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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 11 2021

『Re-Clam vol.7』、『Re-Clam eX vol.3』&『ミステリマガジン750号』

 クラシックミステリの同人誌『Re-Clam vol.7』、その別冊の『Re-Clam eX vol.3』が先日到着。本日は『ミステリマガジン750号』を購入。
 『Re-Clam vol.7』は森英俊氏とジョゼフ・カミングスの特集、『Re-Clam eX vol.3』はクロフツの短篇特集、『ミステリマガジン750号』は年末恒例「ミステリが読みたい!2022年版」である。

 

 『Re-Clam vol.7』は相変わらず企画が面白い。ジョゼフ・カミングズの作家特集などはまあ普通だが(いや、商業誌では決して特集できるような作家ではないから、全然普通じゃないんだけど)、森英俊特集というのがやはり驚く。
 森氏といえば、もちろん海外のクラシックミステリに関する紹介や翻訳などでその名は知られているし、その貢献度は素晴らしいと思うが、基本的には裏方、しかもまだまだ現役でやっている方だ。だから作家であればともかく、評論家や翻訳者あたりだとよほど高名な人でないかぎり特集されることはない。しかも最近は専門的であっても作家特集が組まれるのは亡くなったときぐらい。
 そういった現状を踏まえたかどうかはともかく(笑)、今回の企画はかなり攻めていて面白い。まあ、『Re-Clam』はこれまでもシャーロック・ホームズのライヴァルだったり論創海外ミステリを特集するなど、メジャーどころが決してできない企画ばかり組んで楽しいかぎり。マニア相手の同人誌だから、そりゃあハードルが高いところもあるけれど、たとえ初心者であってもミステリ好きが読めばちゃんと面白いのである。なあに、多少わからないところがあってもネットで調べればいいし、それでもわからなければすっ飛ばして読めばよいいのだ。
 ともあれ連載記事も含めて、非常に楽しくタメになる雑誌である。なお『Re-Clam eX vol.3』は短篇集なので、感想は別の機会に。

 さて、一方の『ミステリマガジン』。ミステリ出版業界ではやはりメジャー的存在だが、その特集がマンネリすぎて本当に悲しい。
 750号の特集は年末恒例「ミステリが読みたい!2022年版」。さすがにこればかりは企画云々を言ってもかわいそうだが、それにしてもベストテンに関しては後発なので、もう少し内容を工夫すべきだろう。現状は、ほんと、結果と投票者のコメントだけだなので、いくらなんでもスカスカすぎる。
 ちなみに海外ランキングのベストテンでは、順位はともかくラインナップはほぼ予想どおり。でもいくつかは個人的に完全ノーマークだった作品もあって、なかでも『彼と彼女の衝撃の瞬間』は気になる一冊。
 なお、1位は読んだばかりのアレでびっくり。

ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(創元推理文庫)

 今年の話題作をこのところポツポツと読んでいるが、本日もその一環。ホリー・ジャクソンの『自由研究には向かない殺人』。

 まずはストーリー。
 ピップはイギリスの小さな地方都市に住む、受験を控えた女子高校生。実父が早くに亡くなった後、母親はナイジェリア人の子持ちの男性と再婚。ピップは母と肌の色の異なる義理の父、弟の四人で暮らしていた。
 そんなある日、ピップは受験資格の一つである自由研究のテーマとして、五年前に町で起こった十七歳の少女アンディの失踪事件を取り上げることにする。当時の交際相手の少年サルが彼女を殺害し、自殺したとされる事件だ。サルの人柄を知るピップは彼が犯人だとは思えず、彼の無実を証明しようと町の人間にインタビューを開始する。するとアンディの秘密が徐々に明らかになり、同時にピップの身近な人間が容疑者として浮かび上がり……。

 自由研究には向かない殺人

 なるほど。これは評判がよいのも頷ける。根幹はオーソドックスながら、非常に上質で爽快な青春ミステリだ。
 主人公のピップが高校生なので、最初は中高生向きのライトなイメージもあるが、実は事件自体はかなり陰鬱。表面的には穏やかな街も、ひと皮めくればドラッグなどの問題や小さな町ならではの差別やいじめ問題が蔓延っている。ピップは調査を進めながらそんな闇に直面し、ときには落ち込み、ときには怒りを覚えながらも、まっすぐに自分の信じた道を突き進む。
 とにかくピップが魅力的だ。明るく前向きな性格、優しさ、頭の良さ、といったいかにも面だけでなく、正義や真実に対して真摯に向き合うところがよい。現代っ子らしい割り切りもあるし、ときには強引な手も使うが、基本的には真面目で純粋な少女であり、彼女のそうしたキャラクターが、陰鬱なはずの物語を軽やかで爽やかな読み物に昇華させているのだろう。

 ピップのキャラクターと語り口が良いので、ほぼ本作の成功は約束されたようなものだが、ストーリーや謎解きも思った以上にしっかりしている。女子高生が探偵役のミステリときくと、普通はスリラーや冒険要素をメインにしたタイプかなと思ったりもするが、本作は違う。むしろフレンチ警部もののようなオーソドックスな本格ミステリであり、足を使って事実を集め、推理を積み重ね、試行錯誤していくタイプなのだ。
 その流れのなかでアンディだけでなく友人や知人の秘密も徐々に明らかになっていく。いわばプチサプライズがテンポよく展開されるという寸法だが、このプチサプライズの組み立てが上手くて、けっこうな長丁場の小説なのに退屈させることがない。ラストの意外な犯人とどんでん返しなども過不足なく、実に良い感じである。

 ただ、警察が最初からきちんと捜査していれば、普通にあっけなく解決した事件ではある。結局のところ、中身はほんとにオーソドックスなミステリなのだが、捜査する主体を女子高生に変えることで、読み物としての魅力がアップしたのはもちろんだが、警察が介入しないゆえのジレンマやハードルが生まれ、ミステリとしての部分にも大きく貢献しているのがミソだろう。
 ライトノベルとはまたひと味違った、「大人のための青春ミステリ」である。


楠田匡介『少年少女探偵冒険小説選 IV』(湘南探偵倶楽部)

 ちょっと軽いものを、ということで湘南探偵倶楽部さんがシリーズで出している楠田匡介のジュヴナイル『少年少女探偵冒険小説選 IV』を読む。収録作は以下のとおり。

「幽霊島」
「良夫君の事件簿 IV」
「推理クイズ集」

 少年少女探偵冒険小説選IV

 これで四冊目となる「少年少女探偵冒険小説選」シリーズだが、このシリーズは中篇や長篇を一作メインに据え、脇を推理クイズ集で固めるという構成が多く、本書もその例に漏れない。ただ、メインの「幽霊島」がそれほどボリュームがなく、「良夫君の事件簿 IV」にしてもほとんどが推理クイズのようなものばかりなので、今回はほぼ全編にわたって推理クイズ本のような一冊となっており、読み応えという点では今ひとつか。

 「幽霊島」はご存知少年探偵・小松良夫君が登場する一作。短いながらも沼に浮かぶ動く島の秘密、どんなに追い詰められても最後は煙のように消え失せてしまう怪人煙男(けむおとこ)など、ギミックには事欠かない。この謎に立ち向かうのが少年探偵・小松良夫君であり、こちらもお馴染みの田名見警部。
 煙男があっけなく敗北したり、その能力の秘密をさらっと明かすのが玉に瑕だが、まあページ数が短いので致し方あるまい。むしろ長い作品で使いたかったであろう各種ギミックを、こういう短い作品でも出し惜しみせずブッこんだ楠田匡介に拍手を送りたい(笑)。

 それにしてもこうして楠田匡介のジュヴナイルを長らく読んでいると、その全貌が知りたくなって困る。長篇ならともかく短篇はいくらあるのか見当もつかないし、ましてや推理クイズに至っては。小松良夫君の全集とかどこか企画しないかな(笑)。

アレックス・パヴェージ『第八の探偵』(ハヤカワ文庫)

 先日、読んだ『狼たちの城』はおそらく年末ベストテンに絡んでくる一冊だと思うのだが、本日の読了本、アレックス・パヴェージの『第八の探偵』もまた間違いなくベストテン級の一冊である。

(ネタバレには十分に注意しておりますが、今回、作品の性質上どうしても内容に踏み込んでしまうところもあるため、未読の方はある程度、覚悟してお読みください)

 第八の探偵

 こんな話。探偵小説黄金時代に書かれたミステリ短篇集『ホワイトの殺人事件集』。当時は私家版だったため、編集者ジュリア・ハートは復刊を企画し、著者のグラント・マカリスターのもとを訪れる。ジュリアとグラントは収録作をひとつずつ読み込み、議論を交わしていく。そして、すべての作品を読み終えたとき、思いもしない事態が待ち受けていた……。

 これはまた恐ろしく凝った小説だ。最初は一般のミステリファンには敷居が高く、これはマニアや創作者、評論家相手でないと面白さが伝わらないのかと思ったが、一周回って、いや普通にミステリファンにアピールできる作品なのだと思うようになってきた。とにかくいろいろな意味で読みどころ満載なのだ。

 ともかく仕掛けが凝っている。
 長編とはいえ、なかには作中作として七つの短篇が含まれている。しかも各短篇の後には漏れなくジュリアとグラントの対話=ミステリ論議がついてくる。これが数学的アプローチによるミステリの可能性を検討するもので、この時点でもうお腹いっぱいである。
 しかし、それだけではない。各作品にはどこかしら矛盾や解明されない箇所が残されており、著者のグラントですら記憶に無かったり、意識していなかったという部分がある。この謎はもちろんラストで明らかになるのだが、実は真相が三段回で明かされ、その一つひとつに驚かされるという寸法なのだ。

 細かく見ていくと、まず作中作は悪くない。クリスティへのオマージュ的な作品がちらほらあって、なかには『そして誰もいなくなった』を丸々拝借した作品もある。これがまた上手くまとめられていて、よくこれを短篇にできたなと素直に感心した。
 作中作が終わるごとに繰り広げられるジュリアとグラントの対話パートもいい。数学的アプローチというのが新鮮で、そこから作中作を使って段階的にミステリの定義というか可能性を展開してゆくさまはなかなか興味深い。その理論の是非はともかくとして、作中作と対話パートの組み合わせという形は面白く、この流れでラストのオチへと決まれば最高の作品になったはずだ。

 問題はラストの三段階の真相。章題で「最後の対話」、「第一の結末」、「第二の結末」となっている部分だ。この中でもっともいただけないのが「最後の対話」である。この手のネタは一見凄いように思えるが、昔からミステリのパロディとかでもよく使われた趣向。ある意味、本格ミステリの一番の弱点を突いているもので、正直これをやられるとキリがないし、本格ミステリを読む意味がないとすら思えてしまう。いわば禁じ手的なネタであり(あくまで個人的な思いです)、それをドヤ顔でやられてもなぁと。しかもくどい。
 この「最後の対話」を抜きにして、「第一の結末」、「第二の結末」と続けた方が良かったのではないか、というのが個人的感想である。ただ、「最後の対話」が全編を繋げるキモでもあるので、そう簡単には行かないのだろうけれど。
 ちなみに「第一の結末」、「第二の結末」にしても確かにサプライズではあるけれど、「第一の結末」はとってつけな感じはするし、「第二の結末」は逆にほぼ予想どおりで、結局は両方ともサプライズありきな印象というのは拭えない。

 まとめ。「本格ミステリに対するひとつの理論があり、それを実証するための作品」と、表面的にはいえるのだが、その実、本作自体は決して純粋な本格ミステリではない。しかし、メタミステリとしては面白いし、上でいくつかケチはつけたけれども、著者の試みは大いに評価したいところだ。それだけにネタの詰め込みすぎが惜しまれる。
 

アレックス・ベール『狼たちの城』(扶桑社ミステリー)

 アレックス・ベールの『狼たちの城』を読む。少し前のミステリマガジンだったかの書評を読んで、第二次世界大戦中のドイツを舞台にした歴史ミステリ、しかもユダヤ人がドイツ人の捜査官に化けて事件を解決するという設定ということで、かなり気になっていた一冊である。
 著者はオーストリアのミステリ作家で、本作以外にも第一次世界大戦後のウィーンを舞台にしたシリーズもあるらしく、これはなかなか期待できそうである。

 狼たちの城jpg

 こんな話。第二次世界大戦の末期、ドイツはニュルンベルクで古書店を営むイザークとその家族のもとへゲシュタポから通達が届く。それはニュルンベルクのユダヤ人からすべての財産を没収し、全員をポーランドへ移送させるというものだった。不安に慄くイザークたちだったが、イザークはかつての恋人クララがレジスタンス活動に関係しているのではないかと考え、密かにクララに相談する。そこで彼女が手配したのは、家族五人を匿うが、イザークだけはドイツ人に扮装して逃走するというものだった。
 ところがイザークに与えられた偽の身分とは、なんとゲシュタポの特別犯罪捜査官というものであった。そして指示どおりに行動していたイザークの前に、親衛隊の兵士が迎えに現れる。イザークは捜査官に成りすましたまま、ナチスが接収した城内で起こった殺人事件を捜査するはめになるが……。

 あ、これはいいぞ。インターネット上のレビューなどをみると賛否両論なので少し心配していたのだが、これは十分に面白いではないか。何なら傑作といってもよい。
 否定的な意見もわからないではない。大きくはミステリとしての弱さ、ご都合主義的なところと、それによる全体的な軽さあたりだと思うのだが、まあ、確かにそういう側面はある。
 ただ、それは本作をミステリとして期待するからいけないのであって(扶桑社ミステリーから出ているので仕方ないが)、本作はミステリとしての要素も含んではいるものの、全体で見ればエンタメ重視の冒険小説とみた方が適切だろう。城内で起こった密室的な殺人事件はスタートダッシュのための原動力ではあるが、実はもう一つメインストーリーがあって、そちらは完全に冒険小説的な色合いが勝っているし、主人公イザークにしても最初は単なる一般人だが、冒険を通して徐々に成長していくところなど、これはどうみても冒険小説の王道である。
 とりわけ後者、イザークの成長物語としての部分は本作の大きな肝でもある。しかもポイントは三つあって、一つはイザークが捜査官ではないとバレないよう工夫を凝らして、捜査官としての行動が様になっていくところ。言ってみれば技術的な成長。二つ目はあくまで小市民としてナチスからの迫害に甘んじるしかなかったイザークが、ナチスや捕虜、レジスタンスらの人々に接することで、少しずつ正義感や使命感に目覚めていくところ。三つ目はそれらの成長を通して、人間的にも大きくなっていくところ。二つ目と三つ目は少々被り気味ではあるけれど、二つ目が社会的な成長、三つ目は個人としての成長と捉えたい。

 ストーリーは文句無しである。主人公の魅力もあるが、やはり本作の要は設定とストーリー展開だ。次々と襲いかかる危機に対し、著者はことさらヘビーに扱わず、気持ち良いぐらいのテンポで主人公にクリアさせていく。単なる殺人事件の捜査だけではここまで面白くならなかったはず、というかスピーディーに扱う必要がないわけで、それを「メインストーリー」と絡ませ、膨らませたうえでスピード感を持たせたところに魅力がある。
 強引すぎたりご都合主義的なところは確かに弱点ではあるが、それらをひとつずつガッツリと対処しているとページ数がいくらあっても足りない。そもそも設定が荒唐無稽であるから、あまりリアリティを求めすぎても意味がない。エンタメ、とりわけ冒険小説としてこのスピード感は重要である。

 シリアスで重い小説もいいが、たまにはこういうカタルシス重視のエンタメ冒険小説も悪くない。


宮野村子『童女裸像 他八篇』(盛林堂ミステリアス文庫)

 宮野村子の『童女裸像 他八篇』を読む。戦前の探偵小説家のなかではベスト3に入れたいぐらいお気に入りの作家なので、手持ちのラスト一冊がもったいなくて読むのをためらっていたのだが、とうとう我慢できずに読んでしまった。

 童女裸像 他八篇

「狂い咲き」
「かなしき狂人」
「草の芽」
「山の里」
「臘人形」
「狂った罠」
「雨の日」
「花の影」
「童女裸像」

 本書は盛林堂ミステリアス文庫から『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』に続いて刊行された単行本未収録作品集で、上記の九作が収録されている。しかも、うち一篇は高木彬光の遺品から生原稿の形で見つかった未発表長編というから、とんでもなく貴重な一冊である。

 内容もその期待をまったく裏切らない。宮野村子の作風はこれまでの感想でも何度か書いているが、基本的にはサスペンスを基調とした犯罪小説である。しかし、そこらのサスペンスと違うのは圧倒的な密度を持っていること。本格味はそれほどないけれども、心理描写が濃密で、かつ独特のウェット感があり、それらが重苦しいまでにサスペンスを高めてくれるのだ。
 なかでも日常のなかに垣間見える狂気を描いた作品は絶品である。ふとした拍子に見せる妖しげな目の輝き、いびつなまでの感情表現、好きな物・人に対する異常な執着……そのひとつひとつは犯罪でも何でもないのだが、そういった他人から見た何か心に引っかかる不自然なエピソードが積み重なり、この先に待ち受ける破滅をじわじわと炙り出してゆく。その手際が最高なのである。格調高いイヤミスといってもよい。

 以下、簡単に各作品のコメントなど。
 「狂い咲」は巻頭を飾るに相応しい一篇。両親の強すぎる愛情のままに育った美津江はわがままな性格というだけでなく、異常さすら感じさせるものだった。そんな妻と長続きする結婚相手がいるはずもなく、美津江はこれまで三度も離婚を繰り返していたが、最後の男だけは……。
 愛情と憎しみのねじ曲がった方向性が怖い。宮野村子の作品に時折見られるが、感情のほとばしる先がまったく読めないのだ。

 愛しい息子がようやく戦争から帰ってきたものの、その人柄は別人のようであった。「かなしき狂人」は変わってしまった息子ではなく、それを受け入れようとする母親に焦点をあてるのが妙。怖くもあり悲しくもあり。

 「草の芽」は宮野村子流の奇妙な味ともいうべき一篇。失った息子のかわりになればと、空き部屋を貸し出したお重。ところが紹介もされていない老人がやってきて、よくわからないうちに間借りを始めてしまう。挙げ句に深夜、女性を家に引き入れ……。
 これは家主が逆に支配されるパターンか、と嫌なイメージしかなかったが、ラストで予想外の展開。よく考えればユーモラスな一作のはずだが、あえて逆ホラー的な作品と呼んでみたい。

 前妻の浮気現場を見て逆上し、射殺した赤沼。それを承知で結婚した絹枝は下男と狐の三人と一匹で暮らし始める。しかし、絹枝は徐々に不満を抱き、下男を誘惑するというのが「山の里」。割とストレートな展開で、絹枝の心理より、赤沼の異常さをもう少し掘り下げてもよかった。

 「臘人形」も「山の里」と同じ展開、同じ特徴をもつ。異常な愛憎を描いてはいるが、その異常さを感じる前に物語が終わる感じで、語り手を変える手もあったかもしれない。
 ただ、ラストは乱歩を彷彿とさせる趣味もあって絵的には怖さもある。

 「狂った罠」も男女の愛憎劇ではあるが、男側がトリックを用いて殺人を企てるという、比較的正統派の探偵小説。ネタとしてはそこまで独創的ではなく、こういうタイプになると、宮野村子の作品は少々物足りなくなる。

 「雨の日」と「花の影」は、宮野村子には珍しいシリーズキャラクター・広岡巡査が登場する作品。いかにも昭和の推理小説といった内容で、味わい的には「狂った罠」と同様なのだが、しっかりとまとめられており、こういう作品も書けるのだという、ちょっとした驚きを味わえる。

 「童女裸像」は未発表長篇(ただし短め)で、本書一番の注目作。幼友達の三重子と再開した淳は、三重子が好きでもない男と婚約していたことを知り、発作的に二人で心中を企てる。しかし、淳だけが生き残ってしまい、悩む淳は子どもの頃に可愛がってもらっていた弁護士・深見のもとを訪れる……。
 ミステリとしての肝は、心中を試み、気を失っていた二人に、ある細工が仕掛けられたところだろう。三重子には首を絞められた跡があり、惇には疵を保護した跡があったのだ。果たしてその理由は? 真犯人はいるのか? という謎があるわけだが、全体的には小粒なので予想はつきやすく、かといって本格というほどの論理性はない。
 読みどころはこれらの犯罪のベースにある登場人物たちの異常な心理であり、彼らにどのような相互作用が起こり、このような結果を招いてしまったかということ。全編を覆う妖しいムードは悪くなく、それが心理描写とあいまって宮野ワールドを作り上げているのはさすが。
 ただ、タイトルになっている「童女裸像」は作中にも絵画として登場するが、このイメージが作中でも強く取りあげられているのに、事件の鍵を握るところまではいっていないのが惜しい。

 ということで本書も十分満足できる一冊。盛林堂さんには多大なる感謝しかないものの、あえて書かせてもらうと、やはり宮野村子はマニアだけの同人誌で終わらせるような本ではない。できれば商業出版という形で広く読まれてほしい作家である。そして長らく絶版の長篇もどこかで出してほしいものだ。

大下宇陀児『爪』(湘南探偵倶楽部)

 ヘビーな一冊を読んだので、次はさっぱりと小冊子で。ものは湘南探偵倶楽部さん復刻の短篇、大下宇陀児の『爪』。

 爪

 作家の沖野はピアニストの住谷良子に想いを寄せていたが、内気な性格からなかなか告白までには至らなかった。そのうちに友人として紹介した理学博士の竹中が、いつの間にか沖野を出し抜いて彼女と交際していることを知る。嫉妬を募らせる沖野だったが、ある日、竹中の研究室で破傷風菌を扱っていること、さらには戸締まりをしていないと飼い猫が勝手に研究室へ入ってしまうことを知り、殺人計画を思いつく。竹中が破傷風菌のついた猫の爪で引っかかれたように装い、殺してしまおうというのだ。完全犯罪は成功したかに思えたが……。

 きれいにまとまった倒叙もので、見どころは犯人の沖野と探偵役の弁護士のラストでの対決。完全犯罪を為しえたかに見えた沖野だが、ジリジリと弁護士に追い詰められる。沖野の焦燥ぶりと弁護士の冷静さがいい対比で描かれ、ちょっと乱歩の「心理試験」を思い出した。
 犯人のトリックが弱い点は目をつむるとして、それを逆手にとる弁護士の逆トリックが悪くない。

 宇陀児の作品は倒叙から犯罪小説まで、けっこう犯人から見た短篇が多いように思うが、そういう作品を集めた宇陀児傑作選があってもいいかなと思った次第。
 なお、本作は国書刊行会の〈探偵くらぶ〉にある『烙印』でも読むことができる。管理人も過去に二回ほど読んでいるはずだが、すっかり中身を忘れていた(笑)。


キャサリン・クロウ『スーザン・ホープリー』(ヒラヤマ探偵文庫)

 キャサリン・クロウの『スーザン・ホープリー』を読む。ヴィクトリア朝時代の初期、1841年に刊行された小説で、表紙の惹句には〈「モルグ街の殺人」と同じ年に発表された世界初の女性アマチュア探偵小説〉とあり、この事実だけでも本書は読む価値がある。
 版元のヒラヤマ探偵文庫は平山雄一氏が個人で翻訳から発行まで行っている同人誌だが、普段は「クイーンの定員」や「ホームズのライヴァル」といったテーマが中心。いわゆる海外のクラシックミステリが主戦場なのだが、本書はさらに時代を遡った作品で、探偵小説の源流的な一冊といってもよいだろう。個人的に最近そういった小説、『ケイレブ・ウィリアムズ』とか『悪の誘惑』あたりを消化していることもあり、本書もまた非常に興味深い一冊であった。

 スーザン・ホープリー

 スーザン・ホープリーは田舎の貧しい家に生まれ、アンドリューという弟と両親の四人暮らし。父親は農場の小作人だが真面目な働き者で、妻もまたしっかり者だ。しかし、収入は少なく、子どもに大した教育を授けることはできなかったため、夫人は子供たちに聖書を使って読み書きを教え、さらに正直に生きることや隣人を愛することを教えた。
 しかし、夫人が体調を崩したことでますます生活は苦しくなる。そこへ手を差し伸べたのが教会でスーザンとアンドリューの振る舞いを目にしていたリーソン夫妻だった。二人はそこまで裕福というわけではなかったが、スーザン姉弟に仕事を教え、やがて二人は従僕や召使いとして一人前となる。だがリーソン家にも不幸が訪れ……。

 導入はこんな感じだが、あまりにボリュームがあり、かつゆったりした展開なので、これでもまだまだ本筋にすら入っていない。物語はこのあと、アンドリューが犯罪に巻き込まれたり、リーソン夫妻の息子ハリーが財産を奪われたり、ロンドンで新たな道を踏み出そうとしたスーザンがいきなり一文なしになったりと、主要キャラクターの数奇な運命が描かれる。
 全体的なテイストは、解説でも引用されているサラ・パレツキーの言葉どおり、ディケンズやウィルキー・コリンズの作品により近い。個人的には朝の連ドラ、例えば「おしん」などと共通するところも強く感じており、そういう意味では、これぞ王道の大衆文学というイメージである。女性が主人公なので最初はゴシック小説っぽいテイストかとも思ったが、そこはまったく予想外だった。
 物語は最終的にスーザンが数々の困難や謎を乗り越えてジ・エンドとなるが、読者はそんなストーリーに翻弄され、スーザンたちの身になって一喜一憂するという按配だ。この物語の転がし方が執拗で(笑)、本作を読んでもっとも感心した部分でもある。

 ただ、ミステリ的な要素でいうと、まあ予想はしていたが、そこまでのものではなかった。
 本作の主人公スーザンは一介の召使いにすぎないが、物事を観察するためには非常に適した立場でもある。スーザンは「おしん」でもあるが、同時に「家政婦は見た」の「石崎秋子」のようでもあり、身に降りかかった火の粉を払うため、そして仲間を救うため、真実を明らかにしようと尽力する。
 と、お膳立ては整っているのだが、残念ながら勧善懲悪という構図や謎の解決という部分にミステリ的なアプローチが見られるものの、本質的な意味での探偵小説とは言い難い。それはやはり推理や論理的な解明という部分が希薄だからであり、ポーのように探偵小説の歴史の扉を開くところまではいっていない。

 ということで、個人的にはミステリの萌芽を確認するための読書ではあったが、普通に読んでもヴィクトリア朝時代の労働者階級の若者たちの活躍を描く冒険譚としても楽しめる。少なくともこの時代の英国に興味がある向きであれば、決して読んで損はないだろう。
 少々ボリュームがありすぎて、文字が小さかったり、版面がぎゅうぎゅう詰めなのは辛いが、商業出版ではないこともあるし、興味がある人は今のうちに入手しておく方がよろしいかと。
こちらではまだ入手可能なようです。

マイクル・コナリー『鬼火(下)』(講談社文庫)

 マイクル・コナリーの『鬼火』を読む。
 内容に入る前に少し注文を書いておく。これは以前にも一度書いたと思うのだが、コナリーの作品を上下巻にするのはそろそろ辞めましょうよ、講談社さん。分厚い作品なら仕方ないけれど、この程度で二分冊にするのは読者にとって不便でしかないし、上巻でやめる一見さんもいるかもしれない。二分冊にしないと儲からないのであれば、一冊でその分の定価をつければいいのである。どうぞご一考を。

 鬼火(下)

 さて、内容に話を戻そう。まずはストーリーから。
 ボッシュが新米刑事の頃、パートナーを組んだ恩師とも言える元刑事が亡くなった。葬儀に参加したボッシュは未亡人から夫が自宅に保管していた資料を渡されるが、それはなんと二十年前にロスで起こった未解決の殺人事件だった。ボッシュは夜勤刑事のバラードに協力を求め、捜査を進めていく。
 一方、ボッシュは弁護士ミッキー・ハラーが手がける判事暗殺事件裁判の調査も手伝い、バラードはバラードでホームレスの焼死事件も追っていた。それぞれの捜査が進むなか、三つの事件に関連性が見出されていく……。

 正統派の警察小説。社会的な問題定義などは以前の作品ほど強く打ち出されてはいないけれど、三つの事件をそれぞれに展開し、終盤でまとめあげるテクニックがさすが。エンタメとしての完成度が高く、見事としか言いようがないのだが、本作はそれに加えてラストが面白い。
 面白いというと語弊があるけれど、本作はボッシュ・シリーズには珍しいタイプの悪役が登場し、この敵とのラストでの対決が、これまたシリーズには珍しいかっこよさなのである(笑)。次回作へのフリもあり、一見さんにもオススメしやすいエンタメ感満点の一作と言えるだろう。

 ちょっと気になったのは、シリーズのファンに向けた部分か。まあ、バラードの方はよい。バラードと上司オリバスとの対立に一応の決着をつけており、今後ももう一波乱ある可能性もないことはないが、まずはスカッとしたファンも多いことだろう。
 問題はボッシュだ。近作でも年齢ゆえの衰えがクローズアップされているが、本作では思いもかけぬ病魔がボッシュを襲う。老化だけでも十分だろうに、ここへきて命に関わる病気を持ってくる著者の意地悪なことよ。一つ言えるのは、これでボッシュとバラードの師弟関係はますます加速するだろうし、その先にはボッシュの娘マディの参戦があるのだろうということ。ううむ、読みたいような読みたくないような。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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