保篠龍緒の『探偵冒険 七妖星』を読む。保篠龍緒といえば大正時代にアルセーヌ・ルパン作品を翻訳し、人気を集めたことで有名な翻訳家。しかし、翻訳だけではなく創作もそこそこ残したのだが、その著作は論創ミステリ叢書の『保篠龍緒探偵小説選I〜II』としてまとめられ、現在手軽に読むことができる(といっても管理人はまだ未読だが)。本作はそちらに収録されなかった長編探偵小説である。
こんな話。深夜の代々木公園で東小路子爵は数人の男たちに襲われた。たまたま通りがかった品川隆太郎という青年が駆けつけて暴漢を追い払うが、東小路子爵はすでに致命傷を負っていた。だが絶命する寸前、小さな皮袋を品川に託し、それを娘の清子に渡してくれと言い残す。ただ、敵や大きな犯罪の存在があるため、絶対に品川と清子だけの秘密にしろ、とも。
約束を果たそうとする品川だったが、事件以来、清子の周囲には警察や怪しい男たちの存在があった。大学時代に刑法を学び、犯罪の研究にのめり込んだ品川としては、そんなところへ迂闊に近づくことはできない。品川は清子の面倒を見ている元代議士の小笠原重光がそもそも怪しいとにらみ、まずは小笠原邸に張り込んで様子を窺おうとする。するとさっそく、小笠原の留守中に怪しい人影が……。

アルセーヌ・ルパンを愛した著者ならではの冒険探偵小説。これが予想以上に楽しい。
本作では東小路子爵が残した秘密をめぐり、主人公と小笠原、そして女侠石波艶子の一味が、三つ巴で戦いを繰り広げるという構図をとる。これがうまくストーリーラインに乗せられており、非常にいいテンポで読むことができるし、七妖星という中心となる謎も意外によくできていて、いま読んでもまったく退屈しない。乱歩の通俗長編がこの時代の白眉と思っているが(タイプはやや異なるが)決して負けていないことに驚かされる。
ただ、惜しいかな、これには残念な秘密があって、ルパンもののネタを存分に拝借しているらしい(笑)。そりゃ当代きってのルパン翻訳家だから山ほど影響を受けているとは思っていたが、どうやら影響レベルではなく、解説によると「翻案と換骨奪胎の中間」ぐらいは行っているとのこと。ぶっちゃけ元ネタは『カリオストロ伯爵夫人』ということで、そういや清子がクラリスで……とやる楽しみが別に出てくるのはご愛嬌か。
という理由もあって、本作は『保篠龍緒探偵小説選』からも省かれているらしいのだが、そういう作品まで読めるというのは考えたら凄いことなんだけどね。
ということで準翻案作品ではあるが、オリジナル部分もそれなりにあるし、知らずに読めば普通に楽しめるレベルではある。さすがに続けて読むと飽きそうな気もするが、この印象が新鮮なうちに『保篠龍緒探偵小説選』も読んでおきたいものだ。