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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 01 2022

アリス・フィーニー『彼と彼女の衝撃の瞬間』(創元推理文庫)

 年末ランキングで気になった作品をぼちぼち読んでいこうシリーズ。今回はアリス・フィーニーの『彼と彼女の衝撃の瞬間』。

 こんな話。BBCの記者アナ・アンドルーズはBBCのニュースキャスターを突然降板させられ、失意のどん底にいた。しかも追い討ちをかけるかのように、自分が二度と帰りたくないと思っていた故郷ブラックダウンでの取材を命じられる。ブラックダウンはロンドンから車でたっぷり二時間はかかろうかというところにある田舎町。その森で女性の死体が発見されたというのだ。現地へ向かったアナは捜査担当の警部が元夫で、被害者が元親友だったことに驚くが……。
 一方、事件の捜査責任者となったジャック・ハーパー警部は、情熱に燃える若手のデリヤ巡査部長と組んで捜査を開始する。ところが死体を確認してジャックは愕然とする。被害者はジャックと関係を持っていた人間で、殺された当日にも会っていたばかりなのである。やがてジャックを犯人に落とし込もうとする罠が次々と明らかになって……。

 彼と彼女の衝撃の瞬間

 まずは「彼=ジャック」と「彼女=アナ」によって交互に語られるというスタイルに注目だろう。二人がそれぞれの立場で事件を語っていくが、その内容には少しずつ一致しないところがあり、どちらもがいわゆる「信頼できない語り手」である。そこに加えて、ときどき犯人のモノローグが挿入される。この三つの語りがある時点で、著者が叙述的な仕掛けを放り込んできているのは明らかなのだが、では、それは何なのかとなると、この語りとカモフラージュが巧みなこともあって、なかなか真相は掴めない。
 プロットはそれほど複雑ではない。しかし、主人公に関する過去の因縁を小出しにし、かつ現在迫りつつある危機を同時進行させ、さらにはそれを別々の語り手に説明させることで、読者を混乱あるいは誤誘導させることに成功している。
 ただ、本作が素晴らしいのは叙述そのものの仕掛けもあるけれど、オーソドックスな謎解きミステリとしてもハイレベルなところだ。正直、この過去の因縁の部分だけを普通に三人称でやってもそれなりに面白くなるネタだと思う。それを叙述+αでもって三倍ぐらいに捻ってくるから凄いのである。

 個人的な好みもあるが、全般的にやりすぎの感が強いのは残念。もうあざとさの極地というか、著者がミスリードを誘いたくてウズウズしているというか(笑)。彼と彼女による一人称の叙述というスタイルもそうだし、文章やキャラクターの言動もサスペンスありきのところがかなり目立ち、リアリティという面ではやや厳しい。
 もちろんこれらは著者の持ち味なのだろうし、あえてそうしているところは大きいのだろうが、もうちょっと抑えたほうが効果的な感じはする。実際、過剰描写というか思わせぶりなところが多すぎて、結果として最後まで性格が統一されていないようなキャラクターがちらほらいるのは残念だった。

 ということで、そんな気になる点はあれどもトータルでは十分傑作だろう。それにしても近年のベストテン作品はこういうタイプがずいぶん多くなったようだ。それとも出版社がこういうものばかりを選んで翻訳しているのだろうか。


保篠龍緒『探偵冒険 七妖星』(盛林堂ミステリアス文庫)

 保篠龍緒の『探偵冒険 七妖星』を読む。保篠龍緒といえば大正時代にアルセーヌ・ルパン作品を翻訳し、人気を集めたことで有名な翻訳家。しかし、翻訳だけではなく創作もそこそこ残したのだが、その著作は論創ミステリ叢書の『保篠龍緒探偵小説選I〜II』としてまとめられ、現在手軽に読むことができる(といっても管理人はまだ未読だが)。本作はそちらに収録されなかった長編探偵小説である。

 こんな話。深夜の代々木公園で東小路子爵は数人の男たちに襲われた。たまたま通りがかった品川隆太郎という青年が駆けつけて暴漢を追い払うが、東小路子爵はすでに致命傷を負っていた。だが絶命する寸前、小さな皮袋を品川に託し、それを娘の清子に渡してくれと言い残す。ただ、敵や大きな犯罪の存在があるため、絶対に品川と清子だけの秘密にしろ、とも。
 約束を果たそうとする品川だったが、事件以来、清子の周囲には警察や怪しい男たちの存在があった。大学時代に刑法を学び、犯罪の研究にのめり込んだ品川としては、そんなところへ迂闊に近づくことはできない。品川は清子の面倒を見ている元代議士の小笠原重光がそもそも怪しいとにらみ、まずは小笠原邸に張り込んで様子を窺おうとする。するとさっそく、小笠原の留守中に怪しい人影が……。

 七妖星

 アルセーヌ・ルパンを愛した著者ならではの冒険探偵小説。これが予想以上に楽しい。
 本作では東小路子爵が残した秘密をめぐり、主人公と小笠原、そして女侠石波艶子の一味が、三つ巴で戦いを繰り広げるという構図をとる。これがうまくストーリーラインに乗せられており、非常にいいテンポで読むことができるし、七妖星という中心となる謎も意外によくできていて、いま読んでもまったく退屈しない。乱歩の通俗長編がこの時代の白眉と思っているが(タイプはやや異なるが)決して負けていないことに驚かされる。

 ただ、惜しいかな、これには残念な秘密があって、ルパンもののネタを存分に拝借しているらしい(笑)。そりゃ当代きってのルパン翻訳家だから山ほど影響を受けているとは思っていたが、どうやら影響レベルではなく、解説によると「翻案と換骨奪胎の中間」ぐらいは行っているとのこと。ぶっちゃけ元ネタは『カリオストロ伯爵夫人』ということで、そういや清子がクラリスで……とやる楽しみが別に出てくるのはご愛嬌か。
 という理由もあって、本作は『保篠龍緒探偵小説選』からも省かれているらしいのだが、そういう作品まで読めるというのは考えたら凄いことなんだけどね。

 ということで準翻案作品ではあるが、オリジナル部分もそれなりにあるし、知らずに読めば普通に楽しめるレベルではある。さすがに続けて読むと飽きそうな気もするが、この印象が新鮮なうちに『保篠龍緒探偵小説選』も読んでおきたいものだ。

マイクル・Z・リューイン『カッティングルース(下)』(理論社)

 上巻の段階で早々と傑作認定していたが、幸い下巻でもそれを裏切られることなく、無事『カッティングルース(下)』を読了。いやあ、面白かった。

 カッティングルース(下)

 上巻の記事でも少し書いたが、本作は二つの時間軸の物語が交互に語られる構成をとる。
 ひとつはジャック・クロスという男装の少女が、親友を殺した犯人を追うという物語だ。親友が亡くなる場面から始まり、彼女は犯人を追ってイギリスに渡る。しかしイギリスに不案内なのはもちろん、そもそも社会経験が少ないジャックだから、その前途は多難である。ときには騙され、ときには理不尽な目に遭いながらも、応援してくれる人の力を借りながら少しずつ犯人に接近していく。
 最初は状況がよく飲み込めないものの、読み進めるうちに彼女がどうやら女性であることを隠しながらプロ野球の選手としてプレイしていたこと、そして犯人がどうやら子供の頃から知っていた人物らしいことなどがわかるが、犯人だけでなく殺された親友との関係もなかなか明らかにならない。そうした興味で物語を引っ張りつつ、下巻でこのあたりが明らかになってくるとジャックのパートは一気に盛り上がる。よくあるパターンではあるが、こうした起伏に富んだストーリーの組み立てはさすがリューインである。

 ただ、それだけだと面白いミステリで終わる可能性もある。本作に厚みを与えているのは、もう一つの物語があるからだ。
 それがジャックのの祖母にあたるクローデット・クロスの物語。十九世紀のアメリカは人種差別どころか人身売買まで普通に行われている時代で、孤児のクローデットの苦労はジャックの比ではない。ときには犯罪にも手を染めるが、自らの手で道を切り開いてゆく。そして息子マシュウが生まれると洗濯屋を開業し、協力者も現れて、彼女なりに小さな幸せを手に入れる。やがてマシュウは黎明期のプロ野球で頭角を表し、ジャックという娘も誕生するのだが……。
 クローデット、マシュウ、ジャックという三代にわたって描くことで、当時のアメリカの問題点を浮き彫りにし、さらにはジャックのパートで不明だったところが鮮明になる。というかジャックのパートの一番最初に綺麗に繋がるわけである。これがまた気持ちよい。現代と過去、二つのパートで交互に物語るスタイルは最近のミステリには非常に多いけれど、本作のように近い時代で絡めてくるパターンは珍しく、こういうところもリューインの巧さだろう。おまけにアメリカのプロ野球黎明期の様子も面白く読めるし、それらが渾然一体となり、文字どおりページを捲る手が止まらなくなるのだ。

 それにしてもリューインがこういった小説、つまり家族年代記ともいうような小説を書いていたとは思わなかった。読む前は予備知識として、友人を殺された主人公が自分で犯人を追うという作品、しかもYA向けということなので、要はライトで口当たりのよい青少年向けミステリのイメージだったのだが、いざ読んでみると全然違う。
 そもそも、そこまでYA向きという内容ではないし、殺人犯を追うのも全体のなかの一面でしかない。本作はもっと大きなテーマをもったエンターテインメント作品なのである。ちょっと強引だが、タイプとしては『父を撃った12の銃弾』『ザリガニの鳴くところ』に近いかもしれない。
 とはいえプロットやサプライズはミステリ的な香りも強く、この辺はやはり『ザリガニの鳴くところ』あたりとは一線を画すところだろう。どちらがいい悪いではなく、リューインはそういうタイプの作者・作品ということだ。

 本書は理論社という版元もあってか、刊行時はミステリファンの間でもあまり評判にならなかったようだ。実際、管理人もようやく読んでいる始末である。しかし、その出来はリューイン全作中でもトップクラス。今年、早川書房からはリューインが三冊刊行されるということだし、本作は刊行から十六年経ったこともある。できれば本作もぜひ文庫化して広く読まれてほしいものだ。


マイクル・Z・リューイン『カッティングルース(上)』(理論社)

 早川書房から年明け早々に今年のラインナップがアップされていたが、その中でちょっと驚いたのはマイクル・Z・リューインの新刊が三冊も出ることだった。まあ、そのうちの一冊は『沈黙のセールスマン』の復刊なんだけれど、そのほかの二冊は完全な新作で、アルバート・サムスン・シリーズの最新連作中編作も含まれているという。
 個人的にはネオ・ハードボイルドばかり読んでいた時期もあり、邦訳されたリューインはもちろん全作読破したぐらいなのでこれは嬉しいかぎり。などと書いたところで、実は一作だけ読んでないことを思い出した。ノンシリーズでYA向けの作品ということもあり、長らく積んでいた『カッティングルース(上・下)』である。新刊をリアルタイムで買っていたので、なんと十六年ものの積読(笑)。新刊が発売される前に片付けておこうと、ようやく読み始めた次第。

 カッティングルース(上)

 とりあえず本日は上巻まで読み終えたが、これは傑作の予感……というか上巻の段階で傑作認定していいぐらいだ。
 物語は19世紀末と19世紀初めの二つの時代が交互に描かれる。19世紀末のほうは男装の女性野球選手ジャック・クロスが、友人を殺害した犯人を追ってロンドンへ渡るという冒険譚。片や19世紀初めの物語は、クローデット(実はクロスの祖母)という女性の数奇な人生を描いてゆく。上巻の段階では、このクローデットのパートがとにかく素晴らしい。当時の未熟なアメリカの状況の中で、幼くして孤児になったい彼女がいかにして辛苦に耐え、打ち勝っていくのか。その境遇も次々と変化し、一気に引き込まれた。
 もちろんクロスのパートも悪くない。今後、こちらがどのように展開するのか、更なる期待を込めて下巻突入。



金来成『魔人』(論創海外ミステリ)

 金来成の『魔人』を読む。著者は日本留学時にミステリを書き始め、1935年に日本でデビューした韓国人の探偵小説作家。帰国後も精力的に執筆し、韓国推理小説の父と呼ばれる人物である。日本語で書かれた作品は、以前に読んだ論創ミステリ叢書の『金来成探偵小説選』にまとめられているが、本作は著者が帰国後に母国語で発表した作品である。

 こんな話。世界的舞踏家で孔雀夫人の愛称でも知られる朱恩夢(チュウンモン)。彼女の邸宅では今夜、仮面舞踏会が開催され、彼女の婚約者である富豪の白英豪(ペクヨンホ)をはじめ、凄腕の青年弁護士・呉相億(オサンオク)など、各回の著名人が集まっていた。
 そんな中、アルセーヌ・ルパンの扮装をした李宣培(イソンベ)がいた。彼は友人の画家・金秀一(キムスイル)のために、朱恩夢にあることを確認するためにやってきたのだ。実は朱恩夢は金秀一と恋人同士であり、その金を捨て、本当に白英豪と結婚するのかということだった。しかし、その真意を確かめる前に、紅い道化師に扮した人物が、李宣培をナイフで襲撃する……。

 魔人

 これはまた強烈な作品。『金来成探偵小説選』に収録された作品は文学と探偵小説の融合を試みるなど挑戦的な作品が多かったが、本作は徹底的な通俗娯楽作品だ。
 オビに「江戸川乱歩の世界を彷彿とさせる怪奇と浪漫」とあるが、まさにそのとおり。乱歩が発表した通俗長編、たとえば『蜘蛛男』や『魔術師』といった作品のまんまである。これは雰囲気が似通っているというばかりではなく、使われるトリックや舞台設定、犯人の設定、過去の因縁、アクションシーンなど見せ場にいたるまで、よくぞここまでといった感じで、自家薬籠中のものとしている。日本で探偵小説家として育っただけでなく、乱歩とも交流があるなど非常に敬愛していただけに、それだけ大きな影響を受け、大いに参考にしたのは間違いないだろう。

 そういうわけで、読み始めた当初はネガティブな感じだったのだが、読み進めていくと少し印象は変わった。乱歩の通俗長編の世界を踏まえつつ、アイデアの多くも借りながらも、乱歩のテクニックを自分なりにパワーアップさせているところも少なくないのだ。中途半端なら乱歩のエピゴーネンでしかないが、中盤以降は特に著者のカラーも出てきて、ここまでやってくれれば十分だろう。
 もっとも注目したいポイントは三つあって、朱恩夢を狙う魔人・産月(ヘウォル)の正体、ヒロイン朱恩夢の悪女ぶり、そして探偵役が三人という構成にある。それこそ乱歩の通俗長編を読んでいる者なら、このキーワードだけでネタを想像できるだろうが、そうは問屋が卸さない。これら三つのポイントは実は密接に関連しており、ラストでどう転がるのか予断を許さない展開になっているのは見事だ。

 まあ、何といっても通俗長編なのでそこまで過大な期待は禁物だが、訳もかなり読みやすく、予想以上に面白い作品。乱歩の通俗長編が好きな人ならずとも、読んでおいて損はない。


メアリー・ロバーツ・ラインハート『ローランド屋敷の秘密』(ヒラヤマ探偵文庫)

 メアリー・ロバーツ・ラインハートの『ローランド屋敷の秘密』を読む。本業は看護婦ながら警察の依頼を受けて潜入捜査も行うミス・ピンカートンことヒルダ・アダムズ。本作は彼女を主人公とするシリーズの最終作である。

 従軍看護婦を志願するものの、不整脈を理由に却下されたヒルダ。「田舎へ引っ込んで養鶏でもやるわ」とくさる彼女に、フラー警部補が住み込み看護婦としての潜入捜査を打診する。
 その潜入先とは、最近不可解な事件が頻発するというローランド屋敷だ。女主人アリスのもとに、真珠湾攻撃をきっかけに疎開してきた姉のニーナとその娘トニーの三人が、使用人たちと暮らしている。事件の中心となるのは娘のトニー。彼女は夢遊病の状態で母親ニーナに対して発砲事件を起こし、そのほかにも母親と乗っていた自動車でも大事故を起こしていたのだ。トニーは理由もなく婚約を破棄したばかりで、精神的に不安定だというのだが……。

 ローランド屋敷の秘密

 ラインハートはご存知のようにHIBK(Had-I-But-Known=もし知ってさえいたら……)派で知られる作家。内省や忖度が多すぎるヒロイン、勿体ぶった語り口など、全体的にネガティヴな印象が強くて個人的には苦手な作家なのだが、それをいい意味で裏切ってくれたのが、ヒルダ・アダムズを主人公とする『ミス・ピンカートン』だった。一番の魅力は何といっても溌剌とした主人公のキャラクターにあるが、ストーリーなども予想以上に動きがあって悪くない一作だった。
 本作はそのヒルダ・アダムズ・シリーズの最終作である。『ミス・ピンカートン』では二十代の印象があったヒルダだが、本作ではアラフォーに差し掛かっており、まずそこに驚く。
 シリーズものの女性主人公でここまで年齢を重ねた設定はあまり記憶になく、白髪や不整脈などの話が出るなど、ヒルダがそろそろアマチュア探偵引退を考えるところなどが小ネタとして差し込まれる。挙句にフラー警部補とのロマンス(寿退職?)なども匂わせて、著者はシリーズの完結を考えていた気配が濃厚である。

 そんな興味を盛り込みつつ、メインストーリーもなかなか興味深い。娘に二度殺されそうになり、今も娘の支配下に置かれる母親という設定が強烈だ。そんな状況を周囲の人間がなぜ放っておくのかという疑問もあり、導入としては悪くない。
 さすがに強引すぎるため、各人の行動などには説得力に欠けるきらいもあって、そこが惜しいところではあるが、サスペンスも上々で全般的には楽しく読めた。

 ただ、これは本当にどうしようもないところだが、解説でも触れられているとおり、本作には現代の倫理観にそぐわない記述がある。本書は私家版だからこうして刊行することもできたのだろうが、正直、商業出版では難しいだろう。とはいえ作品を無かったことにするのではなく、誤った部分を踏まえたうえできちんと作品と向き合うことが重要である。古典に接するとき、せめてそういう意識はもって読みたいものだと思う。

笹沢左保『突然の明日』(講談社文庫)

 笹沢左保の『突然の明日』を読む。笹沢作品のなかでも本格ミステリとして評価の高い一作。まずはストーリーから。

 六人暮らしの小山田家では、夜は全員揃っての夕食と団欒が習慣であった。あるとき保健所に勤務する長男の晴光が妙な体験をしたと話す。以前の恋人だった女性を街中で見かけたが、一瞬で消えてしまったというのである。もちろん、その場では家族の誰にも明確な答えなど出るはずもなかった。
 その翌日のことである。晴光があるマンションから落下して死亡したと警察から連絡が入った。しかもそのマンションの一室では殺人事件が発生していたというのである。警察では晴光が犯人で、犯行後に自殺したと推測しているようだった。
 平凡ながら幸せに暮らしていた小山田家にとって、それは残酷な知らせであった。父の義久は勤めを辞め、母は床に伏せる。婚約中だった長女の悦子は破談となり、次男の忠士はグレて遊び歩くようになる。
 そんななか、次女の涼子だけは兄への濡れ衣を晴らしたいと願い、やがて父の義久もきを取り直し、二人で調査を始めるのだが……。

 突然の明日

 なるほど。地味ではあるが、これは悪くない。
 警察の捜査はまったく描かれず、二人が僅かな手がかりを地道に追いかけ、真相を突き止める様が描かれてゆく。メインの謎がアリバイということもあるだろうが、華やかなトリックがあるわけではなく、アクロバティックなロジックが見られるわけでもない。しかし、聞き込みを続け、集めた情報をもとに、丹念に推論を積み重ねていくスタイルは、これもまた本格ミステリのひとつの形として堪能できる。終盤になれば、伏線もいろいろと張ってあったことがわかり、思わず舌を打つ周到さである。

 街中の人間消失という、本来ならもっと派手に扱える謎がすこぶる地味な扱いなのも、本作の雰囲気やテーマに合わせてのことなのだろう。最悪の場合「気のせい」で片付けるのではないかとやや不安だったが、きちんと解決してくれるのでホッとした(笑)。もちろん現実離れしたトリックではなく、こちらも作品の雰囲気にあわせ、心理的な錯覚を利用している点がなかなかよい。

 「突然の明日」というタイトルは、何気ない日常が突然壊れることもあるのだという運命の怖さを意味している。だが人は生きていく以上、そういった悲劇に折り合いをつけなければならない。ラストで主人公たちが再び歩き出していく姿はそれを象徴しているかのようで、それが救いである。
 ただ、欲をいえば、主人公たちがより力強く歩み出せるよう、犯人との対決をラストに持ってきてほしかったという思いはある。そこだけが残念。

 なお本作は講談社文庫で長らく品切れだったが、来月には徳間文庫で刊行されるようなので、気になった方はそちらが入手しやすい。


ジョン・ディクスン・カー『ビロードの悪魔』(ハヤカワ文庫)

 ジョン・ディクスン・カーの『ビロードの悪魔』を読む。カーの歴史ミステリの中でも、というかカーの全作品の中でもトップクラスに入るといわれる作品で、実際、これは抜群に面白かった。

 こんな話。歴史学者のニコラス・フェントンは、悪魔と契約を交わして三百年前の英国にタイムスリップし、同姓同名の貴族に乗り移った。その一ヶ月後に起こるはずの妻の毒殺事件を阻止しようというのだ。しかし、時は名誉革命前夜の1678年。国内には陰謀が渦巻き、フェントンもまたその中に巻き込まれてゆくが……。

 ビロードの悪魔

 傑作と呼ばれるのもむべなるかな。歴史ミステリとはいいながらも、設定だけ見ればSF、内容的には冒険小説あるいは伝奇小説であり、おまけにミステリとしても大技が仕掛けられている。さらに細かくいえば、恋愛要素や活劇、歴史的な蘊蓄、浪花節的要素など、あらゆる娯楽小説のエッセンスを取り入れた上質なエンターテインメントである。

 ここまでさまざまなジャンル小説のキモを一緒くたにすると、普通は収拾がつかなくなったり、統一感がなかったりするものだが、カーは恐ろしいほど綺麗にプロットをまとめ、文庫にして500ページ以上あるボリュームをまったく飽きさせない。
 本書のウリはいろいろあるだろうが、実はこのきめ細やかに構築されたプロットこそ、最大の売りではないだろうか。妻殺しを防ごうとする前半部分、いったんは落ち着いたかに見えたが、より大きな陰謀の渦に巻き込まれる後半、そして再び妻殺し、ひいては悪魔との契約に収斂するという流れが非常に美しい。これは言い換えると、最初はSF的に幕を開け、序盤はミステリ的興味で引っ張り、途中から冒険小説のような形で引き込むが、ラストでやはり本作が歴史ミステリであり、同時にSFミステリであったと思い知らされる展開である。
 本格ミステリ作家であるカーの構成力が光る一作といってもいいだろう。

 以下、個人的に注目した点をいくつか挙げておく。
・活劇シーンの描写が意外にお見事。特にフェントンが家の召使らわずか六人で六十人を相手に戦うシーンは圧巻。まるで黒沢映画。
・主人公のラストでの豹変ぶりがけっこう非道。
・当時の街や人々の暮らしの不潔度合いがリアル。
・意外な犯人は誰でも驚くだろうが、アンフェアと言えばアンフェア。とはいえヤラレタ感は強い。

以上。


山田英生/編『書痴まんが』(ちくま文庫)

 今年最初の本買い。山田風太郎の『赤い蠟人形』、柴田錬三郎の『第八監房』アンソロジーの『桜 文豪怪談ライバルズ!』なんてところを探していると、ちくま文庫の棚に山田英生/編『書痴まんが』というのがある。本をテーマにした漫画のアンソロジーだが、そういえば昨年も同じような『ビブリオ漫画文庫』というのを読んで楽しめた記憶がある。編者も同じ人で、どうやら同じシリーズのようだ。漫画を集め出すと本当に際限がなくなってしまうので極力買わないようにはしているのだが、これは本に関する漫画なのでまあいいかと、よくわからない理由で買ってしまい、その日のうちに読んでしまう(だから漫画は危険なのだ)。

 書痴まんが

1 愛書狂
辰巳ヨシヒロ「愛書狂」
西村ツチカ「きょうのひと」
山川直人「古いほん」

2 本が選ぶ
うらたじゅん「新宿泥棒神田日記」
こうの史代「俺様!」
コマツシンヤ「屋上読書 魅惑の書店街 船の図書館」
森泉岳士「ほんのささやかな」

3 奇書と事件
水木しげる「巻物の怪」
諸星大二郎「殺人者の蔵書印」
石原はるひこ「鏡」
大橋裕之「八百屋」
黒田硫黄「男と女」

4 漫画愛
山本おさむ「雨とポプラレター」
松本正彦「劇画バカたち!! 第一話」
永島慎二「僕の手塚治虫先生」

おわりに
つげ義春「蒸発」

 収録作は以上。前作『ビブリオ漫画文庫』同様に、本というテーマはあるが内容はバラエティに富み、作者もベテランから若手まで幅広い。ただ、タイトルに「書痴」とある割には、書痴そのものを扱った作品は意外に少なく、それが少し残念。とはいえ意外にハートフルな作品が多く、読後の印象はすこぶる良い。

 個人的な好みはフローベールの同題作品を翻案した「愛書狂」、得意の妖怪ものかと思いきや予想外のオチが待っている「巻物の怪」、サスペンスが秀逸なホラー+ミステリの「殺人者の蔵書印」、ストーリーとキャラクターが魅力的で映画にしてほしいぐらいの「男と女」、文句なしに傑作の「蒸発」といったところ。
 当たり前ではあるが粒揃いの作品ばかりで、基本的には本好きに関係なく広くおすすめしたい一冊。


ポール・アルテ『怪狼フェンリル』(行舟文化)

 『混沌の王』の付録小冊子として付いてきた「怪狼フェンリル」を読む。
 本編同様、こちらも雪密室もの。雪の降り積もった朝のこと、狼の仕業としか思えない婦人の死体が発見され……という一席。
 雪の山荘的な舞台装置といい、けっこうな数の登場人物といい、さらっと流してはいるが、しっかり書き込めば長編でも通用しそうな贅沢な作りである。フェンリルを用いた雰囲気作りもよくて、トリックこそずばぬけたものではないにせよ、全体的にうまく収まった感が気持ちよい。個人的な好みではあるが、アルテはやりすぎないくらいでちょうどいい。

 怪狼フェンリル

 ところで行舟文化のアルテ作品にはこうして毎回、付録小冊子がついてくる。これはもともと出版社立ち上げと、その小さな版元がアルテ本を連続して刊行すること、この二つを軌道に乗せるためのロケットスタートという意味合いが強かったように思う。
 効果がどの程度あったのか、それは当の版元ではないので不明だが(でもアルテ本が順調に出ているので成功したと思いたい)、もうそろそろ止めてもいいのでは、とちょっと思ってしまった。
 もちろん読者としては本当に嬉しいサービスなのだが、もともと定価も抑えた本だし、それに付録小冊子をつけてビニールで梱包して売るのは、ずいぶん手間も費用もかかるのではないかと、人ごとながら心配になってしまったのだ。短篇は本編に一緒に収録する手もあるし、ファンだってそれでも十分ボーナストラックとして喜んでくれるのではないか。
 「いやいや、小冊子にするから売上が伸びるのだし、負担なんて大したことない。それに最後に小冊子の短篇をまとめて短篇集にすることだってできる」」というのならもちろんガッツリやってもらってOK。ただ、コツコツがんばってくれている出版社さんなので、あまり無理しないで、ちゃんと利益を出してもらいたいなと素直に思った次第である。
 まあ、よけいなお世話としかいいようがないのだけれど(苦笑)。


ポール・アルテ『混沌の王』(行舟文化)

 ポール・アルテの『混沌の王』を読む。美術評論家のアマチュア探偵オーウェン・バーンズものの第一作。

 こんな話。両親の事故死をきっかけにイギリスに帰国したアキレス・ストック。彼はひょんなことからオーウェン・バーンズと知り合い、探偵仕事を手伝うよう懇願される。それはロンドン郊外の村に住むマンスフィールドという一家を訪ね、そこで起こっている事件の調査をするというものだった。
 二世紀も前のこと、マンスフィールドの一族ではクリスマスのたびに「混沌の王」という道化師役を選び、馬鹿騒ぎをする習慣があった。しかし、あるとき「混沌の王」役の若者が命を落としてしまい、それ以来、毎年のように変死事件が起こるようになる。そこでこの習慣もいつしか取りやめとなり、「混沌の王」にまつわる因縁は一族の伝説となっていった。
 ところが四年前、「混沌の王」が目撃され、再び変死事件が毎年起こるようになる。一家の長女シビルと婚約したサミュエルの妹キャサリンは兄の身を案じ、オーウェンに相談したのだった。アキレスはキャサリンの婚約者として一家に潜入するが……。

 混沌の王

 ううむ、これはまたアンバランスな。恐ろしく凝ったネタではあるのだが、小説としては全体にかなりあっさり目で、どこかチグハグなものを感じる。
 シリーズ一作目ゆえオーウェンと語り手アキレスの出会いの描写はあるが、アキレスが無茶な頼みをひき受けるほど親しくなったようには見えないし、怪奇な事件の割には雰囲気作りもおざなり(場面によってメリハリがありすぎ)。事件と謎の数は多いけれど説明は決して多くない(むしろネタが多すぎたせいか)。そしてラストの謎解きももう一つサラッとしてどうにも盛り上がらない(確かに最後の一行は効いているがヒント出し過ぎ)。
 真相そのものにはかなり驚かされるのだ。雪の密室や事件現場の見取り図、交霊会、夢遊病、呪いの伝説、白面の怪人など、ギミックにも事欠かず、アルテが好きな要素を詰め込みまくっているのも微笑ましい。普通に読めばこれは力作としか言いようがないのだけれど、先にあげた欠点とごちゃ混ぜになって、素直に傑作とは言いにくい作品になってしまった。

 ただ、著者のやりたいことはよくわかった。
 オーウェン・バーンズのシリーズが書かれる以前、著者はすでにH・M卿やフェル博士を意識したツイスト博士を主人公とする本格ミステリのシリーズを書いていた。それなのにあえて同じ本格のオーウェン・バーンズものを書いた意図がこれまであまりピンときていなかったのだが、本作でようやくその辺のつかえが落ちてスッキリした。
 というのもオーウェンものでは、ただクラシカルな本格を目指すのというのではなく、犯罪を芸術として捉え、その構築の美しさや可能性を極めようとしているように思えたからだ。本格探偵小説はもともと娯楽だから現実味や倫理面などはひとまず横に置いておき、まずはトリックだったり論理性だったりゲーム性を重視する面が強い。そこにあるのは「不可解な謎を解く」ことであり、基本的に犯人と探偵という対決構造である。一種の競技性といってもよい。一方、芸術としてみた場合、その犯罪の完成度、美しさそのものが問われ、それが探偵に解かれることはどちらでもよい。
 したがって極端なことを言えば、オーウェン・バーンズ・シリーズは著者が考えた完全犯罪を披露するためのシリーズなのである。そのためストーリーや登場人物は、その芸術作品を披露するための入れ物や台座であり、必要ではあるけれども、著者にとってはそこまで重視されないのだろう。そういう見方で既刊のシリーズ作を読むと、また印象は変わるのかもしれない。特に『金時計』『殺人七不思議』あたりは。

 ともあれアルテ本の未読はツイスト博士ものの『死まで139歩』が残っているので、そういうところも注意して読んでみることにしよう。


藤井礼子『藤井礼子探偵小説選』(論創ミステリ叢書)

新年明けましておめでとうございます。
本年も「探偵小説三昧」を何卒よろしくお願い申し上げます。

 今年のミステリ的目標などは何もないのだが、相変わらず国内はクラシック、海外は雑食的になんでも読んでいこうと思っている。ただ、なんとかロス・マクドナルドとディクスン・カーは全冊、読了したいものだ。ロスマクは『さむけ』まで読んだところで一山越えた感が強いせいか、随分間が空いてしまったし、カーは長年停滞気味なので、せめて月イチは消化しないと。ロスマクは残り七冊、カーは十数冊ぐらいのはずなのでぜひなんとかしたい。それが完了すれば、次はクロフツとクリスティだ。
 あと、それとは別に読みたいのがポオ以前のミステリ関連小説。そしてミステリと他ジャンルの境界線上にある作品。前者の場合、どうしてもゴシックロマンが多くなるし、質量ともにサクサク読めるようなものではないが、やはり現代の小説にはない独特の読書体験ができるのがいい。とりあえず比較的アプローチしやすいジェイン・オースティンのいくつかの作品は今年中にやっつけたい。


 さて、今年最初の読了本は論創ミステリ叢書から『藤井礼子探偵小説選』。著者についてはほとんど知らなかったが、「大貫進」という男性名義で活躍した福岡在住の女性作家らしい。おお、それなら「死の配達夫」だけは『博多ミステリー傑作選』で読んだことがあるし、かなり好みの作品であった。
 解説によると、ちょうど仁木悦子と夏樹静子の間を埋めるようなタイミングで活躍したということだが、ほぼ地方での活動だったこと、主婦として家族の世話を第一に考えていたこと、病気で早くに亡くなったことなどもあって、作品数があまり多くはなく、今では忘れられた作家となったらしい。

 藤井礼子探偵小説選

「初釜」
「二枚の納品書」
「枕頭の青春」
「暁の討伐隊」
「死の配達夫」
「破戒」
「姑殺し」
「誤殺」
「幽鬼」
「舌禍」
「ガス 怖ろしい隣人達」
「狂気の系譜」
「盲点」
「帰館」
「籠の鳥」
「魔女」
「歪んだ殺意」
「赤い靴」
「慈善の牙」
「五年目の報復」

 収録作は以上。忘れられた作家となったのが不思議なほどハイレベルで、正月早々、非常に満足できる一冊だった。
 日常に題材をとったサスペンスが中心だが、タイプで言うとハイスミスやアルレー、レンデルあたりのイヤミスを想像してもらえるといいだろう。つまらない日常に不満を感じた主人公が、道を踏み外して破滅へと転がり落ちる様をえげつなく描く。丁寧でやや粘っこい文章がまた効果的で、作風にマッチしているのもいい。

 印象に残った作品は多い。高級茶盌の盗難事件を描く「初釜」は、初釜の席だけで事件発生から解決までを一気に展開する本格もの。冒頭から不吉の前兆を差し込み、独特の緊張感で持っていきつつ、ラストの謎解きも納得。粗もあるが、この味わいは素晴らしい。
 しかし、著者の本領発揮はやはり「枕頭の青春」以降のサスペンスにあるだろう。著者の一貫したサディスティックな姿勢はどれも見事で、しかもほぼどんでん返しも綺麗に決めており、かなりのインパクトをもたらしてくれる。強いていえば個人的ベストは「破戒」だが、「枕頭の青春」でも「姑殺し」でも、あるいは「狂気の系譜」でも「舌禍」でもよろしい。
 ストーリーが辛い話ばかりなので、どうしても好き嫌いが出るとは思うが、ぜひそこを我慢して読んでほしい一冊。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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