おなじみ湘南探偵倶楽部の復刻短篇から一冊。ものは楠田匡介の『幻影の部屋』。
吹雪の荒野で馬橇ですら進めず、仕方なく素封家の知人宅に一泊の宿を借りた夫婦もの。十二畳はある広間で休ませてもらうことになったが、夫の方はなかなか寝つくことができない。すると部屋の何処かから話し声が聞こえてくる。奇怪なことに、話をしているのは部屋の片隅に置かれた浄瑠璃の首だけの人形である。しかもその内容が、十年前に自殺したこの家の主人の件であり、実は主人は自殺などではなく殺されたのだという……。

なんとも魅力的な設定。吹雪が吹き荒れる真夜中の広間で、浄瑠璃人形がボソボソ話をしているだけでも怖い絵面だが、その内容が一種のアリバイ崩しときた。まあ、人形にしても、事件にしてもそれほど驚くようなネタではないので過大な期待はしちゃいけないが、なんとなく雰囲気がいいのでそこまで失望するようなものでもない。
ただ、著者の描写がいろいろ雑で、悩むところもちらほら。特に浄瑠璃の人形がなぜ夫婦ものの部屋で話をする必要があったのか、それが最後まで読んでもよくわからなかった。
少々ネタバレで申し訳ないが、本作はホラーなどではないからもちろん浄瑠璃人形を操っている人間が別にいるわけなのだが、その目的を考えると、夫婦ものの部屋でやる必要はまったくないのである。その辺りの説明が二度ほど繰り返して読んだけれどどうにもわからない。想像で補うことができる範囲ではあるが、こういうのは精神衛生上よくなくて困る(苦笑)。もったいない作品である。