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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

アラン・ベネット『やんごとなき読者』(白水Uブックス)

 読書系サイトやSNSで気になる本はある程度は押さえているつもりだが、それでも何かの拍子でまったくアンテナに引っかからない作家や作品がある。本日の読了本『やんごとなき読者』もそうした一冊で(ミステリではないけれども)、白水社から単行本で刊行された当時はもちろん、昨年に白水Uブックス版が出たときも見事にスルーしている。
 誰も知らないようなマイナーな本ならしょうがない。だが、読後にネットで調べると、これがまた当時はけっこう評判だったりする。それなのに気づかない。そして何年もしてから、ヘタをすると何十年もしてから、何かの拍子に、その本の存在を知るのである。
 まあ読書好きならよくある話かとも思うが、悔しいので、こういう現象は神様が読みどきを教えてくれているのだと考えるようにしている。こちらがその本を受け入れられるような精神的体勢が整うまで、あるいは成長するまで、本が待ってくれているという解釈だ。まあ、なんてメルヘンチック(笑)。

 どうでもいい枕はこのぐらいにして。
 本日の読了本、アラン・ベネットの『やんごとなき読者』の感想に入る。まずはストーリー。

 ある日、愛犬の追いかけてウィンザー城の裏庭へやってきた英国の女王陛下。そこでたまたま巡回していた移動図書館の車と、本を借りようとしていた厨房で働く少年に出会う。特に興味はなかったが、図書館の担当者と話した手前、礼儀上一冊ぐらいは借りないと申し訳ないと思った女王陛下。その一冊をきっかけに読書の楽しさに目覚めた女王陛下だったが……。

 やんごとなき読者

 ああ、これはよい。特に大きな事件もなく、女王が読書の魅力にハマっていく様をさらっと描くだけの小説がこんなに染みるとは。
 確かに大きな事件などはないのだが、それでも女王陛下という立場上、読者に時間を取られることでその影響が周囲にさざなみのように広がっていく。その結果、側近たちが何かと振り回される様子がユーモラスで楽しい。何より、なぜ読書は楽しいのかということを、女王がステップアップしていく様子と絡めて見せてくれ、これもまた読書好きにはたまらないところだろう。

 ただ読書の楽しさだけを語っただけの小説かというと、実はその裏で意外に深刻なテーマも孕んでいるように思える。それは女王が読書によって成長することで、女王という存在の歪さや問題点も浮き彫りにしていること。全体にソフトでユーモラスな雰囲気に包まれてはいるが、こういうビリッとした風刺的な視点があるから油断できない。

 そして、それらすべてを踏まえての、ラスト2行のセリフ。そこに込められた女王陛下の決意に思わず心が震えた。お見事。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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