹介されていた一冊が『ケイレブ・ウィリアムズ』である(ただ、記憶が曖昧なのでもしかすると別の本で知った可能性もあるが)。
 そんなわけで、当時は『ケイレブ・ウィリアムズ』をあくまでハードボイルの流れのなかで捉えていたのだが、その後、さまざまなミステリ評論に触れるうち、これはちょっと違うぞと気がついた。ハードボイルドというだけでなく、ミステリそのものの先祖であるというふうに認識が改まったのだ。
 そうなると自分の中でもポジションが高くなる。要するに猛烈に読みたい欲求に駆られたわけだが、如何せんその頃はネットもない時代だし、田舎に住んでいたこともあって、本自体が入手できない。それどころか国書刊行会の邦訳もまだ出ていなかったかもしれないのだが、これもまた記憶は定かではない。
 結局、それからン十年が経過して、白水Uブックスから刊行されたときにようやく買えた次第である。
 まあ、いざ入手してみるとすっかり満足してしまい、何年も積ん読してしまったのは読書アルアルだが、それでもこの度、ようやく本の山から発掘して読み終えることができた。

 ケイレブ・ウィリアムズ

 どうでもいい前振りが終わったところで、まずストーリーから。
 貧しい農民の子であるケイレブ・ウィリアムズは、両親をなくした後、地元の名士フォークランドの秘書として雇ってもらえることになった。人望の厚さで知られるフォークランドのもと、ケイレブは働きながら勉強もさせてもらい、満ち足りた生活を送っていた。
 ところがケイレブはフォークランドがときおり見せる不可解な言動に興味を抱き、その秘密を突き止めようとする。その結果、明らかになったのは、隣接する領主のティレルとフォークランドの過去の確執であり、ティレルが殺害された事件であった。一時期はフォークランドが犯人ではないかと疑われたこともあったが、結局はティレルに恨みを持っていた雇用人によるものとして事件は解決したらしい。
 こうしていったんは治まったかに見えたケイレブの好奇心。しかし真の犯人はフォークランドではないかという新たな疑念が生まれ、ケイレブは再びフォークランドの調査を進め、ついにフォークランド自身から真実を聞き出すことに成功する。しかし、それがケイレブの運命を大きく変えてゆくことになるのだった……。

 これは凄いわ。もっと観念的な作品かと思っていたが、確かにこれはゴシック小説にしてミステリの原型である。センセーショナルな事件を通して当時の社会の問題点や、人がいかに不確実な存在なのかということを考える普通の小説として読んでも十分面白いのだが、ジャンル小説的な見方をすることで、また違った味わいでより楽しむことができる。

 見るべきポイントは多いのだが、やはりケイレブの探偵的行動、ケイレブとフォークランドによる対立と追跡劇は外せない。それらがもたらす冒険要素やサスペンス、スリルこそががミステリの原型といわれる所以であり、魅力である。
 物語の序盤こそティレルとフォークランドの確執、さらには二人の間に挟まれた悲劇のヒロイン的女性の運命がみっしり書き込まれるため、ページを繰る手も鈍りがちだ。フォークランドとヒロイン的女性の行動がなんだかんだと裏目に出て、それが悲劇を増幅させ、こちらの精神的ダメージも大きい。
 しかしながら中盤に入り、ようやくケイレブが舞台中央に登場して、いよいよフォークランドとケイレブ、二人の争いが主軸となると、ガラリと空気が変わる。
 読者としてはこれまでフォークランドに肩入れしていたのに、その彼がどうも挙動不審。ケイレブもそんな主人フォークランドを気にして、秘密を突き止めようとする。ただ、そのやり方がねちっこく、おまけに大した動機もなく、単なる好奇心から探偵的に行動するものだから、本来はケイレブが主人公のはずなのにまったく感情移入できない(笑)。
 そしてケイレブはとうとうフォークランド自身から秘密を聞き出すことに成功するのだが、その結果、ケイレブは逆に監視され、自由を奪われてしまうのだ。だがケイレブも負けずに逃亡を図り、フォークランドに追われる羽目になり、捕まったと思ったらまた脱走、そしてまたも捕まり、またも酷い目に……といった二人の闘争が延々と描かれ、とにかくこれが滅法面白いのだ。

 もう一つ重要なポイントを挙げるとすれば、心理小説としての側面だろう。とりわけしつこいぐらいに描かれるケイレブの心理描写は面白い。上でも触れたように、ケイレブは探偵的に行動するものの、その動機は正義でも何でもなく、ただの好奇心だ。それを頭では理解しており、これ以上は踏み込むのはやめようと考えているのに、なぜか探求する気持ちを止めることができない。主人であるフォークランドに対しては本来深く敬愛もしているのに、それでもその秘密を暴かないではいられない。それらの結果として、ケイレブは次々と悲惨な目に遭っていくのに、それでも止められないのである。
 このケイレブの不可解な心理。好奇心のなせる業というのは簡単だが、もう少し勘ぐれば、これはケイレブの行動原理が真実に拠りどころを置いているからといえるだろう。ケイレブの中では、常に真実が絶対なのである。
 しかし、真実が必ずしも正義や幸福に直結するわけではないことを著者は知っている。むしろ探偵としての活動、つまり人の秘密を暴くことは非常に卑しき行いであり、それを主人に対して行ったケイレブには、当然ながら罰が下されなければならなかったのだ。好奇心の強さから人生をめちゃくちゃにしてしまったケイレブ。そんな男の複雑な意識や心理を体験し、理解するための小説として本作は大変魅力的なのだ。
 ちなみにそういった探偵的行為、真実の追求の正義といったものは、エドガ・アラン・ポオによる探偵小説の登場まで待たなければいけなかったわけで、それは論理や真実、科学といったものに対する人間の成熟を待った期間と言えなくもないだろう。

 ちなみに本作は1794年の作品である。なかには読みにくさを懸念する人もいるだろうが、訳がいいせいもあって変な読みにくさはまったくない。とはいえ改行は少なく、版面いっぱいに活字が埋まっているので若干気圧されはするだろうが(苦笑)、それよりは描写の密度にこそ目を向けてほしい。
 情報量が多いだけでなく、ストーリーや心理描写、会話が地の文で交錯し、くどいぐらいに繰り返され、重ねられていく。そこに慣れるまではちと辛いかもしれないが、先に書いたように文章自体は読みやすいので、慣れてくるとその絡み合う描写が気持ちよく、どんどん引きこまれるはずだ。

 ともあれ『ケイレブ・ウィリアムズ』をようやく読めたので、これをきっかけにミステリ以前のミステリも少し開拓していきたいものだ。


大下宇陀児『斧とモルフィネ』(湘南探偵倶楽部)

 いま読んでいる本がなかなかのボリュームと密度のため、いったん休憩して、軽いものをつまむ。ものは湘南探偵倶楽部さんから届いたばかりの大下宇陀児の短編『斧とモルフィネ』。

 斧とモルフィネ

 海岸沿いにあるS町で殺人事件が起こる。占部という富豪の別荘で、主人が斧で頭を割られたのだ。しかし犯人は見つからず、それから三年が過ぎたある日のこと。当時、事件を通報した建築技師の辻村青年は、占部の未亡人と偶然再会する。当時から未亡人に心惹かれていた辻村だが、当時のことを話すうちに……。

 これは悪くない。互いに惹かれ合いながら、お互いに相手を殺人で告発するという心理サスペンスで、とりあえずのどんでん返しを披露したところでも十分なのだが、ラストにもう一枚、精神的などんでん返しを重ねてくるのが憎い。それによって物語の奥行きがぐっと深まってきて、なんとも言えない余韻を残す。

クリストファー・モーリー『取り憑かれた本屋』(インプレスR&D)

 クリストファー・モーリーの『取り憑かれた本屋』を読む。原作は1919年のThe Haunted Bookshop。ニューヨークの古書店を舞台にした、知られざるアメリカの古典的探偵小説のベストセラーという触れ込みにまず期待させるが、それ以外にもこの本、なかなかに周辺の情報量が多く、内容の前にまずそちらから少し紹介しておきたい。

取り憑かれた本屋

 著者のクリストファー・モーリーは当時の売れっ子作家、ジャーナリストであり、小説以外にもコラムや戯曲、詩など幅広い分野で活躍、大学でも講義を持っていたという。
 ミステリに関していえば、プロパというわけではないがミステリを愛していたことは間違いないだろう。本書を含めていくつかのミステリを書き、エッセイも残している。だがそれにも増して重要なのは、彼がホームズの愛好家団体であるThe Baker Street Irregularsを設立したことであろう。

 日本での版元はインプレスR&Dというところだが、ミステリにはほぼ縁がない会社だけに不思議に思った方も多いだろう。この会社はAmazonの流通を使ってオンデマンド出版を専門に行う会社である。だから表向きはインプレスR&Dが発売元だが、いわゆる発行元となる個人なり会社なりが別にいて、印刷から製本、出版までをインプレスR&Dに委託しているのである。まあ会社であれば名前を出すと思うので、本書の場合はおそらく個人の発行なのだろう。
 ちなみにインプレスという会社もあるが、こちらは同じグループの会社でPC系の専門出版社である。パソコンに詳しい人ならご存知の出版社で、管理人もこちらの本には仕事柄お世話になっていたものだ。

 ところでオンデマンドは書店店頭での流通は難しいのだけれど、一冊からでも本が作れ、普通の出版流通に比べると非常にリスクは小さくなるのが特徴。何より会社が潰れないかぎりは絶版が発生しないのがありがたく、あの捕物出版もこのシステムをとっている。
 ただ、それこそ個人の出版も多くなるため、通常の出版社ほど宣伝してくれないのが難点。新刊情報などはホームページやSNSでこまめに情報を収集するしかなく、本書は昨年発行の本だが、その当時はけっこうTwitterでつぶやいてくれる人がいたからよかったが、知らなければそれっきりだった可能性はある。

 さて、ようやく中身に入ることができる。まずはストーリー。
 ニューヨークで古書店を営むロジャー&ヘレン・ミフリン夫婦。ことにロジャーは本が好きすぎて本に取り憑かれていると自称するほどだ。そんな彼らのもとに常連客の資産家チャップマンから、文学に関する仕事をしたいという娘・ティタニアをしばらく働かせてくれないかという依頼が舞い込んだ。本屋の仕事を文学と称する娘があまりに世間知らずだと、チャップマンは不安に思っているらしい。
 そんなロジャーの店へ広告の営業にやってきたオーブリー・ギルバート。彼はひょんなことからロジャーの店を巻き込んだ陰謀とロマンスに飲み込まれてゆく……。

 夕暮れの窓際で読書する女性のシルエットという、非常にシックでロマンティックな装丁だったので、なんとなくヒューマニズムあふれるドラマっぽいミステリを予想していたが、いや、まったく違った。
 強いていえば本作はコージー・ミステリーに分類される作品である。ロジャーの古本屋で起こった事件をオーブリーが解き明かすというメインストーリーではあるが、これにティタニアとのロマンスも同時進行で盛り込まれる。味付けはユーモアたっぷり、アクションシーンもあるが基本的に殺伐としたところはなく、当時の古本屋事情や文学談義など、著者の蘊蓄も盛りだくさん。むしろ蘊蓄が多すぎる嫌いもないではないが、それこそ著者が書きたかったところだろうから、まあよしとしましょう(笑)。
 特筆すべきはキャラクターが非常に立っているところだろう。オーブリーやティタニアは言うに及ばず、ロジャーとヘレンの夫妻、飼い犬のボックなどなど、みな非常に生き生きと描かれ、それが最大の魅力だ。個人的にはすぐに文学的脱線を繰り返すロジャーが面白く、こういう店主は古今東西を問わないなぁと、とても楽しく読めた次第。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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