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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

D・M・ディヴァイン『運命の証人』(創元推理文庫)

 D・M・ディヴァインの『運命の証人』を読む。本作をもってディヴァインの全作邦訳にリーチがかかったようで、まさか現代教養文庫から出ている頃には、ここまで人気が持続するとは思わなかった。もちろん良作揃いなので不思議なことではないのだが、一方では地味な作風ということもあって、あまり爆発的に売れるようなものではないのも確か。SNSによる口コミと年末のランキングでじわじわ浸透していった感じもするが、きちんと翻訳を続けてくれた創元関係者には感謝したいし、とにもかくにも残り一作に向けて頑張ってほしいところである。

 こんな話。二件の殺人事件の容疑者として裁判にかけられている事務弁護士プレスコット。周囲の人間が誰一人、自分の無罪を信じていないことは明らかで、もはや諦めの境地に達していた。すべては六年前のあの日、親友のピーターから婚約者ノラを紹介された時から始まった……。

 運命の証人

 上で書いたように、ディヴァインの作風はいたって地味。だいたいが職場やら地方のコミュニティやらこじんまりした舞台設定で密な人間関係が描かれ、その結果としてトラブルが発生するという流れである。ストーリーの面白さやスケール感、派手なトリックを求める向きには物足りない面もあろう。
 しかし、それらを補ってあまりある人物描写の巧さとドラマの奥行き。いつしかその鮮やかな語り(騙りでもある)に読者は引き込まれ、意外な真相に驚かされるという寸法だ。
 
 もう、これだけでなんの文句もない。地味でも全然OKなのだが、本作はそんなディヴァインのイメージをさらに超えてくるところがいくつもあり、ちょっと嬉しくなってしまった。
 注目すべきは法廷ものというスタイルを取り入れたところだろう。
 さらには構成の妙。プロローグで主人公が容疑者となって登場し、そこではあえて誰が殺されたとか、ほとんどの情報は明かされない。そして一章から事件の発端となった出来事を回想させるというものだ。しかも第一部と第二部の間には数年という時間経過を設けており、それぞれに異なる事件とサスペンスを発生させつつ、合わせ技でも謎を発生させてゆく。時間経過には登場人物の心情や立場の変化なども反映され、これがまた興味を引っ張ってゆく。

 主人公の再生の物語という側面も今回はかなり強い。主人公は親友に“眠れる虎”と揶揄されるほど、自己主張の弱い青年だ。頭は切れるが流されるままに生きてきたこれまでをどのように克服するか。お約束的な展開ではあるが、全体的に辛いストーリーゆえ、ラストのカタルシスという点では非常に効果的である。
 個人的には主人公の弱さにはイライラして、逆に悪女ノラに共感するところも多かったけれど(苦笑)、だいたいディヴァインの小説の登場人物には完全な善人や悪人というのは意外に少なく、ほとんどの場合、その両方を併せ持つ存在として描かれている。現実にはむしろこれが普通であり、こういうところを割り切らずにきちんと描き、それでいて納得感のある物語に仕上げるからこそディヴァインの作品は面白いのだろう。

 ミステリとしてはちょっと雑なところがあったり、ラストの謎解きが忙しなかったり、気になるところもないではないが、それでも全体的にはディヴァインの魅力を堪能できる一作といえるだろう。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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