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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 03 2022

笹沢左保『真夜中の詩人』(角川文庫)

 笹沢左保の『真夜中の詩人』を読む。なんと誘拐もので、『本格ミステリ・フラッシュバック』にも取り上げられていた著者の代表作の一つ。誘拐ミステリにはなんとなく佳作傑作が多い気がするが、本作もその例に漏れない。

 こんな話。老舗デパート「江戸幸」社長の孫・三津田和彦が誘拐されるという事件が起こる。和彦はまだ生後十二ヶ月ほどの幼児。しかし、犯人からの連絡はあったものの、なぜか身代金などの要求はなかった。程なくして今度は普通のサラリーマン夫婦の息子・浜尾純一が誘拐される。純一も生後11ヶ月ほどであり、犯人からの連絡はあったものの、やはり身代金の要求などはなかった。
 警察は同一犯の犯行と推測するが、手がかりはほとんどない。純一の母尾・真紀は、和彦の母親と被害者同士で相談をするが、その矢先、真紀の母親が轢き逃げによって死亡してしまう……。

 真夜中の詩人

 母親が子供を取り返したい一心で自ら事件を調査するというのがメインストーリーで、アプローチそのものはかなりオーソドックス。とはいえ一介の主婦にすぎない主婦・真紀が、警察や探偵事務所等の手をほぼ借りずに調査を進めるというのは、かなり無理のある設定だろう。
 だが、そこは著者も考えているようで、あくまで素人ができることの範疇に収めており、素人が悪戦苦闘や挫折する様子、周囲の人間とギクシャクしていくところなども描いており、かなり納得感はある。何より息子を思う母親の気持ちに引っ張られて、かなりのボリュームの作品ではあるがリーダビリティは非常に高い。

 アイデアも面白い。ほとんど手がかりがない状態で、どうやって犯人を見つけ出し、子供を取り返すのか。ミステリとしてはもちろんこれが最大の興味ではあるのだが、謎解きものとしてはむしろ「なぜ誘拐犯は何も要求しないのか?」であろう。このアイデアがあるからこそ本作は佳作たりうる。
 さらには中盤過ぎに思いもかけない展開があり、これがまた読者を惑わせて楽しい。ネタバレゆえどういう展開かは読んでからのお楽しみというところだが、これこそが終盤にかけての大きなターニングポイントでもある。ラストではそれまでの謎が一気に収束され、その手際も実にお見事。

 ただ、惜しいところもないではない。それは主人公・真紀の夫や妹の人物造形である。息子を誘拐された家族にしては、かなり真紀に対して冷淡だったり、理解が足りない感じがするのだ。
 特に夫はひどい。妻が誘拐された息子を探そうというのに、まったく協力しないのである。そういう反応によって物語を転がしていくという、ストーリー上の都合なのは理解できるけれども、これはあまりに極端だ。最初はてっきり夫が誘拐に一枚噛んでいるのかと思うほどだし、終盤でようやく協力的になると、逆にこれは何かの罠なのではないかと思うほどだ。
 個人的にはこの点が非常に気になってしまい、そのため本作は佳作とは言えるけれども、傑作とは言えないかなと思った次第である。


ピエール・ヴェリー『絶版殺人事件』(論創海外ミステリ)

 ピエール・ヴェリーの『絶版殺人事件』を読む。著者は『サンタクロース殺人事件』で知られるフランスのミステリ作家で、本書は初めて書いた長編ミステリとのこと。

 イングランド東部ニューマーケットでのこと。ある人物がカーブで速度を落とした列車に本と手紙を投げ入れ、その後、首を吊ってしまうという出来事が起こる。
 その三年後。スコットランドの港町に停泊するアルデバラン号で毒殺事件が起こった。船長とその友人夫妻による痴情のもつれの結果の犯行かと思われたが、意外にも捜査は難航し、たまたま同地を訪れていた謎解きマニアのトランキルという男が警察を手伝うことになり……。

 絶版殺人事件

 これはまたなんと言いますか。本作ではプロローグこそ意味深だが、基本的には二つの殺人事件を軸に警察と探偵役の捜査と推理で物語が進み、最後にはしっかりした謎解きがあって大団円を迎える。原作の刊行年も1930年と、まさに本格探偵小説黄金期。結構をとっても要素をとっても文句なしの本格ミステリといっていいはずなのだが、どこか違和感がある。
 具体的にそう感じるポイントを挙げてみよう。たとえばフランスの作品なのにスコットランドを舞台にし、登場人物もほぼ英国人であるということ。ポアロを少し彷彿とさせる、だがそれ以上に奇矯な変人を探偵役にしていること。探偵役以外の登場人物もかなりカリカチャアされていること。二つの殺人事件の関連性。犯人の動機などなど。
 一つひとつを見ていくとそこまで気にするところではないのだが、それらが合わさることで独特のユーモアや雰囲気を醸し出している。それが通常の英米の本格ミステリとは異なる違和感に繋がったのだが、そこでふと思いついたのが、これはつまりパロディなのではないかということ。当時、英米で発展を遂げた本格探偵小説というものに対するパロディ作品である。
 意図的なものかどうかはわからない。しかし、著者はのちに『サンタクロース殺人事件』という、これまたファンタジックなミステリも書いたぐらいなので、パロディというつもりはなかったにせよ、従来の探偵小説とは違うアプローチを試みたことは想像に難くないだろう。

 ということで最初に違和感と書いた部分、それらを込みで楽しむのが本作の味わい方といえるだろう。本格ミステリに対するアンチな部分も意外に漂っていたりして、このクセをこそ楽しみたい。
 ただ、そういうところを抜きにして、普通の本格ミステリとして読んでも、割と楽しめることは最後に付け加えておきたい。
 

笹沢左保『暗鬼の旅路』(徳間文庫)

 笹沢左保の『暗鬼の旅路(『暗い傾斜』改題』)』を読む。以前コメント欄でくさのまさんからお勧めいただいたもの。

 こんな話。太平製作所の若き女社長・汐見ユカは、素人発明家の三津田に二千万円を投資し、空中窒素の固定化を研究させていた。ところが株主総会で研究が失敗だったことが明らかになり、ユカもその責任を取らざるを得なくなる。悪いことに、二千万円はユカが個人的に大株主の矢崎から借りたものであり、さらには直後に三津田が失踪。ユカは三津田を自首させるために彼の跡を追うが、関係者には金策のためだと伝えてくれと総務部朝の松島に依頼する。
 しかし、松島のもとに届いた連絡は、三津田とユカが高知の室戸岬で心中事件を起こし、ユカだけが一命を取り留めたというものだった。しかも時を同じくして、矢崎も東京の護国寺で死体となって発見された……。

 暗鬼の旅路

 企業に関わる経営者、部下、研究者、投資家などがそれぞれの立場で動きつつ、裏では公とは別の人間関係や事情、例えば立場を超えた恋愛関係なども絡むという設定は、サスペンスドラマ的な展開といえばいえるし、ストーリーを引っ張る常套手段ではある。
 しかし、そんなベタな展開が、実は物語の味付けというだけではなく、メインの仕掛けとなるアリバイトリックの説得力をより高めるための手段であることに舌を巻いてしまった。ネタそのものは確かに無理があるかもしれない。だが、それをリアルに思わせる描写の確かさがある。また、その結果として作品のテーマがより明確になるという側面もあり、やはり笹沢左保は侮れない。
 ミステリと文学の融合みたいな表現があるけれど、笹沢左保はさしずめミステリと通俗文学の融合と言えるかもしれない。ミステリが通俗文学の一種であるという話はともかくとして、昭和ミステリの楽しさというのは、実はこういうところにあるのではないだろうか。

 なお、本作はもともと『暗い傾斜』という題名だったが、『暗鬼の旅路』に改題されて、管理人もそちらを所持している。理由は不明だが、おそらくセールス上、字面の力が弱く感じられたのかもしれない。ただ、作中終盤で“暗い傾斜”という言葉についての言及があり、その意味を踏まえると、やはり“暗い傾斜”のままが適切だったのではないだろうか。もし「トクマの特選!」で復刊されるようなら、再び『暗い傾斜』に戻してほしいものだ。


リイ・ブラケット『非情の裁き』(扶桑社ミステリー)

 リイ・ブラケットの『非情の裁き』を読む。帯の惹句が「ハードボイルド黄金時代の頂点に立つ伝説の一冊」とあり、まあ大きく出ているが、そんな名作がなぜ今まで翻訳されなかったのだという疑問もあり、読む前はちょっと眉唾な印象もあり。
 とはいえ著者はビッグネームである。ミステリ作家というよりはSF作家、小説家以上に脚本家として成功しているのはよく知られているところ。処女長編の本作を読んだ映画監督ハワード・ホークスが、その出来に驚いてすぐにハリウッドに招聘したという逸話もあり、ハリウッドでは脚本家として『三つ数えろ』や『ロング・グッドバイ』などの数々の名作に参加した。遺作はなんと『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』の脚本である。
 ちなみに夫はSF作家エドモンド・ハミルトン、また、レイ・ブラッドベリとも若い頃から深い親交があり、ブラッドベリはブラケットを「親友にして教師」とまで書いている。
 読む前の情報量が多すぎて、期待と不安が入り混じる読書となったが、さあ、その出来は?

 ロサンゼルスの私立探偵エド・クライヴは、密かに愛し合うクラブ歌手のローレルに、かつて結婚していた男から狙われているという相談を受ける。また、ローレルを通して旧友ミックに対する脅迫事件も依頼される羽目になる。
 ところがミックと二人でローレルをアパートに送っていった夜、エドは何者かに襲撃されて気を失い、その間にローレルが殺害されてしまう。そして死体のかたわらには、ミックの血まみれのステッキが……。

 非情の裁き

 まず絵に描いたようなベタベタの展開と描写に驚かされる。夜の街に生きるやさぐれた男女、情け容赦のない暴力、減らず口を叩くタフな主人公、スピーディーな展開などなど。ハメットやチャンドラー、ロス・マクドナルドのようなストイックなハードボイルドの世界ではなく、明らかにそこから派生したスピレインのようなコテコテのB級ハードボイルドの路線である。「ハードボイルド黄金時代の頂点に立つ〜」というキャッチコピーがチラリと頭をよぎり、序盤を読むだけでもう不安しかない。
 しかしながら、その手際は実にお見事。確かにベタベタではあるのだが、とんがった登場人物たちが暴れ回るストーリーは非常にリーダビリティが高く、あっという間に引き込まれるのも確かだ。早いテンポで事件が連続し、主人公が適度にぶちのめされ、容疑者が現れては消えてゆく。一見、荒っぽい内容だが、構成は意外なほど緻密である。中盤を過ぎる頃になると「ハードボイルド黄金時代の頂点に立つ」かどうかはともかくとして、少なくとも出来は悪くなさそうだ。これを書いた当時、著者がまだ二十代だったというのもちょっとした驚きである。

 そして何より驚かされたのが、ミステリとしてしっかりしたサプライズを用意していたこと。描写やストーリーは上手いが、それだけでは所詮、安手のB級ハードボイルドとしての面白さに過ぎない。著者は暴力の世界をただ上手に描いただけでなく、ミステリファンを唸らせるネタをきちんと盛り込んでいるのだ。さらに、その上でこの世界観ならではの決着をつけているのもさすが。

 結論。不安半分期待半分で読みはじめたが、「ハードボイルド黄金時代の頂点に立つ伝説の一冊」は大袈裟としても、トップグループに食い込み一冊であることは間違いない。好き嫌いはあるだろうが、一度は読んでもらいたい傑作。


ホレス・ウォルポール『オトラントの城』(国書刊行会)

 三月に入って仕事や確定申告の準備、その他諸々が忙しなくて、読書がなかなか進まない。ようやく読み終えたのがホレス・ウォルポールの『オトラントの城』で、これがなんと何十年振りかの再読になる。
 ゴシック小説を中心として、ミステリのご先祖的な作品をぼちぼち網羅していこうと思っていることもあり、本書もその一環である。ゴシック小説の元祖たる本作だから、やはり一度は読み直しておこうと思った次第だが、ちょうど先日読んだばかりの風間賢二氏の『怪異猟奇ミステリー全史』に背中を押してもらった感じもある。

 まずはストーリー。オトラント城の城主マンフレッドは、聡明で美しい娘マティルダに愛情を注がず、どちらかといえば凡庸な息子コンラッドばかりを溺愛している。しかも不吉な予言を気にしており、妻のヒッポリタの不安をよそに、まだ十五歳のコンラッドを一刻も早く結婚させようとしていた。
 やがてコンラッドと貴族の娘イザベラとの結婚が決まり、二人の結婚式が執り行われようとしていたその矢先。コンラッドはどこからか出現した巨大な兜によって押し潰され、絶命する。その兜こそ、かつてのオトラント城主アルフォンソの像がつけていたものだったが、それがどうやって上空に出現して落ちてきたのか、誰一人わかるはずもなかった。
 落ち込むマンフレッドだったが、彼はイザベラを呼び寄せると、コンラッドを出来の悪い息子だったと誹謗し、自分がイザベラと結婚するという。逃げるイザベラを追い詰めようとしたマンフレッドだったが、そこへ絵画に描かれた先祖が絵から抜け出して……。

 オトラントの城

 ゴシック小説の元祖でもある本作。ミステリの父といわれるポオがたった数作の短編で、多くのミステリのパターンを作り出したように、ウォルポールも後のゴシック小説がお手本にする多くの要素を取り込んでみせた。超自然的な怪奇現象、古城等の舞台設定、隠された陰謀、騎士道精神、ヒロインの役割、邪悪な悪役の存在、サスペンス、ストーリーの小気味よい転換……。近代の小説のようなスマートさには欠けるものの、あざとい要素がてんこ盛りである。

 そんな作品ではあるが、あらためて読んでまず思ったのは、そこまで長い話でもなく、思ったほど怪奇現象が起こっていないなということ。しかしながら、同時にその密度の高さに感心し、非常に引き込まれる小説であることもまた実感した。
 とはいえ作品の魅力は怪奇要素だけではない。確かに理屈や常識を無視した怪異現象が起こればひとまず読者を驚かせることはできるだろうが、それだけでは面白くはならない。やはりそこに何らかのルールや手がかりといったものが必要で、それらが作品理解の拠りどころとなる。そういったものがなければ、きちんと恐怖や感動につながらないわけだ。もちろんガチガチの論理で固める必要はなく、何らかの伏線ぐらいでいい。
 その点、本作は怪異現象を扱いつつも実のところは勧善懲悪的な人間ドラマであり、その興味で物語を引っ張りながら、ラストで怪異現象の秘密とも絡めることで、ツボを押さえているといえる。

 ただ、面白い小説であることは確かだし、それがこの時代に書かれたことは素晴らしいのだが、これは著者が好きなものを詰め込んで書いた小説であり、正直そこまで深みがある話ではないように思う気がしないでもない。登場人物についてもマンフレッドは確かに興味深いが、それでもラストの展開はやや白けてしまうところもある。時代ゆえのところもあるだろうが、個人的には『悪の誘惑』や『ケイレブ・ウィリアムズ』あたりに比べると、深みにおいて一枚落ちるかなという感じだ。
 したがって本作は最初期のゴシック小説、エンターテインメント小説として大いに評価したい作品であり、その意味では再読した甲斐もあったと思う。


ロス・マクドナルド『ドルの向こう側』(ハヤカワ文庫)

 久々にロスマク読破計画が一歩前進、『ドルの向こう側』を読む。リュウ・アーチャーものとしては十三作目となる。前回の『さむけ』が2020年の9月の読了だったので、約一年半も空いてしまった計算になる。何とか月一ペースにして今年中に済ませてしまいたいものだ。

 まずはストーリー。私立探偵リュウ・アーチャーは寄宿制の学校ラグナ・ペルディダの校長から生徒の捜索を依頼される。ラグナ・ペルディダは地区の問題児を多く受け入れる学校だが、生徒の一人トム・ヒルマンが夜中に脱走したのだ。ところがアーチャーが調査を始めるやいなや、トムが誘拐されたという知らせがトムの両親からもたらされた。ところがトムの行方を追うアーチャーは、まもなくトムが謎の女と街を出歩いているという情報を入手する……。

 ドルの向こう側

 いやあ、これはまた何というか、『さむけ』とはまた味が異なるのだが、こちらも文句なしの傑作。ややもすると『さむけ』をはじめとするトップクラスの作品よりは落ちるといった書評も見たりするが、全然そんなことはない。著者の作品はもちろんハードボイルドだが、本格要素も強く、サプライズも疎かにはしていないところが強み。そして何よりそれらミステリとしての枠すら超えた小説としての面白さと感動がある。
 マクドナルドの感想は毎回、同じような感じになってしまってお恥ずかしいかぎりだが、実際そういう感想になってしまうのだからしょうがない。

 本作では失踪人の調査から始まるが、早々に誘拐事件に舵を切り、ついには殺人も起こるわけだが、それでも特別驚くような展開というわけではない。むしろ本作では中心となる少年トム・ヒルマンがなかなか登場せず、一見失踪事件ではあるが実はいったい何が起こっているのか、そしてその裏にある本当の問題とは何なのか、なかなか明らかにならない。ヒルマン一家の抱える問題も朧げながら見えるものの、それはまったく表面的なものでしかない。それでもアーチャーの調査の過程で、それらの謎少しずつ解き明かされ、それが物語の推進力にもなっている。
 そして物語の終盤、アーチャーがようやくトムと出会えてからの展開は圧巻だ。アーチャーとトム、トムの両親たちとのやりとりは事件の真相だけでなく、ヒルマン家の本当の闇を明らかにする。実に残酷な真相ではあるが、それが単にヒルマン家だけの問題ではなく、同時にアメリカに蔓延している病であることも気づかせてくれる。ぶっちゃけマクドナルドお得意のパターンではあるのだが、この流れるような手管が実に見事。そして最後の最後で、もう一つ強烈な印象を残す。

 個人的に印象深かったのは、何といってもアーチャーとトムのラストのやりとりだ。トムの行動は拙いながらもその根っこは決して間違っているわけではない。トムの問題を肥大化させたのはやはり親子の関係であり、悪いのは大人だ。それでもトムに理解、納得してもらわなければならない現実もあり、アーチャーはできるかぎり誠実に対応する。この切なさ。そして、それでもトムの心を変えることはできない。
 ラストの衝撃も踏まえ、トムがこの後どのような人生を歩むのか、マクドナルドはあえて一切を描いていないが、安っぽいハッピーエンドや希望をあえて残さなかったところにマクドナルドの覚悟が感じられる。


都筑道夫『やぶにらみの時計』(徳間文庫)

 このところ「トクマの特選!」づいているが、本日の読了本も都筑道夫の『やぶにらみの時計』。ン十年ぶりの再読。解説によると、それまで時代小説やリライト本などを書いていた著者が、本格的にミステリを執筆するようになった、いわば推理作家としての「再デビュー作」である。

 深酒をした浜崎誠治が目を覚ますと、彼は見知らぬ部屋で見知らぬ女性に話しかけられた。彼はその女性の夫で、会社社長の雨宮毅だという。慌ててその家を飛び出した浜崎は自宅のアパートに戻るが、今度は自分の妻や隣人までもが、彼のことを誰も知らないと言うではないか。一体何が起こったのか。浜崎は自分が何者なのか確かめるため、東京を彷徨うことになるが……。

 やぶにらみの時計

 都筑道夫は多作家ではあったが、ワンパターンな作品を量産するのではなく、ミステリの可能性に挑戦した作家である。とりわけ初期作品にはトリッキーな作品が多く、再デビュー作と位置付けられる本作にして、すでに意欲的な試みにいくつか挑んでいる。

 まずはストーリーの設定。それまで普通に暮らしていた主人公が、突然自分の存在を証明できなくなったり、あるいは主人公のことを皆が覚えていなくなるというパターン。アイリッシュの名作『幻の女』などが有名だが、本作でもその趣向に挑戦している。
 中程では同趣向の作品について蘊蓄をたっぷり披露する場面まであり、この辺りはマニアックすぎて読者おいてきぼりの感も強いけれど、著者のドヤ顔も想像できて微笑ましいところでもある。
 ただ、この趣向はSFミステリでもないかぎり仕掛けには限界があり、本作もネタを明かせばやっぱりねという感じが強いのは残念。

 もう一つは文章上の試みである。ミステリだけでなく小説としても珍しい二人称を使っていることだ。その目的はいろいろあるだろうが、大きくは読者と主人公を同化させて臨場感を高める、地の文が実況中継のようになって独特のテンポを産んだり、サスペンスを高めるなどの効果を狙ってのことだろう。
 「きみは目をひらく」、「きみの声は嬉しそうだ」などとやられると、最初は少々落ち着かないものの、慣れると確かに独特のリズムがあって実に楽しい。とはいえ、こちらも主人公が単独で動いている場合はともかく、作中で相棒が登場すると徐々に効果が薄れてくるようにも感じた。

 ということで個人的には傑作とまでは思わないけれど、著者のチャレンジ精神には惚れ惚れするし、ミステリファンであればやはり一度は読んでおきたい作品である。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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