ヴォルフガング・ヒルデスハイマーの『詐欺師の楽園』を読む。正直よく知らない作家なのだが、昨年、白水Uブックスで刊行されたときに、設定が面白そうなので買っておいた一冊。
語り手は金持ちの芸術品蒐集家のおばに引き取られた“私”アントンは、十五歳で絵に興味を持ち、自分でも絵を描き始める。だが完成した絵が不謹慎な題材だったため、おばからは不興をかうが、屋敷を訪ねていたおじのローベルトはその才能を見抜き、絵の勉強を続けるよう激励する。
ところが、このローベルトこそプロチェゴヴィーナ公国のレンブラントとも称されるアヤクス・マズュルカをでっちあげ、世界中の美術館や蒐集家を手玉にとった天才詐欺師であり天才贋作家であった。
十七歳になったアントンはローベルトの本を訪れるが……。

これは楽しい。実に壮大なホラ話である。
序盤こそ語り手のアントンの奔放な成長過程を追うが、やがて自身が成長し、焦点がローベルトに移ると俄然面白くなる。序盤も悪くはないのだけれど、そこはやはり露払い。ローベルトにおいては基本的に頭は良いし、実行力も度胸もある。当然ながら趣味もよい。問題なのは良心の部分だけなので(笑)、小国とはいえ国王や閣僚を相手にしてもまったく恐れを知らず、相手を言いくるめてはどんどん望みをかなえていく。そして、やがては国ぐるみの大イカサマを成就させる。この中盤がとにかく痛快だ。
そんな興味深いローベルトの活躍だが、「祇園精舎の鐘の声〜」などという言葉もあるように、その栄光は永久に続くわけではない。
後半、再び語り手アントンが表に出てくると、物語は一つの終焉=ローベルトの凋落に向かって進みだす。これまた予想外の展開でそれも面白いのだが、欲をいえば語り手アントンもせっかくの天才画家なのだから、ラストはアントンが活きる形で決着をつけてほしかったところだ。終わってみると語り手の立ち位置が今ひとつハッキリせず、そこが惜しいといえば惜しい。
ただ、本作は詐欺を題材にしているとはいっても、その手段自体を楽しむコンゲーム小説の類とは異なるので念のため。メインとなるのはあくまで芸術や権威というものに対して弱い人間への強烈な皮肉であり、ブラックなユーモアである。
非常に心地よい小説なのだけれど、そういう毒も一緒に感じることで、より味わいは深くなる。いつまでもこういうのを楽しめる読者でありたいものだ。